愚か者の戦争、その37~天幕にて~
「ライン・・・?」
「すまん、レイファン。俺は意気地無しだから、今、お前の目を見る自信が無い。今見たら、俺は俺としての生き方を忘れちまうだろう。だからこのまま言わせてくれ。今俺は、お前を連れて旅をする事はできない」
ラインはきっぱりと言い切った。その言葉に、レイファンの方がびくりとはねた。
「どうして? 私じゃ物足りないから・・・?」
「そうじゃない。誤解のないように先にはっきり言っておくが、お前は申し分ない女だ。いや、そういう女になるだろう。そのくらい俺でもわかっている」
「じゃあどうして・・・」
「それを口にするのは難しいが・・・いいか、笑うなよ? 俺は昔、正義の味方になりたかったんだ」
その言葉にレイファンがびっくりして顔を上げるが、ラインの瞳は嘘偽りなかった。むしろ、レイファンが知る今までのラインの中で、もっとも真剣だったと言ってもいいかもしれない。
「子どもの頃からそうさ。騎士に憧れたのも、彼らが正しい事をしていると信じたからだ。彼らは悪しきをくじき、弱気を助ける正義だと信じていた。だから俺は騎士になりたかった。単純だろ?」
「・・・」
「そうじゃなくても、俺は昔からどうにも困ってる奴を放っておけなくてな。近所で虐められている子が見たら例え年上相手でも突っかかって行ったし、体罰を行う上官がいたら、真っ向から立ち向かった。無法をする仲間と決闘した事もあるし、敵陣に取り残された仲間を単身助けに行った事もある。それがどんな状況でも、俺は自然に体が動いちまうんだ。馬鹿だよな、この前の戦いで死んだヴリルにも言われたよ。お前は傭兵に向かないって」
「だったら、なぜ」
「騎士や、まして王では無理だと思うからさ」
ラインははっきりと言いきった。その言葉には一点の迷いも無い。
「今の世界はおかしい。俺はそれに気がついちまった。最も、それは他にも気が付いている奴がいるようだけどな。だけど、その中でも俺が一番小回りが利くんじゃないかと思うんだ。調べるなら、俺が一番早く真実に辿り着く気がする」
「だけど、何も貴方がやらなくても!」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。俺が何もしなくても解決するかも。あるいはただの取り越し苦労かもしれない。だけど、もし俺がここでお前を俺の傍に置いて、見て見ぬふりを貫いてしまったら? もし俺の感じた違和感が、本物だったら? 俺は自分の幸せの絶頂期に、『ああ、あの時動いていれば』なんて間抜けな後悔はしたくないんだよ。それにはお前をつれて動くには、あまりに危険が大きすぎる。だから・・・」
そこまで言ってラインは言葉に詰まってしまった。レイファンを連れて歩いても、あるいは大丈夫なのかもしれない。むしろ助かるかもしれない。ここでこれ以上駄々をこねられたら、ラインにはもはや断るすべもなかった。これ以上迫られれば、いっそレイファンを本当に攫うのもありなのかもしれないとラインが考えていた矢先である。
レイファンは一瞬俯くと、すぐに顔を上げた、その瞳にはもう涙はない。
「わかりました、ライン。貴方がそう言うのならば、私はそれに従いましょう」
「・・・すまねぇな」
「謝らないで。余計にみじめになるだけだわ」
そういうレイファンを前にして、どちらが年上だかわかりゃしないとラインは思うのだった。そんなラインの手をレイファンが引く。
「だけどその代わり」
「なんだよ、交換条件か?」
「もちろん。私の一世一代の誘いを断ったのですから、これくらいの交換条件は受けてもらうわ。今晩は、私と一緒に寝てもらいます」
「なんだ、そんなことか・・・って、ええ!?」
ラインが素っ頓狂な声を上げたので、慌ててレイファンが口を塞いできた。
「大きな声を出さないで! ・・・恥ずかしいでしょう?」
「って、お前。それはまずくないか?」
「ちっともまずくありません」
そういうとレイファンはずんずんとラインの手を引っ張ってベッドの方向に歩き、ラインをベッドに座らせるように誘導すると、自分はロウソクの明りを消した。そして自分は裸のまま、ラインに覆いかぶさるようにしてラインと共にベッドに寝転んだのだった。
「お、お前なぁ!」
「別に貴方が何をしても私は文句を言わないわ。好きにしたらいいの」
ラインを見上げるレイファンの目は潤みながらも、強い光をたたえていた。
「だからこのまま何もしないのもよし。私を抱いてもいいの。全ては貴方が決めて。その後貴方が私の元を去るとしても、今夜の事は何の関係もないわ」
「お前・・・それは」
「ええ、馬鹿な事をしていると自分でも思うの。でもいいでしょう? これからはそんな事もできなくなるのだから。一回くらい、馬鹿な事をしたって・・・」
それだけ言うとレイファンはラインの胸に顔を埋めたまま、動かなくなってしまった。ラインはどうしようかと思案に暮れたが、彼の心づもりは決まっていた。ラインはそっとレイファンを抱きしめると、そのまま彼もゆったりと眠り始めた。後数年時が違えば、全ては異なった結果になったのだろうかと思いながら。
翌朝。レイファンが目を覚ます頃には、ラインはいなかった。何も変わらない自分の様子を確認すると、レイファンはほっとしたような残念なような気持ちになったが、彼女はすぐに気を取り直して衣装を整えると、天幕を後にした。少し外の空気を吸いたくなったのだ。
レイファンが出て行くと同時に、ラインが天幕の裏からこっそり入ってくる。朝起きて顔を合わせるのが気まずかったのである。朝起きてレイファンを起こさないようにこっそりと天幕を出たのはいいが、どのみち戻らざるを得なくて、途方に暮れていたのである。立ったまま悩んだり、あるいはしゃがんだりして苦悩するラインを、天幕を警護している獣人の兵士が不思議そうな目でずっと見ていたのは言うまでもない。
そしてこっそり帰ったラインはそそくさと騎士の衣装に身を纏う。その彼に、突然背後から声がかかる。
「おい」
「おおう! ・・・なんだ、ダンサーか。脅かすな」
「脅かしたつもりはないがな。そういえば、昨日の告白は熱かったな。その割に手の一つも出さぬとは、貴様は思ったより甲斐性無しだな。『据え膳食わぬは騎士の恥』という言葉を知らないのか?」
「ほっとけ! って、なんで全てを知っている?」
「当然だ、私は昨日一晩中ベッドの下にいたのだからな」
ダンススレイブがどこに行っているのかとラインは不思議に思っていたのだ。ここはグルーザルドの陣中であり、自由などきかないはずである。ラインもふとその事を気にしていたのだが、最後にはそのような考えはどこかにいっていた。それが事もあろうに、ベッドの下にずっといたとは。
「趣味が悪いぞ、お前。覗き趣味か」
「違うな。外には居場所などないし、第一、獣の貴様に王女が手籠にされそうになれば、私が出て行って助けないとな」
「するか! 第一向うから誘ってだな」
「誘ったのは向うでも、貴様の様な変態の要求にあんな子が耐えれるとは思えん。貴様の要求は娼婦ですら嫌がる下衆なものらしいからな」
「どこで聞いた話だ、どこの!?」
「私に寄るな、変態め!」
ラインの必死の説得も虚しく、ダンススレイブの誤解はそう簡単に解けなかった。主にノラが酔った勢いでラインとの昔の愚痴をこぼしたのだが、「散々私を弄んで・・・」「好きなだけ私の都合もおかまいなしに、やることはやっといてさ」などと言われたものだから、ラインとノラが昔恋仲にあったとは知らぬダンススレイブは、すっかり客としてラインが無茶をしたと勘違いしていたのであった。
続く
次回投稿は、9/11(日)21:00です。




