難題、その3~謁見~
「貴女は確か・・・」
「お久しぶりにございます、シスター・アノルン」
ウマから軽く飛び降りた女性の騎士が、シスターに手を貸して下馬を手伝う。そのシスターは丁寧にお辞儀をしてみせた。
「私はシスター・エルザ。こちらは神殿騎士のイライザ。アノルン様の案内を仰せつかっております」
「お役目ご苦労様です」
ミランダもまた丁寧なお辞儀と口調で返す。こういう変わり身の早さだけは一生身につかないだろうと、アルフィリースは呆れかえっていた。
そうして長蛇の列を横目にアルネリアに入るアルフィリース達。アルフィリースもそうだが、ロゼッタや他の仲間達もきょろきょろと周囲を見渡していた。アルネリアに溢れかえるのは人々の笑顔。街並みこそミーシアなどの繁華街には及ばないが、そこそこに露店なども発達し、往来には邪魔にならない程度には人が行き来している。特徴的なのは、その誰もが穏やかな表情で楽しそうに暮らしているということだった。
「平和な都市だな。北側じゃ考えられねぇ」
思わずロゼッタが感想を漏らす。殺伐とした環境で育った彼女にしてみれば、このような場所は非常に縁遠いものだった。すべからく傭兵というものは殺伐とした職業なのだから、彼女に限らず傭兵全員が同じ印象を抱くかもしれない。
そして先頭を歩くエルザが、ロゼッタに話しかける。
「意外そうな顔ですね。そんなに平和に慣れていませんか?」
「ああ、アタイはホントに掃溜めみたいな場所の出身だからね。こんなところは平和すぎて、かえってむかむかして落ち着かねぇ」
「最初は私もそうでしたよ」
「は、あんたが?」
エルザが苦笑し、ロゼッタが不思議そうな顔をした。彼女もまた、スラムの様な土地でまとめ役的な存在だったのだ。ロゼッタの気持ちは彼女には想像に易いが、今のエルザの上品な物腰からは、彼女がそのような土地の出身であることは誰も想像がつかないだろう。
「ですがこの平和も影で支える者があってこそ。決してタダで成り立っているわけではありません」
「そんなもんかね」
「そんなものです」
エルザが笑いながらアルフィリース達を案内する。その彼女には街ゆく人々からしょっちゅう声がかかるのだ。その度に笑顔で返すエルザ。こういうのが本来のシスターだろうとアルフィリースは思う。
「ミランダも見習ったら?」
「大きなお世話。それにあのシスター、この教会でも指折りの武闘派だよ。見た目で侮らないことだね」
「そうなの? とてもそうは見えないけどなぁ」
「ここのシスターは多くが戦うための訓練を受けている。街並みもしっかり見るといいよ、いつでも戦争できるような配置にしてあるから」
「それはなんとなくわかってる。嫌に規則正しく家屋が配置してあるし、さっきからぐるりと回り込むように移動しているよね? 中心部に近づくためには遠回りになるように街路を整備しているみたいね」
「それに、至る所に罠があるな」
ルナティカが会話に加わった。彼女は馬から降りて歩きながらも、至る所に目を配っていた。
「おそらくは対魔獣・魔物様の罠だとは思うが、特殊な状況を想定して罠を仕掛けた様子があちこちに見て取れる。例えばそこ。ただの漬け物石をおいているように見えるが、反対側にも同じようなものがある。緊急時にはあそこが連動して魔術を発動し、この道を遮断するはず」
「御名答。さすがだね」
「ちょっと見ればわかること。別に大したことはない。それに」
ルナティカは周囲をくるりと見渡した。
「町に入る以前からじっとこちらを見ている者が数名。町に入ってからもつかず離れずで人間が周囲にいる。監視か、護衛かは微妙だが」
「護衛ですよ」
ルナティカの言葉にエルザが答えた。笑顔は笑顔だが、その表情には多少の緊張が見て取れる。
「最近ではこのアルネリアでもおかしな事件が瀕発するもので」
「最高教主のお膝元でかい? それはどういった事件なのさ」
思わず素に返って質問するミランダに、きまりの悪そうな顔をするエルザ。
「おいおいお話ししましょう。まずはアルネリアの最高教主に会っていただきますので」
エルザの発言にぎょっとするアルフィリース達。
「な、な、なんでいきなりそんな偉い人に?」
「あの方が興味があるとのことです。ぜひ一度アノルン様も含め、アルフィリース様にもお会いしたいと。それに・・・そちらにはグウェンドルフ様もおられるようなので」
「ふむ、かの教主には私も興味がある。良いのかな、私が会っても」
「ええ、それは是非とも」
既にグウェンドルフのことは知られていることもやむをえないかと考え、アルフィリースは大人しく深緑宮に案内された。ここに至るまで警護万全な相当数の門をくぐったが、深緑宮に入ってからは拍子抜けするほどに穏やかな空気に包まれていた。緑が多く、美しい庭園を構える深緑宮に目を奪われるばかりである。
そして深緑宮の中ほどで、アルフィリースは懐かしい顔を見た。
「あ、アルベルトだ」
「お久しぶりでございます、アルフィリース殿。ご健勝で何より」
軽く一礼したアルベルトがアルフィリースに近づいてきた。共に話していた若い騎士と、女性二人も同様だ。
「久しぶりね、アルベルト! 元気だった?」
「はい、問題なく。ともあれ紹介をいたしましょう。後ろに控えるのは私の弟のラファティと、その妻である人魚のベリアーチェ。それにエルフのロクサーヌです。以後お見知りおきを」
「へぇ。私、人魚は初めて見るなぁ」
アルフィリースがまじまじとベリアーチェを見たので、肘でリサがアルフィリースを小突く。
「デカ女、失礼でしょう。そんなイヤラシイ目線で舐めまわすように女性を見ては」
「どっちが失礼よ! だいたいどんな目をしているかなんて、リサにはわからないでしょう!?」
「想像に易いのですよ、両刀使い」
「二刀流よっ! 誤解を招くような事を言わないで!」
「相変わらずのあんぽんたんですね。誤解を招くように言っているのです。そうでないと、何も話が発展しないでしょう?」
「そんな発展ならしなくていいわよっ!」
そのやりとりを聞いて、ベリアーチェが楽しそうに笑っていた。反対に、真面目なロクサーヌは困ったような顔をしていたが。
そしてベリアーチェがすっと前に出る。
「本日は遠路はるばる御苦労さまでございます。ここから先は最高教主の謁見場所でございます。誠に申し訳ないのですが、アノルン様、アルフィリース様、リサ様、グウェンドルフ様以外の方は控え間にてお待ち願えないでしょうか」
「おいおい、アタイ達は蚊帳の外か?」
「最高教主は忙しい身。本来ならば諸国の王族ですら滅多に直接会う事はできないのです。またお顔を拝見できるのは、その秘匿性ゆえに人物を限らせていただいております。そのあたりの事情をご理解いただきたいと存じます」
「皆、すまないね」
ミランダが素直に引きさがるように全員を促したので、呼ばれた人間以外はベリアーチェの案内の元、別の部屋に移動となった。ただその場に一人、ルナティカだけが残る。
「ルナ?」
「私はリサの護衛。傍を離れない」
「困りましたね」
リサが判断を仰ぐべくアルベルトを見たが、彼はしばし悩んだ後「いいでしょう」とだけ言い、アルフィリース達を案内した。
そしてミリアザールの執務室前に到着する一行。入り口は貴人がいるとは思えないほど簡素な造りだった。
「ミリアザール様、お客人をお連れしました」
「いいでしょう、入って頂きなさい」
そしてアルベルトが木造りの扉を開けてアルフィリース達を促す。アルフィリースは社会的に偉い人に会うのはこれが初めてだったので(フェンナもミランダも実は偉い人なのだが)、緊張していたのだが・・・
「あ、貴女は?」
「久しぶりですね、アルフィリース」
にこやかに笑う少女が書類が山と積まれた机を前に、椅子に座っていた。アルフィリースは以前会ったシスター・ミリィがそこに座っていることに驚いたが、それ以上に驚いた人物がいた。
それはルナティカ。彼女はミリアザールを見た瞬間全身の毛が逆立ち、一瞬で戦闘態勢に入っていた。
「っ!」
そしてルナティカは腰に差していた短刀を抜き放つと、目にもとまらぬ速度でミリアザールに斬りかかったのだった。
続く
次回投稿は、9/18(日)18:00です。




