難題、その2~日常の災難後半~
「ア、ル、フィ~」
「な、何よ」
良い獲物を見つけたとばかりのロゼッタの声に、思わず後ずさるアルフィリース。
「やらないか」
「何をよっ!」
「色目」
「嫌よっ!」
渋りに渋ったアルフィリースだが、全員の「ここでやらないのはヘタレ。リーダーらしい気概と潔さを見せろ」という、わけのわからない圧力に負け、渋々と行うことに。
「や、やればいいんでしょう? やれば」
そう言いながら構えるアルフィリースだが、当然彼女に男性を誘惑した事はおろか、そのような考えすらロクに抱いた事はないわけで。師匠の指導の中にはそのような項目もあった気がするが、師匠も困り顔でほどほどにしていたし、当時のアルフィリースには興味がなかった。あの項目がそんなに重要だったのかと今更考えても遅いわけだが、緊張のあまりかウィンクすら失敗して両眼を閉じたアルフィリースに、全員から酷評が寄せられる。
「すまん、勧めたアタイが悪かった」
「・・・まあアルフィにも欠点はありますよね?」
「やっぱり不器用だったかぁ」
「色気の欠片もありゃしないわね。ワタシの方がよっぽどマシよ」
「まあ、そう言うのが好きな人間もいるかもね。ボクにはわからないけど」
「ママ~、何がしたいの?」
「あるふぃー、た、楽しい?」
「・・・何も言わない方がいいだろうな」
「心配するな、アルフィにはその胸という凶器がある」
「まあ私は何も言わないわよ、新人だし、雇い主をけなすのはね」
ターシャが肩をつかんで首を横に振ったのだが、アルフィリースはやっただけ損な気分になっていた。そして、いつものように、とどめはやはり彼女。アルフィリースの肩を背後から叩くリサ。
「さすが残念美人」
「ほっといて!」
アルフィリースは悔し紛れに、他に誰か自分より色目が下手そうな人間を探す。目に留まったのはイルマタルだが、さすがに幼い彼女に色目は要求できなかった。エメラルドも同じく色目の意味もわからないだろうが、愛想のよい彼女はかなりの上級者の可能性もある。
そんな時、恰好の人物にアルフィリースは気が付いた。
「エアリー、ちょっと色目を使ってみてよ」
「色目? 何のために?」
「エアリーができるかどうか、見ておきたいのよ」
アルフィリースはエアリアルにはそんな技術はなかろうと考えたのだが、それ以前の問題だということは気が付かなかったらしい。
「色目はできないな、なにせ必要ない」
「え? なんで?」
「そもそも男女の交わりに必要あるのか?」
「尤もな意見、所詮色目など一つの要素。エアリーが正しい」
ルナティカが認めてしまったため、アルフィリースは反論しようもなかった。次にアルフィリースがみつけたのはインパルス。
「ちょっと、インパルス!」
「却下。精霊剣たるボクをなんだと思ってるんだい? エメラルド!」
「はーい」
そういうとインパルスは人型から剣へと戻ってしまった。プライドの高いインパルスは、こうなるとテコでも人型に戻らないだろう。
そうなるとアルフィリースはこれ以上どうしようもなかった。皆に馬鹿にされイライラの募るアルフィリースは、思わずターシャに八つ当たりをする。
「ターシャ! あなたもやりなさい!」
「ええっ? なんで私が」
「団長命令よ! それともエマージュに言いつけましょうか?」
「そんな、横暴だぁ」
そう言いつつも観念した様子で色目を使ってみるターシャ。彼女にとっても初めての試みだったが・・・?
「アルフィよりはマシ」
と、あっという間に斬って捨てられた。その結果を受けて可哀想なくらい真っ白になったアルフィリースを見て、ロゼッタが何かを思い出す。
「そういや楓がやってないな・・・」
「楓!」
「はい、こちらに」
思い出したように楓を呼び付けたアルフィリースに、少しおどおどした楓が現れる。
「どこにいたの?」
「いえ、流し目合戦が始まったので、逃げていました」
「正直だねぇ・・・」
正直すぎる楓にミランダがため息をついた。そんな事に気を止めないアルフィリースは、さらに楓を問い詰める。
「気付いていたなら話は早いわ。あなたもやるのよ!」
「はあ、命令とあれば仕方ありませんが・・・」
「何? 何か問題あるの?」
「いえ、周りから止められていますので」
その言葉に全員が首をかしげる。
「えーと・・・なんで?」
「『危険だからやるな』と。ですから、私はそのような色香を使うような任務も回されないわけでして」
「そ、そう。どうしようかしら・・・」
思わぬ返事に判断に困ったアルフィリースが後ろを見る。そんな彼女を受けて、リサがアルフィリースに耳打ちする。
「(よいのではないでしょうか? まさか死にはしないでしょう。もしかすると、楓をからかう要素が増えるかもしれませんし)」
「(そ、そうかなぁ? 嫌な予感がするんだけど)」
「(それとも代わりにアルフィがイジられますか?)」
「(それも嫌だなぁ)」
アルフィリースとリサがひそひそ話をする間に、ロゼッタとラーナが楓を促していた。それでもあまり乗り気でない楓ではあったのだが。
「はあ。ではいきます」
そうして楓が色目を披露した瞬間――恍惚とした表情でぴくぴくしながらその場に崩れ落ちるラーナと、敗北感で膝を折ったロゼッタと、ダロン、グウェンドルフまで含めてその場に固まる他の全ての仲間。全員の感想は、ルナティカの一言に集約された。
「なるほど、これは危険。男女種族関係なく誘惑してしまう。二度とやらないように」
***
「着いたよ、ここが正門だ」
「これは・・・随分と厳めしいのね」
アルフィリースはアルネリアの門に備え付けられた検閲所にいた。アルネリアという都市は周囲をぐるりと高い城壁で囲まれている。正門を見ると三層になった分厚い鋼鉄製の門に、兵士がおよそ50名ほど。アルネリアに出入りする人間を彼らは逐一確認していた。アルネリアはそこまで交易が多くはないとはいえ、査閲は厳しく、正門前は長蛇の列である。それを見てロゼッタが独り言のように呟いた。
「まるで戦争中の都市だねぇ。いつもこんな感じかい?」
「おかしいわね。確かに門兵もいい加減な仕事はしないけど、これは厳しすぎるわ。何かあったのかしら?」
「先触れは出していますが、まだ迎えが来ませんね。ミランダ様、私が先に行って確認してきましょう」
「お願い、楓」
そう言うと楓はいち早く姿を消した。口無し達には専用の出入り口があるそうなので、査閲なども関係ない。
それから待つ事一刻。楓からの連絡もなく、また長蛇の列も中々解消されなかった。
「あー、面倒臭くなってきたぁ」
「ちょっと、もう言葉遣いが乱れてるわよ? それにミランダの身分でなんとかならないの?」
「アタシ一人ならね」
ミランダは仲間をチラリと見る。アルフィリースの黒髪自体も珍しいのに、異種族であるダロンやエメラルドがいる。これではいかに自分がシスターでも、検閲もなく通せと言っても無理だろう。ミランダ本人でさえ、以前戦士風の恰好をしたまま正門を通ろうとして断られたのだ。周囲の目線も集まっているし、既に門兵達もこちらに注目している。
「仕事熱心なのはいいんだけどねぇ。融通が利かないったらありゃしない」
「あ、誰か来る」
馬に乗って表れたのは、黄金の鎧に身を纏った女性の騎士と、見目麗しいシスターだった。ミランダはその二人に見覚えがあった。
続く
次回投稿は、9/17(土)19:00です。




