難題、その7~訪れる困難後半~
「な、なんでここにリサ姉が・・・」
「ごきげんよう、ジェイク。随分と楽しそうなことで」
ジェイクが振り返った先にはリサがいた。扉を開けて教室に入っているリサの背後には、扉にもたれかかるようにして立っているルナティカがいる。そしてリサはゆっくりと優雅な足取りでジェイクに近づいてきた。彼女の突然の登場に多くの者が目を奪われているのは、言うまでも無い。
まずリサの髪の色。薄い桃色の髪は非常に珍しく、大都市でも滅多に見ない色である。そして陶磁器の様に白い肌に、儚気な雰囲気。触れば壊れるような少女がそこに存在していた。そしてリサはジェイクに微笑みかけると、彼に向って手を伸ばしたが、対するジェイクが汗をびっしょりとかいていることにリンダやロッテが気がつく。
「ジェイク?」
「や、やばい」
ジェイクは焦っていた。リサが笑顔の時は要注意。これはリサに育てられた者の、共通の合言葉である。リサは厳しくジェイク達を躾けたが、リサが怖い顔をする時はまだ尻を叩かれるくらいで済んだ。だが、本当にリサが怒った時は妙に笑顔が多くなるのだ。ジェイクは今までの経験上察していた。今リサの機嫌をこれ以上損ねると、命に関わると。
どうして久しぶりの再会でこのような目に会うのかとジェイクはいたたまれない気持ちになったが、もはや後の祭り。今はなんとかしてこの場を切り抜けなくてはならないのだが、そもそもリサが怒る原因がわからないのではどうしようもなかった。
そしてつかつかと歩み寄ってくるリサに、思わず後ずさるジェイク。こんなことならまだ魔物の群れの中に取り残される方がマシだと思うのだが、リサの行動はさらにジェイクの予想を裏切った。リサはジェイクの腕を取ると、自分の腕に絡ませたのだ。
「あ、あれ?」
「ジェイク、私は盲なのですよ? ちゃんと学園を案内してくれないと困ります」
リサはジェイクの周囲が目に入っていないかのような態度を取った。もちろんわざとである。そしてジェイクが戸惑う間に、初めて周囲の人間に気付いたかのようなふりをする。
「ジェイク、周りにいるのは?」
「あ、ああ。全員俺の友達なんだ。いつも仲良くして・・・若干一名、違うのがいるかも」
ジェイクがデュートヒルデの方をちらりと見ながら説明したが、デュートヒルデはそれどころではなかった。驚き方は様々だったが、彼女だけでなくロッテやリンダもそれぞれ驚いていた。デュートヒルデは淑女のたしなみも忘れて口があんぐりと開いていたし、リンダはめまいがするかのようにくらくらと体が揺れていた。ロッテの場合、手で口を覆い涙目になっていたのだった。何せ突然現れた女性がジェイクの腕をやすやすと取ったのである。訳も分からず混乱する女の子達。
「ジェ、ジェイク? その方はどちらさまで?」
デュートヒルデが口をひくひくさせながら問いかける。そして。
「えーと、なんて説明したら・・・」
「婚約者です」
その言葉に、教室中の時が止まった。デュートヒルデは目をぱしぱしと何度も瞬きしながら首をかしげている。
「は? ・・・今なんて?」
「婚約者です。私達は将来を誓い合った仲ですから。意味はわかりますか?」
「それはわかりますけど・・・え、ええー!!?」
そこに来て初めてデュートヒルデは素っ頓狂な声を上げた。そしてリンダは卒倒し、ロッテはそれを支える羽目になる。周囲のギャラリーも驚きの声を上げ、ラスカルとドーラは比較的冷静に顔を見合わせる中、ブルンズは後ろに一人でずっこけていた。
そしてざわめく級友と真っ白になったデュートヒルデに、リサがとどめの言葉を発する。
「初めまして、挨拶が遅れました。私はこのジェイクの将来の妻、リサと申します。以後、末長くお見知りおきを。今日は彼にこの学園を案内してもらうために参りました。では皆さん、失礼」
そう言い残してジェイクにもたれかかるようにしながらも強引に腕を引き、教室を後にするリサ。彼らが出て行った教室は大騒ぎになり、この出来事は明日の朝にはグローリア中に知れ渡ることとなる。リサの神秘的美しさと共に、ジェイクが一瞬で三人の女の子を不幸にした、と。
そして教室から離れた途端、リサはジェイクの腕をさらに強く引き寄せる。
「リ、リサ?」
「久しぶりですね、ジェイク」
「なんでまた急に」
「おや、ミリアザールから連絡は来ていなかったのですか? そろそろ着くと、連絡は先によこしたはずですが」
リサが横を向いてジェイクの目をじっと見る。その目を見て、ジェイクは突然ぷいっと顔を逸らした。その仕草をリサは訝しんだが、ジェイクは久々のリサの姿に見惚れていたのだ。さきほど教室での態度が大事になっていることなど、もはや忘れている。
「(くっそ、やっぱりかわいいなリサは。前より髪も伸びたし、ちょっと大人っぽくなったような)」
「ジェイク」
リサがジェイクの頭を掴んで、自分の方に強制的に向けさせる。
「な、なんだよっ」
「顔が赤い。熱でも?」
「んなことないって!」
「そうですか? どれどれ」
リサはわざとおでこをジェイクのおでこに当てていた。その瞬間、ジェイクの体温がさらに上がったのは言うまでもない。
真っ赤になりながら久々のリサの温かさにくらくらするジェイクの腕を引きながら、リサは思う。
「(しばらく見ない間に、背が高くなりましたね。もう少しで私に届きますか? たかが数カ月離れていただけでしたが、男の子の成長は早いですね)」
リサは内心で嬉しかった。近くにいて触れていればよりはっきりとわかる。ジェイクの体は二回りほど大きくなっていただけでなく、漂わせる雰囲気が少年から男性のそれへと変化が始まっていた。強い男へ。リサはジェイクが自分との約束を守っている事ではなく、純粋に成長していることが嬉しかった。
「(ふふ、母の心境というやつですか。ですが、いずれこの子は私の伴侶に・・・)」
リサがまだ自分より少し背の低いジェイクを見る。少年は顔を赤らめたまま前を見ていたが、その横顔は少し頼もしくなっているのだった。
続く
次回投稿は、9/25(日)17:00です。




