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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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突然の初陣、その4~集団戦~

「魔王だぁ!」

「魔王が出たぞ!」


 傭兵達が口々に叫ぶ。彼らが叫ぶのも無理はない。ほとんどの傭兵は魔王との戦いなど経験しない、したことがない。傭兵と言ってもその仕事内容は様々であり、人探しや遺失物の捜索、荷運びを中心とする戦いとは縁遠い者もいれば、また借金を返せない者への取り立てを専門とする傭兵、変わり種としては誰かの演技をする役者の仕事しか受けない者もいるのだった。

 さらに戦いを生業とする傭兵といえど、その戦いの種類は実に様々であった。護衛だけを請け負う者、暗殺を請け負う者、戦場専門の者、魔物狩り専門の者。戦場ではさらに細かく分けると、前線専門、防衛専門、追撃専門などなど。数えればきりがないほど種類は豊富である。変わり種で言えば、仇討ち専門や、搦手専門の傭兵もいる。

 だが、そのどれもが傭兵として魔王と対峙することは滅多にない。本来魔王討伐にはC級以上の等級が必要であるし、傭兵が自ら魔王討伐に乗り出すことはあまりない。魔王討伐の中心は軍隊であることが多く、軍隊主導の魔王狩りでは傭兵は大抵損な役回りだし、傭兵達が主導でやろうにも、それほど有力な仲間が少数で揃うことなど滅多にない。せいぜい勇者認定を受けた傭兵が、気まぐれで行う時くらいだ。

 かといって傭兵の頭数が多ければ、それだけ一人の報酬が減る。となれば、魔王討伐はごくごく限られた腕利きの仕事であることが多くなるのは必然であった。つまり、魔王討伐は危険度の割に報酬の少ない、割に合わない仕事なのである。そうなれば傭兵にあまり魔王討伐の経験がない者が多いのも頷ける。魔王討伐の経験があるのは、功名心や向上心の高い傭兵がほとんどだと思われているのだ。


 現に魔王出現時、小隊長に任命されたロイド、グラフェス、ミルネーでさえ魔王討伐の経験はなく、足がすくんだ。彼らが目にしたのは、右腕に限らず左腕も太く発達したグロースアルム。しかもその左肘には大きく発達した突起物がついており、まるで剣を装着しているようだった。よくよく見ればそれは飛び出た骨なのだが、人を威圧するという意味ではなんら変わりのないものである。その体格も一回り以上大きい魔物は、アルフィリース達を値踏みするように睨みつけた。

 その魔王を感知し、リサが一言アルフィリースの傍で呟く。


「あいつ、生意気にもガンくれてやがります」

「またそういう汚い言葉を。ロゼッタの影響?」

「リサは元々これくらい言えますが?」

「それもそっか」


 魔王を観察しながら、場の緊張感にそぐわない会話をリサとアルフィリースが交わす。その彼女達の方にロゼッタが視線で疑問を投げかけきた。


「(どうする? 手筈通り、アタイ達は援護か?)」

「(最初だけつっかけてくれない?)」

「(よしきた)」


 そのような合図をアルフィリースが手信号で出すと、ロゼッタが行動に移す前に魔王の方が動き出した。


「ニンゲン・・・テキ・・・」

「おお、このグロースアルムは喋るぞ!?」

「何寝ぼけたこと言ってやがる。だから魔王なんだろうが」


 驚く傭兵達をロゼッタが制しながら、彼女は一歩前に出た。ロゼッタが魔王を相手にするのは二桁に近いほどの回数がある。たいていの魔王は長く生きた魔物、魔獣の変化によるものだったが、中には奇形や突然変異により超常の力を得た個体もいる。だがロゼッタの経験上、ヤバい魔物は対峙する前から背中や首筋にちりちりとした緊張感が走る。今回それが無い事から、ロゼッタもまた大した事のない相手だと判断した。

 そしてロゼッタは一歩を踏み出すと、そのまま地面を蹴り魔王に突撃した。大剣が唸りを上げて振り下ろされる。


「やぁあ!」


 ロゼッタの一撃は人間なら唐竹割りにするほどのものだったが、魔王はそれを難なく発達した右腕で受け止める。その手ごたえにロゼッタがニヤリとする。


「なるほど。ある程度は楽しめそうだ」

「グ・・・ニンゲン」


 魔王が右腕でロゼッタを振り払おうとしたが、ロゼッタは反動を利用し、器用に宙で一回転をして着地した。同時にロゼッタが檄を飛ばす。


「一斉にかかれ! 囲むようにして戦うんだ!」


 その声で我に返った傭兵達が魔王に切りかかる。今度は今まで休んでいたエアリアル、ロイド、ミルネーの隊を中心に、それぞれが切りかかって行った。先頭を務めるのは各隊長であり、その援護をする形で他の隊員が続く。

 さすがに今までのグロースアルムほどには簡単に傷を負わない魔王だが、それでも連携のとれた攻撃に、徐々にではあるがその体力を削られていくのが見えてきた。対するアルフィリース達だが、何人かの怪我人を出すものの、大きな損害はなく戦い続けているようだった。その様子をアルフィリースとリサが遠巻きに見ている。


「アルフィ。戦いは問題なく優勢のようですが」

「そうね・・・でも弓矢はろくな威嚇の役目も果たしていないわ。唯一エアリアルの矢は効くけど、全員が装備する弓矢にもっと威力のある物が欲しいわ。今回は時間がなかったからジェシアに相談しても既存の武器防具しか揃えられなかったけど、グロースアルム程度の皮膚を貫通できないようではね。飛距離も足りないし」

「贅沢を言えばきりがないですが、人数が増えるほどに彼らの装備や食料を運ぶ荷馬車も良いものが欲しいですね。それもジェシアを締め上げて、もとい、相談してなんとかしますか?」

「何でもかんでも彼女に頼るのは危険だわ。私は飛竜の業者に依頼して、空路で運ぼうかと考えてるんだけど?」

「ならば相当数の飛竜が必要では? 戦闘の儲けよりも高くつきそうです」

「その辺も少し考えがあるのよ。まだまだ問題は山積みね」


 アルフィリースが冷静な意見を述べる。その後も彼女は何やらぶつぶつと呟いていいたが、やがて腕組みをしたまま黙ってしまった。リサも少しずつ理解しているのだが、こういう時アルフィリースは自分の考えがある程度まとまらないと口に出すことはない。無策で全員を不安に陥れることがないことはリサも評価しているのだが、もう少し計画の段階で相談してくれないことにやや寂しさを覚えるリサだった。

 そしてそのアルフィリースは手元に置いた新兵のドロシーと、時々何やら真剣な面持ちで話し合っている。この戦闘が始まってから二人は少しずつそうしているのだが、ドロシーが何やら答えるたびにアルフィリースは頷き、時には笑顔で答えるのだった。もちろんリサはセンサーなのでその内容を聞こうと思えば聞けるのだが、真剣な場面でこっそり聞くような趣味の悪いことはリサはやりたくないのであった。必要があればアルフィリース自らが自分に話してくれるだろうと、リサは思うのだ。

 なので、リサは自分なりの意見として、ドロシーの会話とは関係のないことをアルフィリースに話かけてみる。


「ならばエクラに相談しては? 金の事はミリアザールに相談すればなんとかなるのですし」

「そうね・・・あっ」


 アルフィリースがリサの案を少し考え始めた時、戦場では動きがあった。少しずつ体力を削られる展開に魔王が業を煮やしたのか、両腕を無茶苦茶に振り回して暴れ始めたのである。だがそれは効果絶大で、周囲にいた多くの兵士が吹き飛ばされてしまったのだった。


「うおぅ」

「わあっ」


 多くの兵士が吹き飛ばされながらも、互いに助け合い、怪我をしたものは下げ、無事な者は再び魔王に向かっていく。傭兵達の立て直しが早く、先ほどと同じ展開になると感じた魔王は大きく吠えると、なんと撤退すべく背を向け逃げ始めた。

 予想外の行動に一同の行動が止まる中、いち早く切り替えたのは隊長格の人間達だった。


「野郎、逃がすか! ダロン、追うぞ!」

「各員、追撃だ!」


 ロゼッタとダロンはいち早く走り始め、ロイドの一声で全員が追撃に入る。エアリアルはその中で冷静に弓を構えていたが、傭兵達が邪魔で思うように射ることができない。


「ち、この位置では兵を巻き込む」


 エアリアルは弓での攻撃が無理だと悟ると、いち早く得物を槍に持ち替え走ろうとする。すると、その肩をぽんと叩く者がいた。虚を突かれたエアリアルが驚き顔を上げると、


「エアリー、ちょっと協力してくれない?」


 と、微笑むアルフィリースがそこにいたのだった。



続く

次回投稿は、1/7(土)21:00です。

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