新たな仲間、その4~祝勝会~
「で、元の話にそろそろ戻るが。依頼は受けてくれるかの?」
「・・・いいでしょう。確かに貴女の言う事にも理はあります。貴女を信じてみることにします。ですが、リサの期待を裏切れば・・・」
「どうする? 殺しに来るか??」
「それは実力的に難しいので、死んだ方がマシ! というくらい恥ずかしい噂をばらまいて、社会的に抹殺してあげましょう」
「そっちの方がよっぽど怖いわ! 14そこらの歳の人間の発想じゃないぞ?」
「ふふふ、これでも修羅場はいくつもくぐってきてるので」
リサが無表情のまま、不敵な笑い声を出す。ミリアザールが約束を違えたら、本気で彼女はやるだろう。ミリアザールは柄にもなく、ちょっと背中にうすら寒いものを感じてしまった。
「では、リサからも一つ質問です」
「いいぞ? じゃがスリーサイズとかは無しじゃ」
「だれが幼女のぺったんスリーサイズなんぞ気にかけますか。それよりも、どうしてそこまであの二人を気にかけるのです?」
「そんな事とは大層な言い草じゃな! お主があの二人を気にかけるのと、大して変わらんと思うぞ~?」
ミリアザールとしては茶目っ気たっぷりに言ったつもりだったが、リサはいらっとしたようだ。
「茶化さないでください」
「ふん、つまらん奴め・・・ミランダが不死身なのは聞いたな?」
「ええ」
「『死なない』うちはよい。でも『死ねない』のはつらい。以前恋人を失ったあやつを見ていた時は、本当に痛々しかった。人生に絶望しても死ねないのは、主らが思う以上に最悪じゃ」
ミリアザールが目を細め、以前ミランダを拾った時のことを思い出す。
魔物の帰り血で全身を赤く染め上げ暴れまわる女がいるとの評判が立ち、ギルドでも問題になっていた。その女に近づこうとした人間は好悪の感情に関わらず例外なく再起不能にされていたが、その程度なら何もミリアザールは出張るつもりはなかった。
だが人間を襲わないと約束させた魔獣・魔物や、比較的人間に友好的であった獣人にまで手を出した時にミリアザールは動いた。最初は自分の暗部である口無しを送り込んだが、仕留めたという報告が上がっても、しばらくすればまた生存が確認される始末。捕獲したその女がどんなことをしても死なないという報告を受けて、最後はミリアザールが自ら出向いたのだ。
その時に見たミランダの目。既に人のものとは思えぬ、異様な光を放っていた。歴戦のミリアザールですら怖気を感じる圧力を、ただの人間のはずの女が備えていた。
だが同時に、ミリアザールは悲しい気持にもなったことを覚えている。そこまでの目をするようになるまでに、一体女の人生に何があったのか。その事を考えるだけでも、ミリアザールの胸は痛んだ。
紆余曲折を経てミランダを自分の手元に置くことにしたミリアザールだが、監視が目的と周囲には言いながら、彼女の心中ではミランダを案じる気持ちで一杯だった。自分の寿命ですらいい加減人生に飽きてきていたが、目の前にいる不老不死の女がこれからどのような人生を歩むかと思うと、ミリアザールは胸が押しつぶされるような思いにとらわれていたのだ。
「人間に死ぬ運命が待ち受けておるのは、むしろ幸福じゃと言ってもええ。ワシらのような長命の存在からすればな。じゃが、ワシは残念ながら不死身ではない。この身は既に全盛期を通り過ぎており、ワシは後1000年も生きんじゃろう」
「充分長いと思いますが」
「貴様らにはそうでも、ミランダには違う。お前も300年程生きればわかるかも知れんが、ミランダは後何年生きるか想像もつかん。この大地が終わるまでは最低生きるじゃろう。もしかすると、この大地が終わっても生きておるかもしれん」
「・・・」
自分の寿命がどうやら同じ種族より長いと判明した時、ミリアザールは自らの命を絶つことを本気で考えていた。当時は成立したばかりではあったものの、正直アルネリア教などどうでもよかったし、他人の救済を旨とした集団であるにもかかわらず、何かにつけて仲間で争おうとする人間に愛想が尽きそうにもなっていた。
それでも教主でありつづけたのは、アルネリアの姿が忘れられなかった事と、理由はもう1つ。芯から信頼に足る人間に再び出会えたこと。ミリアザールにとって、2回目の幸福な時間だった。
その時からは以前のような虚無感はミリアザールにはなくなった。もっとも完全に消えたわけでもない。
「ワシも長寿じゃが、まだワシには長らく仕えてくれる者がおる。また沢山の人間や仲間に愛されたよ。不幸な死に方をした者も沢山おったが、幸せな人生を送った者も多く見てきた。だがミランダは自分に良くしてくれた者を、ほとんど全て不幸な方法で失くしておる。そのような記憶ばかりでは、人間の心は死んでしまう」
「・・・それは確かに」
「不老もそうじゃし、不死も問題じゃ。バラバラにされても決して死なん。じゃが活動停止には追い込める。バラバラにされたまま、磔とかにされてみい。死にもできず、再生もできず、永遠にそのままじゃ。それがどれほど恐ろしい想像か、わかるかの?」
「リサなら絶対、御免こうむりますね」
リサは思わず震えた。不覚にもそういった光景を想像し、その時にミランダがどういう顔をするか思い浮かべてしまった。もし自分がそうなら? 想像することすらおぞましい。
「あれはまた外見が美しいからの。そして残念ながら、人間や魔物の中には我々では想像もできんような残酷な真似が出来る奴らがおる」
「それは、なんとなくわかります」
争い事は避けてきたリサでも、ギルドにいれば戦場の悲惨さは耳にする。また自分が日常扱う事件ですら、耳をそむけたくなるような事例はいくつかあった。
「またアルフィリースも心配じゃ。本当は山奥で隠遁生活するのが一番じゃろうが、それはやはり可愛そうじゃしの。ワシが一緒に旅をできればよいのじゃが、残念ながらそういうわけにもいかん」
「それでリサを、と。リサでは力不足では?」
「実力的にワシを上回る者など、どっちにしても大しておりはせん。それにワシもまた万能ではないしな。だいたい旅とは気を許せる者同士がよい。ワシではあの二人が子供にしか見えんでの・・・まぁ、そなたには迷惑だったもしれんがな」
「いえ、思ったほど嫌ではありません。むしろチビ共のことさえなかったら、私から申し出たかもしれません」
リサが即答する。この反応はミリアザールにもちょっと意外であった。
「ほう・・・なぜ?」
「なんというか・・・あの二人は気になります。それに一緒にいて、今までで一番気持ちの良い人間達でした。センサー風に言うと、雑音が少ないとでもいうのでしょうか。なんというか、年下の私が言うのもおかしいのですが、あの二人、特にアルフィリースは守ってあげないといけない気がします」
なぜリサは自分がそう思うのかわからない。センサーは基本的に非力な生き物だし、戦闘では不意を突かない限り、自分がほとんど役に立たないことも知っている。アルフィリースに守られる立場の自分が、アルフィリースを守りたいと思うのは変な話なのだが。
「ふぅむ。まぁ、ミランダが傍におるのも同じような理由かもしれんな。確かに、不思議と保護欲をかきたてられる人間ではあるし、センサーであるお主が言うと信憑性も上がる」
「まぁ、変なのもイッパイ寄ってくるでしょうが」
「変なの・・・ね」
ミリアザールは思わず噴き出してしまった。なぜかその光景が容易に想像がつくから恐ろしい。
「ですが変な虫はリサが背後からグッサリやっちゃいますので、御心配なく」
「ん、まあ、ほどほどにな・・・くくく」
リサが背後からグサリとやる真似をしたので、その仕草が可愛らしくてミリアザールは声を立てて笑ってしまった。
「(これも死なせるには惜しい人間。こっそりワシの暗部を護衛につけておくかの・・・)」
などと考えていた。
***
それからミリアザールとリサは無事に交渉を済ませ、アルフィリース達と合流した。
どうやらミリィも一緒に祝勝会をしたいと言う。それにリサが二人の旅に同行したいと言い出した。最初は驚いたアルフィリース達だったが、旅の仲間が増えるのは歓迎だったので快く了解した。
祝勝会はアルフィリースの提案で、ミーシアの町で最初に彼女に声をかけた獣人の店で行うことになった。訪れた店で、彼は2つ返事で席を確保してくれる。出会った時の、愛想のいいままの彼だった。彼は犬の獣人と人間のハーフで、ウルドと名乗った。
「いやー、お姉さんが俺っちのことを覚えてくれてるなんて感激だなぁ!」
「あら、私は人に受けた恩は忘れないわよ?」
「こいつは嬉しいことを言ってくれるね。どう、お姉さん今度俺とデートしない?」
「アタシのアルフィを何口説いてんだ? このチャラ男!」
「さっそく変な虫がつきましたか」
ミランダとリサが手に獲物を構える。
「とっとと、こりゃあおっかねぇ! それにお姉さんがそっちの趣味だったとは」
「ち、違うわよ! 私はれっきとした男好き・・・あれ?」
「こんなところで淫乱発言ですか? いくら夜でも言っていいことと、悪いことがあるのでは? 教育上、よろしくありません」
「アルフィ・・・フォローはしないわよ?」
「フォローしてよ!」
「なるほど・・・アルフィ殿は男好き、と」
「アルベルト、絶対それネタだよね?」
まだ酒は大して入ってないのだが、ぎゃあぎゃあとかしましい一団である。その様子を狼の獣人である店主がほほえましく見ている。
「ウルド、元気なお客さんだな」
「でしょ? しかも美人揃い。目の保養になりまさぁ」
「そうだな、獣人の目にもかなりの美人揃いといって差し支えないだろう。が、それ以上に良い使い手達だな」
「そうなんですか? 俺っちはその辺、よくわからないから」
「ふん、やかましいだけだ」
悪態をついたのはネコの獣人の女性である。店主の前で一人でちびちびやっている。
「なんか良い事でもあったんじゃねぇか? そう言ってやるなよ、ニア」
「落ち着きがないにもほどがある。戦士は冷静でなくてはいかん」
「お前のとこの戦士長は、落ち着きなんかと無縁だろうが?」
「だから肌が合わん! なのに実績は一級だという・・・私には理解できん」
「まあアイツは特殊だったからな。でもあそこの連中も、お前のとこの戦士長くらいには強いかもよ?」
「ふん、大したことなどないさ」
「とか言って気になるんじゃないか?」
「気になってなどいない!」
ニアと呼ばれたネコの獣人はダン! とコップを勢いよくテーブルについた。が、ミミや尻尾がピコピコとせわしなく動いており、彼女達に興味津々なのは傍から見ても明らかである。
「(わかりやすい奴だな・・・)」
「(わかりやすいですよね・・・)」
ウルドと店長は顔を見合わせて苦笑したが、頑固なニアは決して認めないので放っておくことにした。
「で、なんでお前は酒場で牛乳を飲んでるんだ?」
「・・・酒は体に悪い」
「いやいや、少し程度なら体にいいんですよ? ニアさんもう成人でしょ?」
「今さら身長を伸ばしたいのか?」
「ほっとけ!」
確かに小柄が多いネコ族でもちょっと、いや戦士としてはニアはかなり小さめではある。もう年齢的に背はのびないのでは、という言葉は彼女には禁句であろう。そんな折、さらにアルフィリース達の席が一層盛り上がる。
「アルベルト~、さっきから全然飲んでないじゃん!」
「私は下戸です。酒は飲めません」
「え、じゃあ何飲んでんのさ?」
「ククス果汁です」
「あんたはお子様か!?」
「・・・さっきからククス果汁がこっちに全然来ないと思っていたら、貴方が原因でしたか、アルベルト」
「・・・フ、果汁は渡さん。ウルド、こっちにククス果汁もう2瓶追加だ」
「チ・・・ウルド! こっちは3です!」
「・・・4だ」
「5!」
どうやら変な戦いが始まったようだ。リサVSアルベルトとは、まさかの組み合わせである。
「っていうか果汁の一気飲み対決って、何?」
とアルフィリースは茶々を入れたが、止めようにも火花が散り合っている・・・放っておくことにした。
で、一方ミリィとミランダはというと・・・
「お姉さま~(ついに真実を述べたようじゃのう。やっとオシメが取れたか、ひよっこめ)」
「ミリィ~(あ~ら、そっちはそろそろ年齢的にオシメが必要なんじゃありません?)」
「お姉さま~(バカ者め、あと1000年はイケるわい!)」
「ミリィ~(無理すンなって、そろそろトイレが近いだろ?)」
「お姉さま~!(貴様こそ、そろそろユルイんじゃないのか?)」
「ミリィ~!(アンタみたいにカビるよりましだ!)」
さっきから名前しか呼び合ってないはずの2人なのだが、なぜだかどんどん雰囲気が険悪になっている。言葉の裏に隠した真意のやり取りは、彼女達以外には誰もわからない。当然、なぜだろうと思うアルフィリースの疑問に、答える者は誰もいない。
「(さっきからシスター・ミリィが酒をグビグビ飲んでいる気がするんだけど・・・いいのかな?)」
酒は一般的に、成人の16歳を迎えるまでは禁止されているが、祝い事用の酒ならば一応許可はされている。もっともそのようなしきたりは守られないのが当たり前ではある。それに地域によって多少年齢制限が違いもする。
だが、今ミリィが飲んでいるのは酒場でもかなり強い酒だった。以前、アルフィリースは同じ酒をコップ一杯飲んだだけで足元が怪しくなったものだが。シスター2人は、既に瓶でのラッパ飲みが始まっている。
「カビてないわー!(お姉さま~)」
「じゃあ見せてみろー!(ミリィ~)」
「ちょっと、本音と建前、逆になってない?」
2人がなぜか脱ごうとし始める。こんなところでシスター2人の脱衣など、さすがに洒落にならない。助けをアルベルトに求めるが、そちらはそちらで、いつの間にかククス果汁の瓶が15本くらい空いている。そしてリサとアルベルトの目が完全に据わり、怪しい光を放ち始めていた。
「(どうして果汁であんなことになるの? だ、誰か助けて~!)」
ミリィとミランダの2人を押さえようとするアルフィリースだが、逆に簡単にねじ伏せられた。実力的に順当かもしれない。
と、その時酒場の入口からどよめきが起きた。アルフィリースは自分の心の叫びが通じたのかと思ったが、どうやら事態はそう言った呑気な雰囲気ではないようだ。先ほどまで様子のおかしかった仲間達も、既に正気に戻っている。
続く
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次回は10/30(土)13:00に投稿です。