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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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伝わる思い、伝えられない思い、その18~アルドリュースの手記よりその④~

 陽光の月の10日目


 時期は夏というやつだ。やたらに私を照りつける日が強く、どうやら太陽は私を歓迎していない。筆も少々荒くなるのを止められない。まあそれも納得できなくもない、私がやっている事を考えれば。

 だが陽が強い方が好都合。魔獣の待ち構える木陰に、労せずして獲物を誘導できようというもの。さて、ほどなくして私の予定通りに事は進んだ。無事に魔獣は撃退され、貴族は私が助け、ハウゼンはまるで私を英雄でも見るような目つきで見てくる。間者の報告では、どうやら私に都合の悪くなった男達は街から姿を消したらしい。順調だ、全てが順調だ。ここまで狙い通りに事が進むとは、私は自分が時々恐ろしい。


 陽光の月の17日目。


 私は助けた伯爵の紹介で、様々な社交場に出入りできるようになった。私が礼儀作法において、上流階級に交じっても恥をかかない事を伯爵が評価してくれたおかげだ。また彼を通じて献策を上層部に上げる事も可能になった。上手くすれば宰相や、それに近しい立場の人間にも私の献策が目に留まるかもしれない。そうなればもっと話は早くなるだろう。とりあえずこのつながりは重要となる。伯爵自身も誠実な人柄であるし、利用しやすそうだ。

 そして伯爵に付き従い登城する中で、宮廷の事情というものも理解でき始めた。どうやら王女様のお披露目は来年の春ということらしい。それまではせいぜい策を巡らせておくことにしよう。

 そして私にも苦手な事はある。武器の扱いというものは魔術協会でも一通り教わるわけだが、さすがに職業軍人ほどには上手く扱えない。鍛錬はまじめに行う必要があるだろう。こればかりは時間をかけざるをえない。全く面倒なことだ。


 深緑の月の20日目


 うだるような暑さが続くが、ここは水源豊富な都市なので水浴びには困らないのは素晴らしいことだ。ところでまた最近面白い情報を得た。どうやらお披露目を控えた王女は非常に我儘であり、特定の女官達にしか世話をさせないそうだ。その人物達を特定し、最適な一人を口説き落とすとしよう。それが一番王女の詳細な情報を得られる方法だろう。


 夜長の月の35日目


 順調に作戦は続いている。最近では日記に綴るのもたわいのない出来事ばかりだ。階級は多少上がって、100人ほどは部下を抱えるようになったか。私の献策も度々上層部に取り入れられているようだ。今度新しく労働者確保のための街区を作るらしいが、それは非常に面白い計画だ。街づくりは私も興味を持つところである。機会があれは設計図などを書いて提出するのもいいだろう。

 ところであと何日かすれば騎士団の武術大会などがあるらしい。基本的に軍人は全員参加だが、私は隊長格なので一般兵が参加する一次予選こそ免除だが、それでも優勝までには十数回勝たねばなるまい。最後は将軍なども出てくるし、まあ土台無理な話だ。適当なところで負けるとしよう。


 落葉の月の20日目


 困った。今日の武術大会の結果、私は上位16人に残ってしまった。ここから先は王族の御前試合になるらしい。そこまで目立つ気はなかったのだが、一体どうしたものか。ここから先は下手な負け方などもできないし、また私自身勝ちを望む自分がいる。一体どうしたものか。


 落葉の月の22日目


 結果として私は準決勝で負けた。さすがに大将軍の地位に就く者は強かった。私も全力を尽くしたが、さすがに及ばなかった。いや、汚い手を使えば勝てぬでもなかったが、そういった事を行う場でもあるまい。それに、真っ向勝負をしてみたかった自分がいるのも不思議な話だ。私は思いのほか、汗水たらすのが嫌ではないのかもしれない。なんにせよ、多少清々しかったのは認めざるをえなかった。

 まあ王族の覚えもめでたくなり、将軍達にも直に声をかけてもらえるようになった。これはこれで良しとしよう。

 それにしても、辺境で前線に立つ兵士達を合わせても、私は軍の中で100傑には入るだろうか。私にはどうやら武器を操る才能もあるらしい。こちらに心血注いでみるのも、案外悪くはないかもしれない。武器の扱いくらい人並であって欲しいと望んだが、それも無理な話だった。何か才能を発揮できない場面や項目はないものか。


 雪降る月の27日目


 口説き落とした女官は、実に色々と王女の事を話してくれる。食べ物の趣味から、体をどこから洗うのが癖という事まで。この女はかなり田舎の出身らしく、口が軽い。まあ見目も体もそこそこだが、適当に王女と仲良くなったら田舎にお帰り願おうか。適当にならず者にでも襲われれば、恥じ入って自ら姿を消すだろう。


 静寂の月の11日目


 王女のお披露目が決まった。次の満月に合わせ、社交界に顔見せを果たすらしい。だが彼女、ミューゼの情報は既に聞いている。とんだじゃじゃ馬で、踊りの一つも踊れぬらしい。まあ通常の子どもであれば、木登りなどが好きでもおかしくない年頃だ。宮廷の礼儀作法に付いてあれこれと言われても、実感などなくて当然だろう。馬鹿なら扱いやすいが、あまり頭の程度が低くても退屈というもの。ほどほどが良いのだが、それは私の贅沢な望みか。

 ともあれ、私は既に作戦を考えてある。宴の途中に王女が退屈した所で、例の女官に外まで連れ出してもらうつもりだ。そこで私は王女と運命的な出会いを果たす事になっている。女官にはそれが私の出世に必要だと言い含めてある。最初は反対した女官も、何度か閨で可愛がってやれば言う事を聞いた。まったく女は単純なものだ。私が他国の間者だったらどうするのか。まあ大国と言えど、所詮このようなものなのだろうな。』


 ここまで読んでトリュフォンは一端傍にあった酒を口に含み、当時の出来事を思い出した。この何年か後の話だが、街にはまことしやかに噂が流れた。一兵卒から出世した男と王女が恋仲だという。普通に考えれば結婚が決まったのならともかく、そのような事を市民が知るはずはないのだが、アルドリュースが噂をばらまき外堀から埋めたということだろう。事実はどうあれそのような噂が出回ってしまえば、他国の間者も当然耳にする。そうなると、ミューゼ王女へと婚姻の申し込みも自然と減ろうというものだ。一兵卒の男の慰み者になった王女など、他国の王族・貴族が望むべくもない。

 アルドリュースは確かに見目は悪くないが、特別美男子と言うほどでもない。どうやって意のままに動くほど惚れさせたのかとトリュフォンも不思議に思っていたが、成人前の多感な時期から刷り込みを重ねていれば、納得もいく。トリュフォンはさらに読み進めたが、そこにはアルドリュースがどのようにミューゼ王女を口説き落として行ったかが詳細に書いてあった。男が女を洗脳するさまが、そこにはまざまざと書かれていた。ターラムの女衒も舌を巻くほどの手管だった。

 アルドリュースは王女の嫌がる物を全て取り払い、彼女の望む物は何でも準備して見せた。ミューゼが寂しいと思う時には話し相手として彼女の私室にこっそり参上し、彼女が踊りやお茶の稽古が嫌で逃げ出したいと思えば、彼は彼女を見事に連れ出して見せた。ミューゼ王女の母は既に亡く、多忙な王に相手をしてもらえない彼女は、幼い頃から彼女専用の王宮で女官に囲まれて過ごす日々だった。彼女が徐々にアルドリュースに依存していくのもやむをえないことかもしれない。

 やがて彼女の信頼を勝ち得たアルドリュースは貴族の位を与えられ、彼女の親衛隊が編成される時にその隊長に任命される事となる。現場に出る機会は減るが、文官として活躍する分には問題ない立場となった。彼が軍属となってから三年、平民としては異例の出世速度だった。

 そして時期はさらにその3年後の事。



続く

次回投稿は11/11(金)12:00です。

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