新たな仲間、その8~謎の男女~
顔を輝かせたミランダの様子を訝しみ、アルフィリースがミランダを肘で小突く。
「ねぇ、なんで嬉しそうなの??」
「だって、イケメンの匂いがするから」
「とんだスケベシスターですね。まぁ人助けする分には止めませんが、助けられてからが彼の本当の災難の始まりなのは間違いないでしょう」
「人聞きが悪いね!」
などと言いつつも、アルフィリースとミランダが真面目に助けに行った。リサは「神よ、哀れな通行人を助けたまえ・・・あのシスターに天罰を、デカ女にはおいしいイベントを・・・」などと呟いている。
「もし、男の方。どうされましたか? どこかお加減でも?」
返事がない。どうやら、ただのしかばねのようだ。と、その時。
「・・・お・・・・・・」
「お?」
「お・・・おっぱい・・・・・・」
間違えた、ただのへんたいのようだ。その瞬間、グシャッという音と共に男の頭が地面にめり込んだ。もちろんやったのはミランダである。
「あー・・・この人手遅れだったわ。もう、なんか色々、人として」
「いや、今ミランダがとどめ刺したよね?」
「人として手遅れなのは貴女も同じです、お姉さま」
「ちょっとリサ、アルフィだけじゃなくて最近アタシにもなんかひどくない?」
いつもの展開に慣れておらず、呆気にとられるニアとフェンナを尻目にぎゃあぎゃあ3人が言い合っていると、死んだかに思われた男がむくっと起き上がってきた。そして・・・
「あーねーさーんー!」
「きゃあああぁ!?」
男が意味不明な言葉を発しながら、アルフィリースの胸に飛び込んで行ったのである。
「な、何するのー!」
「いやー姐さん冷たいなぁ! いつものようにやってくださいよぉ!!」
「いつものようにって、何をよー!?」
あまりの展開に、通行人で含めて全員が真っ白である。いち早く正気に戻ったのはミランダだった。
「・・・は! ちょっとこの変態、アルフィから離れな!」
「・・・またしても変な虫ですか。アルフィ、変な虫を寄せ付けるフェロモンでも出しているのではないですか?」
「どーでもいいから、この人ひっぺがしてぇ!」
だが三人がかりでも、男は離れる気配が一向に無い。
「今までで最大級の変な虫ですね。これは・・・駆除するしかありませんか?」
「仕方ないね・・・殺るか!?」
リサとミランダが物騒な事を言いながら顔を見合わせた瞬間――
「・・・おい、レクサス。何をしている?」
「へ?」
今まで何をしてもアルフィリースから離れようとしなかった男が、突然振り向いた。その瞬間、
ゴンッ!
という衝撃音と共に、男の頭に漬物石がぶつけられた。会心の一撃だったのだろう、男が再び気を失う。もういっそ一生目を覚まさなくてもいいかもしれないというのが、アルフィリース達の感想だった。
そして今度こそ動かなくなった男を足蹴にしながら、話しかけてくる者がいる。
「ワタシの連れが無礼をした。許せ」
「は・・・いえ」
目の前にいたのはアルフィリースと同程度の体躯を持つ男性、いや女性か。しっかりとした豊満な胸が性別を物語るが、それがなければ男性と見まがえてもしょうがないような端正な外見である。鋭い眼光に、整った顔立ち。リサやミランダも整っているが、それとはまた違う。柔らかな雰囲気を全て取り払い、戦士としての特徴だけを残したような整いようだ。荒っぽくて、それでいて隙のないような雰囲気。だがきちんとした格好をすればかなりの美人として通用しそうだ。全くそのような格好には無縁そうな見た目ではあるが。
そういえば、髪が黒くて長い。首の少し上で一つに束ねているが、ほどけば腰の近くまであるか? しかし黒髪を見たのは珍しい。どうやら周囲もそれは同じらしく、魔術士だろうか、などとぼうっとアルフィリースが見惚れていると、女性は既に立ち去ろうとしていた。
「それでは失礼する。急ぎの身ゆえ大した詫びもできんが、また会った折には何らかの形で返そう」
「あ、いえ、そんな・・・な、名前を伺ってもよろしいですか?」
なぜか反射的にアルフィリースは女性の名前を聞いてしまった。女性は少し不思議そうな顔をしたが、特に嫌そうな顔もせず答える。
「ルイだ。事情があって名字は捨てているがね。そっちは?」
「あ、私はアルフィリースと言います。私も名字は捨てています・・・」
「まあお互いこのような髪だ、色々あるだろう。では縁があればまた会おう」
その言葉だけを残し、そっけなく女性は行ってしまった。変態はきちんと連れて・・・いや、足を持って引きずっている。うつぶせなのであれだと顔面がひどいことになりそうだ、とアルフィリースが心配する傍で、ミランダが頭を抱えている。
「どうしましたか、ミランダ。イケメンをゲットし損ねた悔しさですか?」
「いや、あんな変態御免こうむる・・・っていうより、アイツの名前がね・・・」
「確かレクサスとか言ってたわね。知り合い?」
「いや、知り合いじゃないだろうけど。どっかで聞いたような・・・」
***
「・・・起きろレクサス。目は覚ましているだろう? 自分で歩け」
「・・・ばれてました?」
引きずられていた男がむくりと起き上がる。
「ワタシがあと数秒遅れていたら、どうするつもりだった?」
「うーん、とりあえずあの美人三人を昏倒させて、エルフを連れ去っていたと思いますよ?」
「結構な使い手だったぞ、後ろの獣人も含めてな」
「でもまだまだ青い感じが抜けてないですけどね。オレなら問題なく倒せます」
「あの連中が油断していればな。だが今回はそれが仕事ではない」
「まあそうですけど。ゼルヴァーに恩を売っておいて、損はないかと思ったんで」
レクサスはへへへ、と軽薄な笑いを浮かべながら答える。だがルイの表情は変わらない。
「放っておけ、ゼルヴァーがへまをしただけだ。別に尻ぬぐいの必要はない」
「姐さんがそう言うなら。で、どうします?」
「決まっている、先を急ぐぞ。とりあえず宿にコートを忘れた」
「またヴァルサスさんに怒られますよー?」
「だから取りに行くんだろうが。だいたい貴様も着てないくせに」
そして2人は宿に帰り、部屋に無造作に置いてある揃いのコートを羽織る。黒いコートに金のボタン。左胸に同じく金で鷹を示す紋章が刺繍として入れてある。その上からルイは背中に大剣を、レクサスは左右の腰に剣を身につける。
「姐さん、ちゃんとコートの前を合わせましょうよ」
「暑い。ヴァルサスの言うとおり羽織っているだけマシだと思え」
「うーん、ベッツの爺さんが見たらなんて言うか・・・」
「あれは口うるさく言うのが仕事だ。ワタシが真面目になったら、ベッツの仕事がなくなってボケが早く進行するだろうが」
「・・・あの爺さん、後50年くらいはボケそうにないですけどね」
「軽口はそこまでだ。行くぞ」
「ああっ、待ってくださいよー。あーねーさーんー!」
颯爽と宿を出ていくルイの後に、慌ただしくレクサスが続く。二人の進行方向に見えるのは--ダルカスの森。
***
「あ“――――っ!」
「・・・っ! なによミランダ、大きな声出して」
こちらはアルフィリース達である。森に入る準備をするために、今日はこのダーヴで一泊することになった。買い出しに出る前に宿を手配し、部屋に荷物を置きに来た瞬間にこの大声である。ニアやフェンナも耳を押さえている。
「落ち着きのないシスターですね・・・どうしましたか」
「レクサス・・・思い出したのよ!」
「ずっと悩んでいたのか」
全員で怪訝そうな顔をするが、ミランダの顔は真剣そのものである。
「イメージと全然違うからわからなかった・・・アタシ達は運が良かったかもしれない」
「なんで?」
「レクサス・・・間違ってなかったら、西方諸国で『死神レクサス』『百人斬りのレクサス』って言われた傭兵よ、彼は」
「そんなに有名な奴だったのか?」
ニアがまだ信じられないと言った顔をする。
「アタシも噂だけだけど。でも同じ噂を何度も聞いたから、かなり信憑性は高いわ」
「どんな?」
「アタシが聞いたのはとある国の戦争に奴が参加したとき・・・奴の部隊は2000人を超える敵の追撃を命じられたそうよ。ところが追撃しようにも大雨でね。しかも河向うの中州みたいなところに敵兵は陣を張っていたらしいわ。河は氾濫してるし、敵部隊もどうせ動けないから様子を見るって彼の部隊長は判断したらしいの。まぁ妥当ね」
「・・・」
「そしたら若い剣士がね『もしこの雨の中で、敵の首を打ってきたら報酬はどのくらいだ?』って言ったらしい。皆は冗談だと思ったのね。大雨で氾濫した河を渡って奇襲をかけて帰ってくるなんて正気じゃないから。だから『100人で10万ペントでどうだ?』って返したらしいわ。そして彼は『いいだろう』って言って出て行った」
ミランダは淡々と語る。
「そして朝になって隊長の前に現れた彼は、『100人殺してきた。確認は雨があがったらしてくれ』って言ったのね。隊長は冗談の好きな奴だな、くらいに思って『よし、いいだろう』って言ったらしいわ。そしたら『今日もまた行ってくる。二日目だ。数えておけ』って言って消えた。そして日が経つも、雨は一向に止まなかったわ。実に10日間。11日目に雨が上がった時、彼の部隊の物見が見たのは驚愕の光景だった」
「・・・」
「まだ河の氾濫は治まってなかったんだけど、遠眼鏡で敵の陣地を観察していた兵士が悲鳴を上げたの。『向うにあの小僧がいる!』って。そしてさらに驚愕だったのは、たった一人でレクサスは相手の陣地をかく乱してた。そして完全に向うは逃げ惑って、いえ、レクサスに怯えて抵抗する気力すらなかったのね。まあ十日間に渡って孤立無援の状態で逃げることもできず、半数の1000人を殺されてたんだから。なのに彼は命乞いする相手を片っ端から斬り伏せたと思ったら、突然殺しを止めて帰ってきた。まだ氾濫する河を、平然と泳いでね。そして自分の陣に帰るなり『また100人殺してきた。今度は確認していただろう?』って」
段々と全員の顔色が青ざめてくる。
「次の日の朝になり、ついに敵はまだ氾濫が治まらない河を渡って逃げ始めた。それほどレクサスが怖かったのね。逃げる途中で大半が溺れて沈んだらしいわ。でも敵の将軍は生き残って大きな砦に逃げ込んだらしい。その段階で追撃は失敗だったんだけど、また奴は言ったの。『たしか敵の大将首は50万ペントだったな』って。そして奴は2、3日消えたと思ったら、敵の大将首を持って帰ってきたわ。敵の砦に潜入して、一人でやりとげたのよ」
「・・・うそ」
「でも報酬は支払われなかった。そりゃ大将首のことはともかく、後の話は皆冗談のつもりだったからね。そのことを追撃部隊の隊長が言った瞬間、隊長の首は胴体を離れたわ。その場にいた中隊長、小隊長、近侍お構いなくね。そして彼は追われる身となり、あだ名がついた。『100人斬り』『死神』とね。もし噂が本物だとして、あの場で彼がその気だったら、私達全員がかりでどうなったか・・・」
「あの女は、そのレクサスとやらを部下のように扱っていたな・・・」
ニアがぼそっと呟く。
「だとしたらあの女、どのくらい強い?」
「・・・考えたくもないわね。とりあえず戦場で出会ったとき、敵でないことを祈るのみよ」
全員が黙ってしまった。また彼らと会うだろうか? いや、すぐ会うに違いない。なぜかアルフィリースには確信があった。そしてそのレクサスよりも、ルイと名乗ったあの女性の方がアルフィリースには気になってしょうがなかった。
続く
閲覧・評価・ブクマありがとうございます!
次回は11/2(火)12:00投稿です。