シーカーの里の戦闘、その4~強敵~
「ニアさん!」
いち早く気付いたフェンナが叫ぶより早く、ニアが跳んで部屋の中に回避してくる。さすが獣人の反射神経である。さきほどニアがいた場所には、大きな剣が降りおろされていた。剣の主は、大柄な全身鎧を着こんだ兵士だった。兜のせいで顔は見えず、目の光すらも見えない不気味な兵士だった。
「なんだこいつは? どこから湧いた??」
「わかりません。リサのセンサーには引っかかりませんでした。これは・・・」
不審に思ったリサが、詳しく探ろうとさらに集中する。
「全身鎧づくめ。これで足音も立てずに、よく動けるわね」
「それはそうでしょう。こいつには中身がありません、鎧だけです」
「どういうことだ?」
ミランダが尋ねる。
「動く鎧とかいうやつでは。魔術で動かす類いのものです。同時に足音を消すような工夫も施されているのかも」
「こいつです! この敵には魔術が効きませんでした!」
フェンナが里を急襲した時の事を思い出す。そしてアルフィリースも思わず舌打ちをした。
「なるほど、それは厄介ね・・・剣が通じるかしら?」
その鎧がメキメキという音と共に、扉を無理やり引っぺがして入ってこようとする。鎧の体格では、ここにはそうしないと入れないのだ。そして、その後ろにさらに2体。
「こんな奴らとやりあう必要はない。動きは鈍重だし、無視だ! 皆、窓から逃げな」
ミランダを殿に、全員窓から飛び出す。そしてミランダが念のため煙幕を張って脱出してくる。もっとも、鎧にめくらましが効くかどうかは定かではないが。そして来た通り、南の森に脱出しようとしたその時―――
「アンタ達、そんなに急がなくってもいいじゃないか?」
先頭を走るニアに、突然頭上から斬りかかる者がいた。ニアは横っ跳びであわててかわすが、完全に進路を塞がれ足を止められてしまった。
そしてアルフィリース達の行く手に立ち塞がる女。両手に曲刀を持ち、ほとんど下着のようなやたら露出の高い格好をしているが、全身に傷が無数にあることから歴戦の戦士なのだろう。また髪は肩程度の長さに切りそろえてあるが、片方の目が隠れるほど前髪が長い。大柄ではないが、発する殺気のせいで,彼女の体が実際以上に大きく見える。
「厄介そうね」
「リサ、接近に気付かなかったの?」
「いえ、気付いていましたが速すぎます。東の詰所からこちらに向かって動いた事にリサが気付いた時には、既にニアに斬りかかって来ていました」
フェンナがぎゅっと魔道書をかき抱く。それをちらりとみやって女剣士がニヤリと笑った。
「へぇ・・・それが封印ってやつなのかい? やっぱりあのぼんくら貴族、外に行っただけイモ引いたね」
「さぁ、どうかしら。これが封印なんて、一言も言ってないけど?」
ミランダがフェンナの代わりに答える。
「そんな大事そうに抱えておいて何を言うのさ。まぁ奪ってから考えるか・・・と!」
会話を中断するようにニアが女に蹴りかかる。上半身を蹴ると刀があるため、下半身を狙うローキックだ。が、女は逆に打点をずらすように前に踏み込んで、ニアの蹴りを足で受け止める。そのまま柄でニアの顔面を殴ろうとするが、ニアはそれをくぐるようにかわして、次は肘を打ちこもうとする。
そこからは速すぎて、全員の目が追いつかない攻防となった。とりあえずどちらも有効打がないようだが、5秒程度の攻防の後、ニアが自ら距離を取った。見ると女には有効打がないようだが、ニアはそこかしこから血が出ている。まさか獣人のニアより速いというのだろか、あの女は。
「あらあら、ネコちゃんすばしっこいのね~」
「貴様こそ、なんだそのデタラメなスピードは」
「私が速い? ぷっ、アハハハハ!」
女が大きな声で笑い始めた。どうやら、何かがかなりツボだったらしい。
「確かにまあ私も速い方だけどね・・・それ以前にアンタが遅すぎよぉ、ネコちゃん!?」
「なんだと?」
血相の変わるニアと、へらへらしている女が対照的な構図だった。明らかに女にはまだ余裕がある。
「で、時間稼ぎはもういいかい? ベルノー」
「充分じゃ」
「! しまった!」
《炎の障壁》
魔術を詠唱する声と共に、脱出路を塞ぐように炎の壁が出現する。かなり広域かつ高さのある炎の壁である。これでは、もはや南側には脱出できない。
アルフィリースもミランダも、ニアの戦いに見入った事を悔いたが、もう遅い。
「お主たちはそのネコ娘を囮にして脱出すべきじゃった。判断ミスじゃな」
「ち、じゃあ後ろに・・・」
「・・・多分無理だと思います、ミランダ」
「ゴフー!」
いつの間にか背後には手に大きな斧を持った、全身鎧づくめの巨漢が仁王立ちしている。
「リサ、これも接近が速すぎたの?」
「いえ・・・リサのセンサー能力が上手く働かない? なぜ・・・」
「ワシが魔術で邪魔しておるからのう」
魔術士風の、おそらくは初老であろう男が答える。フードですっぽり顔と全身を覆っており、詳しい様子や表情は見られないが。だが、ミランダの判断は早かった。
「アルフィ、あの魔術士をやりな。そうすれば炎の壁も消えるはずだ。アタシは後ろを片づける」
「オーケー!」
言うと同時に二人は斬りかかっていくが、
「妥当な判断じゃが、作戦は相手の力量を見て立てることじゃな」
「?」
「お前の相手は俺だ」
横から飛び出した黒い塊に、アルフィリースはとっさに剣で防ぐ態勢に入った。通常なら斬り払うのだが、本能が守れと告げていた。
ギィィィン!
鈍い音が響いたかと思うと、アルフィリースは奇妙な浮遊感を覚えた。それもそのはず、体が後ろに吹っ飛ばされたのだ。そのまま5m程後ろの壁に叩きつけられる。
「ぐっ!?」
受け身をとる暇もなく壁に叩きつけられ、衝撃で一瞬呼吸ができなかった。が、それでも目線は反射的に自分に斬りつけてきた黒い塊に向く。戦場で敵から目を離せば斬ってくれと言っているのと同じことぐらい、アルフィリースも理解している。だが視界に入ったのは悠然と大剣を構えなおし、全く仕掛けてくる気配のない男であった。かなり大柄な剣士であり、きちんとした黒い鎧に身を包んでいる。どこかの騎士ではなかろうかとも思える風体だ。
「ほう? 女だてらに俺の剣を受けきるとは」
「なんで追撃してこないの?」
「その必要はあるまい。お前と俺では力量に差がありすぎる。それがわかる程度には強いだろう?」
「馬鹿にしてるの!?」
「さあ、どうかな」
アルフィリースにしては珍しく激昂した。完全に舐められたと思ったのだ。これほど屈辱的な扱いは、旅を始めてから初めてだった。アルフィリースは、元々がそれほど気が長いともいえない性格である。呪印を解放して、この男を吹き飛ばしたいと思う気持ちを制止するので精一杯だった。
一方、この男が斬りかからなかった事にもわけがあった。確かに舐めてもいたのだが、戦いが不意打ち一発で終わっては面白くないとも思っていたし、加えて何かがこの女に対して剣を打ちこむことをためらわせた。おかしな話だが、打ちこみにいけば死ぬのは自分のような気がしたのだ。圧倒的優位なのは自分であり、目の前の女は手が痺れて剣もろくに握れない状態だろうことは、容易に想像できたのだが。
「(たかが女に臆病風でもあるまいに・・・ふん、面白い!)」
戦争に長らく携わる者に宿る、特有の勘のようなものがある。本能がこの女の危険を告げるも、理性では全く危険だと判断できない。今までにこういった経験が無いでもなかったが、ここまではっきり本能と理性が分かれたのは初めてであり、それが瞬間的にこの男の剣を鈍らせた。が、
「(戦えばわかること。死ねば自分はそれまでの存在だったというまでよ!)」
そのくらいでは、生粋の戦闘狂であるこの男の剣を収めさせるには至らない。男が剣を構えなおす。
「では、続けようか」
「・・・」
まずい。それがアルフィリースの内心であった。手の痺れがとれる気配を一向に見せず、武器がろくに使えない。それに呪印を起動させるにも、ある程度時間は必要だ。そんな時間的余裕を与えてくれるこの男ではあるまい。はっきり言って、手段がない。
アルベルトも大概な化け物だったが、味方であり、殺意を持って自分の前に来ることが想像しにくかった。眼前の男の技量がどの程度なのかはわからないが、自分と明らかな技量差があることくらいは、アルフィリースにも一瞬でわかった。打ち合えば10秒とたたず真っ二つにされるだろう。そんな考えがぐるぐると頭の中を回り、他の仲間が援護に来てくれないものかと視線を移す。
ニアは先ほどの女剣士とやりあっているが、もはやはっきりとわかるくらいの劣勢になっている。息一つ切らさない女に対し、ニアは息が上がってきているのだ。さらに体のいたるところから血が出ている。彼女達の間にも、かなりの技量差があるのだろう。
そしてフェンナは封印を抱いたまま固まっている。いくら弓の達人でも、実戦が初めてだとあの反応が普通だ。アルフィリースにも、ゴロツキが相手ですら、最初はまともに動けなかった記憶がある。鍛錬と実戦は別物。ましてこのレベルの相手ではどうしようもないだろう。リサはそんなフェンナをかばうようにしているが、魔術士の動きに気を遣うので精いっぱいの様だ。魔術士に戦う気配がないのが、まだ幸いだった。
ミランダならと期待を込めるが、彼女もまた先ほどから手一杯だった。
「こんの!」
「グフー!」
凄まじい音をさせながらメイスと斧がぶつかり合っている。信じられないが、ミランダの腕力と互角らしい。が、技量はミランダの方が上のようだ。振り下ろされる斧を体をねじってかわし、ガラ空き胴体にメイスを打ちこんだ。さしもの巨漢が数m後退するが、間髪いれず何事もなかったのかのように突進してくる。
「なんだこいつ?」
ミランダが何発打っても同じだった。全く意に介していない。鎧は変形しているので、それなりにダメージはあるのだろうが。それならばとミランダは顔面に打ち込んだが、やはり大して意に介していないようだ。だが、兜ははずれ、その下の顔が見えた。
「オークだって!?」
「グフー!」
鎧の下の体はオークだった。かなりの体躯から判断して巨人族ではないかと思っていたが。オークも巨漢が多いとはいえ、明らかに標準的なオークより、2回りほど大きい。それに、なんというかほっそりとしている。おそらくは相当鍛えこんでいるのだろう。だが、オークが鍛錬をするなどありえるのか。それよりも、オークが人間と共闘している事自体が通常では考えられない。
「オークが人間に従ってるなんてね・・・」
「た、隊長強い。オデ、隊長に従う」
「まともにしゃべった?」
ミランダの驚きも無理はない。オークが人間に理解可能な言語をしゃべることなど、それこそ聞いたことがない。そんな知性を持つオークは、種族そのものが違う。
「お、お前・・・強い。つ、強い戦士、す、好き。もっとオデと、戦う!」
「ちっ」
「そ、それに、お前女! お、女は・・・戦った後も、楽し、楽しみ二倍。強い女、ほど、負けた時イイか、顔する!」
オークがニヤリと笑う。ミランダの背筋にぞわりとした悪寒が走った。
「アタシもアルフィのことは言えないね・・・化け物に求愛されるなんざ!」
「い、行く、ぞ!」
再び激しい打ち合いが始まった。あれではアルフィリースの手助けどころではあるまい。いったいどうしたものか。そんなことを彼女が考えていると、
「アルフィ、来ますよ!?」
「気がそれているぞ、女」
リサが声をかけてくれた。が、同時に男の大剣が目の前に迫っている。
「(まずい)」
咄嗟にアルフィリースは反射的に痺れた腕で剣を握り、大剣を防ごうとするが、果たして受け切れるかどうかは自信が無かった。
ギン!
金属音が響き渡る。アルフィリースは剣ごと斬られたかと目を瞑ってしまったが、剣に重みがかかっていない。おそるおそる目を開けると、大剣を横から遮るもう一つの剣が見える。そして不意にどこかで聞いたような声がした。
「また会ったな、アルフィリース」
「・・・ルイ、さん?」
男の大剣を横から差し止めていたのは、ダーヴの町で出会った、黒髪の女性だった。
続く
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