難題、その13~天空竜の目的~
「先ほどは取り乱して申し訳ありません」
さきほどとはうって変わって完全に落ち着き払ったマイアがいた。こうしていると、非常に落ち着いた雰囲気のある女性なのだが、さきほどの癇癪を見てしまった後では、いかんせん鵜呑みにはできないとアルフィリースは頬杖をつきながら思うのだった。
アルフィリースが椅子にもたれかかりながら、やや気だるそうにマイアを見る。アルフィリースにしてみれば単に厄介事を持ち込んだという意味では、真竜であろうと街のごろつきだろうと大して変わらない。とはいえ、真竜にここまで不遜な態度を取ることができるのは、大陸広しといえどもアルフィリースくらいであろう。もっとも、真竜は人間の態度などを気にかける生き物ではないので、無礼だとか不遜だというのは人間らしい感覚でもって真竜を解しているにすぎない。そういう意味ではアルフィリースの態度は彼女らしく、また自然体ではあった。
「で、その真竜が揃ってこの都市に何の用かしら」
「はい。要件は3つ。一つはこの不肖の姪、ラキアを捕まえに来ました。ターラムあたりに出没すると思って張っていたのですが、まさか聖都アルネリアで賭博をするとは思わず、発見が遅れたのです」
マイアが隣で正座しているラキアの頭に手を置く。にこにこしているマイアと対照的に、とても落ち込むラキア。
「もう一つは、兄であるグウェンに会いに」
「待って。グウェンと貴女は兄弟なの?」
「血を分けた、という意味では違いますが、兄弟の様に育ちました。グウェン、サーペント、私の順に3兄弟のように育っています。人間風に言えば、義兄弟でしょうか」
マイアが自分の胸に手を置きながら答えた。その言葉にアルフィリースも納得する。
「そして今一つは、イルに会いに」
「イルに?」
意外な言葉にアルフィリースが驚くと同時に、寝ていたイルが二階から降りてくる。
「う~、イルを呼ぶのはだぁれ?」
「イル?」
「あなたがイルマタルね?」
マイアは自分の腰ほどの背丈のイルマタルと目線を合わせるようにしゃがみこむ。
「初めまして、私はあなたの叔母にあたる真竜のマイアです。『天空竜』と他の個体に呼ばれているわ」
「ふーん?」
イルマタルはとりあえず返事をしたものの、よくわからないといった顔でマイアとアルフィリースを見比べていた。どうすればいいかアルフィリースの顔色をうかがっているのだが、アルフィリースとてどうしたものかはわからない。そういって困惑するイルマタルを見ながら、マイアは優しく微笑んだ。
「混乱させたかしら? 無理もないわね。でも今日はあなたにお話があって来たの」
「おはなしー?」
「そう。イル、あなた、一度真竜の里に帰る気はない?」
その言葉にグウェンドルフとアルフィリースがただならぬ顔色をする中、一番反応が早かったのはイルマタルであった。アルフィリースの元へ駆けていくなりその体にしがみつき、涙を眼に浮かべてアルフィリースの後ろに隠れてしまったのだ。そして抗議の声を上げる。
「ママ! この人、人攫いだ!」
「違いますよ、イル。この場合『竜攫い』が正しい表現でしょう」
「じゃあ竜攫いだ! ママ、この人追っ払おうよ!」
リサが余計な茶々を入れる中、イルマタルはアルフィリースの陰に隠れながら「イー」をしてマイアを威嚇していた。
そんなイルマタルを見ながら、マイアは多少困惑したような、悲しそうな顔をして彼女を見つめるのだった。
「グウェン、困ったわ。話には聞いていたけど、本当にイルマタルはアルフィリースを母親と認識しているのね?」
「その通りなんだ。確かに困ったことだね。私の手違いなのだから、どうかアルフィリースやイルマタルを責めないでやっておくれ」
「ええ、その心配は無用だけども、妹達になんて説明しようかしら?」
マイアが今度こそ本当に困った顔で、頬に手を当てながらため息をついた。
「彼女達は今どこに?」
「最近連絡は取っていないけど、東の大陸に何体かほかの竜と共に渡っているわ。東の大陸の戦火があまりにも激しくて、少しとりなしてくると言って」
「だがしかし、昔からあの鬼族は我々の言うことなど聞きはしないだろう?」
「以前話し合いの場を持った数百年前とは違い、代替わりも起こっているわ。それに浄儀白楽という力を持った人間もいるのだから、状況が違うでしょう? そのあたりに気を付けて妹たちは交渉を進めると言っていたわ」
「確かに冷静な話し合いをさせたらルネスの右に出るものはいないが、そう上手くいけばいいのだが」
鬼と人との間をとり持つ――本来は族長であるグウェンドルフが先頭に立って行うべき事業であるが、グウェンドルフは積極的な人間を始めとする他種族との関わり合いを好まない。自分達の力を求める者にはあるいは応えることもあるが、自分達から積極的な助力をすべきではない思っている。
だがグウェンドルフより若い竜達は違う。彼らは積極的に他種族に関わり、その発展を促したいと思っているのだ。その真意は彼らの純粋な好意なのであるが、グウェンドルフは危険でもあると思う。それは真竜の多くが、いまだに他種族よりも自分達のほうが優れていると思っている証。グウェンドルフは、真竜が介入することでさらに状況が厄介になる可能性も懸念しているのだ。とはいえ、自分も昔は積極的に介入した身なので、彼らに強く言えないのも事実。
「(まあ、だからといって今では何もしない自分に言えた義理でもないが。どの竜も若い、若すぎる。自分達が新たな争いの火種になることも考えないのか)」
かくいうグウェンドルフも年の割に落ち着きがないと揶揄されていたのだが、そのことを彼もふと思いだして、くすりと笑った。その様子をマイアも不思議そうな目で見ている。
「どうしたの、グウェン?」
「いや、なんでもないよ。しかし、イルマタルのことはしばらくアルフィリースに預けないか?」
「え?」
マイアは意外そうな顔をしたが、グウェンドルフは今までの事情を説明した。だがそのことはマイアも知るところではあったのだが・・・
「事情は知っているわ」
「そうなのかい? 誰に聞いた?」
「シュテルヴェーゼ様に」
「ううっ、あの方か」
グウェンドルフが彼らしからぬ声を上げた。彼にとっても唯一頭が上がらない、現在も活動を続ける彼より年長の真竜。そして真竜達のご意見番でもある。
「シュテルヴェーゼ様はなんと?」
「イルマタルは即刻アルフィリースから引き離しなさい、と。彼女達二人が共にいると、様々な災厄の元になるとあの方はおっしゃっていたわ。少なくとも、イルマタルにとってよくない結果を生むでしょうともね」
「む・・・」
その言葉にグウェンドルフも言葉をなくした。耳に痛い言葉を発するかの方ではあるが、その先見は折り紙つきである。彼女の言葉に逆らって良い結果がでた試しはほとんどない。
だがそれでも、アルフィリースのことを母と慕うイルマタルを、無理矢理に引きはがすのはあまりにも情がないとも思える。
「・・・その件は保留にしてくれないか。どうにも私にも判断が出来かねるし、真竜の長としてこの話はあずかることにしよう」
「グウェンがそう言うのなら。でもルネスも娘に会いたいときっと寂しがるから、近々一度は必ず引き合わせてね?」
「ああ、それはその通りだと私も考えているよ。ただもう少し待ってほしいというだけだから」
グウェンドルフとマイアはそう言いながら、くったくのない笑顔でアルフィリースにじゃれ付くイルマタルを見つめるのだった。
***
夜が明けて。昨晩はなんのかんので大はしゃぎとなった。ジェイクを連れてきたリサが散々からかわれるし、リサも負けじと「ひがむな、独り身ども」などとやり返したものだから、すったもんだがありました、と。もちろんジェイクはこっそり途中で逃げ出そうとして、その度リサに捕まえられたのは言うまでもない。センサーからは逃げられない、とぶつぶつ呪文のように呟くジェイクがいた。彼は確実に、明日学園に遅刻するだろう。
グウェンドルフもまたマイアと何やら夜遅くまで話し込んでいたし、アルフィリースもまたイルマタルをあやしながら何事か考えていたようだった。ミランダもそのままアルネリアから帰ってこず、状況は少しずつだが前に向けて動き出していた。
そして眠い目をこすりながらも、以前ほど寝坊助ではなくなったアルフィリースが寝室から居間に降りてくると、リサが出かける準備を整えているところだった。
続く
次回投稿は、10/4(火)16:00です。




