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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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深くに住まう者達、その7~邂逅④~

「もう移動したの?」

「そうだ。急ぐのだろう?」

「まあそりゃあそうだけど・・・あ、ありがとう」


 何を言っているんだといわんばかりのユグドラシルに、突然の転移に戸惑うアルフィリース。アルフィリースは慌てて身だしなみをなぜか整え始め、その場を去ろうとする。


「どこに行く?」

「え、だってべグラードに戻らなきゃ」

「直接はやめておけ。ライフレスが監視しているからな。私が転移で仲間達の近くの路地まで送ってやろう」

「ライフレスが!?」


 その言葉にアルフィリースが大きな声を挙げた。アルフィリースにとってはそれほど意外なことだったのだが、ユグドラシルは彼らしく平然と答えた。


「なるほど、気がついてはいなかったか。奴にとって戦いこそ全て。いや、そうせざるをえなかったと言うべきか。奴は一度戦うに値すると認めたら、地の果てまでも追いかけてくる。それに奴の魔力量からすると、使い魔の行動範囲は大陸の半分以上を占めるだろう。奴から逃げきれるなどと、甘い妄想は抱かぬ事だ」

「迷惑な話ね・・・対応策はないの? 助言でもいいわ」

「なぜ私に聞く? 私は彼らの側だと言ったはずだが?」

「オーランゼブルの計画を見守るとは言ったけど、ライフレスを生かしておかなければならない理由はないはずよ。彼の味方をするとは一言も言ってないわ。それに私を呼びだしてユグドがわざわざ話をしたと言う事は、私は万一の時の何らかの保険だと言う事。私が死ぬとそれなりに困る結果になるかもしれないんじゃない? 違う?」


 アルフィリースの言葉に、満足そうにユグドラシルは頷いた。どうやらアルフィリースの推察は、ユグドラシルを満足させるに足るものであったらしい。


「なるほど、やはりお前と話せてよかった。ならば私から一つだけ助言を。ライフレスは色々な意味でお前と対極に位置する者だ。どのような道を歩もうとも、いつかはきっと戦う事になるだろう。あれは強い。もしお前が勝つことができるとしたら、次の三つの情報を得てからだ。一つ、奴がなぜ不死身なのかを知る事。二つ、奴が使う最大の攻撃魔法の対応策を知る事。三つ、奴の真の能力を知ることだ」

「真の能力? まだ奥の手があるっていうの?」

「ある。それを知らない限り、決して奴を倒す事はできない。たとえどのような仲間を揃えても、絶対に奴を倒す事は不可能だ。だからこそブラディマリアも不気味がって、因縁があるにも関わらず奴に手を出さかったのだから」


 ユグドラシルの言葉には力があった。アルフィリースもまさかと思いながら、まだ信じられないでいた。あれほど圧倒的な存在が、まだ奥の手を隠し持っている。そのような相手に四六時中監視されていると知って、恐怖のあまりアルフィリースは身震いがするのだった。

 そんなアルフィリースを見て少し可哀想になったのか、ユグドラシルが助け船を出す。


「まあそれほど気に病むほどでもない。奴がお前を監視するのはオーランゼブルの命令だからだ。オーランゼブルが存命の内は、決してお前には手を出さない。それどころか、事情によってはお前を助ける命令すら出ている。それなら安心だろう?」

「それでも四六時中見張られているのは、ぞっとしないわ」

「アルネリアの中ではそれも限界があるがな。まあ万一奴が暴走する事も考えて、私もお前をそっと見守ることにしよう」

「そういうことじゃなくて、お風呂まで覗かれるのは嫌だって言ってるのよ!」


 アルフィリースの言葉に、ユグドラシルは三度目を丸くした。今度こそ本当に虚をつかれたようだった。なぜなら、しばらくユグドラシルは目を丸くしたまま止まっていたのだから。


「いや、それは奴にそのような趣味があるとも思えないが・・・」

「そんなのわかんないじゃないの! ライフレスが変態だったらどうするの!?」

「う、うむ・・・奴にそのような性癖があるかどうか、調べておくとしよう」


 ユグドラシルは予想外の質問に狼狽しながら、アルフィリースのヒステリックな質問にたどたどしく答えて行った。そのようなやりとりがしばらく続いた後。


「えーと。で、ユグドはどうするの?」

「まあ世情の監視は使い魔に任せて、瞑想だな。本来なら私が直接動くような事態はあってはならないのだから」

「そうね、貴方のような魔法使いの領域に達した人ならそれでもいいのかもしれないけど。でも私からも一ついいかしら?」

「うん?」


 ユグドラシルは自分の耳を疑った。自分に何か助言をしようとする者など、今までいなかった事だ。自分に教えを乞えど、今まで自分に諭そうとする者など誰一人としていなかった。ユグドラシルは驚きながら、アルフィリースの言葉を待った。

 だがアルフィリースの口から出たのはもっと意外な言葉だった。


「ユグドはちゃんと自分の足で歩いたことある?」

「は? いや、それはあるが・・・」

「自分の足で歩いて、風を肌で感じて、すれ違う人と話して、そういうことは?」

「・・・それはないな。私は誰かと積極的に関わった事はほとんどない」

「それは良くないわ。私も山籠りが長かったからわかるけど、人と話す事は時に千の書物に勝るわ。どんな知識も体験に敵わない事はままあるのよ? 手始めに、ククスの実でもかじってみたら?」


 笑顔でそう話すアルフィリースに、ユグドラシルはただ黙って一度頷いて見せた。その答えに満足したのか、アルフィリースは大人しくユグドラシルの転移でその場を去って行った。最後に、「また会いましょう」という言葉を残して。

 残されたのはユグドラシル。


「まさか私が人間に諭される日が来るとは・・・母上、人間には恐れ入ります」


 そう言うとユグドラシルは転移を使おうとして、ふとその手を止めた。


「・・・たまには歩いてみるか」


 ユグドラシルはそのまま街道に出て、べグラードとは逆方向に歩いてみることにした。すると、ほどなくして果物を引いてくる荷馬車に出会った。馬に手綱を付けて運ぶのは、農家の女性だろうか。既に歳は初老に近いほどである。

 その荷馬車の実を見て、ユグドラシルは女性に声をかける。


「おばばよ、済まぬがそれはククスの実か?」

「そうだがね。とれたてのやつをべグラードの市へ卸しに行く最中さね。食べたいのかい?」

「まあそう思ったが、あいにくと持ち合わせが無いのだ」

「貧乏な少年ってわけか。まあいいさ、今年は豊作でね。一つ恵んでやるよ」


 そう言うと女性は実を一つユグドラシルに放ってよこした。ユグドラシルは見事にそれを受け取って見せる。


「どこに行くか知らないがね、貧しい少年に大地の恵みをってやつさ」

「感謝する、おばば」

「ああ、それとね」


 ユグドラシルに女性は指を振って忠告する。


「女にゃおべっかを使うもんさ。あたし見たいな婆あでも、『お姉さん』って言えば、もらえるククスの実も一つ増えるってもんだろう」

「そのようなものか」

「そんなもんさ、世の中なんてね。正しいことが正解とは限らないさ」

「正しいことが正解ではない、か」


 女性にとっては何の気ない言葉だったかもしれないが、ユグドラシルにとっては意味のある言葉だったのか。彼は女性の言葉を反芻するようにその場に立ちつくしていた。

 やがてそんな彼に見向きもしなかった女性が去り影も見えなくなると、ユグドラシルは歩きだす。そして思い出したように右手のククスをローブで磨き、口にした。


「少し甘過ぎるな」


 そう言いながらユグドラシルはあてどない方向へ歩きだす。彼の胸に去来するのは、


「(果たしてここで私がアルフィリースに会った事で何かが変わるのか。既に東の大陸では動きが始まっている。オーランゼブルの動きが予想よりも早い。間に合うといいがな)」


 このような思い。だが、彼以外に誰もその心中を図る者はない。


続く


次回投稿は、12/17(土)10:00です。

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