深くに住まう者達、その1~知恵の真竜~
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「・・・出てきたか・・・」
「アルフィリースですか?」
「・・・ああ、誰かと会っていたようだな・・・少なくとも魔術士・・・しかも相当の手練だな、建物の中が透視できなかった・・・」
「それはなんと・・・あ、こら。私の指を噛むな!」
「・・・何をしている・・・」
ここはべグラードから少し離れた森の中。ライフレスとエルリッチがアルフィリースの監視を行っていたのだった。正確には監視を行っているのはライフレスであり、エルリッチは報告に立ち寄っただけである。その傍らには、いつぞやライフレスが拾った白い魔獣が一体。掌には収まらぬほどのそこそこの大きさに育ってきた魔獣は顎の力も強く、その鋭い牙をエルリッチに思い切り突き立てているのだった。
幼体の頃は優雅な姿をする毛並みの鮮やかな歩行鳥の魔獣だが、大きくなれば凶暴極まりない性格へと変貌する。もっとも、すでにエルリッチに対してはその片鱗をいかんなく発揮しているが。主人としての認識があるのか、ライフレスの前では従順な獣である。
慌ててその魔獣を取り外そうとするエルリッチと、やや呆れたように眺めるライフレス。
「・・・どうやら、その魔獣はお前の事が嫌いな様だな・・・」
「そんな馬鹿な。誰が毎日世話していると・・・ぐわあ、頭に牙を突き立てるな! 穴が開くではないか!」
「ぐるるるる」
エルリッチがどうやっても外せぬ魔獣だが、ライフレスが一言「やめろ」というと、大人しくその牙をはずし、ちょこんとその場に座ったのだった。
「なぜだ?」
「仁徳の差という奴だ」
「ドルトムント、貴様!」
ふと音もなくその場に現れた全身鎧づくめの騎士に、エルリッチが喰ってかかる。だがドルトムントはたいして取り合いもしなかった。
「ところで王よ。この小さな獣に名前は?」
「・・・そういえばまだつけていなかったか・・・何がよいか・・・」
「では白い獣なので、『クロ』にしてはどうでしょうか? どうせこのような低俗な獣、自分の色もわかるわけがなく・・・ぐわあ! だから噛むなと」
「悪意はわかるようだな」
「・・・どうやら貴様程度の頭はありそうだぞ、エルリッチ・・・」
ライフレスがくっくと笑うと、ドルトムントはぎょっとした。ライフレス、いや英雄王グラハムが人前で笑うなど随分となかったことだ。一の側近であったドルトムントですらほとんど見たことがない。どうやらこの獣は、来るべくしてここにいるのだとドルトムントは思った。そのような運命の者達を、実に多くドルトムントは見てきた。そしてまた自分もまたその一人だと。グラハムが善人でないことくらいドルトムントも承知していたが、グラハムには不思議と人を惹き付ける魅力があった。
魔獣がエルリッチを攻撃する様を見ながら、ライフレスは頭を悩ませる。
「・・・名前か・・・そうだな・・・体毛の色にちなんで『ブランシェ』でどうだ?・・・古くに『白』を意味する言葉だ・・・どうやらメスのようだし、女性名がいいだろう・・・」
「いやいや、それでは私と大して変わらぬでは・・・なぜだ?」
ライフレスが魔獣の名前決めると、ブランシェは嬉しそうにライフレスにすり寄って行った。どうやら自分の名前を気に入ったようだ。その様子を見てドルトムントが頷く。
「この魔獣は賢いな。我々の会話を理解している」
「馬鹿な、この種族にそこまでの知恵はないはずだ」
「・・・だが現に理解しているな・・・まあ異端というものはどこの世界にも起こりえる・・・気にするな、エルリッチ・・・」
「ぐうう」
エルリッチはなんだか納得できないようであったが、主人にそう言われては仕方ない。ぐっと堪えるしかないのだった。
そして、その時彼らの目の前に気配もなく突如として現れる男が一人。
「これほどの魔力、どんな奴かと思って見に来たら、知った顔じゃねぇか」
「何者!?」
「む、貴方は?」
「・・・これはまた、随分懐かしい顔だな・・・」
エルリッチは突如として出現した男に警戒心を露わにしたが、ライフレスとドルトムントは逆に警戒心を緩めたようだった。場の雰囲気に肩すかしをくらったエルリッチは、戸惑いライフレスともう一人の男の両者の顔を見比べる。
その男は、気軽にライフレスに声をかけた。
「よう、グラハム。久しぶりだな」
「・・・僕にそれほど気易く話しかけられるのは、お前以外にいないだろうな・・・ノーティス・・・」
「お久しぶりです、ノーティス殿」
ライフレスもまた気軽に返事を返し、ドルトムントに至っては礼をしたのだった。ますます困惑するエルリッチ。
「ライフレス様、こいつは?」
「・・・僕の師とでも言うべき存在だ・・・僕はこいつに帝王学を学んだ・・・」
「それだけじゃあねぇだろう? 右も左もわからず多くの部下を抱えておろおろする小僧に、王としての気構えを教えたのは俺だ。兵法も、人心掌握術もな。そこのドルトムントと最初に引き合わせたのも俺だろうが。まあ結果としちゃ、お前を王に仕立て上げたのは失敗も失敗、大失敗だったがな。こいつは調子に乗った挙句、大量虐殺なんぞやらかしやがって」
「それは見解の相違だ、ノーティスよ。俺は貴様の言う理想郷、千年王国をつくるための手段を考えただけだ。まずは自分を不老不死に。そして圧倒的な力を手に入れるための実験を繰り返しただけだ」
いつの間にかライフレスが成人の姿に戻っていた。それだけノーティスとの会話に夢中という事だろうか。どうやらライフレスにとって、ノーティスは余程信頼のおける人物であったらしい。ライフレスがいささか早口にまくしたてる。
「確かにあの場所での魔術の暴走は誤算とも言えたが、結果としては上々。後は俺が国に戻れば全ては上手くいくはずだった。だが気がつけば、俺が死んだと勘違いした連中が先に内紛を始めてしまっていた。あの手際、俺がいなくなった瞬間に国を乗っ取る算段をしていた連中が複数人いたのだろうな。ああなってはもう国を元に戻すのは不可能であり、俺は不老不死を確たるものにしてから新たに国を造るつもりだった。その際に予想外の事態により、異空間に封印されたのだ」
「どうだかな。お前は元々国の運営に興味持っているようには見えなかった。若い頃じゃ違ったろうが、王となって20年も経つ頃、全てに対する興味を失っていたように見えたがな。
それに、確かに統治の上で絶対的な力で押さえつける事も必要とは説いたのは俺だ。だが、絶対的な力と恐怖は全く意味が違う。お前が使うあの魔法、あれがいい例だ。あの魔法は人の手には余る。もちろん真竜にもだ。あの魔法は完成させるべきじゃなかった」
「それは結果論だ。それに国の運営がうまくいかなくなったのは、貴様が俺の元を去ったからだろう? それから私には対等に口をきく者がいなくなってしまった。どの者も口から出るのはおべっかばかりであり、誰も俺に真実を述べなかった。俺は王として多くの臣下に囲まれながら、まともに会話のできる者がいたためしがない」
「それは貴様のせいでもあるが・・・まあいい。今そんな昔を懐かしんでも始まらん。それよりもこれからのことだ」
トリュフォンは昔と変わらず自分の意見を曲げぬライフレスにやや苛立ちながらも、会話を元に戻した。昔からライフレスが言いだしたら聞かない性格なのは、百も承知だ。それに今さらライフレスが自分の信念を曲げるような相手でない事くらいトリュフォンも理解している。無意味な会話とやりとりに割く時間はないと思いながらも、ドルトムントがこれほど無骨ではなく、もう少し気の利く人物であったらと、トリュフォンは残念でならなかった。
続く
次回投稿は、12/5(月)11:00です。




