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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
311/2685

愚か者の戦争、その38~騎士と姫と~


***


 翌朝からラインとレイファンは定型の会話しか交わさなかった。そこには王女と忠実な騎士がいるだけであり、交渉は順調すぎるほどに進んだ。当初のレイファンの思惑通り、グルーザルドとはクルムスが土地の一分を割譲することで合意。それでもクルムスが今回の戦争で奪った領土ははるかに多く、国土だけで言えば三倍近くにまで膨れ上がっていた。

 もちろんトラガスロンの残党が内乱を起こす可能性は十二分に考えられており、事実としてすでにあちこちで内乱の報告は届きつつあった。だがレイファンは他の者が考える以上に頭が回っていた。グルーザルドに進んで譲歩したのは、このトラガスロンの反乱に対してグルーザルドの軍隊を借りうける気でいたのだった。もちろんその度に何を差し出すかは、既にレイファンの頭の中に構築されている。レイファンはクルムスという国を生き延びさせるために、端からグルーザルドを後ろ盾にする気であったのである。

 ラインがその事に気が付いたのは、冗談交じりに質問した時。もし自分が中原の覇者だったらどうするのかと。レイファンは少し悩んでこう答えた。


「中原をたとえクルムスが制覇しても外敵が多くて困りますから、代わりに中原の覇者を誰かにやってもらう。というのはどうでしょう?」


 思えばその時からレイファンはこの構図を描いていたのかもしれない。そうなれば、最終的にこの戦争はレイファンの思う通りに動いたことになる。レイファンの発想とその狡猾さに、ラインは少し肝が冷えたのを覚えている。レイファンが敵でなくてよかったのかもしれない。

 そして交渉は結局レイファンの思い通りで終了した。会見を始めてから3日。予想以上の速度で締結された同盟は、この後すぐに効力を発揮する事となる。

 条約が締結されると、レイファンはあっという間にクルムスに引き返した。条約が締結されたその夜には、レイファンは既に王城にいたのだった。


「お帰りなさいませ、レイファン様」


 出迎えたのはラスティとノラである。保養地にて休養していることになっていたレイファンではあるが、その顔には疲労の色が濃く、誰も休養したとは思えまい。そんなレイファンは疲れた体を押して、ラスティから報告を受ける。


「ラスティ、急ぎの案件はありますか?」

「いえ、そう急がずとも・・・」

「今が重要な時です。急を要するものだけ今報告を」

「・・・わかりました。ではロンネル地方で内乱が起こりかけているという報告がありまして・・・」


 その光景を見ながら、そっとラインは部屋を後にした。もう自分にできる事はないと思ったし、レイファンに報償をねだるのも筋違いだと思ったからだ。それにこれ以上ここにいては、自分にも余計な欲望が芽生えそうで嫌だった。ラインはその場をそっと立ち去った。

 そしてその途中、彼は再建中である王族用の庭園が目に入った。敷地は以前より小さくなっており、まだ中心にあるあずまやのような建物が出来ているだけだった。一応その一画だけは周囲から見えないように、既に背の高い植え込みで隠されるようになっている。ラインに植物の名前はわからないが、季節によってはきれいな花を咲かせる植物なのだろう。

 ラインは何かに導かれるようにその場所に歩いて行った。


「もう・・・家族で集まる事もないんだろうな、レイファンは。そう思えば不憫だな。もっと良い解決法はなかったもんか・・・」

「戦いとはそのようなものでしょう?」


 気を抜いていたラインの背後から声をかけたのはレイファンであった。突然現れた彼女に驚くライン。


「おい、仕事は・・・」

「ノラが気を利かせてくれたのです」


 ラインが出て行ったことに気が付いて焦るレイファンに、仕事の報告をつらつらと述べるラスティ。業を煮やしたノラが、ラスティに眠り薬を吹きかけて強制的に眠らせたということである。強引な手段だが、おろおろするレイファンに、ノラは目配せで合図をした。

 そしてレイファンは一も二もなくラインを追いかけてきた。その少女を見て、ラインは今までとは違う光が少女の目に宿っていることに気が付いた。


「で? 何か用か?」

「はい。貴方にまだ今回の報酬を渡していませんでしたから」


 レイファンが懐から一通の書状を取り出す。


「私達が最初に出会った場所の事を?」

「ああ。トリメドの裏路地だったな」

「はい。その町で金貸しを営む者達に分割して報酬を預けてあります。面倒だとは思いますが、金貸し業の者を信頼できるとも思いませんので」

「いや、慎重な対応だ。それでいい」


 ラインは少し感心しながら書状を受け取った。その手をレイファンがそっと握る。


「もう一つ、貴方に授けるべき物が」

「ふ~ん、いいものか?」

「ええ。私的にこれ以上ないくらいの物です」


 レイファンの神妙な面持ちにラインは自然と膝を付き、臣下の礼を取る。本当なら最初からそうすべきだったのだが、その辺がラインという人間なのだろう。

 片膝をついたラインの首にそっと巻かれる首飾り。ラインは大人しく面を下げたままされるがままにしていたが、やがてレイファンから声がかけられる。


「ライン、面を上げなさい」

「かしこまり・・・っ」


 ラインが面を上げようとした時、その唇を柔らかい何かが塞いだ。見開いたラインの目の前には、今まで自分が知らない表情をしたレイファンがいた。予想もしない出来事に目を見開いたままのライン。

 そのまま時が止まってしまったかに思われたが、それは二人が感じた時間だけのことで、風は緩やかに流れ、虫は夏の真っ盛りのように恋の歌を歌い、世界はいつもと変わらぬ時を刻んでいた。その中でゆっくりと離れる男女。


「何があろうと・・・行くのでしょう?」

「・・・ああ、俺は行く。誰が止めても無駄だ」

「そう、ですか」


 レイファンの瞳に一瞬陰りが差したが、それも一瞬。レイファンはラインからするりと離れると、自分の指輪をあずまやの中央にあるテーブルのくぼみに差し込み、回した。するとカチリと音がして、床の一部が開くのだった。


「王族専用の脱出経路です。元々ここにあった物ですが、それを隠すためにあずまやを建てたのです」

「いいのかよ? 俺に教えて」

「構いません。この道を知るのは私と貴方だけ。設計者、施工主共に細かく分割したため、彼らは何を作ったかすら知りません」


 レイファンが入口付近にあるカンテラに明りを灯す。すると道は二股に分かれていた。


「右に行けば市街まで続いています。さしもの貴方でも普通にはこの王城から出ると目立つでしょう? 夜分でもあるし、そっと出発した方がいいはずです」

「左は?」

「私の私室へと続いています。そして、貴方に預けた首飾りは、もう一つの鍵になっているのです」


 その言葉を聞いてぎょっとするラインと、にこやかに笑うレイファン。その表情は既にラインの知る幼い少女の面影はあまり見られなくなっており、既に彼女は大人の女性へと変貌を始めた事を表していた。


「これが待つことしかできない私にできる精一杯。やはり私は自分から国を見捨てる事はできない。所詮私は臆病者ですね」

「・・・5年だ」


 ややあって薄く寂しく笑うレイファンに、ラインがぼそりと呟いた。その言葉が聞き取れず、思わず聞き返すレイファン。


「今、何と?」

「5年待ってろ。その間に俺は今の仕事を片付けて見せる。いや、片づけてなくてもだな、俺はお前の元に現れるよ。その時俺に惚れた女がいなくて・・・お前がいまだに俺なんかの事を好いていてくれるなら・・・その時はお前を俺の女にしてやる。それでいいか?」


 その言葉を聞いてきょとんとしていたレイファンだったが、やがて両の目からは自然と大粒の涙がこぼれていた。そして感極まった顔で口を手で覆い、何度も頷いて見せるレイファン。

 ラインはそれだけ確認すると、照れたように背を彼女に向けた。


「じゃあな、レイファン。俺が会いに来た時、イイ女になってないと承知しねぇ」

「ええ、ええ。きっと・・・必ず・・・」


 それだけ言うとラインはカンテラを灯しながら、道を右に曲がって行った。その背中を見送るのは、王として、女性として果てしなく長い階段を上ろうとする一人の少女だった。



続く


長いシリーズでしたが、これにて終幕。次回投稿は、9/12(月)19:00です。

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[良い点] あーあ、これでついにアルフィリースに訪れる春の可能性が潰えてしまったw [気になる点] 意外と気が多いやつだな、ライン [一言] お姫さんにラインを取られてしまったアルフィリース、彼女には…
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