新たな仲間、その6~プロポーズ~
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「チビ共になんて言ったらいいでしょうか・・・」
フェンナを里まで送り届けることが決まった後、リサは一人頭を悩ませていた。本当であれば子ども達と一日ゆっくりと過ごしてからお別れをしたいところであるが、フェンナの事情を考えると一刻も早く出発すべきなのは明白だったのだ。フェンナの体調が思わしくなければもう1泊できるかとも思ったが、ミリアザールの回復魔法は素晴らしく、本当に瀕死の傷がほとんど完治していた。ミリアザールの言う通り、明日朝にはフェンナの体力もきっと回復しているのだろう。
「優秀すぎるのも困りものですね」
「なんか言ったかの?」
早まりそうな出立を見越し、ミリアザールにそのまま子ども達を引き渡すため、2人でリサの家に戻るところである。
「チビ達になんて言うべきか悩んでいました。リサは、チビ達にだけは嘘をつかないように気を使っていたつもりだったのですが」
「仕方があるまい、遅かれ早かれ別れは訪れた。彼らが成長しても同じじゃろ。ま、突然すぎたかもしれんがの」
「リサはそれでよいとしても、チビ達はそれが理解できる歳ではありません」
「そうじゃな・・・」
結局2人で考えても結論は出ないまま家に着いてしまった。たとえ借りもののおんぼろな家とはいえ、この家の扉を開けるときは常に心が和んだのだが、今、リサの気は暗欝に沈んだままである。
「ただいま・・・まぁ皆寝ていますか。夜遅いですからね」
「ん・・・リサ姉、お帰り・・・」
だがリサが家に入ると、台所からジェイクが眠そうな目をこすりながら出てきたのだった。リサの帰りを一人待っていたのだろう。
「ジェイク、まだ起きていたとは悪い子です」
「え、とね。他の奴らが寝ている時に、ちゃんとリサ姉に言っておきたいことがあってね・・・」
ジェイクが何やら戸棚からごそごそと取り出す。袋に入った何かは、じゃらじゃらと音を鳴らしていた。
「リサ姉、これがなんだかわかる?」
「これは・・・お金ですね。しかもこの重さということは、かなりの金額では? ジェイク、一体どうやってこのお金を集めましたか? まさか!?」
リサの頭にミリアザールに言われたことが思い浮かぶ。子どもがこれほどの金を貯めるとは、一体何をやったというのか。悪い予感がリサの頭に浮かぶ。
だがジェイクはそんなリサの意図を察したのか、いち早く頭を振って否定した。
「リサ姉に心配かけることはしてないよ、俺が働いたんだ。郵便物や軽い荷物の配達してさ。靴磨きとかもやったかな。まあこんな年じゃ頼むのも大変だったけどね」
「なぜです? リサの収入では足りませんでしたか?」
リサが珍しく声を荒げる。彼女にしてみれば、自分の身を削ってお金を稼いでいるのだ。やりくりもしっかり決めているため、足りないはずはないのだ。せめて子ども達が成長するまでは何とかしたいと、必死であったのに、どこで計算を間違えたと言うのか。
自分の不甲斐なさに腹を立てたリサを前に、ジェイクはいたって冷静だった。
「んーん、十分だったよ?」
「ではなぜ? ジェイクはまだ働くような歳ではありません!」
「だってリサ姉、6歳から働いてたでしょ? 俺、もう10歳だぜ? 俺だって働けらぁ!」
「!」
言われてみればもっともかもしれない。自分が目覚めた力をなんとか金に変えようとリサがギルドに訪れたのは、ジェイクを拾った翌日だった。正直、センサーの能力を使って悪事を働く考えがリサの頭の中に浮かばなかったわけではない。だが自分より幼い者のためにも、リサは悪事は行いたくなかった。またそれ以上に悪事で稼いだ金で自分が育ったと知ったら、育てられた方がどう思うのかリサには怖かったのだ。
もっとも6歳のリサがギルドで働くことを許可されるためには、多少ずるい手も使ったことは否定しない。
そんなリサの思いを知ってか知らずか、ジェイクは自分で何度も考えたであろう言葉を一気にまくしたて始めた。
「俺達はさ、リサ姉が稼ぐお金で食べていけてるよ? 屋根がある家にも住める。確かに父さんも母さんもいないし、学校にも行けてないし、遊ぶようなおもちゃも滅多に手に入らないけど、それはきっとすごい恵まれてるんだ。でも、リサ姉はどうなの?」
「どう、とは?」
リサは質問の意味がわからず、聞き返した。
「リサ姉はいっつも働いてばかりだ。この前休み取ったのいつか覚えてる? 俺リサ姉が働いている日を数えてたんだけどさ、っていうか99より大きな数とか知らないけどさ、その数をもう随分前に超えちゃってるんだよ?」
「・・・そう、でしたか」
「そうだよ、だからこれは俺からのお礼だ。これだけあればリサ姉一週間くらい休めるだろ? ちょっとは休みなよ。今の俺は半年かかってこのくらいしか稼げないけどさ、いつか沢山お金稼げるようになって、リサ姉に楽させてやろうと思ってるんだ! なんてったって、俺は男だからな!」
「ジェイク・・・」
特に学や技能のない孤児にしか過ぎない少年が、ギルドで上位にランクインするリサ以上にどうやって稼ごうというのか。まったくもって子供じみた幻想にしか過ぎない。だが自分がこういう幻想を最後に描いたのはいつの日だったか、リサには既に思い出せなかった。日々の生活に追われ、いつしか自分の将来について全く考える事を辞めていた現実に、リサは今気付かされた。
自分が夢を持っていたのはいつだったろうと、リサは思い出してみる。両親と何一つ不安なく過ごしたあの日々ではなかったか? その中で、自分も幸せな家庭を築いてみたいと思ったことはなかっただろうか?
ジェイクが夢を持てるということは、今自分は彼らにとって、心の拠り所足りえているのだろうか? ジェイクの心遣いもそうだが、自分がしてきたことが報われたような気がして、リサの心の内は温かいもので満ちてゆく。
そして、リサは知らず知らず泣いていた。父が出て行った時も、母が自殺した時も彼女の目からは涙が出なかったのに。リサは、自分は涙など流せない人間だと思っていた。少なくとも泣ける立場にはないと。だが今、自分のために無償で何かをしようとしてくれる存在がいる。これほど嬉しいことは彼女にとってなかったのだ。
「(そうか、これは嬉し涙なのですね。身を粉にして働いたことも無駄ではなかった・・・)」
そんなリサの感動などどこ吹く風のジェイクは自分の話に懸命で、リサの様子に気付いていない。
「だからさ・・・その、もし・・・もしもだよ? 俺がさイッパイお金稼げるようになってリサ姉を守れるようになったらさ・・・リサ姉、俺と結婚してくれないかな??」
「・・・・・・・・・え?」
突然の言葉にリサの嬉し涙は思わず止まり、思わず無防備な驚く顔をジェイクに向けてしまった。とてもではないが、アルフィリース達の前ではできない表情だろう。
「(・・・今、リサはなんと言われましたか? この子は、結婚してくれと言いませんでしたか??)」
いやいやまさか、とリサがふるふると頭を横に振りもう一度確認してみる。リサは、どうせジェイクのいつもの冗談だろう、くらいにしか考えてない。
「ジェイク、今なんと? リサをあまりからかうものではありません」
「に、二回言わせるなよ! ・・・そ、その、俺と結婚してほしいんだよ!!」
「・・・・・・はぁ」
「な、なんだよ! その返事!!」
予想外の返事だったのか、ジェイクがおろおろし始めた。いや、リサも表面上何も感じてないかのように取り繕っているが、内心ではパニックを起こしている。どうやらジェイクは本気のようだ。好きだとか、付き合うとかをすっ飛ばかして、いきなりプロポーズされるとはリサにもさすがに思ったことはない。しかも、ちょっと前までおねしょしてたような子に。全く実感が湧かないリサの頭の中は、真っ白になっていた。
後ろではミリアザールが腹筋をねじ切らんばかりの勢いの笑いを、必死でこらえている。我慢が過ぎるのか、変な汗をかいて小刻みに震えていることがリサには感知されていた。
「ジェイク。あなた、結婚の意味を知っていますか?」
「知ってるよ! 互いに永遠の愛を誓い合って、死ぬまでずっと一緒にいるんだろ?」
「どこでそんな言葉を覚えたのやら・・・なぜリサなのです?」
「俺はリサ姉以上にイイ女見たことないもん! 働きながら色んな人を見たけどさ、みんな上辺ばっかりだ! 『ぼうや、イイ子ね』『ぼうや、頑張ってね』なんて言うけど、本気で俺のこと心配してくれている人なんていやしない! でもリサ姉は違う。何にも関係ない俺のことを拾って、育てて、そのために自分がしたいこととか我慢してさ! それでも俺たちに見返りを求めたことは無いし、美人で、優しくて、強くて、ええとそれから、それから・・・」
ジェイクがはあはあと息を切らしながら、リサのことを褒め立てる。少々美化しすぎな気もするが、これだけ純粋に褒められるとさすがにリサも悪い気がしない。
「ジェイク、でもリサは目が見えませんよ?」
「いいよ、俺がリサ姉の目になる!」
「リサは、実の両親に化け物呼ばわりされましたが」
「そんなの関係ない! リサ姉はリサ姉だ!」
「今はリサが良いかもしれませんが、あなたが大きくなる頃にはリサより素敵な女性を見つけているかもしれません」
「そうかもしれないけど・・・もう俺はリサ姉を一生守るって決めたんだ!」
どうやらジェイクは一歩も引く気は無いらしいが、子供の駄々に聞こえなくもない。じゃあこちらも無茶を言ってやろうと、リサは考えた。これならジェイクも諦めるだろうと。
「・・・いいですか、ジェイク。リサと結婚したいなら、約束してもらいたいことがあります」
「何?」
「リサはイイ男としか結婚したくありません。お金を稼ぐと言うなら、この町で一番高台にある家を、高台ごと買い取るくらい稼いでもらいます。できますか?」
「うん!」
「金だけあってもいけません。リサは強い男が好きです。例え魔王が攻めてきても、一人でリサを守れるくらいの男でないとリサは嫌です。ですが、もちろん死ぬのは論外です。魔王の軍勢が攻めてきて全ての人間が逃げても、リサを守るために戦って勝つと約束できますか?」
「もちろんだ!」
「あと見てくれも重要です。身長は180cm以上はないと嫌です。また筋肉ムキムキは嫌いです。しなやかでいて、かつスマートである必要があります。どうでしょう?」
「リサ姉がそう望むなら、なってみせるよ」
「まだです。権力も重要です。私達は孤児ですから、地位がないと誰も認めてくれません。あなたはどこかの王国で騎士になり、将軍になるのです」
「将軍なんてケチくさいこというなよ! リサ姉のためなら王国だって作ってやるさ!」
この言葉にリサは困ってしまった。もう言い訳が思いつかない。ここまで一直線に思われ、しかも無理難題に全て即答するのである。特にリサ的にも、最後のは心にぐっときたようだ。子供だから現実の手段などは何も考えていないだろうが、それでも自分一人のために国まで用意してみせると言ってくれた少年を目の前にし、リサは感無量だった。
「(リサは目が見えませんが、さぞかしジェイクは真剣な眼差しで私を見ているのでしょうね。たとえ10歳であろうと、その目を見てしまえば思わず女性が魅かれずにはおれないような、まっすぐで真摯な眼差しを・・・今初めて、自分の目が見えないことを後悔したかもしれません)」
リサは目を閉じ俯いていたが、何かを決心したかのように面を上げた。
「ではジェイク、私を見なさい?」
「見てるよ! 今までも、今も、これからも!」
「そうですか・・・ではこれがリサからの返事です。目を閉じなさい。私がイイと言うまで、開けてはいけません」
「?」
ジェイクが目を閉じたのを確認してジェイクの顔に手を添え、そっと唇にキスしてやる。ジェイクが瞬間、石化したように硬直したのがよくわかる。多分自分の顔も真っ赤だろうと、リサも容易に想像できた。何しろこんなに頬が熱い。リサとしては、こんな顔をさすがにジェイクに見られたくはなかったのだ。
10秒ほども唇を重ねただろうか。まるで一晩中そうしていたように感じるが、それはきっと心の希望で、実際には一瞬だったのだろう。どうやらリサも頭の一部が痺れているようだった。茫とした表情で唇を離すと、ジェイクを優しく抱きしめてやる。
「いいですか、ジェイク・・・リサはこれから旅に出ます。あなた達の面倒はこれから後ろにいるシスターが見てくれます。ちょっとペッタンコで、体の凹凸と色気に欠けるシスターですが、人間として信頼できます・・・彼女の下で学びなさい。そしてイイ男になって、私を迎えに来てください。その時、今と同じことをしましょう。今度はただのキスではなく、誓いのキスを・・・」
「うん・・・・・・うん!」
ジェイクが力強く返事をした。
「(全く子供は単純ですね・・・と、リサも子供ですか。でも人を好きだと思う感情なんて、単純なくらいでいいのかもしれないです)」
リサには自然と笑顔がこぼれていた。だが同時に申し訳なくもある。こんな時に自分は子ども達の元を離れなくてはいけない。
「あなた達を置いて旅に出るリサを許してください・・・本当は、ちゃんともっと前に言うべきだったのですが」
「いいよ、今度は俺の番だから。ちゃんとあいつらの面倒見るよ。だから何も心配しないで」
人の成長は早い。リサが子どもだと思っていたジェイクは、いつの間にか大人になろうとしていた。もっともまだまだリサも含めて当人達は子どもなのだが、ジェイクにトイレの躾までしたリサとしては感激もひとしおだった。
「(これは期待できそうですね・・・10年もすれば、本当に素晴らしい男になってリサを迎えにくるかもしれません。もっともそれとは関係なく、リサはこの子のプロポーズを受けるでしょうが。ですが、それまでリサもイイ女になる努力をしないといけませんね)」
むしろ自分の方がジェイクにふさわしいかどうかわからないとリサはやや不安になったが、自分を磨くと決心することで自分を納得させた。何せ時間はまだまだあるのだ。
「ジェイク・・・ありがとう」
「いいってことよ」
「何も聞かなくて平気ですか? 心配はしませんか?」
「時々手紙でも書いてくれれば、それでいいよ。それより、俺以外の男と浮気すんなよ?」
「・・・調子に乗りすぎです、ジェイク」
頭を両手の拳で挟んでグリグリしてやる。どうやら、ジェイクはプロポーズが成功したことで相当に浮ついているようだ。もっともリサも内心は同じだったのだが。
「いてて、いてて! リサ姉やめてって」
「まぁ、このくらいにしておきましょうか。しかし、他の子にはなんて説明したらいいでしょう」
「大丈夫だよ。いざというときのことは、ちゃんと皆に説明してあるから。『リサ姉がやりたいことが見つかった時は、引き留めないぞ』ってね。まあミルチェはぐずるかもしれないけどさ。ちなみに俺がいなくなればネリィが。ネリィがいなくなれば、次はルースが仕切ることになってるんだ」
「そこまで考えていましたか・・・」
どうやら子ども達は、リサが思っているより遙かにしっかりしているようだ。もはや自分がいなくても、しっかり支え合っていけるだろうということはリサには確信できた。もちろん実生活上の手段は別だが。
その時、眠そうな眼をこすりながらミルチェがぺたぺたと歩いてきた。
「ん~、りさねぇにじぇいく・・・なにしてるの・・・?」
「ミルチェ、起きちゃったか。ほら、大丈夫だからあっちで寝よう、な?」
「りさねぇにだっこしてもらわなきゃやだ~」
「あとでちゃんと行きますから・・・ジェイク、先にミルチェを連れて行ってください」
「ん。後でちゃんと抱っこしてあげてよ?」
「ええ、必ず」
ジェイクがミルチェを連れて寝室に向かう。そして2人になると、ミリアザールがついに我慢の限界を超えたように盛大に笑い始めた。
続く
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