突然の初陣、その6~団の方向性~
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「納得できません!」
「あなたの納得は求めていないわ。私の命令は絶対よ」
魔王を倒して2日後、早ければ明日にでもアルネリアに帰還できるという夜の事である。食事を終えてそれぞれが見張りや自由時間を過ごそうとしていた時のことである。ここそこから楽しい笑い声が聞こえていた最中、突然ミルネーのヒステリックな声によって談笑が遮られたのである。口論の相手は、アルフィリースであった。
ミルネーは激昂のあまり立ち上がっており、対してアルフィリースは静かに温かい飲み物を飲みながら適当な切り株に腰をおろしていた。その背中にはリサが静かに座っている。そんな眉一つ動かさないアルフィリースがますます気に食わないのか。ミルネーはさらにアルフィリースに食ってかかった。
「どうして私が不要なのです? 第二陣であったから確かに大した戦果も上げてはいませんが、それでも・・・」
「その考え方が駄目なのよ、ミルネー。それは騎士の考え方であって、傭兵の考え方じゃないわ。私達は生き延びて明日を迎える事が第一。戦果や名声なんて二の次なのよ。それは前にも言ったはず」
「戦士としての道を選んだからには、名を成してみたいとは思わないのですか?」
「そういった思いは多かれ少なかれ、皆あるでしょう。私だってあるわ。でもね、それを強要される側に立ってごらんなさい。現に貴方の部隊は死者こそ出なかったものの、負傷者は一番多い。重傷のケルヴィンはかろうじて一命をとりとめたものの、左腕に後遺症を残すわ。傭兵の戦いに、回復魔術を使えるシスターや僧侶、魔術士は普通同行してくれないの。
貴方が部下を顧みず戦った結果がこれよ。今回はまだいい。でも、今のままの貴方では、きっと仲間を多く殺してしまう。戦果は人より上げるかもしれないけど、仲間を多く殺すかもしれない人間を私の傍に置いておくことはできないわ。それは私の望むところではない」
「つまり、私は団に不要だと?」
「有り体に言えば」
ミルネーは怒りでわなわなと手を震わせていたが、やがてアルフィリースが全く自分の意見を聞く気が無い事を悟ると、彼女は手元の荷物を乱暴に取り、踵を返して去って行った。そしてしばらくしてやや遠くから馬のいななきが聞こえ、ミルネーが夜にも関わらずどこかに去って行ったことがわかった。
「何も今言わずとも」
リサがアルフィリースの背中合わせに声をかける。
「遅くても早くても同じよ。なら早い方がいいわ。まさか夜出ていくとは思わなかったけど。案外直情型なのね、彼女。ちゃんと町まで辿りつけるかしら?」
「年下の団長にあそこまで言われれば、誇りも傷つくでしょう。ですがその辺はミルネーも抜け目ないですから、余計な心配は無用です。彼女はこれからどうするでしょうか?」
「家の事情と、彼女の意地と目標にかけて、まだ傭兵は続けるでしょうね」
「敵として彼女が出てきたらどうしますか?」
リサは少しアルフィリースの方を振り返りながら語りかけた。アルフィリースは飲み物を啜っており、返答までに少し時間があった。
「敵なら斬る。味方なら上手くやる。当たり前のことを聞かないで」
「そう簡単に割り切れますか?」
「もちろん簡単じゃないわ。だけど、傭兵団を作る時にある程度覚悟した事だから。だから私は悩んだし、話し出す事も躊躇ったの。今こうやって仲良く話し合っている人間も、一年先にはどうなっているかわからない」
「・・・今初めて、貴方を少し怖いと思いました、アルフィ。ですが、もし私が敵になったら?」
「嫌な想像をさせるのね」
アルフィリースはさすがに顔をしかめてリサを見たが、リサは何も言わずそのまま立つと、その場を去ろうとする。そして去り際に一言。
「あまり抱え込み過ぎはよくありません。汚れ仕事は特に、団長自らが背負うと上手くいかなくなる事も多いでしょう。ロゼッタや私を上手く使いなさい、アルフィ」
「ええ、いずれお願いする事もあると思うわ。徹底的に汚れてもらうわよ、貴方達には」
「ヨゴレはロゼッタだけで十分ですが、そうも言っていられないのでしょうね」
遠くからロゼッタがくしゃみをする音が聞こえたのでリサは少し笑うと、その場を去って行った。代わりにエアリアルがアルフィリースの元に来る。
「アルフィ。少し皆が動揺している」
「ミルネーを追いだしたから? 私は非難されているかしら?」
「いや、むしろロイドやグラフェスからは高評価だった。団長は徹底した主張があると、褒めている者もいた。ミルネーの戦い方は少し強引だという話がちょうど出ていたからな」
「ならいいわ。むしろリサにその様子を聞いたから、今切り出したんだけどね」
「え?」
エアリアルはアルフィリースの最後の言葉が聞き取れなかったので思わず聞き返したが、アルフィリースが答える事はなかった。
そんなアルフィリースは、エアリアルの質問とは無関係な事を語る。
「昔取り返しのつかない大失態をした、自分の弟であり宰相でもあった人物を泣きながら斬った王様の話、したかしら? 軍紀を正す手本として教書に乗っているのだけれど」
「いや・・・聞いてないな」
「そう。今回の事例はそれに近いわ。なんとなく気にしておいて」
アルフィリースは手の中の飲み物を飲み干すと、そのまま立ち上がる。そしてエアリアルを手で促すと、彼女達は歩きだした。
「アルフィ、今後はこのような事を続けるのか?」
「いえ、もうすぐ冬が来るわ。冬の装備一式を整えるのは難しいでしょうし、冬は移動方法から戦法そのものが変わってしまう。依頼があれば内容によっては受けるけど、基本的に積極的な戦いはしないわ。
それにもうすぐエクラの護衛名目の騎士達が来るでしょうし、フリーデリンデの天馬騎士団からも騎士を借り入れる事が正式に決定したという報告が先日あったわ。早ければ一月も経たずに到着するとのことよ。彼らの受け入れ態勢、それに装備の新調・強化、団の正式登録、幹部の選定、団の規範作成。やる事は山のようにあるのよ。しばらく大きな戦いどころじゃないかもね」
「なるほど。それに団の名前も決定してないしな」
エアリアルが素朴な疑問を口にしたが、アルフィリースはきょとんとした顔をしていた。その表情が意外だったのか、エアリアルは思わず聞き返す。
「なんだ、アルフィは自分の傭兵団の名前を考えてないのか?」
「『アルフィリースの傭兵隊』じゃ駄目?」
「駄目だ、それでは恰好悪い」
「私の名前のどこが恰好悪いのよ!」
「そうではなくてだな。傭兵団の名前はもっとこう、ぱっとして印象深くて恰好よくなければだな・・・」
そんな急に他愛のない話をしながら、自分達のテントに戻るアルフィリース達であった。
続く
次回投稿は、1/10(火)20:00です。
次回より新しい場面です。




