難題、その6~訪れる困難前半~
「教主、ご無事で!?」
「無論なんともない。それより深緑宮の中から生物・魔物関連に強い連中を選抜せよ。こいつを調べる。もちろん、厳重に管理した上でな」
ミリアザールが手の中の虫を見せながら指示を飛ばす。そして慌ただしく動き始める深緑宮。指揮を執るミリアザールの表情は真剣そのものであり、そこには一人の指導者としての彼女の姿があった。その中でミリアザールが思いだしたようにアルフィリースを見る。
「アルフィリース。非常にすまぬが、ここ深緑宮も安全とは言い難いようじゃな。しばらく取り込むゆえ、お主達には別の宿を用意させよう。フェンナもそちらも今日は泊まるがよかろう。朝になればそこのルナティカも連れて、シーカーの連中を一度検分した方がよさそうじゃ」
「ええ、そうね。今日はお暇するわ。フェンナもいいわね?」
「は、はい」
仲間だと思っていたシーカーの突然の変貌にフェンナが動揺していたが、なんとか返事をしていた。ミリアザールはこのような事態になったことを、素直に陳謝した。
「すまぬな、フェンナよ。ところでミランダ、お主は残れ」
アルフィリースと共に撤退しようと真っ先に出て行きかけたミランダの腕を、ミリアザールがしっかりと掴む。
「ええ? どうして私だけ」
「阿呆! 元々お主はアルネリア教会のシスターじゃろうが、それも巡礼頂点の! 場面によっては大司教よりも発言権がある、自らの立場をちっとは自覚せいよ?」
「やだ、めんどくさい」
「キィー! ワシの仕事をちっとは手伝わんか! どう考えてもこれから修羅場じゃろが! 今、逃げようとしたな? そうは問屋が卸さんわい!」
即答するミランダに、地団駄を踏むミリアザール。傍目に見るとできる妹とわがままな姉の構図だったが、これで大陸でも最大の組織が運営されているのだから恐ろしい。まあ指導者なんてこれくらい肩の力を抜いてもいいのかな、などとアルフィリースは間違った認識をしそうになるのだった。
そして微笑むアルフィリースとミランダが話を盛り上げ始めた所で、梔子がそっとミリアザールに耳打ちする。
「マスター。実はもう一人来訪者が」
「なんじゃ? そんな予定はあったかの?」
「実は・・・」
そっと梔子が耳打ちした内容に、さしものミリアザールも驚きの色を隠せないのだった。
***
「では私はジェイクとネリィ、ルースの様子を見に行きます。その他のチビ共はアルネリアに任せますから、その後でルナティカと一緒に先ほどの怪しい男とやらを探しましょう」
「先に探さなくていいの? それに最高教主は朝になったら探すって」
来訪者があるとかで、ミリアザールの部屋を撤退したアルフィリース達。アルフィリースの疑問も尤もである。事件の重要性を考えればアルフィリースの心配通りだろう。だがリサは首を振った。
「実は先ほど口無しどもの話をこっそり聞いたのですが、ジェイクの通うグローリアにも怪しい連中がいる模様です。そちらを先に叩かねば、ここで先ほどの女が自決したのが知れ次第動きがあるかもしれません。申し訳ないのですが、リサにとってジェイク以上の優先事項はありませんので今日中にも動きます」
「そ、そう」
「それに、ジェイクの周囲にも女どもの不穏な影があるようですし・・・」
「え、何か言った?」
「なんでも?」
堂々と言い放つリサにアルフィリースもそれ以上言う事はなく、リサはルナティカを伴って出て行ってしまった。最後にとても個人的な理由を呟いたような気がしたが、まあそこはアルフィリースとしても流すことにした。グウェンドルフはミリアザールと話があるとかで勝手に残ってしまうし、アルフィリースはフェンナと共に、ラファティ達に歓待されているはずの他の仲間の場所へと戻る。
だが着いた先でも、何人かの仲間の姿がなかった。
「あれ、ロゼッタとユーティは?」
「アルフィリース達が出てこないから、マーメイドのベリアーチェの案内で賭場に行った。ターシャに説得されて、イライザとエアリアルも『社会勉強』とか言って、賭場に付いて行ったな。我々はここで食事をいただいているが」
「アルネリアにも賭場ってあるんだ。ああ、皆が不良になって行く・・・」
ダロンの返事に軽い頭痛を覚えるアルフィリースだったが、集団の長というのはこういったものだろうと思う。そうなるとこれからもこのような心配事は増えるわけだが。
「これからの傭兵団には真面目な人を勧誘するようにしよう・・・」
アルフィリースは一つの決意を固めるのだった。
***
カラーン・・・カラーン・・・
グローリアで終礼を告げる鐘が鳴る。ジェイクは講義用の魔術書や教科書をしまうと、足早に教室を出ようとする。その前に立ちはだかるデュートヒルデ。
「ジェイク、この後お茶でもいかが?」
「悪い、今日はアルベルトに稽古をつけてもらうつもりだから。最近忙しかったから、あんまり手合わせできてないんだよな」
「ちょっと! 今日は何も予定はないはずではなくて!?」
ダン、と額に青筋を浮かべながら足を踏み慣らすデュートヒルデを、ジェイクは静かに見返した。
「まあ決まってはないんだけどな。お前とお茶するよりも、アルベルトと剣の練習をする方が楽しいし」
「なんですってぇ!? あなた、頭の中身まで筋肉になったのではなくて?」
「くるくるの場合は、頭の中でお茶が湧いてんじゃないのか?」
「キーッ!」
ジェイクを胸の周辺を叩こうと手を出すデュートヒルデをジェイクはあっさりと受け止め、そのままデュートヒルデが暴れないように捕まえたのだった。
「あ、何をなさるの!」
「暴れるからだろ。で、なんで俺の予定を知ってるんだ?」
「そ、それはですね・・・」
ごにょごにょと言葉にならない言葉を話すデュートヒルデだた、ジェイクの興味はすぐに他に移る。
「それでリンダとロッテは?」
「え、えーと」
実は二人ともこの後同じような手でジェイクを誘おうとしていたのだが、デュートヒルデが失敗するにつけて、方針を変更せざるを得なかった。
「こ、この後、そう! 遠乗りをしようかと思って! それなら乗馬の訓練にもなるし、いかがかしら?」
「うーん、それもいいけど。今は剣の練習がしたいかな」
まず、リンダ撃沈。そしてここぞとばかりにロッテが攻勢をかける。
「な、なら! 練習の後はお腹が空くでしょう? 稽古の後に、私の家で晩ご飯なんてどうかしら?」
「それは・・・いいかも。でもいつ終わるかわからないから、ロッテの迷惑になるぞ?」
「いいの! うちの母さんもぜひジェイクに会いたいって言ってるから!」
そういうロッテの表情は必死だった。そこに喰ってかかるデュートヒルデ。
「ずるいわよ、ロッテ! 外堀から固めるつもり?」
「そうよ、母親に紹介は早くないですか?」
「そ、そういうわけじゃ! だって、私は普通の家だからこれくらいしかできないし・・・」
いつの間にか三人の女の子の中で、動きが取れなくなっているジェイク。どうでもいいから早く決めてくれといった表情で、彼はその場に立ちっぱなしになっている。それをやや遠巻きに見ているラスカルとブルンズ。
「災難だな、ジェイクの奴。そろそろ助けるか?」
「放っておけよ、どうせいつものことだ・・・羨ましい奴め」
ブルンズの嫉妬交じりの感想が述べられる。それを聞いてラスカルはにやにやするのだった。
「羨ましいのか?」
「・・・男なら誰でもそうだろうよ。ラスカルも一度は経験したいだろう?」
「俺は生涯一人の女にモテればいいよ」
「ち、つまらん事を言う奴だな」
ぶすっとするブルンズに、ドーラが助け船を出す。
「ラスカルの言う事も尤もだな。生涯最高と思える女性を、自分が射とめればいいじゃないのか?」
「モテる奴に言われても納得できるかぁ!」
ブルンズの発言も尤もである。女性と見まがうほど綺麗な顔をしたドーラは、女生徒の憧れの的だった。肌も一度も陽の光を浴びたことが無いかのように白い。それも同じクラスや授業の女生徒に限らず、上級生や、果ては教官にまで告白されるのを目撃された例があった。一度冗談交じりにラスカルが聞いてみたのだが、ドーラは肯定も否定もせず。周囲のもやもやは募る一方だった。
そんなドーラは放っておいて、ラスカルはブルンズをからかうことにした。
「そう言うなって。そんな事を言ってると、助平が顔に出るぞぉ?」
「んだと!?」
「はっはは、と。誰だ、見慣れない人間がいるな」
ラスカルの顔が引き締まる。例の執事騒ぎがあってから、ラスカルやブルンズも年齢の割に一足早い騎士としての自覚に目覚めつつあった。馬鹿話から一転、一瞬で彼らの表情が引き締まる。
同時に、ジェイクはいつにない殺気を感じて思わず全身の毛が逆立っていた。執事との戦闘以上の危機感をジェイクは感じ、ジェイクががばりと振り返った先には・・・
続く
次回投稿は、9/24(土)18:00です。




