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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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侵攻、その4~混沌の予感~

「ぐ・・・く」


 あまりといえばあまりの言葉に、黄剛は言い返す言葉もなかった。そんな彼だが、もう一つ浮かんだ疑問を思わずぶつけずにはいられなかった。


「俺を・・・殺さないのか?」

「そうですね・・・貴方は強く、まだ伸びしろもある。それに戦士としての運もある。なにせ我々二人と戦い、まだ生きているのですから。私個人としては殺すには惜しいと思っています。ですが」


 ティタニアは少し残念そうに、上の方向を指さした。その先には、掌に巨大な黒い物体を浮かべた少女が空に浮いていた。ブラディマリアである。


「今回の目的は完全殲滅でして。そして彼女は非常に不機嫌のようだ。まだこの土地には100体近い生き残りがいるようですが、諦めてください」

「く、く、くそおおおおおおお!」


 黄剛の叫び声と同時に、ブラディマリアの掌から黒い物体が放たれる。


「覚えていろ、貴様達! いずれ貴様達の上には、相応しい罰が下るぞ! その時こそ、我々の怨嗟の声を聞くがいい!! 我々はその時を楽しみに、地の底から高らかに笑って待つとしようぞ! ははは、ははははは! ははは・・・」


 最後は狂ったかのような笑い声を挙げる黄剛だったが、ティタニアは眉一つ動かさず、颯爽とその場を去って行った。やがて彼の笑い声も黒い物体が巻き起こす黒い奔流にかき消され、後には当初の目論見通り何一つ残らなかった。魔王の襲撃からいち早く町を脱出しようとした者も、ブラディマリアの執事達によって残らず殺されていたのである。

 この日、地上から一つの種族が姿を消した。ただ一人を除いては。


 そしてそのしばらく後。動くもの一つ見当たらず、完全に廃墟と化した場所で会話をする三人。いや、ドラグレオは既に寝ているので、正確にはティタニアとブラディマリアだけである。


「随分と救いのない事を言ってあげたのね、ティタニア。嘘でもいいから希望を持たせてあげればいいでしょうに」

「嘘は好みません。それに、とどめを刺した本人が言う言葉ではないでしょう」

「確かにね。キャハハハ!」


 ブラディマリアは楽しそうに笑う。身を抱えて笑う姿が妙に幼く、その強大な力に見合わずより奇妙であった。そのブラディマリアを見て、ティタニアが不思議がる。


「それにしても妙ですね、ブラディマリア。貴方ほどの者が、我々が来るまで手こずっているなんて。手下で苦戦しても、貴方が出れば一瞬で片がついたのでは?」

「確かにねぇ。でもさしものアタシも、やや子がいる状態で戦闘をするのは憚られるのよ」

「・・・は?」


 ティタニアが何か聞き間違いをしたとでも言わんばかりに、思わず聞きなおした。ティタニアがこのように怪訝な顔をするのは、珍しかったかもしれない。


「ブラディマリア、今何と?」

「あらら? まったく、今さらおぼこぶっちゃってぇ。アタシ、お腹に子供がいるのよ。いわゆる、に・ん・し・ん」

「誰の?」


 からかわれているのかと思ったティタニアが、次々と質問を浴びせかける。その様子を見てティタニアが慌てたと思ったのか、ブラディマリアはいつになく上機嫌だった。


「いやぁねぇ。アタシの相手がつとまる男なんて、そうそういないでしょう?」

「・・・まわりくどい言い方はよしてください。誰なのです? いや、すみません。そもそも私には関係のない話でしたね。言いたくなければ結構」

「意地悪ねぇ。ここまで言わせておいて、それはないわ。どうせなら最後まで聞きなさい。相手は浄儀白楽よ」

「・・・人間などと交わるとは、貴女はそのような生き物でしたか?」

「人間の言葉とも思えないわね、ティタニア」


 ブラディマリアが皮肉っぽく、くすりと笑う。


「アタシは種族差別はしないのぉ。強い者は強い。現に執事の中にも半分人間の者はいるのだから。アタシは博愛主義者よぅ?」

「施すのが死でなければ褒めますが。とんだ博愛主義があったものです」

「死こそ貴賤の別なく訪れるものよ? もっとも、アタシより弱い者に対してだけだけどぉ~」


 けらけらと笑うブラディマリアにティタニアは軽い頭痛を覚えながら、その場を去ろうとする。去りゆく彼女の背後から、目を細めたブラディマリアが声をかける。


「これからどうするの? アタシはしばらくお休みをもらっちゃったけど」

「私は次の仕事が。少なくとも、今回の戦いより大仕事です。その後の予定は今のところありませんが」

「へぇ? 次の仕事、内容を聞いてもいいの?」

「口止めはされているので、内容は話せません。ですが、私にとっても大一番です。その大一番に向けて、鍛錬が多少必要になるでしょう」

「なるほど。だいたい読めたけど、そんなことをしていいのかしら? まだ次節は早いかと思うのだけど・・・まあいいか。アタシは楽しく殺せれば、それでいいのだし」

「・・・やはりあなたは博愛主義などではないですよ」

「これでも子育てはしっかりやるんだけどぉ?」


 またしても楽しそうにブラディマリアが躍ったので、ティタニアはその様子を内心では唇を噛みしめながら見ていた。

 もし仲間内の協定がなければ、あるいはもっと早くブラディマリアと出会っていれば。ティタニアは真っ先にこの女を斬っているだろうと思う。存在するだけで死と恐怖をまき散らす存在。本人以外の誰にとっても益とはならぬこの存在に、ティタニアは嫌悪感を覚えていた。彼女の産んだ執事たちが大戦期の引き金となったことに気付かず、なぜ自分は1000年近くも生きながら、この女に出会って殺さなかったのか。そうすれば、あるいは自分の運命も変わっていたかもしれないと思う。


「(あとの祭り、ですね)」


 ティタニアはいつかブラディマリアを斬り捨てることを心に誓いながら、躍る彼女をあとにその場を去っていく。なぜブラディマリアがこれほどの存在でありながら歴史の表舞台に出てこなかったのかは非常に疑問だったが、そのことを聞いて眠れる破滅を起こすような真似はしたくなかった。

 そしてティタニアが去った後では、ブラディマリアが嬉しそうに笑っていた。


「さてさて、いったいどんな子どもが生まれるかしら? 男の子? それとも女の子? 両性だったりして~。どっちにしても、よい魔王。いえ、大魔王、あるいはそれ以上に育つわぁ。この子が将来成長して、大勢の人間を阿鼻叫喚の渦に叩き落とすと思うと、今からぞくぞくしちゃう。ああ、体が疼いてきたわぁ~また白楽のところに行っちゃおうかしら? それともおなかの子に障るからやめておきましょうか? ああ、そうね。本人に聞いてみることにしましょう」


 ブラディマリアは指を小さく噛むと、懐から取り出した紙に血で文字を書き始めた。文を書く彼女はどこか楽しそうでもあったが、すぐにその手紙を書き終えると、手をぱんぱんと叩いてガラハッドを呼び寄せた。


「マドモアゼル、お呼びでしょうか?」

「この手紙を浄儀白楽の元に届けて頂戴。急ぎでね」

「はい。伝言はございますか?」

「そうね、『動くなら今がいいんじゃないの?』とでも伝えてくれる?」

「・・・なるほど、そういうことでございますか」


 ガラハッドがブラディマリアの意思を察してニヤリとする。その彼の態度に、ブラディマリアも満足したようだった。


「ガラハッド、あなたは察しがよくて助かるわ」

「お褒めに預かり光栄です。では私はこれで」


 ガラハッドは転移で音もなく消える。そしてブラディマリアはいつの間にか召喚した、巨大な三つ首の怪鳥の背に乗っていた。


「さて、これでしばらくは東の大陸は面白くなりそうね。もうアタシが動かなくても、しばらくはこの大陸からは争いが消えることはない。そしてやがては他の大陸にも・・・ふふふ、楽しみね。アタシの坊や」


 ブラディマリアの残虐な微笑みに応えるかのように、彼女の子どもは母親の腹を蹴るのであった。



続く


次回投稿は、12/24(土)10:00です。久しぶりの連日更新。私からのクリスマス的な何か。

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