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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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突然の初陣、その5~アルフィリースの采配~


***


「くそっ、速いな!」

「山道では我々よりああいう魔獣に利がある」

「んなこたぁわかってんだよ!」


 ロゼッタが隣を走るダロンにくってかかる。だがダロンの言うとおり、魔王は大柄かつ手負いでありながら、その身は軽く、徐々にロゼッタ達とはその距離を離しつつあった。直線ならダロンの方が速いかもしれない。だが、起伏の多い山道では二足歩行より四足歩行の方が安定性があった。ロゼッタやダロンが距離を詰めるたび、彼らは不安定な道のどこかで足を取られてバランスを崩す。そして互いの距離は一進一退といった状態を繰り返すのだった。


「このままじゃ逃げられる!」

「だな。既に他の連中は置いてきぼりだ」

「冷静に言ってる場合か!?」

「心配するな。俺達の団長はここで敵を見逃すほど甘くはないぞ」

「?」


 ダロンがその目に捕えたのは、魔王の行く先で待ち構えるアルフィリースであった。その前にはドロシーがいる。


「ほ、本当だ。団長の言うとおり、こっちに来たべさ!」

「だから言ったでしょう、ドロシー」

「す、凄いっす。団長はどんな魔法使ったべ?」

「ふふ、地形を予め頭に入れておいたのよ。彼らは一直線に動いているつもりでも、実際には弓なりに動いていた。私達はそこを一直線にシルフィードに乗せてもらって先回りした。それだけよ」

「よくわかんないけんども、それってすんごい事だべな!?」


 ドロシーはきらきらした瞳でもってアルフィリースを見つめていた。そこには明確な尊敬の念が見られ、何か神々しいものでも見るかのようにアルフィリースを見つめていることが傍目にもよくわかった。アルフィリースもそのことを感じたのか少しくすぐったいような表情をしたが、魔王の足音と振動に気がつくと、一瞬にして戦士の表情に戻った。


「来たわよ、ドロシー。準備と覚悟はいい?」

「怖いけれども、団長さんの言う通りにやるだよ。おらにはこれしかないからな!」


 ドロシーはそばかすだらけの顔をくしゃくしゃにして、アルフィリースに笑いかけた。その肩は微妙に震えているが、アルフィリースが肩に手を置いてやると徐々に震えも収まってきていた。本当にアルフィリースの事を信頼しているのだろう。またドロシー本人の肝の据わり具合も素晴らしい。

 やがて震えが収まったところでちょうど魔王が視野に収まり、こちらに突進をしてくるのが見えた。涎を撒き散らしながらなだらかな斜面を駆けあがってくる魔王は、例え歴戦の兵でも恐怖を禁じえまい。アルフィリースとて内心怖い。それでもアルフィリースもまたこの戦いには、「呪印を用いない」という制限を自らかけている。何もリスクを負うのは団員だけではないのだ。


「ドロシー、まだよ」

「・・・あいっ」


 アルフィリースが小声でドロシーに命令する。目に見える魔王の姿は徐々に大きくなってくる。だがアルフィリースもドロシーも剣の束に手をかけたまま、微動だにしなかった。動くのは、ドロシーの頷きのみ。


「ドロシー、まだよ」

「あい」

「まだよ。まだまだ・・・」

「・・・あい」

「まだ・・・よし、行けっ!」


 魔王が10歩にもならぬ間合いに飛び込んで来た時、ドロシーが剣を抜き放ちざま、一直線に魔王に向かって突撃した。突然動き始めた人間に、魔王がぴくりと反応する。


「グァルルルル!」

「りゃあああああ!」


 魔王が振りかぶった右手をドロシーに目がけて振り下ろすが、ドロシーはそれより速く魔王の懐に文字通り飛び込み、前転しながらすれ違いざまに魔王の脇腹に剣を突き刺していた。

 魔王が激痛に吼えのけぞるが、その咆哮は中途半端な所で終わりを告げた。そしてドロシーが振り返りざまに魔王を見る頃には、その首はアルフィリースが一刀の元に叩き落としていたからである。


***


「団長!」

「ご無事で!?」


 アルフィリースが上げた勝利を示す鏑矢代わりの魔術に、次々と団員が集まってくる。そこには大量の血を噴き出しながら横たわる魔王と、その巨体にもたれかかるように立っているアルフィリースがいるのだった。そばには興奮冷めやらぬドロシーが、何やら彼女に一生懸命に話しかけている。

 アルフィリースはそんなドロシーの頭に優しく手をおくとその相手をリサに任せ、自分は小隊長を集合させる。


「団長、これは一体どういうことで?」

「話しは後。まず戦いの後には損害状況を報告、これを習慣になさい。エアリー、把握している?」

「ああ。我、ダロンの隊に損害なし。ロゼッタ、ロイドの隊にそれぞれ軽傷1。グラフェスの隊に軽傷2。ミルネーの隊に軽傷2、重傷1だ。合計死者なしだ」

「なるほど。皆、間違いない?」


 アルフィリースの言葉に全員が頷いた。アルフィリースはその報告に満足すると、その場で各小隊長に戦闘後の処理を指示し、自分は魔王の首を持ち帰る準備を始めた。ミリアザールへの報告もあるが、ギルドに報告すれば魔王認定はなくとも大物を仕留めた報告になるからだ。アルフィリース自身のランク上げもそうだが、団が自由に使える金は少しでも欲しかった。

 その彼女にリサが背後から声をかける。


「アルフィ、この結果は狙っていたのですか?」

「何が?」

「今回の流れ、全てです」


 リサのその表情は、何かが納得のいかない物を見たといった様子だった。アルフィリースはリサが何を言いたいのかを察して、ふふと笑って見せた。


「ある程度はね。ちょっと出来過ぎていて怖いけど。でも、これもリサの下調べあってこそよ。地形までわかるセンサーがいると、本当に重宝するわ」

「まあそれはリサの能力を持ってすれば造作もないことです。ですが、魔王が他の方向に逃げていたらどうするつもりだったのです?」

「逃げた方向によって色々考えてはいたけどね。この周囲一帯の地形は当然頭に入れているから」


 アルフィリースが自分の頭をこんこんと指で叩いて見せたので、リサはぽかんと口を開けてしまった。確かにアルフィリースの命令で大雑把にこの周囲の地形を書きはしたが、それを全部頭に入れていたらしい。

 そういえばロゼッタとエアリアルが偵察に出ている間アルフィリースの姿が見えなかったが、そういうことだったのかとリサは納得した。アルフィリースは自らもまた偵察に出ていたのである。それでもまだ疑問は残る。


「素人同然のドロシーに危険な事をさせましたね? あれは何だったのです?」

「ああ、あれはドロシーが躊躇しない限り安全な策なのよ。四足歩行以上の生き物は、走行中に敵が出現するとそのまま突進するか、振りかぶって前足で薙ぎ払うかの行動をとるわ。特にグロースアルムのような大型の魔獣はね。あの魔王は人間が刃物を使うのを知っていたから、突進はしないと踏んだの。もし魔王が突進してきたらそのまま横っ跳びで逃げるように、ドロシーには指示していたわ。

 どっちの手を魔王が使うかも、読むのは簡単。奴の場合左手が見るからに発達していたけど、威力はあるけど速さがない。だから小回りの利くのが多い私達相手に、戦いの最中でもあまり左手は使ってなかったわね。あの距離なら咄嗟に右手を振り払うはず。戦いの様子を見ながら確認した事よ。ドロシーの速さを把握して、出だしのタイミングさえ間違えなければあれは当たるはずのない攻撃なの。間合いと呼吸は戦いの奥義。リサにも教えなかったっけ?」

「そうですね。『ってお師匠が言ってた』と言われました」

「げ、そうだっけ?」


 アルフィリースが急にばつの悪そうな顔をしたのでリサは溜息をつきながらも、アルフィリースが油断なくそこまで考えながら戦況を眺めていたことに、リサは頼もしさを覚えていた。そして木の陰からはルナティカがすっと現れ、リサに一瞥をくれて去って行った。いざという時のために、アルフィリースはエアリアルだけでなくルナティカも配備していたのだった。

 さらにとどめについてだが、刃物でろくに傷のつかない魔王の首をどのように一刀で切断したかは、団員達がアルフィリースに聞いていた。彼女の説明によれば、受け取った銀の剣だけでなく、金属性の魔法剣による刃物の硬度補強によるところが大きかったらしい。アルフィリースいわく初歩的な魔術とのことだったが、後でリサが知ることになるのは、相当高難易度の魔術ということだった。アルフィリースは呪印を何度も開放する事で、自然と使える魔力の格と総量が上がり、高難易度の魔術の使い方を覚えているらしかった。


 そして緒戦を終えたアルフィリース達が意気揚々と凱旋する。彼らは自分達がどのように活躍したかを語り合い、大した活躍もできなかった者も自らの無事を喜んだ。死者皆無。これはアルフィリースが団長として認められるに、ふさわしい功績だった。また傭兵団の緒戦としても、非常に良い結果だったろう。

 だがその浮かれる戦勝ムードの一方で、アルフィリースは3名の団員を解雇していた。彼らはアルフィリースの言った言いつけを守れず、先走りして傷を負った者達。少なくともアルフィリースがそう判断した者だった。その中には小隊長を務めたミルネーもいたのである。彼女が離隊する時には、さすがにちょっとした騒ぎになった。

 その時のくだりはこうである。



続く

次回投稿は、1/8(日)20:00です。

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