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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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難題、その4~現実問題~

「ルナ!」


 叫ぶリサより早く、一陣の風と化したルナティカがアルフィリースの長い髪をたなびかせると同時に、ルナティカの刃はミリアザールの喉元に迫っていた。

 何が起こったかわからないアルフィリースが気づいた時には、ルナティカの刃がミリアザールの指で止められた時だったのだ。


「確かに鬼子よの、これは」

「!」


 刃を止められたルナティカが短刀を離し貫手でミリアザールの急所を狙うが、目にもとまらぬ速さで手首を掴まれ、ルナティカはあっという間に後ろ手に拘束された。


「それでもまあ、せいぜい子鬼というところか。暗殺者が正面切って戦うようではのぅ。殺気を押さえて好機を狙わぬか、未熟者め」

「・・・化け物」

「この可憐な乙女を捕まえて化け物とは失礼な」


 ミリアザールの軽い口調とは裏腹に、しっかりとルナティカは拘束されていた。先ほどから彼女は何とかふりほどこうとしているのだが、ミリアザールの怪力がルナティカを捕まえて離さない。


「ワシに格闘戦を挑もうなど笑止千番。まあ得物にこだわらず、すぐに短剣を離したのは良い判断だが」

「なぜ」


 ルナティカは生まれて初めて、自分が獲物だと認識した者に質問をした。いや、そうせざるにはいられなかった。


「何がじゃ」

「なぜお前の様な魔物が、アルネリア教の最高教主をしている?」

「ほう・・・」


 ミリアザールは面白そうにルナティカを見つめ直した。そこには純粋な興味が見て取れる。


「なぜワシを魔物と思う?」

「匂い。それ以外にはない」

「匂いときたか。ワシ、臭いかのぅ?」

「冗談が過ぎます、最高教主マスター


 隣に控えていた梔子が、無表情でため息をついた。リサもミランダもルナティカが飛びかかったことには驚いたが、事情が一切わからないアルフィリースは混乱の極みにいた。


「え、ええ?? ミリィが最高教主で魔物で、ミランダの上司が・・・ええ?」

「落ち着きなさい、アルフィ。こういう時には何かの早口言葉を呟くといいでしょう」

「ええと、クルムスでぐすぐすのクススがクスクスと・・・あぶっ」

「・・・リサとしたことがうかつでした、ここまでデカ女に落ち着きがないとは。みっともないったらありゃしない」


 舌を噛んだアルフィリースの頭を、リサが杖でぽかりと叩いた。その様子を見たミリアザールはくくく、と忍び笑いを漏らすとルナティカを解放した。その瞬間飛びずさって距離を取るルナティカ。


「・・・」

「そこな子鬼も警戒しているようじゃし、アルフィリースに至っては混乱の極みよな。では、順を追って話そうかの」


 ミリアザールは順を追って話し始めた。まず自分が魔物であること。その上で魔物と戦うことになったきっかけや、アルネリア教会の成り立ちを話し始めた。話し終わるのに時間がかかると踏んだ梔子は食事の準備をさせ、場は会食となった。

 太陽が天中に差しかかる昼過ぎに始まったこの話し合いだが、ミリアザールが一通り話し終わる頃には食事もすっかり終わり、そろそろ夕方の涼しい風が吹き始めてもおかしくないほどの時間になっていた。

 一通り話を聞いたうえで、冷静に戻ったアルフィリースは腕を組んで考え事を始めた。その彼女を見て、ミリアザールはいつのまにか果実酒を傾けながらアルフィリースを観察している。


「最初に出会った頃はお主という人物を見定めようと思っておったから、自分の身分を偽ったのは申し訳ないとは思うがの。諸国の代表や王族でさえ、ワシの顔を直に見たことがある者はほとんどおらぬ。その辺の事情を察してくれ」

「まあそれは別にいいんだけど・・・一つはっきりさせていいかしら?」


 アルフィリースの表情はいつになく真剣だった。


「貴女は私の敵でも味方でもない。この認識で合ってる?」

「これは・・・」


 ミリアザールが感心したようにアルフィリースを見た。そして梔子の方を見ると、彼女も頷いて見せた。


「なるほど、ワシはそなたをまだみくびっていたかの。これは評価を改めなくてはなるまい」

「私はリサみたいにお人好しじゃないの。ミランダの上司であるとか、リサのチビ達の世話をしているとか、ライフレス達と敵対しているからといって貴女を信頼する気にはならない、それだけよ。まだ知り合ったばかりでは、信頼関係も何も無いもの」

「ふふふ、それでいい」


 アルフィリースの意外な言葉に面喰うリサとミランダとは裏腹に、ミリアザールのアルフィリースに対する評価は上がったようであった。

 そしてミリアザールは顎で梔子に指図すると、梔子は一端この場を離れた。


「ワシが言いたい事もまさにそれじゃったのだ。ワシはそなたを庇護するのではなく、同盟関係を結びたいのじゃ。その方が動きやすいしの」

「と言う事は、交換条件ということ?」

「ますます話が早くて助かるな」


 そう言ったミリアザールの顔は非常に楽しそうだった。同じテーブルで語らうに足る相手。ミリアザールはアルフィリースの事をそう認識し始めていた。

 そしてミリアザールは話の多くを省略し、本題に入ることにした。


「では早速本題に入ろう。ワシはお主の望みを知っている。傭兵団を作るのじゃろう?」

「ええ、そのつもりよ。具体的な案はまだないけど」

「ならば、このアルネリアに本拠を構えるとよいだろう。少なくとも最初のうちは」


 ミリアザールの突然の提案に、ミランダやリサがびっくりする。アルフィリースはまだ冷静な表情のままだった。


「そして私達を駒の様に使おうと?」

「まあそう邪険にするな。たしかにそういった魂胆が全くないと言えば嘘じゃが、それ以上にお主達の安全を慮ってのことでもある。今回の相手は異常じゃ。ワシですら戦えば危うい相手が多数おる。我々が互いをどのように思おうと、一番やってはならぬことは別々に勝手気ままに戦い、それぞれが撃破されることよ」

「敵の敵は味方ってことね」

「身も蓋もない言い方じゃが、まあそんなところじゃ」


 ちょっと呆れたようにミリアザールがグラスを指ではじく。グラスは質の良いものを使っているのか、ぴぃん、と高い音が跳ねた。


「その代わりワシからは出来る限りのことをしよう。ワシも何も無い状態からこの教団を作り上げた身。おおよそお主がどういったことで困っているかは想像がつく」

「へぇ、たとえば?」

「お主、金がないじゃろう」

「ぎくっ」


 アルフィリースの目が完全に泳いでいた。その仕草を、むしろ可愛いと思ってしまうミリアザール。


「お主、傭兵団を作る上でどのくらい金がかかるか知っておるかの?」

「え、えーと・・・わかりません」

「うむ、素直でよろしい」


 くっくく、とミリアザールが笑う。その前でしょんぼりしているアルフィリース。リサとミランダはため息をついていたが。


「まず本拠の場所じゃのう。まあ最悪ここアルネリアでないとしても、本拠地は必要じゃ。そうでないと、依頼を受けるにも安定せんからな。ギルドに委託して依頼を定期的に受け取ることもできるが、いざという時に連絡が取れんと信頼度も薄れるじゃろう。それに長期的に見れば、拠点がないとなんのかんので金がかかる。そして本拠地をまずは100人が寝泊まりしても構わん程度の規模で構えるとすると……土地代、建築費用、魔術加工やちまちました初期費用も含めてざっとこんなものか」


 ミリアザールが指を三本立てている。それを見てアルフィリースは唸った。


「えーと、3万ペント?」

「阿呆、桁が二つ違うわい」

「300万!?」


 アルフィリースは眩暈がした。自分に金銭感覚があるという自覚もあまりなかったが、それにしてもここまで金がかかるとは思っていなかったのである。

 ちなみに、この時代の傭兵の一般的な稼ぎはランクによっても変わるが、アルフィリースのE判定では平均で1500ペント/月。ロゼッタのAで1万ペント/月である。なおギルドには賞金による年間ランキングなどもあるが、不動の一位である勇者ゼムスが最高で178.3万/年であった。もちろんこれは依頼の報酬としてギルドのみから払われる金額の話で、他に有形無形の収入はある。

 どちらにせよこれからアルフィリース達が知名度を上げるなど諸々を考えると、300万ペントを稼ぐには最低でも数年はかかるわけで。アルフィリースの頭には最初から全てに躓いた感じがして、目の前が真っ暗になる感じがしたのだった。

 もっともミリアザールもからかい半分に高めの金額設定をしたのであり、少しこの辺りが意地悪なのだった。それでもアルフィリースの反応を見ていると、もっと虐めたくなるのは万人共通なのだろうか。


「まあそれが初期費用であって、あとは事務、清掃・料理などの下働きに払う日当、施設の維持費、武具などの手入れ費用などなど。馬も飼うならその設備も必要じゃし・・・」

「あ、頭が痛くなってきた・・・」

「だから大変だと言ったではないですか、ダメ女」


 リサにまた小突かれるも、なんとも的を射ていたので、アルフィリースは反論する気も起きなかった。そんな彼女を見てミリアザールもさすがに可哀想と思ったのか、助け船を出すことにした。



続く


次回投稿は、9/20(火)18:00です。

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