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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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伝わる思い、伝えられない思い、その16~アルドリュースの手記より②~

「そうさね・・・たとえばあんたは今まで、人を拷問して殺したことがあるね」

「・・・何を根拠に?」

「根拠なんてこの婆の占いだけさ。その人物は・・・あんたを貶めようとした人物だ。あんたより年上の師匠、いや、何かの指導者だったのか。そいつがあんたを貶めようとしたために、あんたは先手を打ってその男を拷問し、監禁し、そのまま飢え死にさせた。どうだい?」

「面白い話だが、証拠がない」

「確かに証拠はない。だからこそあんたは魔術協会の追手もなく、こうしてのうのうと生きている。もちろんそいつが魔術協会のテトラスティンその他数名に嫌われていて、殺してもむしろ喜ぶ人間の方が多いとは計算済みだがね。だが、あんたの表情が証拠さね。少し顔色が変わったじゃないか」


 老婆の瞳が鋭さを増す。その目に私はややうすら寒さを覚えないでもない。なぜ誰にも知られずにやったことを知っているのか。なおも老婆は続けた。


「他にもあるよ? あんたは貴族の娘をたぶらかし、ついには卑しい娼婦にまでその身を落とさせた。そうだね・・・伯爵令嬢ってとこか。いたいけな娘に、惨いことをする」

「・・・」

「他には・・・町と町を争わせ、ちょっとした戦争に持ち込んだね? 集団において人心がどのように動くかを試した結果だ。山賊をまとめ上げ、義賊に仕立て上げたなんてのもある。全く大した人心掌握術だよ、その若さで恐れ入る。あとは・・・」


 そこまで老婆が言った時、私は素早く短剣を抜いて老婆の喉元に突き付けていた。口からは、思ってもみないほど低い声で自然と言葉が紡がれる。


「貴様、どうやら死にたいようだな」

「ふぇふぇふぇ、悪党の部分が出たね。だがそうも簡単に凄んじゃいけないよ。悪魔は笑顔を見せながら人に剣を突き立てるもんさ。まだまだ若い、そんなんじゃこのお婆はびびりゃしないよ。演技はおよし」

「・・・ふむ、どうもよくないな」


 私はすんなり短剣を収めると、老婆に再び向き直った。どうやら多少の脅しの類は効かない相手らしい。


「私の負けだ。あんたの力を認めよう」

「賢いね。少なくともこの婆のことなんか本気で信じちゃいないが、話を聞く気にはなったか。いいだろう。これから言うことをよく聞くんだ。あんたにも、周りにも一大事だからね。こちとら、この言葉を残すために生きてきたと言っても過言じゃないんだ」

「ふむ、期待している」


 それは私の偽らざる本心だったが、この老婆にはどう映ったものか。彼女は意地悪そうな笑みを浮かべながら、やや得意そうに話を始めた。


「あんたはこれから人生を左右する三人の女に出会う。いずれの女との出会いも避けられないが、それぞれとどう関係するかはあんた次第だ。

 まず一人目だ。最初の女はあんたを王にする。あんたは望まれるままに王となり、その権威は飛ぶ鳥を落とす勢いになるだろうさ。あんたがその気になれば名を世に知らしめ、この大陸に覇を唱えることもできるだろうよ。ただし!」


 老婆の目がかっと見開かれる。


「その代償としてあんたの心はゆっくり腐ってゆく、その女の愛情によってね。その女はあんたをこの上なく愛するが、ついぞあんたという人間を理解し得ないだろう。あんたは山のようにあんたを慕う人間に囲まれながらも、永久に誰にも理解されない。あんたの人生は寂しいものだろうさ」

「王なのにか」

「人としての満足度合いに、身分なんか関係ないってことさ。そもそも王とは孤独なものだ」


 老婆は寂しそうに笑って見せた。その笑みに私は深い意味を感じ、考え込んでしまう。だがそんな私をよそに老婆は話を続けた。どうやらかなり話に没頭し始めたらしい。


「次の女の話をしよう。次の女はあんたを神にする。その女は・・・」

「待て、神だと?」

「そう、神さ」


 老婆はニヤリと口元を歪めた。精霊ならまだしも、神とはまた大それた占いだ。そもそも神とはなんなのか、定義が曖昧だ。精霊は知覚しうる存在だが、神を見た者はいない。せいぜい地方で崇められる畏怖の対象として、その言葉が使われる程度だ。

 地方の民話によっては天上に住まう者とも言われるが、誰も見たものはいない。人間には翼がないのだ。私は自分が優れていることは自覚しているが、神を目指すほど大それてもいなかった。だが老婆の方は自信満々のように語る。


「そう、あんたは神にもなれる。婆もこの占いを見た時、自分の占いを疑ったさね。だけど、何度占ってもこの占いがでるんだ。これは間違いないだろうね。二人目の女はあんたを神にするんだ。どうやってかは知らないよ」

「神か・・・定義も曖昧で実感がないな」


 私は知らず首を横に振っていた。神と言われても実感がない。土地によっては伝承などに登場する神に祈る習慣もあるが、私は神など信じてはいないし、そもそも誰かに祈るとか頼る習慣がない。神とはおよそ精霊の類、あるいは邪霊であることもあるだろうが、それを別の言葉で言い表しただけだろう。信じることができるのは自分だけだ。

 老婆の言うことには信憑性がなかったが、だが嘘を言っている目でもない。ならばやがて私に降りかかる運命なのだろうか。私の想像の及ばぬものになるのはやや楽しくもある。その時が来るのを座して待つのは、少し楽しみでもある。どうやら私は老婆の話が少し楽しくなっているようだった。質問する自分の声が少し高揚しているのがわかった。


「では最後の女はどうなのだ? 王、神とくれば、次は何になる?」

「最後の女は、あんたを人間にするのさ。あるいは魔王にね」


 老婆は突然悲しそうに眼を伏せた。その言葉の意味がわからず、私は困惑した。人に困惑させられるなぞ、実に久しぶりかもしれない。


「待て、私は女によって人生が好転するのではないのか? 王も神も好転しているようにしか思えぬが。それなら神から人間にしろ魔王にしろ、どっちになるにしても理屈が合わぬ気がするが」

「最初にどの不幸を選ぶか、と言っただろう? それにこの婆はそうとも思わないがね。婆が見る限り、あんたはまだ人間じゃないともいえるがね」

「人間では・・・ない?」


 その言葉に、私は少なからずどきりとした。その事を実は私自身が疑っているのだ。人が傷ついても心が痛まず、人が死んでも何の感慨もわかない。心が高揚するのは何かを閉じ込めている時だけなど、とても世の常識に照らし合わせて自分がまともな人間であるとは思えなかった。

 だからこそ、王よりも神よりも、人間、あるいは悪魔という言葉は心の隙間に突き刺さるような感じがした。


「人間ではないとはどういういことだ?」

「それはあんたが一番わかっているはずさ。生物としての人間というのは簡単だが、真に人間たろうとしている者などそうはいない。多くの者は人間が何かという疑問にすら気づかず、生きている。その方が余程幸せかもしれないがね。あんたみたいに悩んでしまう人間は、そのほとんどが満足な答えを得られず死ぬ。だからこそ彼らは他の幸せで疑問を代償しようとするのだが、あんたはそんなことでは満足しないだろう。だからこそ魔術協会を出奔したんだろう? で、どうだい。この一年で満足する答えは得られたのかい?」

「いや・・・まだ手がかりすら見つけていない」


 いつの間にか私は素直な心情を吐露していた。私の中で見ようとしていなかった疑問が老婆の言葉によって形を成していくようで、私は生まれて初めて素直な心境を人前で晒したかもしれない。


「老婆よ、そなたの言葉をこそ私は求めていたのかもしれない。生まれて初めて、心から人に教えを乞う。私はどうすればいい?」

「さて。それを決めるのはあんただが、この婆からも一つ言いたいことがあってね。真に伝えたいのは今から言う言葉さね。

 あんたは王でも神でも、ましてや魔王になっても満足はできないだろうよ。それだけは覚えておくといい」


 老婆がここまで言うと肩の荷を下ろしたかのように微笑んだ。私は老婆の言葉を心で噛みしめながら、どこかに安堵を覚える自分に気が付く。そしてしばらくして、ふとした疑問が浮かぶ自分がいた。


「ご老体、いくつか疑問があるのだが」

「なんだね」

「私はこれからそのどれにもなるのだろうか。人の一生で味わうには、些か多すぎる気がするのだが」

「実際にはそのどれかになるだろうね。ただ機会が訪れる順番はこの婆の言った通りだと思うよ。そういう星の巡り合わせだからね」

「なるほど、では満足できるか否かで決めればよいのか。では最後にもう一つ。私が王になるには、どこに行けばいい?」

「愚問だね。その頭は飾り物かい? あんたはよくわかっているはずさ。どこの国に行けば、一番自分が成り上がるのに都合がいいかね」

「ふむ、了解した。では進路を東に取るとしよう」


 その言葉で決心がついた。士官というのは私のこれからの一つの選択肢だとは思っていた。王になる可能性があるというのなら、制約の多い士官も悪くはない。私はかねてから士官を考えていた街に足を向けた。

 その時、ふと風が吹いた気がした。そして自分の恩人足りえるかもしれない老婆の名前すら聞いていない自分に気が付き、振り返る。

 だがそこにはすでに誰もいなかった。風に流されるほど存在が希薄なお婆ではあったが、やはり魔術士だったのだろうか。少なくとも私よりは格上であったろう。

 少し妖魅の類に化かされた気がしないでもなかったが、私は気を取り直して東に向かうことにした。目的地はさしあたりベグラードだ。長らく続いた大陸の戦争も終わりに近づいているが、そこならばいまだに出世の機会も溢れているところだろう。戦争で多くの人間が死んだ。どの国も人材には不足しているはずだ。私の手腕が発揮できそうな場面もいくつか彼の国なら思いつく。

 まずは情報収集するとしよう。話はそれからだ』


 その日の手記はそこで終わっていた。トリュフォンは不思議な思いにとらわれた。魔術は真竜やエルフが人間に教えてから独自の進歩を遂げはしたが、ここまではっきりとした過去見や予知をできる者は真竜にはいない。エルフにも、他の種族にもいないだろう。

 この老婆が誰であったのか。トリュフォンには予想がつかぬでもないが、そこは考えないことにしておいた。


「さておき、続きを読むとしようか」


 トリュフォンは一旦疑問を胸にしまい、次の頁をめくるのだった。



続く


次回投稿は11/7(月)12:00です。

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