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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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シーカーの里の戦闘、その1~混乱の兆し~

コツ、コツ、コツ…


 人気のない宮殿を悠然と歩く足音が聞こえる。時刻は既に深夜だ。にもかかわらず、この人物は仕事場である宮殿を歩いている。彼はもう何日も自分の邸宅に帰っていない。正確な日数は忘れてしまったが、まだまだやることは山積みで、体を休ませる暇などない。もっとも、その必要ももうすぐなくなるのだが。

 ガチャリとドアを開き、彼が自分の執務室に入ると当直の小姓が出てくる。


「ご主人様、何かお申し付けはありますでしょうか?」

「いや何も要らないよ、ありがとう。もう遅いから君も休むといい」

「いえ、ご主人様が働いているのにそのような・・・」

「君が倒れたら他の小姓にしわ寄せが行くのだよ? 私が執務室に連続で詰めているせいとはいえ、君はもう4日連続で夜勤だろう。まだ成長期なのだから、体をいたわりたまえ」

「は、私のようなものにもったいないお言葉。それでは下がらせていただきますが、ご主人様もくれぐれも御自愛くださいませ」

「うん、そうするよ」


 小姓の少年は一礼して部屋を出ていく。それを優しい笑顔で見守る青年がいる。が、この小姓が出ていき気配がなくなると、その表情からはまるで能面のように感情が抜け落ちていった。

 そしてどこからともなく青年に語りかける声が聞こえる。その声は無邪気な調子にも関わらず、どこかしら暗く重い。先ほどの小姓がいれば、不気味さに腰を抜かしたかもしれない。


「ご主人様、ねぇ・・・」

「来ていたのか」

「随分と優しいね、兄弟子様?」

「ふん、今の内にせいぜい夢を見させておくさ。なにせ、あの小姓にはちゃんと役目があるからな」

「ははぁ・・・さすが兄弟子様だ。随分とえげつないことを考え付くよね~」


 クスクス、と部屋の中からどこからともなく笑い声がこだまする。


「貴様ほどではない。見え透いた世辞はやめろ」

「いえいえ、僕は本当に貴方を尊敬しているよ。なんたってこの僕が貴方を殺さずに、こうして言葉を交わしているんだからね・・・ククク」


 聞こえる笑い声が段々と不快なものへと変わっていく。だがこの青年は気にかける風もない。いつものことなのだ、声の主の口の悪さは。ただし、気を抜けばいつでも本当に殺しには来るだろう。もちろん尊敬など、欠片かけらもしてはいまい。


「・・・で、何の用だ?」

「僕の求める素材がダルカスの森にあるんだ。と、いうわけで兵士を貸してくれないかな? 一応この辺はアンタの担当だしね。勝手に動いて、後でペナルティとかつまらないし。兄弟子ってことで、ちゃんと顔を立てに来た僕を褒めてくれよ? なんたって他の連中じゃ、こうはいかないだろうからね」


 話が本題に入り、もはや尊敬の念など微塵も感じられない。これが声の主の本来の会話の仕方なのだろう。だが、青年は声を荒立たせる様子もない。いちいちこの程度で苛立ちをあらわにしていては身がもたないことを知っている。それに声の主は、こちらが苛立つほどに嬉々とするのだから。


「いいだろう。まだダルカスの森を捜索させている連中がいる。好きに使え」

「普通の人間も使っていいの?」

「構わん。だが後始末だけはきっちりしろよ?」

「もちろん。感謝してますよ、兄弟子様」


 声が明るく、かつひょうきんに答える。


「・・・で、アンタはいつまでこの国にいるつもり?」

「貴様の知ったことではない」

「あ、僕にそんな口を聞いていいのかな~? ・・・殺しちゃうよ??」


 先ほどの明るい声が嘘のように、部屋の空気が一瞬で張り詰める。この場に先ほどの小姓がいれば、この圧力だけで気を失うことだろう。それほど尋常ではない量の殺気だった。


「・・・試してみるか?」

「・・・冗談だって! もう、本気にしないでほしいな。こっちは今手持ちの駒が無いのに、やるわけないでしょ?」

「(手札が揃っていればやるということか。相変わらず危ない奴だ)」


 自分の後輩でこそあるが、一目見た時から青年は声の主が気に入らなかった。師匠がどこから彼を連れてきたのか知らないが、こいつがいなければどれほどやりやすいかと何度思ったことか。もっともこんな奴は一人ではない。自分も含めて、どいつもこいつも一癖ある連中だということは、彼もまた重々承知していた。だがしかし、声の主がいるおかげで計画の進みが早いのも事実だ。


「・・・まあいい。とりあえずこの国でやるべきことはやった。蒔いた種が芽吹くには時間がかかるかもしれんが、中々良い花を咲かせるだろう。楽しみにしておくがいい」


 ここで初めて青年がニヤリと笑う。それは先ほどまでの小姓に向けた優しい笑顔などを微塵も感じさせることのない、凄まじく邪悪な笑みだった。


「ふ~ん、まあアンタがそういうなら間違いないね。アンタは確かに仕事は正確で、美的センスもイケてると思うからさ。ただ方法がまどろっこしくて、僕には合わないけどね」

「貴様のような、刹那的な快楽主義者と一緒にするな」

「へいへい。じゃあ一応仕事が済んだら報告に来ますよ。それまではその体を保っておいてよ?」

「さぁな、なにせ相当ガタが来ている。保証はせんが、耐えて・・・」


 青年のセリフが終わらないうちに、声の主は行ってしまった。青年は内心はらわたが煮える思いだが、今の段階では仕方ない。仲間内で耐えるような行動をとれるのが、青年しかいないのだから。まだ奴らを始末するわけにはいかない。

 そう思い直し机に向かうと、青年は書簡をしたためていく。彼が書いているのは、グルーザルドの同盟国であるザムウェドへの宣戦布告と、国境警備隊に対するザムウェドへの進軍命令書だった。


***


 そして場所は代わり、ここはダルカスの森の中である。アルフィリース達がダルカスの森に入ってから、半日が経過していた。前回魔王討伐のために向かったルキアの森とは、また様子の違う森である。ルキアが比較的若い森で木々も細く、下草が多かったのに対し、ここダルカスはかなり年季の入った森である。木々は高く太く、日が差し込みにくい。

 また日が届かないせいで地面は下草よりも背の低い草やコケが生えており、足場はかなり悪い。おまけに湿気も強く、不快感はかなり強い。日中はそこそこの気温になるが、夜はかなり冷え込む。なのに、今回の行動は秘密裏にしたいため、火も使えないのだ。


「火を使ったら、山一つ向うからでも見えちゃうからね」

「それに、ここの魔物は火を恐れん。むしろ寄ってくる可能性もある」


 それがミランダと二アの判断である。ただフェンナにとっては庭のようなものらしく、危険があれば森が教えてくれると言った。なんでも、土の魔術の一種なのだそうだ。それにセンサーのリサもいる。ニアも夜目が利くし、火が使えなくても警護の心配はない。ただ食事の準備に火を使えないのは痛い。保存がきく干し肉、パンを中心として食べなければならず、長く続けると栄養が不足しそうだった。


「皆、そろそろ寝床の確保の準備だ」

「え、まだ日が傾きかけたくらいじゃないの?」

「いや、森が深いからすぐに何も見えなくなる。今から寝床を確保しておいて、休憩を長くとる方がいい。それに魔物も夜の方が活発だと考えたら、寝床でも本当に休憩できるかどうかはわからない」

「ニアに賛成だ」


 ミランダがうなずく。そしてフェンナが適当に水場の近くを探し、テントを張れるだけの場所を確保するために、木を切ったり草を刈ったりしていると、半刻もしないうちに真っ暗になった。そのおかげで、晩御飯は手探りで食べる羽目になってしまった。


「フェンナ、目的地まではどのくらい?」

「後2日というところです」

「思ったより近いな。エルフの里はもっと森の奥深くかと思っていたよ」


 月明かりがわずかだが射してきた。その中でニアが意外そうな顔をする。


「森の中心部は魔獣の巣窟です。私達の一族は移住者ですから、中央に陣取るようなあつかましい真似はしません」

「移住者?」

「はい、ほんの500年ほど前に南から移ってきたそうです。なぜ移ってきたのか、私は教えられていませんが」

「500年くらいなら、まだその当時から生きているエルフもいるだろ?」

「いえ、そのような長寿なエルフはハイエルフ、ないしはオールドエルフの一族だけです。私達シーカーの寿命は人間と大して変わらず、せいぜい150年です。ただ若く見える期間が人間より長いかもしれません。20前後で成人するのは人間と同じくらいですが、100歳くらいまではほとんど外見に変化がありませんから」

「・・・それはとても羨ましいですね」


 リサが何やら考え込み始めた。嫉妬や羨望とは無縁の人間だと、アルフィリースは考えていたのだが。そんなアルフィリースの目線にも気付かず、一人ぶつぶつと呟くリサ。


「(やっぱり男の子は外見的には若い方がいいのでしょうか? まあリサが外見的にベストな年ごろを迎えるのは10年後くらいでしょうが・・・ジェイクがロリコンという可能性も考えられます。成長したリサを見て『老けた』『ババア』などと言われたら、さすがの私も立ち直れません)」

「・・・リサ?」

「(ですが体が成長しないのもいただけませんね・・・アルフィほど背はいりませんが、あの胸と尻は欲しい。)」

「おーい、リサー?」

「(いや、でもミリアザールのような体形が好みだったらどうしたものか・・・は! もしそうなら、ミリアザールに預けたのは失敗ですか!? 今頃、夜な夜ないかがわしいことを教えられて・・・はは、まさかジェイクに限って・・・意外とそういう趣味だったらどうしよう・・・)」

「リサってば!」


 なんだか一人で頭を抱えて唸り始めたリサを、アルフィリースは揺すってみる。


「邪魔をしないでください、アルフィ! 今真剣に『小さい胸は需要があるのか?』ということについて考え中です。ええ、どうせ貴女には無縁な話でしょうよ!」

「?? 言ってる意味がさっぱりわからないよ??」


 なぜかニアまでちょっと自分の体形を気にし始めた。フェンナは・・・あれだけスタイルよがかったら無縁な悩みなのか、小首をかしげている。ただの世間知らずとも考えられるが。

 フェンナは長い直毛の銀髪に銀眼である。エルフは総じて長身といわれるが、フェンナはそうでもない。ほぼミランダと同じ背丈である。ただ頭はさらに一回り小さく見え、腰などはやたら細いくせに出る所は出ているという、完ぺきな体型だ。こういうのを「人間離れしている」と、いうのだろう。

 ニアは身長こそ低いが、自分ではまだ人間に換算しても15くらいだと言っていた。確か獣人の成長期は遅く、そのぐらいの歳から体格が変わる者も多いと聞いた。まだ勝気で幼い印象があるが、落ち着いた雰囲気を出したら結構可愛いと表現できるのでは、などとアルフィリースは考えてみる。軍人らしく口調こそ強めだが、仕草はかなり可愛らしい。何かあるたび、すぐ尻尾がピコピコとせわしなく動いている。

 ちなみにニアはブルーとグレーの中間色のような毛並みと瞳である。そして毛並みの肌触りがとてもいい。とても柔らかい毛であり、まさに「猫っ毛」である。なお頭を触ると怒るが、喉だと照れる。「やめろ!」から「や、やめて」に口調が変化する。全くわかりやすい性格だ。毎日リサが寝る前にニアをからかうのも、無理からぬことだろう。

 そういえばいつもは話の中心にいるはずのミランダが、何も話に絡んでこない。


「ミランダ、何してるの?」

「んー? 爆弾作ってる」

「ちょっと! 危ないから離れた所でやってよね」


 アルフィリースは思わず一歩下がる。そんなアルフィリースを見て、ミランダがくすりと笑う。


「大丈夫だって。火薬の調合じゃなくて、爆弾に効果付加したり、特殊弾作ってるだけだから。ねぇ、フェンナ~。これがチコの葉っぱだっけ?」

「いえ、それはムスカの葉です。チコはそちらの・・・」

「あ、そっか。じゃあこれをこうして・・・どうだろ、これで?」

「ええ、良くできてると思います、ミランダさん」

「薬とかの調合には自信があるからね。それよりフェンナ、ちゃんと呼び捨てにしろって言ったろ?」

「ご、ごめんなさい・・・。えと、ミ、ミラン・・・ダ?」

「声が小さい! はい、もう一回!!」

「ごめんなさい!!」

「そっちかい!」


 どうにもフェンナが王族などという気がさっぱりしない一行である。なんというか、彼女は妙に謝り慣れてるような。謝り慣れている王女などいるのだろうか?


「でも、なんで爆弾なんて作ってるの?」

「アタシじゃ実力が足りないからね。こういうので補うのさ」

「またまた。ミランダは十分強いじゃない」


 これはアルフィリースの素直な感想だったが、ミランダは彼女をじろりときつい目で睨み据えた。


「アルフィ。アンタ、今のセリフ本気で言ってるかい?」

「え、ええ。嘘は言ってないつもりよ」

「・・・やっぱりアンタは世間知らずだね・・・」


 ミランダがため息を深くついた。



続く


閲覧・評価・ブクマありがとうございます! 最近イイ感じでブクマが伸びてて嬉しいです!


次回投稿は11/3(水)15:00です。


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