表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
320/2685

難題、その8~最高教主の悩み前半~

***


「ミランダ、席をはずしておれ」

「アタシを居残りさせておいてそれかい? それならアタシもちょっと外に――」

「大人しくしておれと言っておろう! まったくこやつは帰ってくるなり・・・」


 ミリアザールがぶつぶつ言いながらも手を叩く。そこの現れた一人の女官。


「梓、アノルンに久しぶりの深緑宮を案内してやれ。そやつが以前住んでいた時と変わっている部分も多いからの。あと、現在の大司教にも会っておけよ? 一人は不在じゃが」

「えーと、誰だっけあのハゲ。名前は確か・・・ブラントス?」

「それは前のハゲじゃ。奴は病気で引退したわい。ドリフィンも歳じゃし、今は別の人間に代替わりしておるよ」

「そうなんだ。で、今のハゲは誰?」

「ハゲとは限るまいに・・・まあハゲとるが」


 ひどい内容の会話である。これが世の中に『聖女』として知られるアルネリアの代表と巡礼の頂点の会話だとは誰も思うまい。アノルンもまた巡礼の頂点に君臨する者として、その存在はアルネリア教内で広く尊敬を得ている。その姿を見た事のある者はほとんどいないが、常に巡礼の頂点が長年にわたり『アノルン』と名乗ることから、一種の称号として考えられていた。

 もちろんアノルンが不老不死なのを深緑宮以外の者達に説明するわけにもいかず、都合がよいのでそのままにしてあるのだ。深緑宮以外ではきちんと品行方正に振舞う彼女達であるが、よくぼろが出ないものだと深緑宮の女官達はいつも感心している。

 時に笑い、時に物を投げ合って喧嘩するミリアザールとミランダの会話は深緑宮の名物である。


「今のハゲはマナディルじゃ」

「うっそ! マナディルってあのすごいイケメンじゃない!! ハゲたの!?」

「そう、残念ながらな。大司教はハゲゆく運命らしい」

「それ、マスターがストレスを与え過ぎなんじゃなくて?」

「それならワシが真っ先にハゲとるわ」

「魔物ってハゲるの? ま、大司教ってのは偉い代わりに髪を犠牲にするのね。長く生きてると、その人物の末路までわかっちゃうのが嫌だわ。まあとりあえずそのハゲに会って、からかってくるわ」


 ミランダはそう言いながら出て行った。マナディルもその昔、ミランダの講演を聞いたことのある者である。その時はミランダの気分が乗らない事もあって真面目な内容をたまたま話したのだが、その時よりマナディルはミランダの生きざまに感銘を受けている。もちろん二人に直接的な面識はない。

 だが悲しいことに、ミランダはといえばマナディルの事を「あら、イイ男がいるのね」くらいにしか思っていなかった。マナディルの中でミランダはかなり美化されているだろうが、あと一刻もたたないうちに彼の理想のシスター像は崩れ落ちているだろう。

 そしてミランダが出て行った後、グウェンドルフとミリアザールが残り、彼女は梔子をはじめとした女官に全て退出するよう合図をする。


「さてと。これでこころおきなく話ができます、真竜の長よ」

「ああ、こうして二人で話し合いをするのは500年ぶりかな?」


 グウェンドルフは静かにお茶を飲みながらミリアザールの方を見る。そしてミリアザールもまた神妙にグウェンドルフの方に向き直った。


「500年やや経たぬくらいです。その節は様々な見識を貴方との会話の中で学んだ。貴方と話したのはほんの数刻でしたが、100年にも勝る知識を享受したと思っています」

「大したことはないよ。私は肝心なことは話していないし、ここまでアルネリア教を大きくしたのは君の力だ。どういった方向でこの教団を運営するか、いくつかの方向性は示したが、結局君は自分で選んだのだからね」

「ですが貴方がいなければもっと犠牲は大きかったし、もしかすると大戦期は終わっていなかったかもしれない。そう考えれば、貴方は影の功労者とも言える」

「私は私の目論見があってのことだ、感謝など必要ないことだよ。それよりも今とこれからの事を話そう」


 そう、グウェンドルフはミリアザールと会ったことがある。いや、ミリアザールに限らず、彼は人間達の歴史に深く関わると感じた者には、何度か直接的に会いに行ったことがある。原初の英雄ダヤダーンに魔王討伐のための知識を授けたのもグウェンドルフだし、彼はひっそりと人間の歴史に関わり人間達を導いてきたのだ。それが彼の五賢者としてのやり方だった。その過程でミリアザールとグウェンドルフも接点があったわけである。ミリアザールが魔物であることなどとうに見抜いていたグウェンドルフであるが、彼女の人となりを判断し、信頼ができると踏んだのだった。もっとも彼女に関わった真竜は彼が初めてではない。

 時は経ち、ミリアザールはグウェンドルフの影響もあって大戦期を終結させるのに一役買うことに成功した。アルネリア教会の現体制や思想も、グウェンドルフとの会話の中で思いついたものである。グウェンドルフはやや冷め始めたお茶の入ったグラスを置くと、ミリアザールに向き直る。


「君は何が聞きたいんだい? おおよそ見当はつくけどね」

「はい。おそらくお察しの事とは思いますが、敵の首魁オーランゼブルの目的についてです」


 ミリアザールはきっぱりと言ったが、グウェンドルフの反応は鈍い物だった。


「そのことか。残念だが、私からは答えることはできないな」

「なぜです? かの者は元五賢者、貴方と同じ身分のはず。その者の意図を知らぬわけではないでしょう? まさか庇っておられるとでも?」

「いや、そうではない」


 グウェンドルフはかぶりを振った。彼の顔が一層曇る。


「情けない話だが、私の方も彼に出会って初めて知ったのだ。私が友と呼んだ人物の、その思いや悩みすら、私は何一つわかっていなかったとね。私などは市井の何の学もない人間にも、意志持たぬ草木にも劣る愚かさだ。その私が賢者などと、なんともおこがましい」

「そう卑下なさらずとも。では質問を変えましょう」


 そう言ったミリアザールは、グウェンドルフを思いやるような表情ではなかった。彼女が真竜を心配するなど傲慢だとも思ったし、同時にオーランゼブルに一切の手心を加えるつもりはなかったからだ。ミリアザールは、何としてもオーランゼブルをこの世界から抹消する腹積もりを既に決めていたのである。


「オーランゼブルの弱点は?」

「ない。彼は私達の中でも最も魔術に造詣が深かった。精霊から力を借りて魔術として変換する理論そのものを作ったのが彼だし、そう言う意味では彼は『魔術の開祖』と言い変えてもいい。あるいは『真の魔法使い』ともね。種としての力は私の方が上でも、彼がその気になれば他の五賢者全てを相手にしても勝つことが出来たろう。最も彼は私達の中でも最も温厚な人物だったから、そのような発想すらしたことがないだろうけどね」

「なるほど。魔術士、あるいは魔法使いとしては完璧というわけですね。では真っ向勝負は捨てましょう。むしろその方が都合がいい」


 ミリアザールの瞳がさらに光を増す。その目には覚悟を決めた者の決意が宿っていた。


「次の質問です。オーランゼブルに弱みは? 彼とてたった一人のハイエルフというわけではないでしょう? 何か彼にも娘か、恋人か、兄弟か・・・何かの弱みがあるはずです」

「人質を取るつもりか」

「必要があれば」


 ミリアザールの目が妖しく光る。それは彼女が今まで繰り返した方法であり、必要とあれば敵を貶めることも、人質を取ることも厭わなかった彼女である。綺麗事だけで乗り切れるような局面ばかりではないことを、ミリアザールはよく知っている。

 だが当然と言えば当然だが、グウェンドルフの反応は冷たかった。



続く

次回投稿は、9/25(月)17:00です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ