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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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伝わる思い、伝えられない思い、その14~残った思い~

「ふむ・・・」

「どう、私の呪印? 魔女見習いの子に調節してもらってはいるんだけど」

「ああ、中々上手くやってはいるな。その子はいい魔女になるだろうよ」


 確かに呪印にはところどころ継ぎ足したり、呪印が暴走しないようにさらに封を施した後が見られた。だが全て応急処置である。何も無ければこの程度でいいだろうが、一度大きな綻びがあれば修復は不可能だろう。


「(アルドリュースめ、よくもこれほどの封呪を施したものだ。口惜しいが、封印をすることに関しては真竜の俺よりも、奴の方がはるかに上だな。確かに奴は天才・・・ん?)」


 トリュフォンがアルフィリースの呪印を突如として指でなぞった。そこがたまたま敏感な部分だったのか、突如触られたアルフィリースは頓狂な声をあげる。


「ひゃわぁ! な、なな、なにすんにょよ!」

「噛んでるぞ」

「うるさいわねぇ!」

「ちょっと黙ってろ」


 アルフィリースは抗議しようとしたが、トリュフォンが今までにないほど真剣な顔で呪印を見ているの見て、思わず声を上げるのを止めた。トリュフォンの顔が険しいものになっていく


「(なんだ、これは? 一つは自分で施した物、もう一つはアルドリュースが施した物だとして、もう一つある? しかもこの術式には見覚えがあるぞ。どこだ、どこで見た?)」

「な、何? 何かあったの?」

「しばし待て」


 トリュフォンが腕組みをして考え始めた。確かにアルフィリースの呪印は普通ではない。呪印が外れる時に動くことや、また強すぎる封呪は字のごとく呪いである。そのものが使用者の体や精神を蝕むのも珍しいことではない。だがトリュフォンが見た所、呪印はアルフィリースが認識する数よりも一つ多い。それに、3つ目の呪印は明らかに別種である。例えるならば、呪印そのものが悪意を持つかのような。もしそうだとすれば、それは完全なる呪いである。

 そうなると新たな疑問が生じる。アルドリュースがこれに気が付いていたとして、いや、術式を見る限りでは気が付いているのは間違いないのだが、なぜ呪いを外そうとはしなかったのか。彼の隣にはグウェンドルフもいたのだ。確かにグウェンドルフ自体はそこまで魔術に詳しいわけでもないが、彼に相談すれば大陸中の上位種が知恵を貸すだろう。彼らの知識を持ってして外せぬ呪いなどあるはずもない。その事に気がつかぬアルドリュースではないはずだ。

 また誰が、何の目的でアルフィリースにこのような物を施したのか。それを彼女に伝えるべきかどうか。トリュフォンは悩んでいた。


「(伝えたとして、どうなるものでもない・・・だが伝えぬのもこの娘のためにならぬか。どうしたものか)」

「ねぇ、どうしたの? 顔色が悪いわ」

「ん、ああ。そうだな」


 アルフィリースの心配そうな声に、トリュフォンは落ち着いて事実をまとめた。


「(少なくとも今はどうする事もできないか。俺はそこまで封印や解呪の魔術が得意なわけでもなし、少なくとも二つの呪印の上からいじくるのは危険極まりない。アルドリュースの奴め、俺に何もさせないためにこれをやったのではあるまいな?

 せめて旧世代の真竜達―-古竜の知恵が借りられればあるいは・・・だが真竜としての役目を放棄した俺では頼むべくもないな。それに今のところ、呪印は安定しているようだ。すぐに何かが起こるわけではあるまい。そうなるとだ、さきほどこの娘と一緒にいたのは・・・)」


 トリュフォンが自分の記憶を辿る。昔自分に懐いていた幼竜の名前を思い出す。


「アルフィリースよ、連れにラキアという娘はいるか?」

「ええ、いるわ」

「真竜だな?」

「・・・そうよ。知り合い?」

「昔な。なるほどそれなら大丈夫か」


 トリュフォンは何か納得したようだった。事情のわからぬアルフィリースは首をかしげるばかりである。そのアルフィリースを放っておいて、トリュフォンは何らかの儀式の準備を始めたようだった。部屋の物を隅にどかし、彼は何やら地面に模様を描き始める。


「何を始めるの?」

「崩れかけた呪印を補強する。その拙い右腕の呪印も、頑強にしておいてやろう。どうせ自分でやったんだろう?」

「拙くて悪かったわね!」

「むしろ褒めているんだがな。それは生粋の魔術士や魔女でも18歳そこらの娘が扱えるような代物ではない。まあそれはさておき、俺が手を加えるだけで無駄な痛みや苦痛はなくなるだろう。それに呪印を外したとして、元に戻すのも楽になるはずだ。今の呪印は外れかけだからな。最近魔力が強くなったような感じがするんじゃないのか?」

「う。それは当たっているわ」


 アルフィリースは図星だったので、ある程度トリュフォンの事を信じたようだった。それに儀式の様子も昔アルドリュースが用意した時と似ている。八つの属性に縁深い呪物を用意し、それらを回転する台の上にばらばらに置く。呪物の配置は時期にもよるが、それぞれの精霊が強くなる方向に合わせて配置する事で、より儀式の精度は上がって行く。強い力を精霊から借りる儀式では、これらの方向はとても重要になるが、魔術士でもこれらを正確に掴むのは難しい。だから大抵の魔術士は等間隔に呪物を配置して、ある程度の誤差も関係ないようにするのだが、これらを不規則に配置する魔術士ほど優れた魔術士だとされる。

 そして半刻もなく、儀式はつつがなく終了した。さすが真竜ということなのか、アルフィリ-スは儀式における大流マナの集約、施行の早さに驚くばかりだった。


「すごいわ。真竜がきちんとした魔術を行うのを初めて見た」

「グウェンドルフはこういう儀式めいた魔術は苦手だろうしな。奴には勤勉さが足らん。が、俺なんかは大したことない、所詮はぐれ真竜だからな。上の世代の真竜たちならもっと上手くやるさ」

「はぐれ真竜?」

「ああ、ラキアに聞いてみな。俺ははずれ者よ」


 儀式も終わり酒瓶片手にくつろぐトリュフォンを、やや見直すアルフィリースだったが。


「そんなとこに突っ立ってねぇで、用が済んだのならとっとと帰りな。俺は忙しい」

「その体たらくで忙しいって・・・でもありがとう!」

「ああ、また呪印がおかしくなったら俺の所に来ると良い。お前が生きている間くらいはサービスしてやるよ。それとついでにラキアを呼んでくれ」

「ええ、わかったわ。重ねて言うけど、感謝するわね」

「んなもん、され足りてるよ」


 酒臭い息を吐きながら笑って返したトリュフォンを、やや苦笑いしながら部屋に残して彼女は去って行った。その去り際、アルフィリースの背後にふっと気配を感じた。それは人ではない、まして妖精でもない。少し目を凝らして見通せば、それは剣である。その剣に不思議な違和感と見覚えがあるような印象を抱いた、トリュフォンだったが、その事について聞き止める前にアルフィリースは部屋を出て行ってしまった。

そして入れ替わりにラキアが入ってくる。ラキアが入って来た時、トリュフォンは明後日の方向を見ながらも、その雰囲気がいつになく張りつめているのを感じていた。


「どうしました、トリュフォン様。いえ、二人の時はノーティス様の方がよろしい?」

「『様』はよせ、堅苦しい。それにその名前は捨てた。真竜としてまともに活動できなかった者が『知識を司る者』なんて意味の名前を名乗るなど、おこがましいにもほどがある」

「いえ、現存する竜の内、グウェンドルフ族長よりも年上なのは貴方と、あとシュテルヴェーゼ様だけ。貴方達を敬まわずして、誰を敬えと? それに貴方からは多くを教わりました。私にとっては人生の師も同然です」

「んなこと言ってるからマイアに怒られるんだよ。だがとんだじゃじゃ馬だと思っていたが、多少は世の中を覚えたみてぇだな。俗っぽいとも言うかもしれんが」

「いけませんか?」

「いや。真竜なんて俗っぽいくらいでいいんだよ。どうせ大した種族じゃないんだ。それを――」

「大した種族じゃないって。それは言い過ぎでは?」

「事実だ。なんせ――まぁいいか。それよりも」


 やや皮肉を言うトリュフォンに少しむっとしたラキアだったが、ラキアの知る彼は始終この調子なのを思い出し、ぐっとこらえた。


「あの娘・・・」


 トリュフォンがややぼんやりと、窓の外を眺めながら呟くように語る。


「アルフィリースと言ったか。お前にとって彼女はなんだ?」

「観察対象、でしょうか。姉のマイアから傍にいるように言われましたので」

「どういう理由で?」

「それはお恥ずかしい限りですが・・・」


 ラキアはこれまでのくだりを述べる。自分が傍にいるのはおいたが過ぎたせいだが、アルフィリースが直接狙われているのも話した。その敵がオーランゼブルだという事も。


「オーランか・・・なるほど、合点がいったよ。そうか、あいつか。あの融通のきかん堅物糞真面目、いつかはロクでもない事をしでかすと思ったが、まさかそんな事をするとはな」

「彼はどうなりますでしょうか? まさか世界を滅ぼすとは思いませんが・・・」

「あるいはもっとタチが悪いかもな。なまじ優秀で賢いだけに、何を考えついたのやら」


 トリュフォンはますます仏頂面になった。元々愛想がいいとはお世辞にも言えない人物なので、さすがに話しかけづらくなったラキアが、彼の傍で口ごもる。そしてトリュフォンは黙ってしまった彼女の傍で、ぶつぶつと独り言を言い始めた。


「そうか、ならあの呪印は・・・だが、なぜ・・・いや、そうか。その可能性もあるのか。ならば俺一人では・・・奴に相談するか? いや、でもなぁ・・・」

「? トリュフォン様、何を?」


 何事かを口の中でもにょもにょと呟くトリュフォンを、ラキアが不思議そうに見つめている。だがトリュフォンは考えがまとまったのか、膝をぱんと叩くと、勢いよく立ち上がった。


「よし、べグラードの生活もここまでだな。ちょいと俺も動くとするか! ラキアお前は引き続きあのアルフィリースを見ていてくれ。呪印の事もあるが、もしかするとこれから先、大陸の多くがあの娘を無視できなくなるかもしれん。何かあれば俺に報告しろ」

「はあ。貴方がそうしろとおっしゃるならそうしますが、とてもそのような人物には見えませんが・・・」


 ラキアが普段のアルフィリースの姿を思い出し、不服そうに述べた。だがそれらはトリュフォンによって無視された。


「ああ、それと」

「なんでしょう?」

「アルフィリースがおそらくは所持しているであろう漆黒の剣。あれは魔剣か?」

「らしいですよ。ハルピュイアが守護していた剣で、たしかレメゲートとか」

「レメゲート・・・なんだか聞き覚えがある気がするな。はて、なんだったか」


 トリュフォンは何か引っかかるような気がしたが、どうにも思い出せなかった。それに他にやるべきことが沢山出来たせいで、この疑問は一端保留にされてしまった。だがトリュフォンはもっとこの事について考えるべきだったのだろう。何せ彼が思い出せない事自体が問題だということを、彼は長い人間暮らしですっかり失念していたのだ。

 そしてトリュフォンはラキアを返した後、自分の部屋の片づけを始めた。本格的にこの土地を出払う準備である。彼は人間として転々と大陸を渡り歩いたため、このような準備など手慣れたものである。元々独り身の彼である。特に親しい者もいるでなし、誰に知らせる事もない。むしろ知らせない方が、ひょんなことでこの土地に戻ることがあった時、都合がよいというものだ。


「親しく付き合ったのは、アルドリュースくらいだったか」


 トリュフォンが片づけをしながら独り言をつぶやく。彼の部屋にはアルドリュースの残したものもいくつかある。彼が勧めてきた本もそうだし、珍しい東の大陸の細工や、酒などもある。


「この酒は奴とまた飲むつもりだったんだがな」


 トリュフォンがぐびりと飲み残した酒を一気に飲む。彼が今まで飲んだ中で最も旨い酒だと思っていたが、どうも味気なかったのは酒の保存状態がよくなかったのか、あるいは一人で飲む酒が旨くないのか。意地っ張りなトリュフォンは認めたくないが、彼はアルドリュースと酒をかわすようになってから特に酒の量が増えていた。そして再び一人で飲むようになってからは、さらに増えていたのだ。

 そしてその酒瓶の傍から、一冊の本が出てきた。


「これは・・・一番最近届いた本だな」


 トリュフォンが手に取ったのは、アルドリュースが最後に送って来た本。その内容は白紙であり、添え書きとして「捨てないでくれ」とだけ記してあった。字に力がないのは、死期が近い状態で床で書いたからなのだろう。その事を察したトリュフォンは意味がわからないと思いながらも、彼の言葉通りに保存していたのだ。


「全く、奴はなんで白紙の本なんぞを・・・これは!?」


 トリュフォンが本を開くと、そこには文字が浮き出始めていた。いかなる仕掛けかと、トリュフォンがまじまじとその本を見る。


「そうか、アルフィリースの魔力に反応するように細工して・・・まったく、器用な事だ。一体こうまでして、何を綴ったものか」


 トリュフォンがうっすらと浮かび始めたその本を広げると、そこには彼が見知った癖のある字で確かにこう書かれていた。


『誰にも言えぬこの思いを、ここに残す。人の世界に適応できなかった者より』


 と。



続く


次回投稿は、11/5(土)13:00です。

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