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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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愚か者の戦争、その33~交渉(終盤)~

「それは・・・」

「虫、だな」


 ラインが指でつまんでいたのは虫の死骸だった。大きさにして指二関節分。その表皮は固く、死骸となった今もラインが指に力を込めてもびくともしないほどである。

 ラインは改めてその虫をまじまじと見る。


「見た事のねぇ虫だな」

「私にも見せてくれ」


 ノラが虫を受け取って観察する。手にとってあれやこれやと見ても、ノラにはよくわからない。


「私も初めて見るが、南部に生息する甲虫に似ているか? うちのヒュナに聞けばわかるかも」

「そいつも虫を使うのか?」

「と言っても連絡に用いるくらいだけど。それにあんまり精度は高くないね。まあ正直暗殺者としては二流以下だが、それでも知識だけはあるから、私よりはラインの疑問に答えられるだろう。引き合わせてもいいが、ここを離れるのにはまだ時間があるのかしら?」

「明日の早朝には出るつもりだ」

「わかった、では早く娼館に戻るとしよう」


 ラインとノラが急いで娼館に戻ると、ラインは矢継ぎ早に指示を飛ばし、あっという間に出立の準備を整えた。その日はさすがに彼にとっても激しい連戦が続いたので、そろそろ休もうと寝酒に酒瓶を手に取った瞬間である。


「ライン、わかったぞ」

「ん? ああ、虫のことか」


 ドアを叩く音と共にノラの声が聞こえ、ラインが部屋の戸を開けると、そこにはノラと、もう一人地味な女が立っていた。そばかすが目立つし、いかにも田舎の女といった風体だ。もっとも暗殺するには人目を引く美人だと困る場面も往々にしてあるのだから、彼女くらいがちょうどいいのかもしれない。

 だがヒュナであろうその女はあがり症なのか、さらにラインの前に出るともじもじしていた。


「あ、あの・・・」

「ほら、しっかり喋んなヒュナ!」

「は、はい! あの虫ですが、この大陸ではまず生息しない種類だと思います」

「この大陸じゃない?」


 意外な言葉に、ラインの表情が引き締まる。その表情を見てさらに緊張するヒュナだったが、その尻をノラが引っ叩く。


「ヒュナ、おんなじことを何度も言わせるんじゃないよ!?」

「はひ! そ、それでその虫ですがこの大陸の虫は羽が基本四枚。それに対し南の大陸では羽の数が様々だと聞いています。さきほどの虫の死骸は羽が六枚。それに後肢の関節や口の形状にも特徴が見られ・・・」

「詳しい事はいい。聞きたい事は二点だ」


 ラインがヒュナの話を遮って質問した。ヒュナの話は長くなりそうなので、いち早く遮ったのだ。


「この虫は回転しながら飛ぶのか?」

「その可能性はあります。蟲使いの中には、そういった虫を見たことがあると聞いたことがあります」

「そいつは厄介だな」


 『抉る』という動作は強力な殺傷力を生む。剣技にもそういったものがあるし、先の虫の硬度で高速回転すれば、並の鎧であればたやすく貫通するだろう。実際に兜ごと頭を吹き飛ばされた兵士もいたと、ラインは記憶している。


「もう一つ。この虫への対応策はあるか?」

「対応策ですか? それは私には何とも言い難く・・・」

「じゃあ調べといてくれ。また月が一つ巡る前にはここに顔を出す。それまでに頼む」


 ラインがそれだけ言って戸を閉めようとしたので、慌ててノラが足を挟んで止める。


「なんでさ? この虫を使っていた奴は仕留めたんだろう?」

「そうかな? 手ごたえはあったが、どうも死んだような気がしないんだよ。あの手の奴はしつこい。それに同じような奴が他にいても困る。今度会ったら楽に仕留めるためにも、対応策だけは練っといてくれよ」

「ずぼらな性格の癖に本当に慎重だよ、そういうとこだけは。だからこそ、ここまで生きてるんだろうけどね」


 ノラが褒めているのかけなしているのかわからない言葉をラインに送る。ラインはどっちでもよさそうにしていたので、ノラもそれ以上は何も言わず、その場をすぐに離れたのであった。


***


 そしてノラとヒュナも、きっちりラインに言われた通りの仕事をしたのである。その成果がラインが投げた袋である。その袋の中身にウーラルが反応する。


「そ、それはなんだ? ひどい臭いではないか!」

「へえ? 俺は何も臭わないけどな。獣人はやはり人間より鼻が利くのか? どうなんだ?」

「いや、臭うには臭うが、それほどひどい臭いと言うわけでも・・・妙な匂いだが、中身はなんなのだ?」


 ラインの問いに思わずロッハが答えたので、ラインはニヤリとした。得意げではあるが、油断は微塵もない。


「こいつか? こいつは虫避けの香薬だ。弱い虫ならそのままあの世行きらしいが、人間や獣人には無害って代物だな。さて、それで」


 ラインが今度は真剣な表情でウーラルを見た。


「なんで獣人の姫様がこれに反応するんだ?」

「知らぬわ! 私の鼻が敏感なのだろう」

「他のどの獣人も反応しないのにか?」

「女だから香料には敏感なのは当然だろう? 何種類という香料を嗅ぎわけるのだから」

「・・・それはありえねぇな」


 口を挟んだのはヴァーゴ。ウーラルにとってもう一人の父の様な存在でもあり、歳の離れた兄の様な間柄の二人である。ヴァーゴもまたザムウェドの王家とは親交があり、子どものいないヴァーゴにとって、ウーラルは自分の娘の様な存在でもあった。

 この会談に臨む上で、一番複雑な心境だったのはあるいは彼かもしれない。実際彼は会見中、目を瞑って腕組みをしたまま微動だにしていなかった。そのヴァーゴが突然発言したのだ。注目が自然と彼に集まる。


「ウーラルは王家の出自だが戦士の気質。姫として公式の場での振る舞いは見事だったが、それ以外の自分の時間は鍛錬に当てるような獣人に育っていた。元々武芸の腕を磨くことが大好きだからな。だが、その興味が着飾る方向に向かった事は一度もない。ましてや、香料など二の次だ。実際、俺が香料を送った時には、『私がそんなうわついた女に見えますか』と、怒られてしまったからな」

「・・・そんなこともありましたかしら?」


 とぼけようとするウーラルに、ヴァーゴが喰ってかかる。


「おいおい、ほんの半年前の事を忘れたってのか!? ふざけんな、お前は誰だ!?」

「いえいえ、ヴァーゴ様。そう怒らないで。実はまだ私、前回の首都陥落で負った傷のせいでいまいち記憶がはっきりしませんの。だから記憶が曖昧な事も多くて・・・お許しになって」


 ウーラルがその場でさめざめと泣きだしたので、ヴァーゴは呆気にとられて言葉を失くした。戦場では無類の強さを誇る彼も、女の涙だけはどうにもできない。おろおろとするヴァーゴに、今度はロッハが声をかけた。


「ウーラル姫、失礼ながらお聞きしたいことが」

「・・・何かしら?」


 ウーラルが両手で顔を覆ったまま答える。ロッハはそんな彼女に丁寧ながらもしっかりと質問した。


「実は失礼を承知で、姫には私の方からこっそりと護衛を付けておりました。御身はザムウェド王家唯一の生き残り。何かあっては大変ゆえ」

「私の様な亡国の者を、将軍ような勇者が心配してくれるのは非常にありがたいことです。それが、何か?」

「過分なお言葉、こちらこそ痛み入ります。ですが、実は監視の目は一日中、片時も外しておりません。センサーもつけていましたから、まさに一瞬たりとも目を離していないと言ってよいでしょう。その護衛からの報告ですが、彼らの報告では姫は一度もこっそりと抜け出すような真似をしていません。その姫がなぜ怪我を負った後、戦場の様子を御存じなのか、私にも納得いくような説明をいただけないでしょうか?」


 ロッハの口調は段々と問い詰めるようなものに変わっていた。先ほどそっとドライアンに耳打ちをしたのもこの内容である。ロッハとしては本当にウーラルの身を案じての対応であったのだが、それが意外な結果をもたらし始めていた。

 そして冷静なロッハの疑念を受けて、場の空気も徐々に変化を始めている。何かがおかしい。そう誰もが思い始めていた時、ラインが再び口火を切った。


「俺、最近あんたに会ったような気がするんだけどな」

「まあ、私は人間とは交流が無いですわ。気のせいではなくて?」

「そっか、じゃあ気のせいかもな。さっきは無礼な口を聞いて悪かったよ。お詫びと言っちゃなんだが、あんたの言う通り、土地の割譲や賠償金はもっと必要かもな」


 ラインの突然の言葉にレイファンが驚いて彼を見上げたが、ラインはレイファンを無視して話を進めた。その態度に、ほくそ笑むウーラル。口の端を釣り上げて笑う彼女を見て、ラインの眉がぴくりと動いた。


「ではその話をする前に、この不快な臭い袋を片付けてくれるかしら?」

「ああ、その袋は片づけるよ。ダンサー」


 ラインがダンススレイブを伴って袋を片づけるべく前に出る。どうして二人で取りに行く必要があるのか全員が不思議に思ったが、ラインの行動は早かった。全く遠慮することなく、つかつかと袋に二人で近づいていく。そしてダンススレイブがラインに手を差し出し、ラインがその手を握り返した瞬間、彼の手には一本の漆黒の剣が握られているのだった。



続く


次回投稿は、9/4(日)21:00です。土日の連日投稿は続けますね。

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