侵攻、その2~美しき獣と猛々しい獣~
「「さて、と」」
全く気も性格も合わぬ二人だが、戦う者としての息だけは完璧に合うらしい。互いに背中合わせに構えた彼らだが、その瞬間黄剛がドラグレオに飛びかかっていた。これが唯一の隙だと、彼は読んだのだ。
「オオオ!」
「ぶぐぉっ!」
黄剛の右腕はドラグレオの顔面を正確に打ち抜いていた。黄剛はドラグレオの方を与し易しと見て飛び込んだのだ。もちろんドラグレオに一撃を放った瞬間、女剣士に切り捨てられる可能性もあった。その前に拳そのものが届かない可能性も。
だが、ティタニアは黄剛に見向きもせず、ただその場に佇んでいた。いや、それだけではない。いつの間にかティタニアの足元には、切り取られたはずの黄剛の左腕が置いてあるのだ。目に入った予想外の出来事に黄剛はドラグレオに追撃するのも忘れ、その場に佇んでしまった。
「なぜ、俺の腕がここ・・・」
「良い腕です」
黄剛の言葉はティタニアに遮られた。彼女は黄剛の言葉になど興味がないのだろう。だが、鍛え抜かれた彼の体躯には興味があるらしい。自ら切り取ったはずの黄剛の腕の切断面をまじまじと見ながら、ティタニアは呟いていた。
「生まれてこの方、寸暇も惜しんで鍛えたと見えます。筋繊維の一筋に至るまで美しい。これほどの肉の密度は、人間の体では成し得ません。人間が同じ鍛え方をしても、このようにはならないのです」
「・・・何が言いたい」
「私がこうであれば、もっと結果は違ったかもしれないということです」
振り返ったティタニアは、黄金の大剣を手にしていた。その切っ先がゆらりと揺れたかと思うと、黄剛が反応する間もなく、切り取られた左腕の切断面をさらに極薄に切り取った。
「な、何をする!」
「こうするのです」
さらにティタニアが切り取った方の腕の切断面も同じように極薄に切り取り、その切断面どうしを合わせる。黄剛は呆気に取られたが、不思議とティタニアにされるがままだった。その行為がもたらす結果を、なんとなく黄剛も理解したのだ。
「これは・・・」
「もう動くのではないでしょうか? 久しぶりにやったので、少し手間取りました」
ティタニアが手を放すと、黄剛の左腕がぴくりと反応した。なんと、彼の腕は元通りに動くではないか。
「元に戻したというのか?」
「剣とは斬るだけが全てではありません。全てを斬ることに終始する剣士が昨今大勢いますが、私に言わせれば愚の骨頂。真の剣士とは斬るものを選びます。そして全てを斬るならば、『斬った』という結果すら斬り捨てねばなりません。わかりますか?」
「いや・・・だが、何のために俺の腕を?」
黄剛にはティタニアの話の内容はさっぱりだったが、彼女の目的だけは気になった。その純粋な疑問の眼差しを彼女に向ける黄剛の目に、ティタニアはふっと笑うと、顎でドラグレオが吹っ飛んで行った方向を指した。
「あの獣の相手は片手では無理です。少しでも差を埋めるための私なりの配慮と受け取ってもらえれば」
「いいのか、仲間なのだろう? その結果私が勝ったらどうする?」
「心配せずとも、それはありません」
今度はティタニアがきっぱりと、そして冷たく黄剛の言葉を切り捨てた。その言葉は黄剛に有無を言わせぬものだった。さらにティタニアは続ける。
「貴方が私に感謝する事は決してありません。それどころか、結果を知れば貴方は私を呪うでしょう。私が貴方の腕を直したのは、ドラグレオがあっさりと勝利し、私の戦いの邪魔をせぬかどうかが心配だったからです。彼の戦い方は大雑把なので、私の剣などお構いなしに戦うので。
今回の戦いの目的は殲滅。一人たりとも生かして返しません。ですがドラグレオの戦い方は雑すぎるて、彼に任せていては必ず逃げ延びる者が出てくるし、それに私の剣が彼に当たれば、矛先自体が私に変わりかねません。さしもの私も、彼の相手は面倒臭い。
そういうわけで、貴方には私がここの鬼達を全滅させるまで、ドラグレオの相手をしてほしいのです。何、両腕があれば太陽が沈むまではもつでしょう。今はまだ太陽も高いですし、私もその間には残りの連中を狩りつくせるでしょう」
「・・・は?」
あまりに想定外の答えに、黄剛はその場に固まってしまった。普段なら笑い飛ばすほど馬鹿げた内容。だが、ティタニアがあまりにきっぱりと言い切ったために、黄剛はどうしてよいのかわからず、次の言葉を失くしてしまった。
そんな彼の意識は、ドラグレオの怒号によって引き戻される。
「痛くねぇぞ、ちきしょおおおおおおお!」
「と、叫ぶと言う事は、痛いと言っているようなものですね。ああ、そういえばドゥームの奴が、『あいつは存在自体が痛い奴だよね』とか言っていたましたか。最近の流行り言葉の意味はさっぱりですが」
ティタニアがかぶりを振りながら剣を構え直していた。そして黄剛を無視して歩み始めたティタニアに、黄剛は思わず声をかけてしまった。
「待て! 今から日が沈むまでに鬼を狩りつくすだと? ここに何万の鬼がいると思っているのだ?」
「先ほど剣先を地面に反響させて私が調べた時には、30万と、飛んで672人。非戦闘員は離れた場所にいたようですから、戦う者は5万程度でしょうか」
「なぜ、それを」
「ああ、ちなみに離れた所にいる連中は今頃全滅していますよ。アノーマリーとかいう私の仲間が、新型の魔王の実験場にすると言っていましたから。ざっと魔王を1000体は投入したはずです。鬼といえど、戦う手段を持たぬ者ではどうしようもないでしょう。だから私とドラグレオの受け持ちは、ここの戦士五万程度です。全力を出した私ならば、半日たたずに終わると思います」
「な、なんだと!? 貴様、戦えぬ者に何を――」
だが黄剛が怒りに打ち震える間も、ティタニアの言葉を理解する暇もなかった。吠えながら突進してきたドラグレオが彼に突進する形で、あっという間にその場から引き離したからである。黄剛はドラグレオの突進を受け止めながら、視界の端にティタニアの一振りにて自分の配下達の首が一斉に跳ね飛ばされるのを見ていたのだった。
続く
次回投稿は、12/21(水)10:00です。




