愚か者の戦争、その34~交渉(決裂)~
「はっ?」
「せいっ!」
呆気にとられる全員を尻目に、ラインの斬撃がウーラルを袈裟がけに斬り下ろした。だがウーラルの反応も早く、剣はウーラルの頬を裂いただけで、彼女は後ろに素早く飛びのいていた。
その数瞬後、俄かに獣人達が色めき立つ。
「何をする、貴様!」
「がたがた騒ぐんじゃねぇ!」
吼える獣人達を、ラインがそれ以上の剣幕で怒鳴り返した。その顔には微塵も怯える雰囲気はない。
「この女は偽物だ! お前達は全員騙されているんだよ!!」
「何を根拠に・・・」
「笑い方だ」
ラインはきっぱりと言い切った。その言葉には揺らぎがない。
「確かに証拠はねぇ。だが人間の癖ってのはなかなか抜けねぇもんだ。こいつを知っている奴がいたら答えろ、この姫様は口の端を釣り上げて笑うような人物か? 俺はこんな笑い方をする女とつい最近戦った。虫を使う、確かに美人ではあったが、なんともいえない歪んだ、おぞましい笑い方をする女だった。あの不気味な笑い方だけは絶対に忘れねぇ」
「だが、貴様の言葉がたとえ正しいとしても、その真偽を決めるのは貴様ではない」
ラインの言葉を遮ったのはロッハ。彼はゆっくりとラインとウーラルの間に立った。ヴァーゴも同様である。
「ロッハの言う通りだ。この姫の事は俺達が責任を持って追及する。他国の、まして人間族がどうこうする問題じゃねぇだろうな」
「驚きこそしたが、この場で剣を振るった事は不問に処そう。この場は剣を引かれよ、使者殿」
「・・・それはできねぇ」
ラインが改めて剣を構え直す。その光景に全員が信じられないものを見る目つきでラインを見たのだ。
「貴様、正気か? 俺達と戦えば死ぬぞ?」
「それにこれは国際問題だ。我々の内、誰か一人でも死ねばグルーザルドはクルムスに宣戦布告する。結果として、クルムスは跡形もなくこの大陸から消えるぞ?」
「誰もお前達を斬るとは言ってない。斬るのはその女だけだ」
ラインははっきりと言いきった。その言葉はなお力強くなる。
「その女は今斬らないとダメだ。その女は災いを撒き散らす。今斬らないと、お前達も後悔する事になるぞ?」
「根拠は?」
「その女は、おそらく人を乗っ取る」
ラインの言葉にドライアンの耳がぴくりと反応する。彼はいまだに座ったままだったが、その体は既に臨戦態勢に入っていた。何を隠そう、ラインの実力に体が自然と反応していたのである。
そうとは知らないラインは続ける。
「どこまで本当かは俺も知らねぇ。だが意識を乗っ取る術があるのは事実だ。それに俺は以前、人間に寄生して意識を乗っ取る魔物も見たことがある。その女は似たような力を持っている可能性があるんだ。それなら本人の記憶を持ちつつも、仕草が本人と異なるのは納得がいく」
「戯言を。全て推測だ」
「だから、それをこれから確かめようってんだよ!」
ラインが飛び出すのに合わせ、ロッハとヴァーゴが動いた。互いに致命傷を負わすつもりはないとはいえ、ロッハとヴァーゴは楽々とラインの動きを止められるつもりでいた。だがしかし。
「な・・・」
「んだと!?」
ロッハの差し出された手をラインはあっさりとかいくぐり、ヴァーゴの手はラインに掴まれ、彼はロッハの方に投げ飛ばされた。いかに本気でなかったとはいえ、ラインの事を侮っていたとはいえ、ラインは獣将二人を軽くあしらったのである。
そのままウーラルに突撃しようとするライン。その前に現れる巨体。
「そこまでだ」
ラインに立ちはだかったのはドライアン王本人であった。その表情は冷静そのものであったが、彼の目は自分の前での勝手な振る舞いは許さないと明確に訴えていた。
「止まるがよい、騎士よ」
「やってみろ!」
ドライアン本人を前にしてもラインの決意は揺るがず、やむをえないとばかりにドライアンが右腕を振り下ろす。ラインはまるで破城槌が振る下ろされるがごとき錯覚を受けたが、彼は恐れずダンススレイブでドライアンの右腕を弾いた。
「「何?」」
ラインとドライアンが同時に同じ感想を口にする。ドライアンは自分の一撃を薙いだラインに驚き、ラインは弾き飛ばすつもりで剣の横腹を使って叩いた一撃が、ドライアンの右手の方向をわずかに変えただけだという事実に驚いた。
そしてドライアンの脇をすり抜けようとするラインに、ドライアンが膝で彼を蹴りあげようとする。
「小癪な!」
「ちっ!」
だがドライアンの膝は空を切った。ラインを捕えたかに見えたドライアンの膝は、ラインの残像を捕えるのみだった。
そしてドライアンがラインの残像を蹴り抜いたその時は、もうウーラルの目の前にラインは迫っていたのだった。
「無礼者!」
「言いやがれ!」
ウーラルの放たれた本気の爪をラインは弾き落とし、その口に先ほどの小袋を詰め込んで彼女の顎をしこたま蹴りあげた。ウーラルの口の中で袋の中身が弾ける。
「う、が・・・ギイィイイ!」
その直後、ウーラルからとても女性とは思わぬ声が漏れた。口から鼻から吐瀉物を泣き散らす彼女は、嗜みとは縁遠い有様であった。爪を出したままで喉をかきむしり、含む引きちぎって上半身がはだけるのも気にかけず苦しむ、ウーラル。そして、天に向かって大きく胃の内容物を吐いたかと思うと、口から飛び出してきたのは太い節に足が多数ついた、巨大な虫だった。
続く
次回投稿は、9/6(火)21:00です。




