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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
372/2685

討魔協会の舞台裏、その1~浄儀白楽の場合~


***


「お館様、どちらにおわしますか!?」


 鳴子造りといわれる特殊な作りの廊下を、慌てて走る青年が1人。この廊下は外敵の侵入を知らせるため、歩くと大きな音が出る仕組みとなっている。そこを走るものだから、一人が走っていてもちょっとした喧騒となるのであった。

 走る青年の名は猿丸。浄儀白楽のもっとも近くに仕える青年である。


「ここだ」


 その彼を野太い声が呼び止める。声の主である浄儀白楽は庭で気を練っている最中だった。上半身をはだけた彼の体からは寒さを覚える季節の中でもじっとりと汗が滲み出ており、静かながらも彼が厳しい鍛錬を行っていることが一目でわかる。

 彼は男性としては肉体の盛りをとうに過ぎていたが、彼の肉体は若い男性と比べてもなんら遜色のないほどに鍛え上げられており、彼が他人以上に自己に厳しいことを体現していた。だがその鍛錬の様子を知る者はごくわずかであり、多くの者は浄儀白楽をただの暴君として解している。もちろん彼には討魔協会の長たるだけの才覚も実力もあることは、誰しもが認めることではある。

 そんな彼の背中を見つけ、その場に平伏する猿丸。


「お館様、申し上げます!」

「申せ」


 猿丸を見もせずに返事をする白楽。彼はまだ鍛錬をやめる気はないようだ。この気を練る鍛錬は見た目よりも体力と集中力を要する。体の中に巡る血流、筋肉の動き、魔力の動きを一つ一つ把握し、異常があれば正し、バランスを見ながら一つを強め、あるいは弱める。強くし過ぎると全体のバランスが崩れるし、ただ弱めただけでも全体が弱まるだけ。非常に微妙なバランスを要求されるが、それを白楽は会話をしながら行っていたのだった。これは言うほど易しいことではない。

 だが猿丸も彼の実力に十全の信頼を抱いているので、自分の言葉ごときで彼の集中が乱れないことも知っていた。猿丸は遠慮なく続ける。


「ブラディマリア殿の部下がおいでになり、手紙をと」

「読め」

「はい」


 猿丸はその手紙を読もうと中身を開いたが、その内容を見ると躊躇いが出てしまった。白楽の命令に忠実な猿丸だが、その彼をもってして、読むのを躊躇われるような内容だったのである。

 訝しんだは白楽。読めと命令したのに、猿丸の声が聞こえなかった。


「どうした、猿丸よ。文字が読めぬわけではあるまい?」

「は。ですが、これは・・・」

「幼少の頃より貴様には何度も言ったな? 俺に同じ言葉を二度言わせるな、と」

「・・・失礼しました。不肖猿丸、どこまで忠実に読めるかわかりませぬが、精進させていただきます」

「?」


 その言葉に、さしもの白楽も妙な印象を抱いた。そして猿丸が咳払いを一つすると、その手紙を読み始めたのだった。


「えー、『愛しの白楽様ぁ~、突然の手紙を寄越すアタシの無作法を許してねん。このたびアタシ達は鬼達の拠点を全て潰す事に成功しましたぁ。これで討魔協会が鬼の征伐といった、些事に囚われることはないでしょう。ようやく白楽様の本来の目的に邁進できると思いますの。不肖マリアめの、せめてもの贈り物を受け取ってぇ。では、ブラディマリアより愛をこめて。ああ、それと私たちの子どもの名前ですけど~・・・』」


 そこから先は冗談半分、惚気のろけ半分の内容だったので、白楽は本気で聞いていなかった。それならば朗読を途中でやめさせてやればよさそうなものだが、白楽は考え事をしていたので、猿丸は顔面から火が出るのを我慢しながら、ひたすら朗読を続けていたのである。

 そして猿丸が半ば放心状態になりながら手紙を読み終えると、そのまま白楽は彼に背を向けたまま考え事をしていた。忠実な猿丸は彼の言葉を待ちながら、その場に精根尽き果て膝まづいていたのである。哀れ猿丸をさらに鞭打つように、冬の到来を告げる一陣の木枯らしが吹いたその時。


「猿丸よ」

「はい」


 浄儀白楽は猿丸の名を穏やかに呼んだ。それは猿丸が聞いた中で、もっとも穏やかな彼の声だったかもしれない。だがその内容は、今まで彼が聞いた中でもっとも驚くべきものだった。


「諸国の代表、大名を集めよ。鬼相手の戦いが終了したことを告げる」

「はい。では急ぎで?」

「うむ。目出度いことと称して、年初の祝いの席で集合をかけよ。その時に諸々の手配が必要だがな・・・耳を貸せ」

「はい」


 そして猿丸に何かしら耳打ちをする白楽だったが、その内容を聞いて思わず叫び声をあげそうになる猿丸の口を押えながら、白楽は全てを説明しきった。その内容を聞いて呆然とした猿丸だったが、白楽が本気なのを目の輝きで悟ると、彼は黙って礼をしてその場を去った。白楽が冗談を言う性質ではないことを、猿丸はよく知っていたのだ。

 そしてまたしても一人になった白楽は、他の者の前では決してしないどこか憂いを帯びたような表情になるのだった。


***


 同日時、清条家屋敷。その屋敷の私室に坐して書物の写生を続ける詩乃だったが、何かに反応したようにその手をぴたりと止める。

 その傍に控える式部を詩乃がちらりと見ると、式部はこくりと頷いてどこへなりと去って行った。入れ替わりに、あわただしく東雲が駆け込んでくる。


「詩乃様! たった今・・・」

「わかっています、私が自ら行きましょう。誰にも気取られていませんね?」

「それは大丈夫かと。ですがこれは」

「東雲、慌てないで。いずれ予想できた事態の一つです」


 詩乃はそう言ってすっくと立ち上がると、慌てる東雲を伴って部屋を後にした。そうして人に見つからぬように人気のない廊下を選びながら彼女達は歩いていく。時に人とすれ違うも、彼らは詩乃を見ると平伏し、その行き先を尋ねるようなことはしなかった。彼女はミリアザールの前では大人しくしているが、清条の家に帰れば立派な統治者であり、また十分な威厳を備えた当主であった。時に強引に恐怖を持って一族を統括する彼女は、ミリアザールが想像する以上に支配者の資質に恵まれていた。もちろんその資質を開花させたのは他ならぬミリアザールである。

 彼女達が敷地内の庭園の一部であるうっそうとした茂みに出ると、彼女は一直線に茂みの方に歩いて行った。その前で詩乃が手をかざすと茂みは左右に分かれ、詩乃と東雲はその中を歩いて行く。茂みはまるでその意志を持つかのように、彼女達が通った後茂みは元に戻り、その道を誰にもわからぬように隠していた。

 茂みの中、詩乃と東雲だけを浮かび上がらせるように空いた空間は、彼女達の歩みに合わせて場所を変える。やがて開けた場所に二人が出ると、そこには小さな庵があった。その茅葺の入り口には、先ほど部屋を先に出た式部が庵を守るように立ちはだかっていた。


続く

次回投稿は、12/25(日)22:00です。

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