侵攻、その3~破壊する者~
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それから時は先ほどに戻る。意識の朦朧とした黄剛が聞いたのは、自分が主と崇めた男の断末魔の声だった。いかほど自分が鍛えても、ついに届かなかったその存在。彼に憧れ、何度も勝負を挑みながらも、ついに黄剛は彼に膝をつかせることすらできなかった。王が敵を前に退くのすら見たことがなかったが、その王の断末魔の声が聞こえたのである。
何度もそれは間違いであったと彼は信じたかったのだが、それは目の前に現れたドラグレオによって阻まれた。
「終わりましたか?」
「はーははははぁ! これが証拠だぁ!」
ティタニアの問いに、ドラグレオは左手に持っていたものをぽいと投げた。それは黄剛がただ一人憧れ尊敬した人物であった者の、苦悶に満ちた死に顔であった。いつも歓喜に満ちた表情で戦場に望んだ彼の、そのような顔を黄剛は見たくなかったのだ。
「ウ、ウオオオオオオ!」
「なんだぁ?」
黄剛は悲痛な叫び声と共にドラグレオに突撃した。彼は怒りと力任せにドラグレオの顔面を殴り続ける。一撃一撃が大岩を砕くほどの出力で放たれ、ドラグレオはただ殴られるがままだった。その猛攻に反撃の隙がないのか、あるいはただ面倒なだけか。だがその手もやがて体の限界を超えた疲労物質の蓄積と共に力なく垂れさがり、彼の全身は小刻みに震えていた。それが怒りなのか、悲しみなのか、ただの疲労による筋肉の痙攣なのか黄剛にはわからない。
だが、ドラグレオはそんな彼をあざ笑うかのように、
「なんだ、もう終わりか。つまんねぇ」
黄剛の横っ面を裏拳で殴り飛ばしたのだった。蹴飛ばされた小石のように、吹っ飛んでいく巨体の黄剛。
そして凄まじい衝撃と、破れた鼓膜で遠くにいるドラグレオとティタニアの話声が、まるで耳元で囁くかのように黄剛に聞こえてきた。それはまるで水の底にいるかのような反響の仕方でもある。
「満足しました・・・か、ドラグ・・・レオ」
「いや・・・物足り・・・ねぇ」
「まった・・・く、貪欲・・・な人ですね。ですが任・・・務は完・・・了しました」
「まだ・・・全員殺し・・・てねぇだろ?」
「元々はブラディマ・・・リアの仕・・・事です。思ったより散り散りになったので・・・追いかけるのは面倒・・・彼女に任せましょう。そうだ、あそこの離れた居住区は・・・あなたに任せたい・・・のですが。私の剣も・・・さすが・・・に、あそこまでは・・・届かないので。アノーマリーも・・・潰し損ねたようです。ですが、あなたの・・・ブレスなら・・・」
「いい・・・ぜ、やってやる・・・よ」
焦点の合わぬ黄剛の目に、ドラグレオがゆっくりと黄剛達の一族が住む町へと向き直るのが見える。そしてドラグレオが息を大きく吸い込み吐き出すと、その口からは息ではなく白銀の吐息、いや光線とでもいうべきブレスが一直線に町に向かって放たれたのだった。
辺り一面が光に包まれたかと思うと、轟音と共に町が空中に巻き散らかされていた。ブレスは町のある山の中腹程度に命中したのだ。だがその威力は凄まじく、山ごとその町を衝撃波で空中に持ち上げていた。その様はまるで玩具に飽きた子どもが癇癪を起こし、玩具を空中に放り投げたかのように無造作で。そして空中に巻き上げられた町や人の残骸が舞い降りてくる様は、ゴミのように悲哀に溢れていた。
だがそんな情景を見ながら、ティタニアとドラグレオは何にも感慨を抱いていないようだった。それどころか、
「ドラグレオ、とどめを」
「おうよ」
その無慈悲な言葉だけは、耳のおかしくなった黄剛にもはっきりと聞えたのだった。
「や、やめろぉおおおおお!」
「ふうぅ~・・・ラァ!」
ドラグレオの掛け声と共に、先ほどよりも大きさをと太さを増した白銀のブレスが一直線に町を直撃した。そして今度は巻き散るもののないほどに、町は完璧に木端微塵となったのだった。
「あ、あああああああ」
壊れかけた体に喝を入れて、それでも這いずるようにして黄剛が町ににじり寄ろうとする。そんな彼を横目に、ティタニアはその剣で彼らの王城を八つ裂きにしているところだった。彼女の伝説の一つである、「城切り」であった。
だがそんなことに黄剛はもはや興味も示さず。彼はうつろな目で必死に誰か生きている者がいないかどうかを探そうとしていたのだった。そして、彼の胸にはやりきれない思いが溢れ出る。
「お、俺達が・・・俺達が何をしたぁ!」
黄剛が必死に吼える。その叫びは、この場を立ち去ろうとしたティタニアの足を止めた。ドラグレオの方は完全に興味を失ったのか、彼の言葉に見向きもせずにその場所を立ち去ろうとしていたが。
ティタニアが憐れむでもなく、侮蔑するでもない目で、ただ黄剛を見つめていた。黄剛はさらに吼える。
「我ら『千弦の谷の一族』、鬼の中にあっても無用な争いを慎み、人間に対して中立に近い立場を取って来た! その我らが何故、このような仕打ちを受けなければいけない!」
「何を吼えますか、鬼よ。元々生き物とは存在するだけで戦い、朽ち果てる運命にあるはず」
ティタニアが静かに、しかしやや怒気が籠ったような声で答えた。その表情には彼女には珍しく、怒りとも悲しみともとれる表情が見て取れる。
「そも、この世に誕生せし折より、我々は食うか食われるかを強要される。弱きは死に、強きは生きる。それが無用な社会構造が発達したせいで忘れられているが、元々そうでした。その摂理に対峙し、力を誇示する代名詞である鬼が嘆くとは笑止千万。昔の鬼達はもっと剛毅でありましたが」
「な、なんだと?」
「それに貴方達を狙った理由ですが、それは鬼が強く、生命力に溢れているからです。貴方達の鍛錬こそが、我々を招いたともいえます。強き力はより強気力を招き寄せ、いずれさらに強き力で叩き潰される。それは私とて例外ではありません。まあ一言でいってしまえば・・・」
ティタニアが少し間をおく。だがあくまで無表情に。
「我々に狙われた貴方達は不運だった。そういうことですね」
続く
次回投稿は、12/23(金)10:00です。




