愚か者の戦争、その27~テトラスティンの画策~
「やったのか?」
「ああ。殺した」
「使い魔を殺しても意味があるまい。まだ拷問にかけた方がよかったが、まあ・・・何も得られんかったとは思うがな」
それほど甘い相手ではないとテトラスティンも思っていた。だが一応打てる手は打っておきたかったのである。ラインの剣圧で吹き飛ばされたネズミの残骸をテトラスティンは横目でちらりと見るが、何の成果も得られない事は一目瞭然だった。
ネコがため息をつく。
「もっと冷静になれなかったのか」
「冷静? 無理だ! 自分の女を殺されて黙っとけるって言うのか、お前は!」
「私ならできるな」
即答して見せたテトラスティンにラインが言葉に詰まった。テトラスティンの使い魔である目は、恐ろしいほど冷たい目をしていた。
「不幸の比較などできんがな、この世には貴様の考えがおよそ及びもつかんような不幸で残酷な出来事は、いくらでもある。奴らを相手にするなら特に心得ておくことだ。お前の運命は、これから尋常ならざるものになるだろうからな。今何をすべきか、特によく考えろ。一つ一つの選択が取り返しのつかないものになるだろう」
「お前・・・何者だ」
「しがないただの魔術士だよ。それ以上でも以下でもない。それよりも」
テトラスティンの目がラインの持っている剣に向けられる。
「それは、魔剣ダンススレイブか?」
「知ってんのか?」
「当然だ。この世にある中で、最も人の血を吸ったとされる魔剣だ。そいつは人を狂わせる。かつてそれを所持する者が--所持しただけで魔王と認定され、ギルドからの討伐依頼が下った事もある」
「そいつはどうなった?」
「死んだよ」
テトラスティンは冷酷に即答した。
「ギルドから派遣された討伐隊を七度退け、およそ1000人を斬り殺した上でな。その結果、本人は全身を八つ裂きにされて、それは無残な最期だったそうだ。それがその魔剣ダンススレイブを持つ者の運命だ」
「そうなのか、ダンサー?」
「・・・まあ我を所持した人間で、幸せな人生を送った者はいないことは事実だ」
ダンサーが沈んだ声で答えた。ダンススレイブには当然ながら、最初は名前がなかった。彼女が人間としての形をとったとき、彼女を産みだした刀鍛冶は彼女の服装や恰好を見て『ダンサー』と名付けた。
ダンススレイブと呼ばれるようになったのは、彼女の二番目の所有者であった者。彼女の親友でもあった女剣士の時である。その女剣士の戦い方が踊るようであったため、女剣士は『剣舞士」と呼ばれ、ダンサーは『舞い、斬り伏せる剣』と呼ばれるようになった。
それから時を経て。彼女を扱うものは全て欲にかられ、不幸な死に方をするようになった。そこから呼ばれるようになった彼女の名前が、『運命に踊らされる者』なのである。
もちろん、ラインはそこまで知らない。それでもなんとなくの事情は察しつつも、ラインはわざと気にかけなかった。
「そうか。だが、だからどうした?」
「妖剣とわかって振るうか?」
テトラスティンの質問に、ラインは首を振った。
「こんな阿呆が妖剣のわけないだろう」
「待て、誰が阿呆だ!」
ダンススレイブが抗議したが、ラインはダンススレイブの柄の部分にある宝石を押さえた。
「あうっ! そ、そこは・・・」
「こいつはここを押さえると大人しくなるんだ」
「・・・そんな馬鹿な」
テトラスティンがあまりの事実に呆然とした。そんな事があってたまるかとでも言いたげに。自分が伝え聞く魔剣の伝承とは程遠い現実。
だが自分を差し置いてぎゃあぎゃあと言い合う男女、いや人間と魔剣は、およそ邪悪とは程遠い。
「伝説など当てにならんか」
「そういうことだ。伝説など大抵でっちあげだろう?」
「本当にそれならよかったんだがな」
テトラスティンはライフレスの使い魔を直に見た。魔術士同士なら使い魔を見ただけでもわかる、その実力。アノーマリーは大したことはない。それでもテトラスティンよりは強いかもしれないが、まだ何とでもなる程度だった。
だがライフレスは完全なる別格である。使い魔の精度。ほとんど現実に存在する生物と変わらぬモノに近い使い魔を作る者ほど魔術士としての位が高いとされるが、ライフレスの使い魔は現実以上の虚構である。しかも報告によれば不死身。よくもアルフィリース達が彼と戦って生きていると、テトラスティンは思う。
「(アレに関しては伝説通りだろうな。しかもさらなる報告によれば、ティタニアも現存すると言うではないか。まったく、難儀なものだな。私とリシーでどこまでやれるか・・・)」
「おい、なんだよ黙りこくっちまって」
ラインの言葉にはっとしたテトラスティンだが、すぐに頭を振ると彼を見据える。伝説の魔剣の所有者。実力もあり、しかも機転も利き、申し分ない逸材。ラインの利用方法についてテトラスティンは頭を巡らせたが、彼は野放しにした方が良い働きをしそうな気がした。少なくとも、大人しくこちらの言う事は聞きそうにない。
「(ふむ、今は放っておくか)」
「なんだよ、人の顔をしげしげと見やがって。俺の顔に何かついてるか?」
「別になんでもない。面白い顔だと思っただけだ」
「んなっ」
テトラスティンは無表情のまま答えると、怒りかけたラインを尻目に踵を返した。後にはリシーが続く。彼女はラインを一瞥すると軽く礼をし、戦場には不釣り合いなメイド服を翻し去って行った。その後ろ姿を呆然と眺めるライン。
そして少し離れて、テトラスティンとリシーは話しあう。
「リシー」
「はい」
「あの傭兵、殺れるか?」
「ご命令とあれば。ただ・・・」
「ただ?」
「それなりに苦戦はするかと」
それなり、という言葉にテトラスティンは満足した。そもそもリシーが負けることなどあり得ない。条件次第では、ティタニアにも彼女は匹敵するだろう。いや、実力が及ばずとも勝つのは必ずリシーなのである。
そうなると、後はタイミングだけ。彼らに勝つ条件を揃えなくてはならない。
「まずは奴らの根城を暴かなくてはな」
「はい。そのために彼と連絡を取っているのでしょう?」
「そういうことだ。準備ができ次第、私達が先に乗り込む。ミリアザールは奴らの痕跡もろとも消し去るだろうが、それは非常に惜しいからな。奴らの研究は私がいただこう」
「またあくどい事を……」
リシーがため息をつく中、テトラスティンは魔術士としての好奇心を最大限に巡らすのだった。
続く
次回投稿は8/28(日)22:00です。