伝わる思い、伝えられない思い、その1~べグラード~
「着いたわよ」
「え、もう?」
「誰の背中に乗っていると思ったの?」
真竜の姿に戻ったラキアが鼻をフン、と鳴らしながら息巻いてみせる。ここは東の大都市ベグラードの近郊、時刻は夜である。そしてアルフィリース、エアリアル、ユーティ、ターシャはラキアの背中の上で、はるか上空から遠くに見えるベグラードの灯りを眺めていた。
「あれがベグラードなのね」
「大きな街だな」
「当然よ、この大陸でも有数の大都市なんだから。あれより大きい街なんて、この大陸にもそうそうないわよ」
アルフィリースとエアリアルの感想に、ターシャがさも当然といわんばかりの言葉を投げかける。傭兵として様々な知識を持つターシャにとっては、あるいはこの大陸の東に暮らす人間にとっては当たり前の事なのだが、辺境暮らしだったアルフィリースやエアリアルにとっては全てが目新しい。アルフィリースは見たこともない都市の規模に、胸躍らすのであった。
そんな中、アルフィリースはラキアの言葉に我に返る。
「で、この辺で降りればいいわけ?」
「あ、そうね。人に見つからないように降りてくれる?」
「認識阻害の魔術くらい使いなさいよ。仮にも魔術士でしょう、あなた?」
「えへへ、ごめんなさい」
アルフィリースは頭を掻きながら謝った。アルフィリースはいわゆる補助魔術が苦手である。姿を隠したり、逆に発見したり、あるいは使い魔を作ったり。そういった魔術は彼女が昔から苦手とするところだった。これらの魔術は自分の中の魔力である小流を消費、変換して使うので、むしろ通常の魔術士はこちらから魔術を覚える。危険も少なく、いわゆる初心者用の魔術である。
だがアルフィリースはそれらをすっ飛ばして、攻撃や他者に干渉する扱いの難しい魔術を使っていた。これを知ったラキアは、アルフィリースについて呆れていた。
「まったく変な女だわ・・・基礎よりも応用の方が得意だなんて。魔術士として優秀なのかそうでないのか、わかりゃしない。仮にも真竜の私が、こんなのにいいように使われるなんて」
「何か言ったー?」
「なんでもないわよ!」
ラキアが自ら認識阻害の魔術を使いながら適当な茂みに降り立ち、アルフィリース達を背から降ろすと、自身は幻身を使って人の姿へと変身する。
「ふう・・・」
「疲れた?」
「別に。まだ一日も飛んでないもの。『旋空竜』の異名をとる私にしたら、これくらい朝飯前よ。ただ人を乗せて飛んだのは初めてだから、気を使ったのよ。速度もだいぶ押さえたし、空気抵抗を魔術で押さえていないと、あなたたちが吹き飛ぶじゃない?」
「嘘、あれで?」
アルフィリースは面喰ってしまった。エアリアルの馬を使ってもゆうに一ヶ月はかかる道程を一日で飛んでおきながら、それでもまだ全速力ではないという。旋空竜とは真竜の中でも最も速く飛ぶことができる彼女の通称らしいが、それにしても驚きの速度だった。現にアルフィリース達はラキアの背中にいるときは、あまりの風圧に顔を上げることもできなかった。
そして驚くアルフィリースの表情に、やや得意げになるラキア。
「どう、私の速度は? その気になればこの大陸を三日とかからずに横断するのよ? 少しは驚いたかしら?」
「ええ、素直に驚いたわ。だって、ちょっと・・・ねぇ?」
「ねぇ、って何よ?」
「アルフィったら、チビったんじゃないの?」
もじもじするアルフィリースに、ユーティが意地の悪い笑みを浮かべながら聞き返す。その言葉にみるみる顔が青ざめるラキア。
「ちょっと、あなた! 人の背中でなんてことを!!」
「ちょ、ちょっとだけだよ!」
「量の問題じゃなぁい!」
「乙女の会話じゃないなぁ・・・」
ターシャの感想も尤もである。
その後はその場で一夜を明かした一行。夜ならば街の門も閉まっているのが通常で、余程火急の用があったとしても、特別な通行証が無い限り夜は開門しないのが世の常である。魔獣はびこる世の中では致し方ないことだ。世が平和になり魔物や魔獣はその姿を潜めたとはいえ、時折町にやってくる魔物や、灯りに魅かれる魔物もいる。アルフィリースは涼しくなり始めた時期の夜長を、仲間とのたわいもない話で潰して過ごすのだった。
夜が明けて。アルフィリース達はべグラードの街に入っていった。ここは東の『連邦』と呼ばれる国家群の中でも、特に大きな国家の一つであるイーディオドの首都でもある。北のローマンズランド、南のグルーザルドのような大国に対して、東の国家は一つ一つは文化が発達しているが、軍事力が弱い。騎士の国であるアレクサンドリアのような軍事に特化した国家はさておき、東の国家は連携して大国の様相を呈しているということである。
東の連邦は人間達が最初に切り開いた国家であるから、当然歴史もあるし、文化も華やかで平和な場所が多い。基本的に魔獣や魔物の影は少なく、余程森や谷、山などに深く分け入らない限り、彼らに出会う事はない。ゆえにそれだけ人が多く、同時に人間ならではの陰謀渦巻く都市ともいえるかもしれない。
そんな街に、アルフィリースはミランダから直に発行された通行証を使って入っていった。諸国の国境をアルネリアの通行証で通過して喧伝するのはさすがに憚られたが、イーディオドだけならさほど影響がないと考えた結果である。その身分はアルネリア教が保証するということで、持ち物改めも無しで街に入ったわけで、改めてアルネリア教の影響力の大きさに感心するアルフィリースだった。
「(ミランダって、そこのお偉いさんなのよね・・・イマイチ実感がわかないわ)」
などとアルフィリースがぼんやりと考えていると、ユーティがアルフィリースの肩を叩く。
「アルフィ、ここからの当てはあるの?」
「えーと、ハウゼンって人の屋敷を訪ねろってさ」
「いや、だからそれはどこなのよ?」
「知らない。適当に聞いたらいいんじゃない?」
その言葉にユーティがあんぐりと口を開けた。
「アルフィ、あんたねぇ・・・こんだけデカイ街に、ハウゼンって男が何人いると思ってんのよー!?」
「し、しらないわよ。10人くらい?」
「馬鹿っ! 名字にもよるけど、ハウゼンだけなら1000人はいてもおかしくないわよ!」
「ええー! そんなに?」
アルフィリースがここにきておろおろし始めた。確かに名前は地域によってそれぞれ違うものの、同じ土地では王侯貴族にあやかったり、あるいは歴史上の英雄、はたまた先祖の名前をもらうことが多い。そのため地域によっては名前の種類は限られており、連続した三つの家で同じ名前、なんてことも珍しくはない。
精霊のユーティでも知っていることをアルフィリースが知らなかったのは、彼女が極端な田舎出身であり、下手をすると名すら持たない住民がいたことも手伝うが、平素はかなり油断して過ごしているからだろう。ミランダが「アルフィは無防備すぎる」と心配したのも無理からぬことだろう。
そんな彼女にターシャが助け船を出す。
「アルフィ、他に特徴や情報はないの?」
「ええーっと、確か一番大きな屋敷に住んでいるハウゼンだって・・・」
「一番大きな屋敷のハウゼン・・・まさかねぇ」
「心当たりがあるのか?」
エアリアルの言葉に、ターシャが頷く。
「ええ、まあね。でもまさかとは思うから、こういう時には街の役所で聞くのが一番ね。このくらい大きな都市なら、きちんとした戸籍登録があるでしょうから。行ってみましょう」
ターシャの先導でベグラードの行政府近辺へ赴くアルフィリース達。そこでターシャが受付の人物とやり取りすると、彼女はすぐに引き返してきた。
「あ―。私の予想、当たりかも・・・」
「どうしたの? 場所がわかったの?」
「うん、わかるにはわかったけどね」
「何よ、ターシャの癖にもったいぶって」
ユーティがいらぬ口をきいたが、ターシャも既にユーティの扱いは心得ている。それでもターシャの口調は重かった。
「アルフィリースが訪ねるハウゼンは・・・多分、この国の宰相閣下の事だよ」
続く
次回投稿は、10/15(土)15:00です。




