難題、その16~天空竜の要求~
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「それで、アルフィはマスターの申し出を受けるの?」
「ええ、そのつもりよ。傭兵団の本拠はここアルネリアに置こうと思う。もっとも、活動拠点となるかどうかは別にしてね」
「なるほど。それはいい発想だわ」
ミランダがお茶を入れながら笑う。ここは深緑宮殿内、ミランダの私室である。ミランダが留守中に山と積まれた書類を片付けながら、アルフィリースとおしゃべりをしていた。さしものミランダも、今日は酒を呑んでいない。
アルフィリースはギルドを離れた後、深緑宮へと足を向け、正式にミリアザールの申し出を受けることにしていた。そのことをミリアザールに伝えた時、妙に彼女が楽しそうだったのがアルフィリースには印象的だった。
「で、これからどうするのさ?」
「どうやら突貫工事を行っても、建物の完成は冬前になるかもしれないんですって。それなら、私はそれまでアルネリアにとどまるより、少し行きたいところがあるの」
「えーっと、東のベグラードよね?」
「ご名答」
ベグラード。それはアルドリュースがアルフィリースに目的として示した土地でもあり、また東の果てに近い場所にある都市でもある。東の国家群ではかなり古い都市になるがいまだに経済の中心として交易も盛んであり、人口は100万人を超え、大陸でも最大級の都市だった。
なぜその都市に向かうかはアルフィリースも明確には理解していないが、とにかくそこに行けば何かわかることもあるだろうと彼女は思っている。なにせ、かつて師匠が宰相まで上り詰めた国家の首都なのだ。傭兵団を作るにあたり、その人脈を活かさない手はない。
それにグウェンドルフからの助言もあったのだ。ハウゼンとトリュフォンという人物を探す必要もあるだろう。そのアルフィリースを心配そうにミランダが見つめる。
「でもベグラードって、ここからかなり遠いよ? 大国を三つはまたぐし、検閲やら何やらで、エアリアルの馬を使っても片道一月はかかるかも。今度はアタシも同行できないだろうし、アルネリアのシスターの同行なしに、国家間の移動をフリーパスにするわけにもいかないわ」
「その点に関しては心配ないわ。上手いことやる手段があるの」
「?」
アルフィリースが何事か楽しそうにしているので、ミランダは首をかしげたが、結果を大人しく聞くことにした。ミランダとしても、今はそれどころではなかったのだ。
ミランダはアルフィリースとの会話中にも関わらず、自分の事務机の上に山と積まれた書類に目を通し始める。その書類をアルフィリースも覗き込もうとするが、それはミランダによって隠された。
「ダメよ、アルフィ」
「なんでよー。ケチ」
「そういう問題じゃないの。これは現在巡礼を行っている人間達の全情報。これが外に漏れると大変なことになるわ」
「私は漏らさないわよ」
「それはわかっているけどね」
ミランダもそのあたりはアルネリアのシスターとしての自覚がある。これが表に出れば、いろいろと不都合が起きるだろう。巡礼を行う個人が特定されるのも問題だが、彼らが行っている行動には明らかに通常の倫理観では許容されないものや、アルネリアの表面上の規範と相反するものもある。これらの問題が明るみに出れば、アルネリアは様々な糾弾を受けることになりかねない。
ミランダは続ける。
「これからアタシはしばらく新部門の立ち上げに忙しくなりそう。だからアルフィに同行はできないけど、ごめんなさいね」
「うん、寂しいけどアルネリアにはいるんでしょう?」
「ええ、もしもここを離れるときは連絡くらいよこすわよ」
「ならいいや。またここには帰ってくるわけだし」
アルフィリースはにっこりと微笑むと、満足したように部屋を立ち去ろうとする。その背中を少し引き留めようとするミランダだったが、伸ばしかけた手を彼女は精一杯の思いで引っ込めた。
「(この子はいずれアタシの手の届かない所に行くのかもしれない。そんな予感がする。その時アタシはどうするのだろう・・・?)」
ミランダの胸に唐突に浮かんだ疑問に答えをくれる者がいるはずもなく、ミランダは迷いを振り切るように自分の仕事に戻るのだった。
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その日は何事もなく終わっていった。結局、リサとルナティカはその日のうちにカラミティが自分の手駒として操っていた人物達をおおよそ燻りだして処分した。
ルナティカが確信を持てなかった対象は、アルネリア教会が処分した。その方法は部外秘とのことだったが、アルネリア教会もただの慈善事業団体でないことくらいアルフィリースにも分かっているので、あえて深く問わなかった。ただカラミティが使役する寄生体を『虫』と称し、拍動の変わらぬ個体を『木偶』と呼ぶことに決まったが、虫の方はおおよその処断を終えたと確信できるも、木偶の方は見分けが難しく、これからも定期的にリサやルナティカが見回ることに決めた。アルネリア教会の方でも目下、彼らの確実な判別方法を研究中である。
さらにミリアザールとの交渉の結果をアルフィリースは全員に伝え、傭兵団としての活動はおそらく冬前になるであろうことを伝えた。その前に自分はベグラードに行くこと。そして、傭兵団としては自分と、リサ、ユーティ、エアリアル、ラーナ、イルマタル、ダロン、ロゼッタ、ルナティカしか面々におらず、申請のためにはまだ一人足りないことを彼女は告げた。
ミランダは正規のアルネリアシスターであるから、傭兵としての登録はできない。フェンナは最後まで悩んでいたが、シーカーの王族としてこれから色々な責務が発生するらしく、傭兵としての活動は難しいとアルフィリースに告げた。その代わり、アルフィリースの傭兵団に対してシーカーから何名か部隊を派遣することを検討していることを彼女に告げ、必要があれば自分がその代表として出向くことをフェンナは話した。アルフィリースが非常に感激したのは言うまでもない。
さらに、ギルドの判定として精霊であるユーティや、竜族であるイルマタル、ハルピュイアであるエメラルドの参入は特に問題なかったが、魔剣であるインパルスに関しては彼女は一人分として考えられず、傭兵団の人数としては考慮されなかった。
「ボクは気にしないけどね。それよりも力になれなくて申し訳ない」
インパルスが少し寂しそうに、そしてつっけんどんに言葉を発したのがアルフィリースにとっては意外だった。あまり自分達に興味はないと思っていたのだが、彼女はそれなりに気遣いもしてくれているようだった。
だがアルフィリースが傭兵団の人数が足らないことを悩む中、解決案を提示したのはまたしてもリサであった。
「その件に関してはリサが手を尽くしましょう。どのみち当分はアルネリアのゴミ掃除のためにここを離れられませんし、情報戦ならリサのもっとも得意とするところ。隙を見てはこの傭兵団の宣伝や、良い噂をばらまいておきましょう。どのみち、戦争などを請け負う傭兵団であるならば、もっともっと人数は必要でしょうから。あのギルド長も信頼できる人物ですし、アルフィリースがべグラードにどれほど滞在するか知りませんが、一月もあれば多少先行きは見えるかと」
リサの言には説得力があり、情報収集がもっとも得意なのもリサであるので、アルフィリースは彼女に一任することにした。また今後傭兵団に入隊希望を出したものは、ロゼッタ、リサ、エアリアル、ラーナあたりが選別をして、最終的にアルフィリースが決定することにした。
そしてある程度これからの方策が決まったアルフィリースは、ベグラードに向かう準備を整える。連れて行く面々はエアリアル、ユーティ、ターシャである。エアリアルやユーティは物見遊山の傾向が強いが、ターシャはベグラードを訪れたことがあるとのことで、道案内も兼ねている。ラーナも同行を申し出たが、呪印を使用することはないだろうとアルフィリースも判断し、彼女の申し出は断った。実はアルフィリースとしては彼女が傍にいることで多少の貞操の危機を感じるのだが、それ以上に魔術を全く使えない面々しかアルネリアに残らないのはどこか不安だったのだ。ラーナはしょんぼりしながらもアルフィリースの言うことを素直に聞き、彼女のために色々な魔術処理や罠を建物に施しておくことを約束した。どんな仕掛けを施すかまではアルフィリースは聞かなかったのだが・・・
さらにグウェンドルフはここで別行動をとることを宣言。元々アルネリアまでの護衛のつもりだったのだが、彼にも本格的に調べてみたいことができたらしい。グウェンドルフもアルフィリースに申し訳なさそうにしていたが、真竜の行動を縛り付けることができるはずもなく。またどうあったとしてもグウェンドルフが自分の信念に基づいて行動することを、アルフィリースも知っていた。
「私は去るけど、代わりにマイアがこの場に残ってくれるそうだ。イルマタルの件もあるし、少し人間の世界の様子を見たいらしい」
「本来の私は『天空竜』の異名通り、空高くから大地の営みを見るのが役目なのだけれども・・・たまには人間の中から世界を見てみたくもあるの。それに目を離すと、ラキアも何をしでかすかわからないですから」
「いててっ」
マイアがラキアの耳を引っ張りながら説明をする。ラキアもまたこっそりとアルネリアを抜け出そうとしたらしく、マイアにいち早く気づかれて大変な目にあったようだった。
ラキアは真竜の中でも変化の術に特に秀でているらしく、実に様々な姿に幻身できるそうだ。人はもちろん、小動物や果ては虫にまで。その力を使ってアルネリアに入って来たらしい。マイアの方は正面から堂々と「魅了」の術を使って門番に通過を許可させたそうだが、それを堂々と話されてもなんだかな、とアルフィリースは思うのだった。ミランダあたりにはまだ伏せておく必要があるかもしれない。
そして重要な点はもう一つ。これは実はマイアから申し出たことである。
「アルフィリース、ラキアを預かる気はない?」
「はい?」
アルフィリースも突然の申し出に驚いたわけだが、グウェンドルフからの情報があれば、さもありなんと思う。どうやらマイアは大人びた外見とは裏腹に感情的で、同時にいたずらっ子でお転婆でもあり、かつてグウェンドルフも散々手を焼いたらしい。真竜としての自覚こそあるものの、あの姉にしてあの姪ありと思わせるだけのことを、マイアもしてきたそうだ。
そんな彼女だからこそ、実に突拍子もない申し出をアルフィリースにしたのだった。まさか真竜を預かれと言われるとは、さしものアルフィリースの想像力も届かなかった。
「えーとそれはどういう・・・」
「ラキアのことなんだけどね。あの子ったらまだ1000年も生きてないし、やっぱり真竜としての自覚を持ちなさいなんて、少し早いかもしれないの。それに誰に似たのか、あの子ったらお転婆でしょう?」
「・・・」
どの口でそれを言うかとアルフィリースは思ったが、そこはぐっとこらえる。だが構わずマイアは続けた。
「だから縛り付けすぎるより、ある程度自由にさせてあげるのもいいいかと思うの。お試しに人間の中で暮らすなんてどうかなー、なんて。実は私も人間の中で生活したことがあるし、人間と恋人の真似事をしたこともあるわ。あ、グウェン兄さんやラキア、それに旦那にも内緒ね?」
「そ、それはいいけど。本当にいいの? 私は嬉しいけど」
「そうね。傭兵団の頭数として数えられるのはさすがにどうかと思うけど、居候という形でなら。遠慮なくこき使ってもらって結構よ」
「じゃあお言葉に甘えて、遠慮なくこき使うわ」
アルフィリースがいい玩具をもらったという少女のごとき顔をしたので、さしものマイアもちょっと不安を覚えたが、それはそれでラキアの薬になるかと思うのだった。
そしてさっそくラキアの元に向かうアルフィリース。
「ラキア、ちょっといいかしら?」
「何よ」
「あなた、私達の傭兵団の中で生活する気はない? もっとも戦争に参加しろとか、傭兵としての任務をこなせなんて言わないから。あ、これはマイアの提案よ?」
「まあ衣食住に困らないのは助かるけど・・・」
「働きによっては、お給金も出すわ」
「む・・・それは魅力的だけど」
自分を真竜と知ったうえで雇ってくれるのはありがたいが、好条件にすっかり姉不審になったラキアが、アルフィリースをうさん臭そうに見つめる。
「で、交換条件は何?」
「お、話が早くていいわね」
「いいから早く話しなさいよ」
少しぶすっとするラキアに、アルフィリースが楽しそうににやりとする。
「ラキア。あなた、私専用の竜にならない?」
続く
次回投稿は、10/9(日)15:00です。




