シーカーの里の戦闘、その2~ダルカスの森にて~
「いいかい? アタシなんか戦士としてはせいぜい二流だ。ちなみにアンタは三流以下」
「ちょっと、それはいくらなんでもひどくない?」
「いいや、むしろ甘いくらいさ。アタシの中だと、アルベルトでぎりぎり一流ってとこかな。超一流はもっとすごい」
「随分と厳しいわね」
アルベルトの剣技は、アルフィリースにとって衝撃的だった。彼より強い者が世の中にそんなにいるとは、アルフィリ―スには思えないのだ。
なおもミランダは続ける。
「確かに純粋な剣技を取れば、アルベルトは大陸でも有数かもしれない。でも武器には相性もあるし、剣技が有数なら戦闘力も有数かと言われると、そうでもない。特に真っ向からの戦闘よりも殺し合いになると、一番有利なのは後ろから音もなく忍びよって、一撃で相手を殺せる技術を持つ奴だ」
「それは卑怯って言わないの?」
「卑怯でもなんでも、戦場では生き残った奴が勝ちなんだ。アンタも傭兵やるなら覚えておくといい。実際、リサがアンタを本気で殺しに来たら、防げるかい?」
「・・・それは」
アルフィリースは、先の戦いの最中にリサの気配を見失った事を思い出す。確かにあの技術は暗殺に用いる事も可能だろう。
「真っ向勝負でリサとやりあったら、ほぼ100%くらいの確率でアルフィが勝つだろうね。でも、アルフィが油断してたら? 寝てる時は? トイレの時は? 食べ物に毒を混ぜられたら?」
「・・・」
「戦いってのはそういうことさ。ま、アルベルトには経験が足りないだけで、さらに上り詰めていく資質は備えてると思うけどね。それらを全て乗り越えて、初めて超一流ってんだ。超一流は大陸に何人もいないって前提の話だけどね」
「じゃあミランダの思う超一流というのは、どういった連中のことを指すんだ?」
ニアが話に加わってきた。やはり戦士としての血が騒ぐのだろう。
「それは・・・」
ミランダの目がふと遠くなる。おそらくは自分の良人のことを思い出しているのだろう。確かに魔王6体の軍勢とたった5人で戦ったのだ。それはアルフィリースの及びもつかない、凄まじい戦士だったということだ。
「? どうした、ミランダは諸国を旅して色々詳しいのだろう? 私は旅をして余り間がないので、参考にしたいのだ」
ニアにはミランダの過去のことなどわかるはずもなく、純粋に興味本位からの質問だった。一瞬ミランダの表情が翳るが、すぐに彼女は気を取り直す。
「アタシも見たわけじゃないけど、グルーザルドの王様とかそうなんじゃないの? ニアの方が詳しいと思うけど」
「私も国王が戦う所は見たことがない。だが私がまだほんの子供の時、なまった腕の解消がてらに現在の将軍達をまとめて吹っ飛ばしたと聞いた。今の将軍達は一騎当千の強者揃いだが、それを全員まとめて叩くなど、私では想像もつかないな」
「確かに。後は勇者ゼムスとかもそうかもね。もっとも彼はパーティー含めてのことだと思うけど。あとは何とかっていう傭兵団の・・・なんだっけ?」
ミランダど忘れしたと言わんばかりに、全員の方を見る。その目線に、ニアがいち早く反応した。
「それは私も聞いたことがあるな。『狂獣』の異名をとる剣士だろう? しかもグルーザルド、我が国の国王と一騎打ちして生きている唯一の人間だとか。確か率いる傭兵団も化け物揃いと聞いたが」
「50人いないくらいの規模なのに、この大陸で一番強いと言われる傭兵団なのよね、たしか」
「皆、静かに!」
盛り上がる会話の途中、突然リサが声を上げる。また考え事かと一瞬疑ったが、今度はどうやら真剣なようだ。
「リサ、どうした?」
「いえ・・・何かが動いたはずなのですが、気配がなくて・・・おかしいですね」
「疲れてるんじゃない? 私達も交代で寝ましょう」
「そんなはずはないのですが・・・まぁ、でも確かに何も感じませんね。私のセンサー能力にかからないとか、ありえませんから」
リサはため息をついて緊張を解くのだった。
***
「どこに行っていた?」
「いやぁ、3kmほど先に人の気配を感じたもんでね、もしかしたらゼルヴァー達かと思ったんですが」
「違ったのか?」
「さっきの美人ちゃん達でした」
「ほう・・・」
ルイが少し嘆息する。この女剣士が他人に興味を示すのは珍しい。戦場で誰を斬ろうが気にかけず、味方が倒れてすら一瞥もしない。そしてついたあだ名が『氷刃のルイ』。レクサスは彼女が別に残酷だとは思わないが、言い得て妙だとも思う。それは・・・
「で、どうしたんだ?」
「え?」
「何をボケている。まさか殺したのか?」
「いやいや、俺は金にならない殺しはしないですから」
「ふん、守銭奴め」
ルイが吐き捨てるように言った。ルイとレクサスとの付き合いは意外と短い。まだ2年にもならないくらいだ。ヴァルサスに「お前は突っ走るから、こいつを連れていけ」と言われて、ルイはこの変な男を押し付けられた。変態で守銭奴で、だらしがない。が、腕は凄まじい。それに、センサーでもないくせに異常に気配に敏感なのだ。以前は5km後ろからの追手に気がついたこともある。確かに役には立つ。だが。
「あーねーさーん! 今日も頭なでてくださいよ~」
「・・・一度もなでたことはないがな」
「じゃあ、いつものやつで!」
「・・・殴ればいいのか?」
今日もこんなやりとりが二人の間に繰り広げられる。男のくせに、とにかくやかましい。これだけはなんとかならないものかと、悩むルイだった。
***
そしてもう一日太陽が空を巡り、次の太陽が頂点にかかるころ、フェンナが声をあげた。
「皆さん、もうすぐ私の里です」
「一回も魔物に会わなかったね」
「アルフィにしては珍しい」
「なによそれ~」
「アルフィが歩けば、魔物と変態に当たる」
「ひどい~!」
アルフィリースがミランダに抗議する。
「エルフの里が近いからか、センサー能力が上手く働きません。これは結界ですね?」
「ええ、中に入れば問題ないと思います。けどおかしいです・・・」
「なにがだ?」
ニアがフェンナに問いかける。フェンナは木に手を当てて、何かを調べている。
「いえ・・・やはり結界が全て作動しています。そんなはずは・・・」
「それは妙だな」
「ええ」
「何が?」
アルフィリースが会話に入ってくる。
「結界が全て作動しているということは、敵はどこから入ってきたと思います? アルフィリース」
「そういわれれば・・・」
「転送魔術とかいうやつじゃないの?」
ミランダも会話に入ってきた。
「いえ、それは無いと思います」
「なんで?」
「転送魔術というのは発動がかなり複雑で、本来なら1人の移動を正確に行うためには、エルフの魔術をもってしてもかなりの労力と時間を必要とします」
「そんなものなの」
「ええ。なぜなら特に転移先の指定が重要で、下手をしたら壁の中に転移してしまう可能性もありますから。エルフの場合は各里を結ぶ転送円を準備しているので、かなり略式かつ安全に転送ができますが、それでも5人がかりで10分はかかると。本来ならここからミーシアまでの距離を転移するには、10人がかりの魔術で30分はかかります。それが転送魔術が便利でありながら、戦争で利用されない理由です」
「それならばこの里を落とした戦力が、仮に全員転移で飛んできたとしたら、どのくらいの労力がいる?」
ニアの質問はいつも実践向けだ。やはり軍人気質なのだろう。
「まずありえませんが・・・距離にもよりますし、起動時間によって必要魔力も変わります。もし、森の外周部で転送したとして、途中にある結界まで破ることも考えれば、人間の並の魔術士2000人がかりで半日作業かと。これは転送先に何も補助が無ければという仮定での、大雑把な数字ですが」
「それは現実的な手段ではないな」
「今その検証をしても仕方がないんじゃない? とりあえず、最大警戒で里に入りましょう」
「退路の確保も忘れずに」
アルフィリースとリサの言うことも尤もだと一同は納得し、とりあえずここからは戦闘状態だと考えて進むことにする。そして、エルフの里が見えてきた。
「皆さん、ここが私達シーカーの里です」
視界が開けてくると、そこに広がる光景はかなり幻想的だった。
暗い森の中でこの集落だけ日が射しており、ジメジメとしたイメージがなく温かな春を連想させる。そもそも生えている植物自体が違う。森の中はどこかおどろおどろしい感じだったが、里の植物は生命に満ち溢れ、また彩りも鮮やかだ。
普通の動物である鳥や小動物までもおり、とても穏やかだ。この光景を見れば、ダークエルフが邪悪だとはだれも思わないだろう。
また木を無駄に切ったり排するのではなく、上手く必要な分だけを整え、景観に生かしている。それに家が大きな木でできている。どうやら木をくりぬいたり、うまくつなぎ合わせたりして家に使っているようだ。特に中心にある家は、集合住宅とでもいえば丁度よいくらいの大きな木である。またそれ以外の家々と、枝をより合わせるようにして足場に使っているらしい。大きな家を中心にして、ほぼ全ての家がつながっている。家によっては実をつけている木まである。そのままかじって食べることができるのだろうか。
「きれいだわ」
「ああ」
アルフィリースとミランダは美しさに魅かれ、警戒心も忘れたように、その集落に足を踏み入れて行った。
続く
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次回投稿は11/4(木)18:00です。