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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
313/2685

難題、その1~日常の災難前半~


***


「あれがそうなの?」

「ああ、あれがアタシの第二の故郷だ」


 小高い丘から見える大きな都市。周囲を城壁に囲まれ一見厳いかめしいが、城壁の外にまばらに広がる民家や、多くの人が働く田園地帯がなんとものどかにアルフィリースの目に映る。

 彼女達の目に映るのは、聖都アルネリア。言わずと知れたアルネリア教会本拠地であり、かつては人間が魔物や魔獣と戦う時の拠点として。また現在では平和の象徴として佇む土地である。

 ミリアザールはアルネリアという都市が前線としての機能を終えた時、将来的には中間規模の都市として、完全な管理下に置きたかった。そのために、東西の街道整備はわざとアルネリアを外す形で整備させた。その甲斐あって、現在のアルネリアはミリアザールに取って理想の都市となった。秘匿性が比較的確保できながら自らの意のままに運営でき、かつ情報を収集しやすい土地。そしてその正体は、いたるところに物理的・魔術的罠の仕掛けられた難攻不落の要塞である。もちろんそこに住んでいる住民が気付く事はまずなく、有事の際にのみ発動するものがほとんどである。

 やや離れた場所には口無し達の隠れ里が複数あり、ミリアザールの手足となる者達が養成されている。そしてアルネリア内では各国の貴族子弟が集められ、学園で高度な教育を与えられる。神殿騎士団は卒業生が選ぶ選択肢の一つである。

 こう聞けば聖都とは名ばかりで実に歪な目的のために作られた都市のように聞こえるが、実際にはここは東でも有数の治安がよく、衛生的な都市だった。特別な産業も持たぬため人の出入りこそ少ないが、生活には不足なく住むにはかなり人気が高い都市だった。教育場所としてのグローリアの人気も高く、高い授業料を払わなければならないトリアッデ大学付属の施設などに比べれば、卒業後にアルネリアに奉仕活動をすることでその授業料を免除される制度は庶民のみならず、資産に乏しい貴族にも非常に人気が高かった。だからこそ、近年では人気が高くなりすぎて入学時にある程度人員が選抜されてしまうのは、やむをえない事かとミリアザールは頭を悩ませるほどである。

 ミランダにしてみれば久々の帰還であり、アルフィリースにしてみればミランダが仕えるほどの人物には興味があった。実はアルフィリースは一度会っているわけだが、ミランダはまだその事を話していない。

 そして大陸でも有数の安全地帯である近辺では、自然と旅の仲間も気が緩む。


「ラーナ! 昨日の勝負の続きだ!」

「ロゼッタさんもしつこいですね。酒の勢いの勝負を、今ここで真昼間から素面しらふでやろうと?」

「アタイは執念深いのさ」


 ロゼッタが不敵に笑いながら前を歩くラーナの肩を掴む。ラーナはため息をつくことしきり、観念したようにロゼッタの相手を渋々していた。


「で、色目勝負でしたか?」

「そうだ! アタイが色気で、あんたみたいな小娘に負けるわけにゃいかないんだよ!」

「淫魔の私に張り合う事が既に無意味な気もしますが、まあよいでしょう。勝負するのは嫌いでないにしても、誰が判定をするのです?」

「そりゃあお前・・・」


 そこまで言ってロゼッタも言葉に困る。男の仲間はダロンとグウェンドルフだけ。ダロンはそのような事は興味がないと言いたげに最初から顔をそむけたまま歩いているし、何より今はイルの相手をしていた。幼子の相手をしているダロンをこの勝負に引っ張り込むのは、無遠慮なロゼッタでもバツが悪い。

 そしてグウェンドルフは真竜である。端からこのような俗世のくだらないやりとりに巻き込むのは無理だろう。さしものロゼッタも遠慮をする相手である。

 ここで暇そうな旅人でもいれば適当にロゼッタが声をかけるのだが、こういう時に限って街道には誰もいない。そして田園で作業をする農民をわざわざ呼びよせるのもどうかと思うのだ。

 そんなつまらないことのようだが、意外にも真剣に考えていたロゼッタに、これまた意外な人物から救いの手が差し伸べられる。


「私が判定する」

「ルナ?」


 手を挙げたのはルナティカ。意外な人物の参入に、話を聞いていた全員が驚いた。


「どうしてルナが・・・」

「ただの合理的な判断。暗殺者としての訓練の中に、色香の手ほどきもあった。その辺の娼婦よりはよほどど仕込まれているはず。だから、私が判定役には最適」


 冷静にさらりと凄い事を言い出したルナティカだがこれ以上どうしようもないので、半信半疑ながらもロゼッタはルナティカの言葉に従った。


「よし、アタイからだな」


 先手、ロゼッタ。ロゼッタの目は肉食動物を連想させる。腕を頭の後ろで組み、豊満な胸を惜しげもなく強調する。溢れる色香とその目に捕らわれれば、普通の男なら危険を知りつつも飛びこまざるにはいられまい。

 ルナティカがロゼッタを見た後、次にラーナを促す。


「私の番ですね」


 後手、ラーナ。ラーナがフードをいったん被ると、それを取り払いざま、流れる髪を払う仕草をしながら全員の方を見た。その仕草は儚いラーナの見た目や優しい物腰とは全くの別物。成熟した女性としての色香と、ふと笑う口元からこぼれる甘い吐息に、ちろりと出された舌。そしてわざとなのか、髪を払う仕草に紛れて一瞬露わになった白い太腿に指を這わせ、他人の視線を誘導している。

 初めてこういったラーナの仕草を見るターシャなどはあんぐりと口を開けていたが、これが男だったらたまらないだろうとアルフィリースも思うのだ。自分だって多少どきりとするくらいなのに、お願いだから酔って意識が曖昧な時にやらないでほしいと思う。万一、間違いでも起きたら困るどころでは済まされない。

 だが二人のやりとりを見て、ルナティカは首を振った。


「全然ダメ」

「はあ? どこがだよっ! これでオチない男はイ○ポだ、イ○ポ!」

「汚い発言に同意するのは癪ですが、ロゼッタの言うことに一理あるかと」


 ルナティカの言葉に少なからず憤慨するロゼッタとラーナに、ルナティカが冷静に反論した。


「そうじゃない。それはそれで二人とも色香はあると思うが、今のやり方だと目以外の要素も沢山ある。それでは色目勝負だとは言わない」

「く、そう言われれば・・・」

「まあ納得ですが、ではルナティカならどうします?」


 ラーナの言葉にルナティカは即座に反応した。口元を手で少し隠すようにし、やや俯いて目線を一端全員から外す。そして再び全員を見たルナティカの目は潤んでいた。まるで怯える小動物。男の加虐心を煽るように、彼女は一瞬で弱々しい女性に変身してみせたのだ。


「こいつは・・・とんだ強敵だ」

「なるほど、言うだけのことはありますね。確かに大したものです」

「まあこれは一例。相手によって好みは違うから、実際には相手を見ての使い分けが必要」


 そう言うルナティカはもはや普段通りの無表情に戻っていた。彼女の変わり身の早さに驚く他の仲間達。そう言って観戦を決め込んでいた他の仲間を見て、ロゼッタがいい事を思い付いたとばかりにニヤリとした。


「お前達~、まさかタダ見じゃないだろうな?」

「え?」

「当然、そのつもりでしたが?」


 突然話を振られて焦るアルフィリースに、さも当然だと返すリサ。


「んだよ、リサ。ノリが悪いな」

「生憎と参加したくとも、さしものリサのセンサーでも色目など、細かい機微まではわかりませんから。ロゼッタ、私が盲目だという事を忘れてはいませんか?」

「っと、そういやそうか。日常生活に支障がほとんどないから、つい忘れそうになるな」


 ロゼッタはしまったとばかりに頭をかいた。そして次なる獲物(?)は、ミランダである。


「ミランダ、あんたは?」

「パス。さすがにこの辺はアルネリアも近いし、一応アタシもシスターだ。この格好でさせないどくれ」


 そう言ってにべもなく断ったミランダは、普段の動きやすい軽装ではなく、しっかりとアルネリア教のローブに身を包んでいた。歩き方も戦士の時の大股から、しずしずと歩く方に変更している。全くよくもここまで器用に使い分けられると、アルフィリースはいまだに感心するのだった。

 そんなアルフィリースに、ロゼッタの目が向けられた。



続く


次回投稿は、9/16(金)19:00です。


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