深くに住まう者達、その5~邂逅②~
「ではアルフィリース、話をしようか」
「真面目腐った切り口ね。別に話をするのはいいけど、なんで私なの?」
「それはお前だからだとしか言えないな。それにお前は自分の価値をわかっていない。この時代に置いて、お前ほど既存の価値観に縛られず、また教養の高い人間など滅多にいないよ。話し相手としては申し分ないのだ。もっともお前を選んだのは、それだけが理由ではないがな」
「もって回った言い方はよして。要件は何? 早く帰らないと、皆が心配するわ」
「せっかちだな。では単刀直入に聞こうか。お前はオーランゼブルをどう思う?」
「どうって・・・」
漠然とした質問に、アルフィリースは戸惑ったようだった。その様子を見て少年は質問の的を絞る。
「言い方を少し変えよう。オーランゼブルを正しいと思うや否や?」
「それは・・・わからないわ」
「ほう」
アルフィリースの答えは曖昧で自信のないものだったが、ユグドラシルは逆に興味をそそられたようだった。ユグドラシルはさらにまくしたてる。
「なぜわからない? 奴は魔王を量産し、大勢の人間やその他を苦しめている。事実フェンナという娘の恋人は奴の配下のライフレスに殺され、炎獣もまたドラグレオという男に殺された。これをなんと見る?」
「結果だけ見ればそうだし、私もそれは許せないわ。でも、私達人間だって他の生き物から見ればどうかしら? 私達は家畜から様々な物を絞り足り、挙句に食べるわ。生きて行くためにある程度仕方のない行為とはいえ、彼ら家畜の視点から見たら我々人間はさぞかし残酷に見えるでしょうね。もっとも家畜に『残酷』という概念があればだけど。
でも、もしオーランゼブルの行為がこの先、大陸の生物にとって必要不可欠なことだったら? 彼のやっている事は確かに度が過ぎているのかもしれない。だからこそ、彼の目的が気になるの。それがわからないうちに善悪の判定なんかできないし、そんなものは後世の歴史家にでもやってもらえばいいんじゃない?」
「ふむ、良い視点だ。そして口調や態度とは裏腹に、想像以上に冷静な女だな」
ユグドラシルは満足気に頷いた。その彼が指を鳴らすと、それは見事な料理がユグドラシルの使い魔達の手によって彼らの前に運ばれてきた。彼の使い魔は実に様々な形で、主に人型のものだが、頭の形は犬やら山羊やら様々であった。強いて言えば獣人とでも言えばいいのだろうが。だが獣人と違うのは、使い魔達はそれぞれが貴族の晩餐会のように正装に身を包んでいたのである。
これはゆとりのある服装を好む獣人にはありえないことである。加えて料理を乗せてくるのはアルフィリースが見た事もないような生き物だった。六足歩行だが、背中がテーブルのようになっていて、これはユグドラシルが完全に作り上げた生物なのかと想像してみる。使い魔達の共通点と言えば、彼らが水で構成されていることぐらいか。現に、用事の済んだ使い魔達はユグドラシルが指を鳴らすと、再びその場で水に戻ってみせたのだった。用事さえあれば、また近くの噴水から使い魔達を作るのだろう。
そして出された豪華な食事をユグドラシルはアルフィリースに勧めたが、彼女は断った。するとユグドラシルは安全を確かめるように一口先に食べて見せたので、アルフィリースもそこまでされて断るのは失礼かとも思い、料理を口にした。その味はアルフィリースが人生で食べた者の中でも随一に近い逸品だったが、その味を噛みしめるほどの余裕はアルフィリ-スにはなかった。
しばし無言で互いに食事を口に運んだ後、ユグドラシルは料理に口を付けるのを止め、語る。
「アルフィリース。私はオーランゼブルの目的を知っている。その根拠もな」
「ふぅん、教えてくれるの?」
「残念だが、それは駄目だ」
「そこまで言っておいて、それはないんじゃない? 一応、理由は聞いてもいいかしら?」
アルフィリースの素朴な疑問に、ユグドラシルは慎重に言葉を選んでいるようだった。
「・・・私は傍観に徹する事に決めたのだ。私はこの先何があろうと戦いはしない。そういった選択肢は既に捨てている」
「世捨て人のような事を言うのね。『傍観は最大の罪である』って聞いたことない?」
「約100年前に選挙による議会制度を説いた学者、ユーゲルスの言葉か。こういうのもあるぞ。『闘争の歴史を正しく伝えるのは、常に第三者である』」
「東の諸国における現代の裁判制度を確立させた宰相、アルヴィンの言葉ね。自分がその第三者とでも?」
「生憎と歴史を書き綴る趣味はない。ただ形式上私はオーランゼブルの側にいるが、いざという時に彼を止めるため、傍に控えてもらっていると思えばいい。私が積極的に彼の手伝いをすることはありえない」
「それはありがたいことだけど、いざという時って?」
アルフィリースの疑問に、ユグドラシルは自分の言葉を恐れるように話す。
「アルフィリース、お前にとっての最悪だと思う、オーランゼブルの行動の結果はなんだ?」
「え? そうね・・・彼によって人間が敗北し、全員が彼の奴隷のようになるとか・・・かな?」
「なるほど、それはまだ平和な方だ」
ユグドラシルは、子どもを諭すような目でアルフィリースを見た。少し小馬鹿にされたとアルフィリースは思ったのか、彼の方をむっとした目で見る。
「アルフィリース。私が考える最悪は、この大陸の生物が死滅する事だ」
「・・・そこまでオーランゼブルはやる気なの?」
「さてな。奴にその気はなくとも、部下はどうかな? 奴の部下はその気になれば、どいつもこいつもその程度の事はやってのけそうだからな」
「私が直接戦ったのはライフレスとデカイ変態・・・もとい、炎獣を倒した男だけだけど、なんだか否定もできない気がするわ」
アルフィリースは大草原での戦闘を思い出しながら、身震いした。彼らがその気なら、本当に一国を滅ぼすくらいわけがないと思うのだった。そこで何かをアルフィリースが思いついたように、ユグドラシルに質問してみた。
「ねぇ、彼らの中で誰が一番強いの?」
「戦闘は条件や体調、または運によっても結果が変わる。そのような事を聞くのは無意味だと思わないか?」
「もちろん知っているけど、他人の意見も聞いてみたいじゃない? グウェンドルフからの忠告もあるし、私も彼らを大方見たことがあるから、なんとなくの印象はあるけど」
「ふむ、では逆に私から聞こう。誰が一番強いと思う?」
「う~ん」
アルフィリースは悩んでしまった。ライフレスより強い連中を想像するのが彼女には難しかったわけだが、なんとなくアルフィリースにも考える所はある。
続く
次回投稿は、12/13(火)です。




