シーカーの里の戦闘、その3~封印奪取~
「! 皆、隠れます! こっちへ」
里に入って間もなく、突如リサが小声ながらも鋭い声を上げて、全員を木陰に促す。
「リサ、敵?」
「おそらく。感知上は人間のようですが、会話も拾ってみます。少々お待ちを」
一番外周部にある木の陰に全員で身を潜め、リサが聴覚に集中し始める。
(やることねぇな・・・)
(なんか面白いことねぇのかよ)
(ダークエルフの娘でもいりゃ楽しめるのによ。あの体型見たか? まるで男を喜ばすために生まれてきたようなイヤラシイ体つきしてたぜ)
(いやらしいのはお前の顔だけで十分だ)
(((ハッハハ・・・)))
(でも全員連れてどこかにいったんだよな? 一人ぐらい残してくれてもいいだろうによ)
(全員って言っても、30人くらいだろ? ま、あの傭兵どもが住民の半分くらい斬っちまったからな。本当はもう少し生け捕りにしたかったみたいだぜ?)
(雇った王子様も、まさかあいつらがあそこまで強いとは思わなかったんだろうな。実際俺達はほとんど何もしてないしよ)
(そうだな。おまえなんか、あの特殊兵の後ろにずっといなかったか?)
(しょうがねぇだろ。あんな正確に飛んでくる矢と魔術の中、突貫なんて自殺行為だ)
(なのに、あいつら平然と斬りかかっていったよな・・・特にあの女。ダークエルフどもを笑いながら殺してたぜ)
(なかなか美人じゃないかと思ったんだが、ありゃイカレてるな)
(ちげぇねぇ)
(おい、聞かれるぞ!?)
一瞬全員が間をおく。
(・・・聞かれたら俺達も殺されかねん)
(確かにな)
(で、いつまで俺らはここにいりゃいいんだ?)
(さぁ? なんか王子様は焦ってたよな)
(そりゃ国に内緒でこんなことしてりゃな・・・)
(肝心の成果は出てないってことか?)
(なんでも、何かの封印を探しているらしいぜ)
(そんなの魔術師がいないと無理だろ。あの王子、やっぱり頭足りないんじゃねぇのか?)
(おいおい、それじゃそいつにつき合わされてる俺達はなんなんだって話だよ)
(外に封印探索に行った連中は、当てもなくやらされてんだろうな。同情するぜ)
(というか、次は俺達の番だろうよ)
(ちなみに傭兵の中に魔術士がいただろうが。あいつは探せないのか?)
(あのジジイは探索するのは依頼外だとか言って、バカみたいな値段ふっかけたらしいぜ。で、王子が報酬をケチったんだろ?)
(・・・本気で頭ワリィな。確か転送魔術とやらで、一人逃げたエルフがいたろ? そいつが援軍呼んできたらどうすんだ?)
(んなこと考えちゃいないだろうよ。封印のありかを知ってる族長夫婦は揃って自決したしな。自分がきちんと持ち物検めしないのが悪いくせに、地団駄踏んで悔しがった挙句、死体を蹴り飛ばしてたじゃねえか。全く、とんだ男だぜ。ああいうのは絶対ロクな死に方はしねぇ)
(もうそれ以上言うのはよそうぜ。そんなのに仕えてる俺らが悲しくなってくらぁ・・・)
(そうだな・・・)
兵士達の会話が一通りきりのいい所でリサは集中をほどき、ゆっくりと目を開ける。
「リサ、どうだった?」
「・・・まず、言いにくい報告からしましょうか」
アルフィの問いに、リサがきまり悪そうに答えた。
「フェンナ、あなたの父君、母君はどうやら自決なされたようです」
「・・・覚悟はしていました」
「フェンナ・・・」
フェンナは涙を見せまいと懸命にこらえているが、内心穏やかではないだろう。拳を強く握りしめ、体を小さく緊張させている。こころなしか震えているようだ。
「フェンナ、大丈夫?」
「・・・大丈夫です、アルフィリースさん。報告を続けてください、リサさん」
フェンナが強い眼差しでリサを促す。アルフィリースは知らずしらず、フェンナの肩を抱いてやった。そしてリサが頷き、続ける。
「どうやら敵はどこかの国の正規軍。私見ですが、可能性としてはクルムス公国が最も高いかと。もっとも国には内緒で隠密行動をしているようですが。しかも率いているのは王族の様です」
「そいつはまずいね、国際問題に発展しかねないわ」
「いや、既に国際問題だ」
ミランダの疑問に、ニアが答える。
「どうして?」
「わからんか? 既にシーカーの王族であるフェンナが事情を知ってしまった。まだ確認を取ったわけではなく、また確認を取れるかどうかわからん。が、証拠は必ずあるだろうし、フェンナが魔術なりなんなりで裏をとることもできるだろう。隠密部隊でも言い訳にならん。エルフ達がどう動くかは別問題だが、この場合、シーカーとはいえ報復行動は各国から支持される可能性が高いな」
「クルムスの領土が欲しいなんて欲求なんかも絡むでしょうね。西方諸国の情勢もきな臭いのに、中原まで怪しくなってきたわね」
「報告を続けます」
唸るニアとミランダを尻目に、リサが続ける。
「死亡したシーカーは半数以上。生き残った者は30人程度ですがここにはおらず、どこかに連れ去られたようです。また敵の目的はシーカーの生け捕りと、封印の探索のようです」
「なぜ人間が私達の封印のことを?」
フェンナが訝しむ。この里の封印は、当然ながら部外秘。シーカー以外に知りうるはずがないのだが。
「それはわからないけど、封印ってのは持ち運びできるタイプかい?」
「一つはできます」
「複数あるの?」
「はい。もう一つは土地にくくりつけてある封印なので、どうしようもありません。様子を見る限りでは発見できてはいないようですが」
「なぜわかるのさ?」
「いえ、封印は二つとも私の家の中にありますから」
フェンナが大きな木を指さす。
「・・・なんで気付かないんだろうね?」
「兵士達の話だと、指揮官の王子は相当ボンクラなようです。魔術士無しで封印を探索しているとか」
「それは正真正銘の馬鹿だな。軍人として馬鹿な上官を持つほど苦しいことはない」
リサの言葉に、ニアが珍しくため息をつく。
割と常識的な事なのだが、魔術で施された封印は何かしらの物理的媒体を使うことが多い。たとえば置物のようなものに封印することもあるし、魔法陣を描くこともある。そういった魔術的根拠を残す物は、探索系の魔術が使えるものなら封印解除ができるかどうかは別として、発見だけならすぐにできる。
だが封印を施す方も見つかっては意味がないので、隠し部屋に置いたり、地形の中に隠したり、だまし絵のように隠すこともある。またトラップを仕掛けることもあるので、魔術士無しの封印探索など無駄が多い事この上ないのだ。
封印の探索を想定して攻め込んできたのなら、準備をしていないのはボンクラ以外の何者でもないだろうと全員が思うのも無理はない。
「じゃあとりあえず、封印の確認を出来る限り穏便にやって、その後退却。御両親の遺骸を確認したいだろうけど・・・リサ、敵の数は?」
「大きな家の中に5、東の家に4、北側の家に5、集落には以上です。後は外に探索に行っているかと」
「じゃあかなりの確率で無理だね。おそらくはここを急襲した連中がそのまま残っているんだ。エルフ100人がかりでも全滅なのに、私達ではとても無理だ。フェンナ、納得できるかい?」
「・・・はい、いたしかたありません。今の私にとって優先すべきは封印の確認。その次に他の集落への連絡ですから・・・連れ去られた皆も気になりますし・・・」
唇をかむフェンナの様子が痛々しい。明らかに無理をしているのが全員に感じられた。
「フェンナ。絶対生き残って、やることをやったら、帰ってきてちゃんと御両親と皆を埋葬しようね」
「アルフィリースさん・・・ありがとう」
フェンナが二コリとしたが、さびしげな笑い方だった。アルフィリースに限らず全員の内心として、フェンナをこんなにした連中をまとめてブッ飛ばしたい憤慨にかられたが、今回はそうもいかない。ここは冷静に行かなくては。一時の感情と命は交換できないのだ。
「作戦は? ミランダ」
「アルフィのしびれ薬と、アタシの眠り薬でぐっすりやっとこう。仕掛ける扉の位置から考えて、まずは北側を全滅させる。それから中央。東は無視だ」
「「「「了解」」」」
まずは全員で身を隠しながら北側に回り込む。5人とも部屋の中にいたので、まずニアがドアをノックする。すると1人が「なんだ~?」とボヤキながらでてきたので、素早くミランダが引きずり倒して、首を締め上げ昏倒させる。そしてミランダが兵士をひきずり倒した瞬間に、アルフィリースとフェンナで、左右の窓から(といってもシーカーの家の造りは簡素なので、ガラスや簀のような遮蔽物は何もないが)、しびれ薬と眠り薬をたっぷり仕込んだダガーと矢を射かける。念のため後詰でニアが飛びこんだが、全員うめき声すらたいして上げる暇もなく昏倒した。彼らはすっかり気を抜いていたのか、鎧すらつけていなかったのだ。
次は真ん中だが、これも同様に簡単に落とせた。敵は完全に緩み切っており、こちらも鎧を着けていない。今度は窓が1つしかなかったので部屋の外から一時に昏倒させるのは無理なのでやむなくニアが突撃したが、残り2人も悲鳴を上げる暇もなくニアがみぞおちを打って悶絶させた。その瞬間にフェンナの矢が2人の肩を射抜く。ここも音を立てることなく、あっさり制圧したのだ。せめて彼らが鎧をつけていたら、これほど簡単にはいかなかったろう。
「フェンナ、急いで封印の確認を」
「はい。見てきます」
アルフィリースに促されて、フェンナが上の階に行く。
「特に何事もなく終わるかな?」
「だといいけど」
「気は抜かないことだな。まだ東の連中は起きている」
「ここで大きな音でくしゃみとか、ベタベタなんでやめてくださいね」
リサが軽口を叩くが、表情は気を抜いていない。しばらくしてフェンナが下りてきた。手に魔道書を持っている。
「それが封印なの?」
「はい、これは無事でした。ですが・・・」
「ですが?」
「もう一つの封印があまりよくない状態です。沢山シーカーの血を吸ったからかもしれませんが、封印がやや緩んでいます。ですが現在の私にはどうしようもありませんから、一度ここを離れ、援軍を呼ぶのが得策かと」
「了解だ。皆、退却だ」
一番ドア近くにいたニアが外にでようとドアに手をかけたその時、ニアに当たる日を遮る影が出現した。
続く
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