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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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伝わる思い、伝えられない思い、その19~アルドリュースの手記よりその⑤~

『 春の月の17日目


 今日もミューゼ殿下は私を笑顔で迎えてくれる。親衛隊隊長に出世したのは良いのだが、宮廷内に私室を構えることになったのはいかがなものかと思う。ミューゼ殿下の要望では断りようもなかったのだが、流石にこれでは世情が掴みづらい。それに、裏で動くのも難しくなる。

 だがミューゼ殿下も変われば変わるもので、最近では滅多な事では我儘を言わなくなった。最初に会った頃のじゃじゃ馬っぷりは既に影を潜め、大人の女性として生まれ変わっていく。その変身は予想を遥かに上回り、指先からたなびく髪すら優雅であり、そうなるように仕向けた私ですら時に見惚れる。そんな万人が見惚れるような女が、私だけに特別な笑みを向けるのは悪い気がしない。

 成人を迎えた彼女には流石に他国から婚約の話もあったが、「私には既に心に決めた人がおりますので」と公衆の面前で使者に言い放った時は傑作だった。同時に私はなぜか息苦しさを覚えたが、いずれ彼女は私との婚約を発表するつもりなのだろう。

 ところで、私がこの前出した献策はまた最高議会で取り上げられそうだ。この国は実力至上主義だし、最小は老齢。このままいけばいずれ宰相の地位にも就けるだろう。現在進行中の都市計画は非常に他の国にも受けが良く、各国から技術者や学者が勉強に来ている。いずれ私の都市計画が世界の標準になるのかもしれない。悪い気はしないが、私の様な人間の思考が世界に散らばるのは、それでいいのかと私は世界に問いかけてみたくもなる。だが世界は広く、私の声は霧のように拡散するだけだろう。世界とは恐ろしいものだ、全くその全容が見えもしない。だが神になれば、その世界を全て我が手に収めることになるのだろうか? 最近その事を考えないでもない自分がいることに私は気づいた。』


 さらにその日誌より5年後。最高議会に出席するようになったアルドリュースは、老齢の宰相を差し置いて思うがままに自分の辣腕を振るい始めた。国は見る間に栄え、人は先を競ってイーディオドに殺到した。

 アルドリュースの日記も相当に忙しいのか断続的であり、数日の事がまとめて書かれるようになっていた。内容も主に自分の行った政策の事がほとんどである。この数年は、ほとんど仕事しかしていなかったようだ。


『 夜長の月の24日目


 最近は本当に忙しい。自分で立ちあげた政策のせいだが、さすがに私の体が悲鳴を上げている。王女自らが祝いとねぎらいを兼ねて私に差し入れを持ってきたが、流石に深夜に男の部屋を訪れるのはどうなのかと窘めると、頬を膨らましながら帰って行った。ああいう仕草は幼い頃そのままなのは可愛らしいが、まったく彼女にも困ったものだ。

 祝いといえば、昨日武術大会でついに優勝した私は本日づけで将軍に任命されたわけだが、宰相補佐の話も来ている。現在の宰相は非常に高齢なので、宰相補佐ともなればまもなく宰相に任命されるだろう。執務がままならなくなりつつある宰相の代わりに外交も任されることが多々あるので、もう間違いはない。そうなればミューゼ殿下との婚姻も正式に発表されるはずだ。

 国王も最初は私に難色を示したが、ミューゼ殿下が既に私以外を夫に望まない事を暗に示しており、国王の方がついに折れてしまったようだ。それに国王自身も私の事はお気に入りで、よく盤上遊戯の相手を務めながら私的な愚痴を聞かされる事も多い。この前などは、良き後継ぎができたら自分は国王の座を早く引退したいなどと言われた。私に期待しているということだろうか。

 仮に国王が退位したとして、庶民出身の私が王になることはなく、ミューゼ王女の王配という立場になるだろう。貴族の意識が強い東の諸国ではなおさらである。だが私とミューゼの間に男の子ができれば話は別だ。彼は正式な世継ぎとして、王位を継承するだろう。ただ幼い子どもに実権などないので、そうなると私は国王代理として国を治める立場になる。

だが私に男の世継ぎが生まれなかったら? その時は諸外国との体面上、私に正式の国王就任の話が来ることになるだろう。ならばそうなるように策略を練るまでだが・・・なぜか最近は王位を狙う事に興味が持てない自分がいる。王宮を出て自分の邸宅を持つ算段もしているし、家ができて落ち着いたらその事もゆっくり考えてみるとしようか。


 静寂の月の31日目


 邸宅が全て完成したわけではないが、無理を言って私はこの屋敷に移らせてもらった。建前はマイティマスター取得のためとしたが、実際には他の狙いのためだ。王宮に多少閉塞感を感じたためということもある。ミューゼ殿下は渋い顔をしたが、無理矢理納得してもらった。

 その理由はまた後日書くとしよう。さしもの私にも憚られる事だから。


 春の月の13日目


 マイティマスター取得の前に、私は今年に行われる統一武術大会への参加を決めた。東の諸国の持ち回りで年に一度行われる、各国間の代理戦争。貴賎を問わず一般参加も行われるこの大会は、大戦期が終結してから行われるようになったものだ。国同士の戦争を、各国最強の戦士同士の対戦で代用しようという考えだ。どうも人間というものは争っていないと気が済まないらしい。東の諸国は文明人を気取っているが、私に言わせればてんでおかしく、野蛮性を捨てきれない愚か者達の祭典だ。

 ともかくイーディオドからは私と数名が出場するが、どうせローマンズランドかアレクサンドリアが優勝するのだろう。特にアレクサンドリアからあの精霊騎士が出てくれば、対抗馬になりうる騎士などたかが知れている。

 だが体を本格的に動かすのは久しぶりだ。気分転換にもなるだろうし、私も出場に向けて鍛錬するとしよう。もちろんマイティマスター取得のために、学位のための研究成果もまとめねばなるまい。大陸最高の騎士の称号は、腕力だけでは取れぬのだ。腕前、知性、実績が全て揃って初めて評価される。大陸最高の騎士の栄誉なのだから、まあそのくらい当然だろう。

 ミューゼ殿下は本来ならへそを曲げたいところだろうが、私の教え通り我慢して待っている。健気な事だ。


 落葉の月の11日目


 一月ほどの間開催される統一武術大会は終了した。この大会は様々な部門があり、剣のみ、槍のみ、女性だけなど様々な部門があるが、やはり全ての差別なく行われる総合部門が一番だろう。私はといえば、全部で7つ程の部門に出場したか。そのどれもで10位前後の成績を収めたが、どれも優勝に絡む事はなかった。私が多数の部門に出場し、そのどれもで優秀な成績を修めた事は有名になったが、私にすれば不名誉もいいところだった。どの部門でも一番になれないなど、私は若い頃と何一つ変わっていないのではないか。腹の底で暗い感情が渦巻くのを感じていた。

 だが収穫もあった。特にアレクサンドリアから出場してきた、女性でありながら精霊騎士でもあるディオーレには驚いた。噂には聞いていたが、既に200年近くを生きる彼女は騎士の中の騎士と呼ばれ、マイティマスターに就任したのも既に100年以上も前のこと。戦場でただの一度も不覚を取った事もなく、生きる伝説と言われる彼女は評判通りの強さを発揮した。彼女がいればアレクサンドリアが大陸最強の騎士団を抱えるというのも頷ける話だ。

 実はこっそりと後で勝負を申し込んだのだが、恥ずかしいことにあっというまにのされてしまった。ここまで完膚なきまでにやられると気持ちがいいものだ。だが彼女は私を見て一言。


「制約が多いな、そなたには」


 とだけ言い残し、その場を去って行った。一目で私が全力でなかったのを見抜いたのだろうか? 確かに汚い手段は封印し、純粋に騎士として戦ったが。わずか数合でわかるものなのか。あれが「極める」というのだろう。全てが中途半端な私には縁のない言葉だ。

 だがマイティマスター取得に向けて、ある程度の実績は稼いだことになる。まあ称号を得られるとも限らんが。


 春の月の21日目


 今日は私の屋敷に凶報がもたらされた。私がマイティマスターに認定されたと言う事だ。どうやら武力の方もそうだが、学術の方が評価されたらしい。私としては大したことは書いていないつもりだったが、論文が選定員の目に止まってしまったのだろう。

 なんということだろうか。私の様な人間が、全ての騎士の目標となる称号を授けられてしまうとは。私はある程度嬉しい半面、それ以上の怖気おぞけと、冷めた心に襲われた。この程度で最高の栄誉が手に入ってしまうのならば、騎士の世界とはなんとつまらないものなのだろうか。

 私は今までそれなりに手を尽くして手に入れた物が、急に路上のゴミ以下に感じられてしまった。もはや私は王という立場にも興味が持てない。私はごみ溜めの山に君臨するつもりはないのだ。ミューゼ殿下と、ここまで私に尽くしてくれたハウゼンには悪いが、私は正式な宰相の辞令が出る前にこの国を去るつもりだ。ある程度想定した事態だし、そのためにしばらく前から手を尽くしている。去ること自体、姿を隠すこと自体は容易だろう。

 結局は、ミューゼが私の一人目の運命の女神だったということだ。だが、私は彼女を自分の真の女神とする事はなかった。さて、そうなれば次の女神を探すことに専念すべきだろう。さしあたり、精霊騎士という存在にも興味がある。先のディオーレでも訪ねてみるのもいいだろうし、あるいは魔女達の元を訪ねるのもいいだろう。また棒きれでも転がして行き先を決めるとしようか。あの老婆の占いが真実なら、どうあがいても次の運命の女に出会うのだろうから』



続く


次回投稿は、11/13(日)12:00です。ちょっと年末忙しくなりそうなので、隔日ペースにさせてください。年明けよりペース戻す予定です。

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