伝わる思い、伝えられない思い、その17~アルドリュースの手記よりその③~
トリュフォンは手記を読み進めた。そこにはアルドリュースの日常が書かれており、彼がどれほどの速度で知識を吸収し、ベグラードで彼が出世するための策略を練っていたのかがよくわかった。その彼の戦略を見ながら、トリュフォンは空恐ろしくなる。
「一人の人間が考え付くことではないな。まさに天才」
トリュフォンは素直に感心した。知性という言葉は概して一つの基準を持たぬが、記憶力、発想の鋭さ、頭の回転の速さということでは確実にアルドリュースは真竜を上回る逸材だった。
その彼の策略はおよそ夏までには完成されており、彼はしばらくして周辺国にも目を付けたようだった。さらにアルドリュースは今まで稼いだ金を使い、各地に間者を放ち情報収集を始めた。アルドリュースの情報収集の仕方は変わっていて、彼は土地風俗を調べるよりは人物を中心に調べた。しかも彼らの私生活を徹底的に調べ上げ、弱みを握ることに専念したのである。最初から脅迫して操るつもりで、彼は情報を集めていた。アルドリュースが、自分以外の誰も信用していない事の裏返しとも言えた。
やり方はリサに似ているが、実力行使という手段を持たないリサとは違い、アルドリュースは必要があれば誘拐やそれ以上の暴力の行使も厭わなかった。彼はたちまちベグラードで自分の本拠地を築き、出世のための目星をつけたのである。
やがてアルドリュースは本格的に動き出した。
『
春の月の一日目
また春が来た。既に出世のための準備は整っており、きりのいい今日から動きだすことに決めた。一年近くも策を練り下準備をしたのだ、十分この国を操ることができるだろう。あらゆる状況を想定して根回しを完了している。どの道順を辿っても、私が出世することに代わりはあるまい。
じきにベグラードで一般兵士の公募が始まる。平和になりつつある今や、職業軍人に払う給料も馬鹿にならないからそれなりに狭き門だが、念のため試験官も買収してある。もっとも実力で落ちる気は全くないが、出自などのつまらない理由で門前払いにされてはたまったものではない。
学問所に通い士官候補生から軍に入る手もあるが、時間がかかりそうだったから止めた。それよりも軍に先に入り、上役たちの目に留まる方が出世が早いだろう。同時に文官の採用試験も受けるが、それはパフォーマンスというやつだ。手筈は整えているが、問題は私に無条件で協力する人間が何人いるかだ。こればかりは動いてみないと確実性がない。手っ取り早く魅了の魔術を使ってもよいのだが、軍や宮廷に入れば魔術士もそれなりにいるだろう。そうなれば見破られるのは時間の問題になる。ということは、自分の魅力で友人を作ることになるわけだが・・・友人なるものを作ったことのない私には、これが一番の難題だ。さて、どうしたものか。
春の月の二日目
試験は予想通りあっさりと通った。あの程度の文官の試験なら主席でも通過するのも当然か。そこをあえて断るからこそ、意義もあろうというもの。これで私についての風評は出回るだろう。このためだけに試験官を買収したのも馬鹿馬鹿しかったかもしれないが、彼らにはまだ使い道を用意しているから良しとしよう。始末などいつでもできるのだから。
さて、軍に採用されたはいいが、次なる行動はどうすべきか。手はいくつか考えているが、しばらくは様子を見ながら決めるとしよう。
春の月の十日目
今日とても面白い人材を見つけた。今年の士官候補生の集団に、一際優秀な人物がいるらしい。名前はハウゼンと言うらしいが、友人とするのに好都合な人物像かもしれない。そこまで身分の高い士官ではないようだが、さすがに一兵卒の私が話しかけるのは無理だろう。何とかして彼の興味を引かなければ・・・
春の月の15日目
ハウゼンの事を調べるうち、面白いことがわかった。どうやら彼はさる伯爵のお気に入りらしく、その人物の従騎士のような事をしているらしい。上流階級ともつながるとは、実に好都合だ。彼にはせいぜい私の役に立ってもらうとしよう。
だが彼を見るにつけ、この国の要職についてもおかしくなさそうな逸材ではある。私に心酔する人物がこの国の要職につけば、後々やりやすくなりそうだ。
春の月の21日目
今日もべグラードは平和だ。何も起こらない、あまりにも起こらない。確かに国民の大人しい気質も考えれば事件が少ないのも頷けるが、これでは出世の機会に恵まれない。
ならば、活躍の機会は自分で作るまで。こういう時のために、予め色々と手を回しているのだから。
春の月の27日目
今日、街で集団強盗事件があった。相手は武装しているらしく、街の警備兵に負傷者が多数出たらしい。平和な都市なのに、不思議な事もあるものだ。
そして市長からの要請で軍が動くことになった。私は第19区の捜索担当部隊に編成された。どうやら盗賊団は19区で捕まることになりそうだ。
春の月の29日目
無事盗賊団は壊滅した。首魁の男は言葉を発する事もなく、私が自ら討ち取った。彼らは最後まで抵抗したため、一人残らず殺さざるをえなかった。そういうことになった。
私は功を認められ昇進と報奨金が約束されたが、金はどうでもいい。金は親切な男達が、最近私に残してくれている。それよりも昇進が大きいのだ。
これで私は自分の部隊を持つことになった。たかが10人だが、定期的に街の警備なども任される。これが大きな利点である。さて、今まで得た情報の中で、あこぎな事をやっている人間でも洗い出しておくか。次の騒動が起きるだろうから。
春の月の43日目
今日捕まえた商人で今月三人目だ。不正取引の現場を押さえることに成功した。やや逮捕の速度が早過ぎる気もするが、そこは旨くごまかすしかない。実際に一件の解決は本当に偶然であり、運も私に向いている。
少なくとも私は上司の覚えも良く、さらに多くの部下を任せてもらえることになりそうだ。ならば、もう少し大きな事件が必要か。そう、例えば上流貴族が誰かに襲われる、とかあるかもしれない。今度は少し時間をかけないといけないだろう。ああ、その前にハウゼンに偶然を装って会っておくとするか。その方が事件で一緒になった時に印象が強いだろう。
緑が芽吹く月の2日目
こちらから仕掛けるまでもなく、ハウゼンの方から接触を図って来た。それでこそ、彼に私の評判が聞こえるように根回しした甲斐があったというもの。状況は望むとおりに進んでいる。
だが貴族を襲う相手が問題か。あまり人を使いすぎると、後で口封じが面倒だ。それに厄介な事を口走られても困るし、今回は魔獣の出番があるかもしれない。問題は場所だが・・・
緑が芽吹く月の7日目
面白い噂を聞いた。この国の王女が来年にでもお披露目をするようだ。彼女はまだ15歳だそうだが、蝶よ花よと育てられればさぞかし世間知らずなことだろう。彼女が私の最初の運命の女かもしれない。確かに身分から言えば私を王にしうる女だ。早めに探りを多少入れておくか。
緑が芽吹く月の28日目
用意は整った。後は貴族が移動するのに合わせ、街の外回りの警備時間を調整するだけだ。さて、これが難題だが、最初に抱きこんだ部下達が役に立つか。逆にいえば、これが済めば奴らは用済みだな。どんなに頭が悪かろうと、さすがに何かがおかしい事を勘づくだろうからな。彼らには一人ずつ実家に帰るか、行方不明にでもなってもらうとしよう。
続く
次回投稿は、11/9(水)12:00です。




