新たな仲間、その5~ダークエルフの少女~
「ど、どなたか助けを・・・」
入ってきた人物を見て、アルフィリースは目を疑った。褐色の肌、尖った耳、海を思わせる青色の瞳、そして流れるような銀の長髪。
「(ダークエルフ?)」
エルフというのは森の民の別称で、人間より精霊に近い種族とされている。人間に比して長命な者が多く、非常に気性の穏やかな種族である(感情に乏しいという説もある)とされる。また魔術に特に秀で、魔術に関してはエルフが人間に教えたとの説もあるくらいだ。
彼らは自然が豊富な所に住居を構え、主に北の森林地帯に住んでいると言われている。外見としては尖った長い耳が特徴的であり、白い肌を持つエルフは人間に協力的だが、褐色の肌を持つダークエルフは魔王に協力した種族として、人間だけでなくエルフとも敵対関係にあるとアルフィリースは聞いたことがある。人間に協力的なエルフでさえ都市部では滅多に見かけないのに、ましてダークエルフが都市にくれば真っ先に殺されかねない。
そのダークエルフが今目の前にいるのだが、噂ほどの邪悪な気配を感じない。見た目は可憐な少女そのもので、むしろ気品さえ窺える。いや、それより彼女は血まみれで瀕死なのではないだろうか。気がつけば、そのエルフがぐらりと倒れかかる所だった。あれこれ考える前に、アルフィリースは既にその子の元に走って彼女を抱きとめていた。
「誰か、手当を!」
「アルフィ、どいて!」
ミランダがすぐさま駆けつけてくる。が、少女の怪我はかなり深く、腹からは血がとめどなく溢れてきている。腹を押さえる手にも既に力が余り入っておらず、褐色の肌にも関わらず全身が真っ青になってきているのが如実にわかる。
「これは・・・アタシじゃもう、どうしようもない・・・」
「そんな?」
大きな血管がやられているし、内臓にも損傷があるようだ。むしろよく生きていると言えるかもしれないとミランダは思った。よほど何か生に執着する理由があるのだろう。だがどうやっても、ダークエルフの少女は一刻もつかどうかというところだった。
「でも・・・」
ミランダがミリアザールの方をちらりと見る。大陸一ともいわれる彼女の回復魔術なら、あるいは。だがそんなミランダの助けを求める目に、渋い顔をするミリアザール。
「個人的には勧めんな、普通なら死んでおる運命じゃ。助ければ面倒事に巻き込まれるぞ?」
「ここに貴女が居合わせるのは、この子を助けろという運命では?」
ミランダがすがるような目でミリアザールを見る。アルフィリースはなんのことやらわからなくて、口調の変わったミリィにも戸惑い、おろおろしているだけだ。
「ミランダよ、そんな目で見るな・・・助けてもよいが、後のことは知らんぞ?」
「構いません、お願いします」
ミランダまで口調が変わったことをアルフィリースは疑問に思ったが、今はそれどころではない。ミリアザールが悠然と歩いてい来ると、ダークエルフの傷を調べている。
「ふん、ちょっと見せてみろ・・・ふむ、これなら余裕で大丈夫じゃわい。魔術を使うから下がっておれ、特にミランダはな。ワシ魔術の影響を受けたら、浄化のしすぎでお主から邪気が抜けて面白くないわ」
「冗談言ってる場合ですか!」
「そう急くな・・・おいダークエルフ。助けてやるから後で理由を話してもらうぞ?」
「・・・」
少女はどうやら返事をするのもきついようだが、こくり、となんとか頷いてみせた。
「よし、すぐに楽になるぞ」
ミリアザールが手で印を組むと、瞬間、周囲の空気が静止したような気がした。そのあとに神秘的で、かつ温かな気が周りを包み込む。まるで彼女を中心として、光が流れ込んでくるようだ。その様子は店の外からでも確認できるほどだった。
ミランダとアルベルト以外の人間は知る由もないが、これが「聖女の奇跡」として大陸中に鳴り響いたミリアザールの回復魔術である。通常のシスター・司祭では手に光を集めるのが魔力の収束として限界であるが、彼女の場合自分の全身を覆い尽くすように光を集める。さらに広範囲の回復魔術を用いる時には、半径10m程度を半球状に覆うほど光を集める。実際にはミリアザールは神聖系の攻撃魔術の方が得意なのだが、立場上大暴れするわけにもいかず、それこそ使ったのは何十年前かというところである。まあほとんどの敵は素手で事足りると言ってしまえば、それまでなのだが。
そしてミリアザールが詠唱を始めた。
【地に潜み、風に踊る慈悲深き癒しの精霊よ。汝らの恵みを我に貸し与え、哀れな我らを助け給え。汝が血肉を今精霊の御名のもとに取り戻さん】
《回復魔法陣》
そして一帯が光に包まれ、あまりの眩しさにその場にいた全員が思わず目を塞ぐ。そしてややあって、再び全員がゆっくりと目を開いてみると、そこには光の線で半径5mほどの方陣が地面に描かれており、周囲からは邪なものが抜けきってしまったように空気が澄んでいた。そしてダークエルフの女性は目をぱちくりとさせて、自分に何が起きたのかもよくわからない顔でその場に起き上がっていたのだった。
「これで生命の心配はいらん。だが一気に完全回復とはいかんから、しばらくその魔法陣からは出るなよ? なに、一刻はその方陣の効果は持つ。それで一晩寝ればすっかり元通りじゃわい」
ふふん、とミリアザールは得意げに笑って見せる。エルフの女性は驚きながらも、ぺこりとかわいらしいお辞儀をしてみせた。
「では事情を話してもらおうと思うのじゃが、人払いをした方がいいかの?」
「そうですね、できればその方がよいかと思います」
「済まぬが店主、店じまいを頼めるか?」
様子を見ていた店長が頷いて見せた。ウルドの方は呆気にとられているが、なかなかどうして店長の方は修羅場に慣れているのか、動じた様子が全くない。
「そうだな、さすがにこれじゃ営業どころじゃなくなるだろう。人だかりも店の外にまでできてるしな。そら、おまえら行った行った! 今日はタダにしといてやるよ!」
「店主、恩に着る」
「いいってことよ。ただし、俺も事情は聞かせてもらうぜ?」
「しょうがあるまい」
飯や酒の途中であった客達は口々に文句を行ったが、ここの店主は腕っ節には自信がある。2、3人ひっ捕まえて放りだすと、全員すごすごと出て行かざるを得なかった。
「これでいいかよ?」
「十分じゃ。さ、話してもらおう」
「はい。申し遅れましたが、私はフェンナ=シュミット=ローゼンワークスと申す者です」
「ローゼンワークス?」
ミリアザールの顔色が変わる。
「ダークエルフの王家の血筋ではないのか!?」
「はい、私は分家の末席に当たりますが、確かに王家の血に連なる者です。また誤解の無いよう先に述べておきますが、『ダークエルフ』とは肌の色からつけられた、貴方がた人間の呼び名。我々は自分達のことを『探究者』と呼びます。また魔物に協力した種族は、外見上我々と似ていますが、彼らは『貶める者』と呼ばれ、我々からは袂を分かっている者達です。御理解いただきますよう」
「む・・・それは失礼した」
ミリアザールがきまり悪そうに謝る。フェンナは軽く一礼すると続ける。
「我々の集落は非常に小さなもので、人口も100人程度。ダルカスの森の奥深くでひっそりと暮らしておりました。ですが先日、人間達の急襲を受けて里は滅びました・・・」
「人間の?」
素っ頓狂な声を上げたのはミランダである。
「ダルカスの森に一番近いのはクルムス公国だけどさ、あそこは平和主義の国じゃなかった? 戦争自体もう何十年もやってないはずだよ?」
「私は比較的年若いので、人間の世界について詳しいことはわかりません。急襲してきたのがそのクルムスかどうかも」
「でもさ、ダーク・・・いや、シーカーなら魔力は私達の何倍もあるだろ? 一体、何人がかりで攻め込んできたのさ?」
「100人もいなかったと思います」
これにはミランダだけではなく、ミリアザールも驚いた。だが他のメンバーはまるで理由がわからない。
「ねぇ、そんなにありえないことなの? 数の上では同じくらいだけど・・・」
「そっか、アルフィはわからないよね。ちなみにエルフ平均魔力は人間の10倍って言われていてさ。王族にもなると100倍はゆうに上回るっていわれる。だから100人もエルフが集まれば、国同士の戦争の戦局が傾くって言われるほどでね」
「そんなにすごいの?」
「そうだね。だからエルフって数はとても少ないけど、地上から淘汰されずに存続してるのさ。自分達からは戦争なんてしない温厚な種族だし、エルフを攻めて滅ぼすなんて、メリットもなければ危険が大きすぎる」
「それをたった100人で全滅とはのう・・・何があった?」
ミリアザールが言葉を継ぎ足した。フェンナは続ける。
「魔術が・・・魔術がほとんど効かない兵士がいました。それでも私達には武器をとって戦える者もいたのですが、先頭にいたたった4人の人間に30人余りが一瞬で斬り伏せられました。余りの事態に私は逃げるように父と母に言われ、母の転移魔術で逃げようとしたのですがそこに兵士が斬りこんできて・・・母は私の目の前で斬り殺されました。私も手傷を負わされ、魔術の起動時間すらほとんどない状態でしたので、転移先の座標も狂い、同族に助けを求めるはずが・・・この街に飛ばされていました」
フェンナの目に涙が浮かぶ。彼女は目の前で母を失ったばかりなのだ。おそらくは一族も。
「お願いします・・・私を連れてダルカスの森まで戻っていただけませんか? 近くの町まででよいのです。私の里まで同行してくれとはいいません」
「アルフィ、どうする?」
フェンナが懇願するようにアルフィリース達を見まわした。彼女にしても、他に頼るものが無いのだろう。エルフは基本、森から出ない。まして年若いともなれば、今いるミーシアがどのような場所で、どうやって森に帰るかどうかも分からないに違いない。また、世間的にダークエルフと言われる者が人間の世界を一人でうろうろするのも危険極まりない。
そのくらいの事情は全員が瞬時に理解できたことだが、正直フェンナを引き受けるのは誰が考えても危険が大きい。そのことを承知の上で、ミランダがアルフィリースに問いかけてくる。
「私が決めていいの?」
「まあリーダーはアンタだしね。アタシは所詮同行者さ、今は特にこれをしなきゃいけないってこともないし。だけど個人的な意見を言わせてもらうと、オススメはできない。だが、アタシはあんたについてくつもりだよ」
「リサも同意見です。イイ予感はしませんが、アルフィの心のままに動くのが最も後悔が無いと思います」
「私は・・・」
フェンナの様子を窺う。助けを求めるような、でも申し訳もたたないような、期待と不安の入り混じった青い目がアルフィリースを見つめている。
「(・・・この子を放り出して自分の旅を気楽に続ける? 考えられない)」
アルフィリースの決断は早かった。
「彼女を助けるわ。きちんと彼女を里まで送り届けましょう!」
「! あ、ありがとうございます・・・」
「でも貴女の一族は・・・」
「わかっています。一族の生存を確認しにいくわけではないのです。ただ一族に伝わる秘術の封印を確認しに行くだけです」
「秘術?」
てっきり一族の安否を確認したいとばかり、アルフィリースは思っていたのだが。
「申し訳ないのですが、内容は申し上げれません。ですが、封印の状況次第で私の今後の行動が変わりますから」
「わかったわ、内容については聞かないことにする。それじゃあこれからよろしくね。私はアルフィリースよ。で、こっちの年長で口の汚いのがミランダで、年少で口の悪いのがリサよ」
「あぁん! 誰の口が汚いって!?」
「全くです、デカ女の分際で生意気な」
いや、的を得ているようだが。
「でもそこまでどうすんだい? 結構遠いし、その辺は地形も結構複雑だよ? ちなみにアタシはその辺にはほとんど行ったことが無いんだ」
「だれか案内を頼むのが妥当ですね」
「フェンナは詳しくないの?」
「私は森から一歩も出たことがないので・・・森をある程度分け入ればわかるのですが」
「私が案内をしよう」
突然の申し出に全員が振り向いた先には、ネコの獣人がいつの間にか立っていた。背はリサよりも小さいか。だが気の強そうな顔と、引き締まった体をしている。どうやら旅慣れしており、戦いの経験もあるような雰囲気を醸し出している。
「私はニアという。グルーザルドの軍人だが、現在は武者修行のため一人旅をしている。私はそのあたりに詳しいのだが、案内としてどうかな?」
「案内はありがたいけど・・・なんでその気になったの?」
「困ったものを見捨てるのは、グルーザルドの軍人として恥だからな」
ふん! とニアは顔をそらすが、後ろでくっくっくっ、と店長が笑っている。
「虚勢はるなよニア。貴方達がなんだか気になるから同行させてくださいって、素直に言っちまえよ」
「べ、別に私は気になってなど、いない!」
腕を組んでぷいと横を向いてしまったが、耳と尻尾がせわしなく動き始めた。これは・・・
「わかりやすいな」
「ええ、わかりやすいですね」
「私にもわかるわ」
「なるほどのぅ、これがツンデレというやつか」
その場の全員が「うんうん」とうなずく。フェンナにはなんのことやらわからないようで、首を可愛らしくかしげている。
「つんでれ? つんでれとはなんだ??」
「ツンデレとは褒め言葉です。人間の世界では、こう呼ばれることは最高の名誉だと言われています。ちなみに使い方としては、自己紹介の時などに用い『こんにちは。ツンデレのニアです』などという用例があります」
リサがすかさず説明するが、嘘八百もいいところである。いや、まぁ言われて喜ぶ人もいるかもしれないが。他のメンツは面白くてたまらないという顔で、噴き出すのを必死で堪えている。アルフィリースはそっとリサに耳打ちをするが、
「(リサ、いくらなんでもそれはまずいんじゃ・・・)」
「(こんな面白い逸材を逃す手はありません。もしネタをばらしたら、あなたが淫乱という情報を私の情報網でミーシア中に流します。私はそれでも相当に面白くなりそうなので、一向に構いませんが)」
無茶苦茶な脅し文句だが、リサなら本当にやりかねないのでアルフィリースは強く反対できなかった。
「(ご、ごめんなさいニア。でもニアもさすがに嘘に気付くよね?)」
などとアルフィリースは心の中で言い訳をしてみる。が、ぶつぶつと「そうか、そうなのか・・・それが人間の世界の礼儀なのか」と呟くニアを見てしまった。ちなみにニアがこの誤解を解くまでに相当の時間を要することになる。
ともあれ次の目的地は決まったようだ。フェンナを心配する一方で、新しい冒険にどこか心躍る自分を隠せないアルフィリースだった。
続く
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