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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
302/2685

愚か者の戦争、その29~心に開いた穴~

「彼がいなくて寂しいか、と・・・?」

「はい」


 ラスティの言葉はいたってまじめだった。それに反し、レイファンの対応は実に意外であった。ラスティに質問に対し、少し小馬鹿にしたように笑ったのだ。


「寂しいわけないでしょう? 彼はたかが一介の傭兵。今回の首都奪還作戦において多大な功績があった事は認めますが、それ以上も以下もありません」

「しかし・・・」

「ただ、正当な報酬を与える前に姿を消されたのは悔やまれます。私は正しく働きを評価する統治者でありたいですから。さあ、それよりも私は出立の準備をいたしますから少し席をはずします。半刻後には出発するので、皆もそのつもりで」


 そう告げると、レイファンは足早に自分の私室に引っ込んでしまった。後には困惑した表情のラスティと元娼館長が顔を見合わせていた。

 そして部屋に引っ込んだレイファンは、きちんと仕立て上げた自分の服装が乱れるのも構わず、頭からベッドに突っ伏した。戦争で慢性的な品不足とはいえ、レイファンのために準備された最高級の寝具。フリュレ水鳥の羽毛を使った枕。ガラゴムと呼ばれる特殊な樹脂は、20年物と50年物で固さに大きな差が出る。それらを特殊な製法で配合し、半永久的に固まらないように加工し、適度な硬さを保った敷物は作成される。またそれらにかけるシーツは、これまた一巻きで一区画を買い上げるほど高級なサイジェの布で編まれてある。それらにこのブロッサムガーデンで採れた香料をわずかにかけた寝具の数々は、最高級の眠りを約束するとされている。

 だがその最高の一式をもってしてもレイファンの心は休まらない。寝具の豪華さよりも、珍しい調度品の数々よりも、彼女はもっと落ち着ける香りを知っている。


「ライン・・・」


 人前ではもはや決して口に出さないその名前。彼女は度々ラインの部屋に遊びに行っては、彼にからかわれていたのを思い出す。彼は無精に見えて自己の鍛錬だけは怠らない人間で、彼の部屋はどことなく汗臭かった。宿もそれほど清潔とは言い難かったし、すこしカビ臭いような、あるいはすえた匂いがすることもあった。それでも、その匂いで落ち着いた気がしたのはなぜだろうか。


「私は彼を好きなのかしら・・・?」


 レイファンにはそのような感情は、まだよくわからない。ラインの部屋に遊びに行く時は兄に甘えに行くような気もちでもあったし、異性をそのような目で見た事もない。ただ、ラインの傍にいると落ち着くし、安心できるのは間違いなかった。

 娼婦達が「無精だから髭をそれ」といっても、途中からそのような事はレイファンには気にならなかったし、何より彼の目はいつも澄んでいた。確かに髪を切って髭を剃った彼はレイファンが見た事もないくらい精悍な男性ではあったが、それが全てではない事もレイファンは知っていた。

 多分自分はラインという人間が気に入っていたのだろうと思うも、それが恋愛感情かどうかは、もはや彼女にはわからなかった。確かめてみたいと思っても、本人が傍にいなければどうしようもない。


「いない者を惜しむより、私は前に進まなければ!」


 レイファンは突っ伏したベッドから跳ね起きると、女官を呼びつけ、身だしなみを整えさせる。ドレスはブロッサムガーデンにちなんで緑を基調とし、赤の縁を裾などにあしらってある。足は白のニーソをつけ、耳飾りは赤の薔薇を象っている。髪は結い上げ、髪飾りは金とする。比較的抑え目の恰好であるものの、彼女の容姿と相まって十分な威厳と美しさを保つ。彼女の準備を手伝った女官たちは、今の年齢でこうならば、成長した暁にはいかほどの美女に育つのだろうかと、期待を込めて自分達の主人を見つめるのだった。

 そんな視線も気にせず、レイファンは重要な書類や目録などは手づから準備すると、彼女は再び執務室に戻った。


「では参りましょうか」

「はい、女王様」

「まだ即位前です。それに、その呼び方は堅苦しいので、今まで通り『レイファン』と呼びなさい」

「ご命令とあればそういたしますが、公式の場ではそうもいかなくなるでしょう」


 完全に女王の顔に戻ったレイファンがラスティに語りかけるが、彼もまた騎士としてもっともな答えを返した。

 その答えにレイファンは寂しさを覚えつつも、これからどんどんこういった機会は増えて行くだろうという事は予想できた。


「(どんどん私は一人ぼっちになって行くのね・・・)」


 そうレイファンが思うのも無理はない。

 彼女はラスティに伴われてまだ修繕の完全に終わらぬ廊下を歩くと、王族専用の中庭に出る。そこには飛竜が一頭と、鎧兜に身を包んだ騎士が一人。周囲には近侍の者や近衛が何人かいるだけだ。王女の行動とはいえ、今回は隠密なのである。盛大に出立を見送るわけにもいかない。


「あれが?」

「左様で」


 レイファンは騎士をまじまじと観察したが、鎧兜で全身を覆われては何もわからない。ただ、確かに強そうではある。

 だがいくら強かろうと、今回の遠征では関係ないことはレイファンにはわかっている。それに、信頼できない者を同行させるのも心配である。レイファンがせめて同行者の顔でも見ようと面体を上げるように命令しようとすると、騎士はその前にするりと飛竜の上に飛び乗った。レイファンは命令する機会を完全に逃したのである。

 周囲の者は恭しく彼女に頭を下げるばかりで、レイファンの意図など察しようともしていないのだろう。


「ふう」


 レイファンが一つため息をついてラスティを見ると、彼もまた頷くのみだった。やむを得ずレイファンが飛竜に乗ろうとするが、彼女は飛竜になど乗ったことが無い。

 2人乗りの飛竜とはいえ、10歳そこそこのレイファンにとって騎乗は一苦労だ。飛竜の背は高い。乗るためには足場としてあぶみが2~4個用意されているのだが、二つ目のあぶみに足をかけ、身を起こそうとして思いのほか苦戦するレイファンに、飛竜上の騎士は無言で手を差し出した。

 レイファンが騎士の手に気がつき彼の手を握ると、騎士は軽々とレイファンを片腕で持ち上げたのである。そのまま自分の前にレイファンを抱きかかえるようにレイファンを乗せる騎士。


「きゃあっ?」

「ではよろしく頼む」


 ラスティが騎士に声をかけると、騎士は無言で手を振ってそれに答えた。そしてレイファンが乱暴な使いに対して抗議の声を上げる前に、騎士は飛竜を発進させたのであった。

 飛竜の走る振動に思わず騎士にしがみつくレイファンだったが、騎士もまた両腕でレイファンが落ちないように抱えながら、交差した両手で飛竜を操っていた。これは非常に難しい事なのだが、用意された飛竜が上等なのと、何より騎士の腕が良かったので、発進から上空で飛竜が安定するまで、何の問題もなく進んだのだった。


「た、高い」


 振動が少なくなったレイファンがうっすらを目を開けると、そこは地上の人間が米粒に見えるほどの高さであった。レイファンはこの光景に目を輝かせるよりも、先に怖い方が勝ってしまう。


「お、落ちないでしょうか?」

「んなヘマはしねぇ。それにこいつくらい優秀な竜なら、乗り手が落ちそうになっても空中で捕まえるさ」

「そ、その声は・・・」


 その口調に聞き覚えがあるとレイファンが騎士の顔を見ると、騎士は自ら面体を上げた。


「俺だよ」

「ライン!」


 レイファンの顔がまず驚愕に、そして喜びではなく、不満げな顔に変わった。そして彼女はラインの胸を叩き始めたのである。


「いてっ、いてて! 何するんだ」

「馬鹿っ、馬鹿ぁ! 何も言わずに姿を消すなんて、あんまりです!! どれだけ私が心配したと・・・」


 そしてレイファンが涙目になりかける前に、ラインがすかさず茶々をいれた。


「なんだよ、俺がいなくて寂しかったのか?」

「・・・はい」


 そのレイファンの答えがあまりもしおらしかったので、からかったつもりのラインが絶句してしまった。そのままレイファンがラインの胸に顔をうずめて泣き始めたので、さしものラインもどうしてよいかわからず、そのままレイファンが泣くに任せた。

 そんな折に声をかけたのがダンススレイブ。


「だから言ったろう王女、彼は悪い男だと」

「ダンサー、てめぇ余計な事を言うんじゃねぇよ」

「ダンサー?」


 レイファンがびっくりして顔を上げる。ダンススレイブは飛竜の背中にこっそりと固定されていたので、誰も気がつかなかったのだ。

 人間の姿に戻ったダンススレイブがレイファンを見て優しげに笑う。


「王女の世話をする女官は必要だろう? それに、こんな野蛮人に王女を任せておいたら、何をされるかわかったもんじゃない。王女の純潔は守らなくてはな」

「誰がこんなちびっこに手を出すか!」

「誰がちびっこですか!」


 レイファンがラインの頬を両手で力一杯つねったので、ラインの操縦が乱れる。それでも両手を離せないラインは、レイファンにされるがままだった。


「やめふぉお!」

「しりません!」


 レイファンはふてくされてそっぽを向いてしまった。そのやりとりを見て、くすくすと笑うダンススレイブ。


「ラインも肩なしだな」

「誰のせいだ、誰の!?」

「自業自得です! だいたい、あの戦いの後どこに行っていたのです?」


 レイファンの瞳に、ラインは一瞬悩んだが、正直に話すことにした。


「遊んでたわけじゃないんだが、実は色々と腑に落ちない点があってな。調べていたんだ」

「腑に落ちない?」

「ああ」


 ラインは今回の戦いの前から疑問に思っていた事を思いだす。それはヘカトンケイルの出自。あの化け物はいったいどこで生まれるのか。かりにクルムス国内だとして、それはどこか。またクルムス国内だとすれば、この国はこれから爆弾を抱え続けることになる。

 国外だとすれば。クルムスに入ってくる時は転移の魔術という手もあるが、やはり生産場所はあるだろう。同様に、ヘカトンケイルが装備していた武器防具。あれらはどこから手に入れていたのか。


「(なんでもかんでも転移ってわけにはいかないだろうから、実際には輸入経路があるはずなんだがな)」


 そう考えたラインは、レイファン達が国の復興を行う間、ギルドで様々な情報収集を行おうとした。だが、何も出てこなかったのだ。それはもう不自然なほどに。調べて怪しいところが一つもないことなど、ありえない。ラインがぼんくらでない限り、そこには一つの意図が介入していることになる。

 そこからラインは一つの可能性を考え付いた。


「(ギルドが『ぐる』だな。そう考えるのがもっとも自然だ。以前情報収集を依頼した時、受け付けの女も不自然だったしな。この前の連中は、俺独自の情報網で集めておいてよかった。そうなると、これからの傭兵稼業も色々と危ない物になるだろうな・・・身の振り方を考えた方がよさそうだ。今まで以上に慎重に、な。

 でもって、あの噂は信憑性を帯びるのかもしれない)」


 ラインが以前耳に挟んだ噂である。それは何の変哲もない日々の、ある酒場での出来事。賭博で知り合った傭兵と、ラインは酒場で盛り上がっていた時の事である。

 その内の一人がこんなことを言い出したのだ。



続く


次回投稿は、8/30(火)21:00です。

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