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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
304/2685

愚か者の戦争、その31~交渉(前半)~

「(これがグルーザルドのドライアンか)」


 ラインですら思わず息を飲んだ。黄金の毛並みをたなびかせるその存在感は圧倒的であり、座っているだけでも身がすくむ様な思いがする。こんな獣人に吼えられたら、肝の小さい者はそれだけで絶命しかねないほどの威圧感だ。ゆったりとした衣服の上からでもわかる筋肉の隆起は間違いなくこの場で一番であり、それはとりもなおさず彼がこの大陸で限りなく最強に近い闘士であることを示していた。

 また、体を覆う見事な金色の体毛。見た目もまた十分な威厳に満ちている。一見すれば優美にも見え得るその巨体がゆっくりと腰を上げた。


「よくぞ参られた、レイファン王女よ・・・」


 その口からは、豪奢な見た目に違わぬ重々しい声が発せられた。


「座るがよろしかろう、王女よ。話し合いを始めようではないか」

「いいえ、結構です。このまま帰らせていただきましょう」


 そのレイファンの言葉に、ラインはおろか、ダンススレイブや獣将達までもが驚きに目を見開く。ただ一人、ドライアンだけが目を細めていた。


「ほう、どういうことかな」

「私はここに対等な話し合いを行いに参りました。ですがここまでのグルーザルドの対応は愚かも甚だしい。我々から早々に武器を取りあげたにもかからわらず、自分達は戦装束で我々を出迎え、整列までして自分達の武勇を誇る始末。あなた達は戦争がしたいのか、それとも常にそうして自分達の武勇を誇らねば威厳が保てないと思うほど小心者なのか。これでは王の器量も知れようというもの。話し合いの価値もない」

「貴様! 我らが王を侮辱するか!?」


 レイファンの言葉に、俄かに色めき立つ獣人達。だが12獣将の面々は冷静そのものであり、中にはレイファンの発言に対して感心し、口笛を吹く者までいた。

 その中でもラインはそれこそ目を見張って驚いた。少女といっても差支えないレイファンが、真っ向からグルーザルドの対応を非難したのである。

 そして肝心のドライアンと言えば。


「フフフ・・・ハハハハハ!」


 大声を出して笑っていた。その滅多に12獣将でも見る事のないドライアンの大笑いに、驚く一同。


「これは失礼したレイファン王女。何せ獣人の国など、武勇の他に誇る物のない無骨者の集まりゆえ。どうか非礼を許されよ。だがしかし!」


 ドライアンがぎろりとレイファンを睨む。


「そなたの国は我が同胞の国を蹂躙し、多大なる被害を与えた。その爪痕を俺も見たが、とても『酷い』などという言葉ではくくれぬほどの惨状であった。その恨み、晴らさずにおくほど俺は温厚ではないぞ? さあ、どう俺を納得させる? 言い訳をしてみせよ!」

「ご心配なく。言い訳をするつもりも、まして許されるつもりなど毛頭ありません」


 レイファンに向けて殺気を放ったドライアンだったが、レイファンは即答でそれを流した。その澱みない答えに、ドライアンも面喰ったか十分な殺気をレイファンに向ける暇すらなかった。


「許しは乞わぬ、と?」

「はい。そもそも命をあがなう物とはなんでしょうか? お金? 土地? それとも敵の命? 今回の出来事は愚かな兄の単独行動。国の意志などそこには何の反映もされてはおりません。

 ですがどれほど愚かであろうと、兄は兄。私の命で今回の犠牲が贖えるのであれば、今すぐにでもその爪で私の首を刎ねるがよろしいでしょう」


 レイファンが今度はまっすぐにドライアンを見つめ返す。その瞳はまっすぐで、思わず他の獣将も騒ぐのを止めた。何人かは最初から気付いていたことだが、獣人達はここに来て、自分達の前に現れた少女は国の代表として十分な才覚と威厳を備えていることに気がついたのだ。


「(こういうのが資質っていうんだろうな・・・これは訓練とかで身につくものじゃない)」


 ラインがこっそりとそのような感想を抱く。自分にはこれほどまっすぐにドライアンと向き合う事は、どれだけ訓練を積んでも無理だと思う。戦いの方がよっぽどマシだと彼は思ってしまうのだ。

 そしてドライアンとレイファンはまっすぐに互いを見つめ合っていた。先に口を開いたのはドライアン。


「王女よ、そなたの言う通りだ。そなたの首を刎ね、クルムスを滅ぼしてザムウェドが元に戻るなら俺は既にそうしている」

「ではそうなさならなかったのは、さらに先を見据えての事だと考えてよろしいでしょうか」

「そう考えていただいて差支えない。俺としては、これからクルムスとは同盟を組みたいと考えている」


 唐突なその言葉に、今度は獣将達が驚いた。レイファンも同様である。ドライアンの真意を測りかねるレイファンをよそに、先に獣人達がうろたえ始めた。


「王!?」

「それはどういった・・・」

「黙れ」


 ドライアンは獣人達が騒ぎ出す前に、静かな深い声で彼らを制した。ぴたりと沈黙した周囲をそのままに、そのままドライアンが話しだす。


「俺は若い頃からやれ征服王だの歩く暴君だのと言われたが、ちゃんと物ごとを考える脳みそくらいはくっついていてな。今回の戦がおかしいことくらい、俺でもわかる」


 ドライアンは思わず立ち上がりかけた全員を、座るように手で促しながら語る。


「戦争の跡を見たと言ったろう? 前線からの斥候やロッハの報告も受けたが、今回の戦争は明らかにおかしい。何がおかしいとは言えんが、とにかくおかしいのだ。そうだな、強いて言えば全てが進み過ぎる、と言えばいいのか。

 それはともあれ、俺は自分が気になった事は徹底的に調べんと気が済まん性質タチでな。少なくとも、今回の戦争にクルムスとしての意志が反映されていないであろうことはすぐにわかった。俺が王位についてから数十年、俺達は比較的良好な関係を人間達と築いてきたからな。

 それにこんな俺でも、諸国から情報を提供してくれる連中はいてな。諸国で不穏な動きがあることぐらい、既に察知済みだ。正直に言うと、クルムス自体は俺にとってどうでもいい。だが、クルムスを討つことで周囲の国にグルーザルドと敵対する口実を与えるのはまずいのだ。最悪、『獣人対人間』という大戦期のような構図が出来上がらんとも限らんからな。

 繰り返すが、それだけはまずいのだ。世界が絶妙なバランスで成り立っているこの時期に、わざわざ火に油を注ぐような真似をするのはな。世界から大きな戦がなくなって20年余り。大戦の爪痕が各地から完全に消えたわけではなく、平和な時期はもう少し長続きしてもいいだろう?」


 フン、とドライアンは鼻を鳴らしてみせた。思いのほか大胆な発言だが、慎重な思考をしているドライアンにレイファンも驚いている。


「ドライアン王よ、貴方は随分と正直なのですね」

「王女、俺は獣人だ。人間のように回りくどい言い方は好かんのよ」

「私としてもその方が話しやすい。実は正直を申しますと、私も国外との交渉など初めてなものでして」


 レイファンの言葉に内心で「おいおい」とラインがツッコミを入れたが、その言葉がドライアンは気に入ったようだ。またしても上機嫌に大笑いをしている。


「ハハハハハ! その素直さが気に入ったぞ、王女よ。賢く度胸も座り、自分が幼いことすら交渉材料として武器にするか。クルムスなどどうでもよいと思っていたが、そなたのような人物が指導者ならば、クルムスとは味方であった方が良いであろうな」

「私もグルーザルドと戦争など御免こうむります。国が滅びてしまいますから」

「正直者よな、王女。確かに俺達と戦争してまともにやれるのは、せいぜいローマンズランドか、アレクサンドリアくらいだろう。まあ他にも東の大国はいくらかはやるだろうがな」


 ドライアンはそこまで話すと、準備されていた酒をぐびりとあおった。炎天下に昼間から酒を用意するのは人間では中々考えられないが、構造として人間より酒にはるかに強い獣人達にとっては、これくらい文字通り朝飯前である。戦前に朝まで酒盛りをして、そのまま相手に突撃するような種族なのだから。

 一方でレイファンはドライアンという人物を見定めようとしていた。戦士として大陸最強とも言われた獣人。どんな不利な状況も自ら先頭に立ち、必ず苦境を打開してきた者。ただの猪武者では、こうはいくまい。


「(なるほど、獣人とは思えぬほど冷静です。本音は私の命などどうでもよいのかもしれませんが、彼にはそうしないだけの他の理由があるのでしょうね。それが何かはまだわかりませんが)」


 レイファンは酒を断り、果汁を口にしながらドライアンを観察していた。だがドライアンに動きが無いと知るや、次の話題に入る。少し順調すぎて拍子抜けしないでもなかったが。


「ドライアン王がそのつもりなら、私としても願ったり。次の話題に参りましょう。具体的な同盟の内容についてですが・・・」

「待ちなさい!」


 レイファンの言葉は、怒気を含んだ声にかき消された。その声の主は誰であろうザムウェドの遺児、ウーラル姫である。

 今度は一斉にかの姫に目線が集まる。



続く


次回投稿は、9/1(木)21:00です。

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