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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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伝わる思い、伝えられない思い、その20~アルドリュースの手記よりその⑥~

 手記は続く。


『 陽の光の月の7日目


 ついに私は全ての地位を投げ打ってイーディオドを出奔した。国は魔物の巣をつついたような大騒ぎだそうだが、私には関係ない。胸もまるで痛まず、あるのは開放感だけだった。やはり騎士のような堅苦しい世界は私に合わないのだろう。

 ただミューゼ殿下が心から寂しがるのだけはわかっているので、彼女にだけは申し訳ないとも思うが、それでも私の行動を止めるほどではなかった。


 さて次なる目的地だが、棒きれを転がした結果、魔女を探せと出た。こうなれば辺境へ向かうことになるが、どうしたものか。とりあえずは獣人の国に向かえば、森はあるだろう。そうなると砂漠越えが必要だ。砂漠は初めての体験となる、楽しみだ。


 夜長の月の10日目


 今日わかったことがある。熱い時期の砂漠は最悪だ。二度と来ないと心に決めた。そもそも夏が苦手なのに、どうしてこんな馬鹿な選択をしたのか。自分の迂闊さを呪うとともに、笑いが込み上げてきた。

 砂漠のど真ん中で一人笑うなど狂人と変わらない所業だと気付き、また笑った。


 夜長の月の35日目


 今日気づいたことがある。どうやら私は都会の暮らしに慣れ過ぎていて、森とか辺境が肌に合わなくなっているらしい。虫の羽音に眠れない日が続く。魔女を探すのも困難だ、心が折れそうになる。

 そして今日おかしな魔物を見た。今まで見たどの魔物とも違う。そもそも生物としての系統樹にあんなものが存在し得るのだろうか。形は人かと思えば、やがて犬のようにもなり、まるで統一性がなかった。軟体生物には間違いないが、一体あれはなんだったのだろうか。とりあえず近くを通った巨大なトレントが、一瞬で八つ裂きにされて根こそぎ養分を奪われた。あんなのとは間違えても戦いたくない。ギルドに一応報告でもしておくか。ラムフォート森林地帯にはできるだけ近づくな、と。


 落葉の季節の7日目


 魔女を見つけた。私が見つけた魔女は森林の魔女と名乗っていたが、非常に美しい女だった。本人は既に300歳を超えているらしいが、肉体は瑞々しい女性のままだ。魔女と言えばおどろおどろしい印象だけが先行していたが、どうやら全く世間は誤解しているようだった。やはり世の中は自分で直に触れるに限る。

 ところで私はまたしても前回見かけた魔獣に遭遇した。どうにも不思議な生物であり、暇な私はあれを追跡してみようと思う。


 静寂の月の27日目


 森林の魔女の住処を時に拠点にしながら、私はいまだにあの魔物の追跡を続けている。命がけの暇つぶしというところか。特にあの魔物は無駄に破壊活動を行うでもなく、生活圏も一定だった。だが何かを守るように巡回している気がしないでもない。調査の必要があるのだろうが、彼の生活圏の内側に入ろうとすると、明確な敵意を私に向けてきた。最初は攻撃も弱かったが、私が奥に入ろうとすればするほど、奴の攻撃は速く、過激になった。最後に私が調査のために放った使い魔など、信じられないほどの速度で追撃したあげく、一体残らず壊された。

 何かの守護者であることは間違いがないが、今の私には調べる術がない。森林の魔女がここにいるのもあの魔物を監視するためらしく、その正体については結局何もわかっていないらしい。強引に調べようとした2代前の魔女は、成すすべなく殺されたそうだ。

 そうなると余計に気になる所だが、今は置いておこう。それよりも森林の魔女より耳よりな情報を得たのだ。どうやらピレボス連峰の山頂の一つにはシュテルヴェーゼと言われる人物がいるらしい。彼女は世界を見下ろしながら、時に山を降りて我々に必要な事を告げるのだと。私の直感が告げる。彼女が私を神とする女なのではないかと。まあいい、ピレボスに登ってみればわかることだ。誰も登頂した者はいないというが、試してみる価値はあるだろう。

 ただ雪降る今の時期に登るのはあまりに自殺行為なので、暑い時期にでも挑戦するとしよう。


 深緑の季節の11日目


 ピレボスに登るまの時間つぶしに、相変わらず辺境を回る日々が続く。だが今日は面白いことが起きた。なんと、アルネリア教会の暗部らしい連中を目撃したのだ。

 彼らが相手にしていたのは、この近隣を荒らしている魔王だった。大戦期を経て人間達が争っていた魔王はだいぶ大人しくなったと聞いていたが、それでもギルドには相も変わらず魔王討伐依頼が出る。中には最高難度であるSランク依頼などもあったりするが、それらはいつの間にか取り下げられる。誰かが狩っているのだろうとは思っていたが、大抵は勇者判定のついた傭兵か、あるいはアルネリア教会だと言うことだった。今回は明らかに後者である。

 それにしても見事な戦い、いや、狩りである。全員が合図一つで生き物のように動き、確実に魔王を弱らせ、追い詰めて行く。そして魔王が弱り切ったところで、とどめの強大な聖魔術が放たれた。見た所かなり手強い魔王だったが、アルネリア教は被害は軽微なものだった。恐ろしい練度の兵士達、いや、そうさせる指揮官が恐ろしいのか。


「噂ほど大したことはなかったの、梔子」

「そうですね~、思ったより雑魚でしたねぇ」


 神聖魔術を放ったと思しきシスターの傍に、眼帯をつけた態度の軽薄な女性が現れた。緊迫した戦闘の後だと言うのに、妙に二人はへらへらしている。それだけ彼女達が強いということだろう。

 シスターの方は結構年齢を経ている女性なのではないだろうか。遠目にも顔に皺が見える。だが私は違和感を覚えた。そして、しばし彼女をまじまじと見たのがいけなかった。


「ところで梔子よ」

「はい、曲者がいますね~」


 先ほどまで楽しそうに会話していた二人が同時に私の方を見る。その時には私の喉元には既に短剣が突きつけられていた。


「動くな」


 背後にいるのは若い女性だった。だが厳しそうな表情に、私は抵抗を止める。彼女もまた相当の手練なことはすぐにわかった。私はあっという間に拘束された。


「柚子ちゃんお疲れ様」

「梔子よ。ワシは初めて見るな、この娘を」

「外回りに出していた、私の秘蔵っ子です。次の梔子はこの子かと」

「貴様、その歳で引退する気か? サボりか?」

「いえいえ、そろそろ私は病が進行しておりますので、もう一年もすれば働けなくなるかと。余生くらい自分で選んでもいいでしょう? 散々あなたにこき使われたんだから」


 そういった女の顔には、確かに死期が見て取れた。一見美しいが、頬はやや欠け、精気があまり感じられない表情だった。魔王と戦った疲れだけではあるまい、おそらくは不治の病だ。それであれだけの働きをするとは、なんとも見事な娘ではないか。私は知らずしらず質問を口にしていた。


「アルネリアの暗部とお見受けするが、いかに」

「ほほう、アルネリアに暗部があると知っておるというのか?」

「知らずとも、あれほどの組織に手を汚す集団がいないのは妙な話。頭から相手を信じる方が、私はどうかしていると思うが? それに、聖魔術を行使しておいてアルネリアでないと言い切るのもいかがと思うが」

「中々図抜けた男よな。捕まったのも、半ばわざとか?」

「それは想像に任せよう」


 そのやりとりにシスターがふふと笑う。そしてそのフードを取ると、やはり初老にも近いほどの年齢の女性であった。だがその威厳は素晴らしく、またそれほどの歳でありながら美しい女性であった。若い頃なら、さぞかし男が言い寄って来たことだろう。私でも思わず心が動きそうだった。

 だが美しいとか容姿以上に、私はその女性の違和感の正体をはっきりと理解した。その私の表情を見てその女性も理解したのか、周りの者を手で制し、梔子以外を人払いさせたのだった。


「どうやら只者ではないな、小僧。目の輝きが常人ではないわ」

「貴様こそ。アルネリア所属のシスターに魔物がいるとは驚きだ」

「これはこれは。一目で見抜かれたのは久しぶりだ。ここで死ぬか?」

「それは私の名前を聞いてから決めてくれ」


 その私の言葉でシスターは楽しそうに笑った。どうやら駆け引きごとが好きらしい。ならばつけいる隙はあると、私は腹をくくった。


「私の名前はアルドリュース=セルク=レゼルワークという」

「聞いたことがあるな・・・たしかイーディオドの宰相候補だった男ではないか? 最近マイティマスターの称号を得たとかいう」

「いかにも。私がそのアルドリュースだ」


 私は堂々と行ったが、シスターは表情を崩さない。それどころか、くっくと忍び笑いをするではないか。


「ほら吹きだとしたら大したものだが、生憎と証拠がないな。それに宰相候補とも言われた男が、なんとも間抜けな捕えられぶりではないか。マイティマスターの名前が泣くぞ」

「私が欲しかった称号ではないが、身の証に役立ちそうだな。私の懐を探ってみるがいい」


 そう言うと梔子と呼ばれた女性が懐を探り、紋章を見つけると頷いて見せた。確認のためにシスターに紋章を投げてよこす。


「確かにマイティマスターの紋章だ、どうやら本物だな。ならばますます妙だ。こんな人も立ち入らぬような辺境で何をしている?」

「暇つぶしだ」


 私は偽らざる答えを言ったが、余程その答えが面白かったのか。シスターも梔子も、目を丸くして互いを見た後、大笑いを始めた。


「はーはっはっは! どうやらマスター殿は奇人変人の類いの様だな」

「放っておいてくれ。で、どうする? そなたの正体を見抜いた私を殺すか?」

「殺すのはいつでもできる。まずは話を聞こう。全てはそれからだ」

「ならばそなたの名前くらい教えろ。私だけ名乗るのは不平等だ」

「ふむ、私はミリアザールという者だ。以後見知り置いてくれ」


 それだけ言うと、私はシスターに同行を許された。ミリアザールと言えばアルネリア教会の最高教主だったはずだ。私は最高教主が現場に出向くことに違和感を覚えたが、それ以上にアルネリア教会所属の者が最高教主を語るとも考えにくかった。だが最高教主が魔物とは、さしもの私も想像すらしなかった事だ。また面白い運命が始まった一日だった。



続く

次回投稿は、11/15(火)12:00です。

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