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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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イズの酒場にて、その2~大暴れ~

イズの酒場にて旅の馴染みであるシスター・アノルンと酒を酌み交わすアルフィリース。その時酒場に柄の悪い連中に乱入されて・・・?


「おいおいそこの若造、今何つった、あぁ!?」

「何も言ってねぇよ」

「こっちをジロジロ見てやがったろうが?」

「絡むんじゃねぇよ、ゴクツブシ共」

「誰がゴクツブシだと!?」


 先ほど無視を決め込んだばかりのアルフィリースとアノルンが、どちらともなく目を合わせる。周囲の男達がひそひそと囁き合っているが、先程酒場に入ってきたのは2人の見立て通り、どうやらかなりタチが悪いので有名な連中らしい。その男たちに若い男性が絡まれているのだ。アノルンが差し向けようとした男達も、やはり二の足を踏んだようだ。

 まあ男が若いと言ってもアルフィリースよりは年上なのかもしれないが、まだ血気盛んな年ごろには違いない。絡まれても相手にしなければ連中も引いたかもしれないが、正面から言い返してしまっている。その様子はアルフィリースとアノルンからは一部しか見えないが、どうにも不穏な空気が漂っているのは2人にもわかる。

 アノルンがそっと呟いた。


「あの子、まずいね」

「相手の危険性を測れない奴は、戦場でもそうじゃなくても早死にするわ」

「そんな身もふたもないことを。若い子は血気盛んなぐらいが普通でしょうよ。だいたいあいつらは何人いるのさ?」

「入って来た時は6人。露骨に得物をぶら下げてるのが2人。今絡んでるネズミみたいな顔の男と、ウマのできそこないみたいな顔の奴は、懐に短刀を隠し持ってるわ。後の2人はブーツにナイフかな。そんなのに難癖つけられるような真似をする方も問題よ。戦う力がないなら、戦いを避ける方法を身に着けないと。自業自得よ」


 いったいいつ確認したのか、アルフィリースがさらりと答える。アルフィリースの様子をアノルンはずっと見ていたが、奴らに目線を置いたのは入店してきた時、せいぜい2秒程度だった。あの一瞬でそこまで確認できるものなのかと、アノルンはいぶかしむも、


「(アタシはこの子をちょっと馬鹿にしすぎかな?)」


 と、彼女は自分の考えを改めた。先ほどは笑い話で済ませたが、よく考えれば森オオカミの話だって--


「見過ごすのも寝覚めが悪いか・・・ちょっと助けてくる」

「ふぇ?」


 アノルンが物思いに耽ろうとした瞬間、アルフィリースが立ちあがりつかつかと揉め事の中心に歩いて行く。突然のことにアノルンは随分間の抜けた返事をしてしまったが、そういう間にも既にアルフィリースはすたすたと荒くれ者どもの方に歩いていく。


「ちょっと! もう、仕方ないわね」


 いざとなったら援護くらいはしてやるかと考え、アノルンは後をついていく。もっとも後をついて行った方が面白そうだ、というくらいに考えていたのが本音だったのかもしれない。


「あなた達、そろそろやめときなさいよ」

「なんだてめぇは?」

「誰でもいいでしょ、他の客に迷惑だわ」

「何よりアタシに迷惑だ」


 またシスターが余計な合いの手を入れる、とアルフィリースは思いつつもネズミ顔の男から目は離さない。だがすぐに割って入って正解だったようだ。この男は懐の小刀をまさに抜く寸前だった。絡まれていた若い男は、全くそんなことに気が付いていないのだろう。抜かれていたら簡単には収まらない事態になっていたに違いない。

 ウマ顔の男がアノルンとアルフィリースに対して凄む。


「こいつぁよ、俺たちのことをゴクツブシって言いやがったんだ。その分の落とし前をつけさせるだけだ。関係ねえ野郎はすっ込んでな。おっと、野郎じゃなくてあばずれか」


 へへへ、と仲間たちから下品な声が聞こえてくる。アルフィリースを挑発しようとしてるのだろうが、こんなことで我を忘れるほど彼女は愚かではない。


「酒の席での出来事でしょ。どっちも酔ってるんだから売り言葉に買い言葉で喧嘩なんて、大の男がみっともないわ。それより私が両方におごったげるから、ここはどっちも引いて楽しく飲みましょう」

「なんだ話のわかる姉ちゃんだな。それなら別にいいぜ~? ただしアンタが酌してくれるんならよ・・・ケケ」

「私みたいな大女の酌じゃ酒もおいしくないでしょ。ちょっと良い酒を出すように店主に言うから、それで満足なさい」


 確かにアルフィリースは背が高く、並の男くらいはある。いわゆる大女でも美人は美人なのだが、彼女は自分が美人だという自覚がないうえ、ある出来事がきっかけで身長が高いのが完全にコンプレックスとなってしまっていた。

 ウマ顔の男はネズミ顔の男と目を合わせると、にたりと嫌な笑みを浮かべた。


「じゃあ代わりにそこのシスターに酌をさせるさ。おいシスター、こっちにきな!」

「いや、そのシスターはやめた方がいいと思う。本当に、真剣に」

「あれもダメ、これもダメってよう、さっきからお前は何様だ? こんな機嫌の悪さが、てめえみてえなデカ女の手酌なんかで治るもんかよ!」


 アルフィリースは青筋を額に浮かべながら知ったことかと考えるが、酔っ払いにはまともな理屈は通用しない。それにしてもなんだか事態がどんどん悪化していくようだ。


「(むしろ、なんでシスターがついてきてるの? 余計事態が悪化してるし!)」


 などと考えても、既に状況はアルフィリースの描いた青写真とは違う方向に動いている。このタチの悪い連中が酌だけで済ますはずもないが、それ以上にこのシスターが大人しく酌なんてするはずがない。そう考えた矢先、どこからともなく猫なで声が聞こえてきた。


「あ~ら、少しお待ちくださいましね。お酒をお持ちしますから」

「シスターは話がわかってるじゃねぇか」

「(え、今の声はシスターなの!?)」


 今までアルフィリースが聞いたことのないようなシスターの愛想よい声、いや、作りすぎともいえる声だった。こんな場面でなければ間違いなく吹き出していただろう。シスターの様子を見ると満面の笑顔でニコニコしているが、目が・・・目が全く笑っていない。先ほど絡まれていた男もシスターの表情からなんとなく次の展開が読めたらしく、じりじりと後ずさっている。この推測の良さ、まさか自分が来る前も同じような展開があったのかと、アルフィリースは想像してしまう。そして、ネズミ顔のこの男は何も気付かないのかとアルフィリースは表情を窺うが、どうやらこのシスターにどのようなことをするか卑猥な妄想で頭がいっぱいのようだ。


「(これだから酔っ払いは・・・どうなっても知らないわよ?)」


 そんなアルフィリースの心配もよそに、いかにも看板娘が常連客の相手をするかのように愛想を振りまくシスターアノルン。


「あ、お酒が出てまいりましたわ。私のおごりということでよろしいですか?」

「いやいや、むしろ俺がおごってやるからよ、そのかわり俺に酒をついでくれや」

 

 このシスターの思わぬ美しさに、男はもうすっかり機嫌を良くしているのだろう。たなぼたぐらいの気持ちなのかもしれないが、とんだ爆弾が落ちてきていることに気が付いていない。


「それでは注いで差し上げるので、こちらにいらしてくださいな」

「よしよし、わかったわかった」

「コップをお忘れになってはだめですよ?」

「おっとっと、そりゃそうだ」

「で、少し頭を低くしていただけるとやりやすいです」

「頭を低くな・・・ところでシスターは足もきれいだなぁ。で、なんで頭を低くするんだ?」

「そりゃあ、こうするからに決まってんだろが!?」


ゴシャッ!   


 成り行きを心配そうに見守っていた周囲が思わず息をのむ。いや、アルフィリースもだ。このシスター、こともあろうに酒瓶で男の頭を割ったのだ。完全に不意打ちをくらい、ネズミ顔の男が床でビクビクと痙攣をしている。


「てめぇ! なにしやがる!!」

「あーん? 酒瓶で頭をカチ割ったんだよ、見てわかんねぇか??」

「そ、そういうことじゃねぇ。シスターがそんなことしていいのかって話だよ!」

「てめえらみたいなゲス共に、アタシのありがたーい説法なんざもったいない。こうやって頭カチ割ってやりゃ、どんなクズでも『主は来ませり』ってな。てめぇらみたいなゲス共にも、等しく天上への道を示してやろうっていうアタシのせめてもの慈悲なんだが、わかんねぇかな?」


 ははん、とシスターが鼻で笑う。男達はアノルンの言い草に、怒るよりも青ざめ始めていた。


「こ、こいつ。とんでもねぇシスターだ!」

「何言ってやがる! てめえらみたいな粗末な×××つけた××野郎にこのアタシの相手がつとまるかっての! そこいらの羽虫の方が、まだアタシが気にするってもんさ。さっさと帰って仲間同士でカマ掘りあって寝やがれ、この×××共!!」


 とてもシスターとは思えない暴言を吐きながら、アノルンは相手に向かって中指を突き出している。もはや完全にアルフィリース達の方が荒くれ者の様相を呈してきた。このシスターは完全に喧嘩慣れしているようであった。


「い、い、言いやがったな。人が気にしてることを!!」


 そっちも気にしてるのか!? などとアルフィリースが考えていると、連中の一人が掴みかかろうと襲いかかってきた。なんとか収まる感じだったのに、絶対このシスターに後で文句を言ってやるんだとアルフィリースはぶつぶつと口の中で唱えながらも、既に体は男への対応を始めている。

 掴みかかる相手に足払いをかけ、バランスを崩した男の首へ組んだ拳を叩き下ろす。そして振りかえるよりも速く相手に向かって机を後ろ脚に蹴りあげると、机をかわした一人がブーツからナイフを抜こうとするところだった。その男がナイフを抜きながら目線をこちらに上げようとする瞬間、男から悲鳴がほとばしった。


「ぐ、ぎゃあぁぁ~!」


 男が目線を上げる直前、アルフィリースが体重をかけてナイフの柄を上から踏んづけたのだ。ナイフはそのまま男の足を貫き、地面に固定してしまった。


「こ、この女?」


 かなりできるとふんだのか、それぞれに距離をとって獲物を抜いた。周囲の人間もあたふたしており、さすがにシスターもアルフィリースに心配そうな目線を投げるが、当の彼女は落ち着き払っている。


「やめた方がいいわ、3人程度じゃ相手にならない。今の内にけが人を連れて帰ることね」

「こっちは剣抜いてんだぞ、そっちは丸腰だろうが!?」

「あら。その丸腰の女に大の男が武器を持って3人がかりなんて、かなり恥ずかしい状況よ?」

「うるせぇ。こんだけやられて今さらひけるか!」


 ふー、と大きくため息をややわざとらしくつき、アルフィリースは言い放つ。


「なら、試してみなさい!」


 瞬間、うおっ、という掛け声とともに一人目が切りかかってきた。ワンステップで後ろに飛びのいて剣をかわしざま、その辺にあった酒瓶を掴んで横面に叩きつける。顔を押さえて転がる男を飛び越えるようにナイフを持った男が襲ってくるが、これに近くにあった椅子を叩きつけて吹き飛ばすと、間髪入れず剣を持った男が上段から斬りおろしてくる。今度はこちらもバランスを崩しているが、体をひねってよけると上から下ろす腕に逆に手を添えるようにして加速をつけてやる。すると剣は止まらず、逆に男の内腿を切り上げた。


「ぐひっ?」

 

 情けない声をあげる男にさらに追いうちをかけるようにみぞおちを蹴り上げると、男は悶絶して食べた物を吐き出しながらへたりこんでしまった。


「これでわかったかしら、さっさと帰ることをお勧めするわ。これ以上は手加減する自信がないわよ?」

「く、くそっ」

「ああ、けが人はちゃんと連れて帰ってね?」


 傍から見ていればまさに一瞬の出来事だった。あまりにも鮮やかだったので、実は加勢の機会を狙っていた者も何もできず、ただただ呆気にとられている。シスター・アノルンも酒瓶を振り上げて(さっきより明らかに大きい)いるものの、振りおろす場所を失い、決まりが悪そうである。援護でもするつもりだったのだろうか。


「おい、しっかりしろ」

「出直してくるぜ、てめえら」

「これよりひどい目にあいたければどうぞ?」


 すたこらと男達は仲間同士で支えながら、ほうほうの体で逃げだしていく。既に周囲は笑いがこらえきれない様子で、くくく、という忍び笑いが聞こえてくる。


「おい、忘れもんだぁ!」

「ぎゃっ!」


 と、何が起こったのかと思えば、シスターがやり場をなくした酒瓶を店から出ていく荒くれどもに投げつけていた。しかもまたしても頭に直撃したのだ。


「や、やりすぎよシスター」

「むしろアタシはあんたが甘いと思ったけどね。全員再起不能でもよかったよ。あの手の連中は逆恨み甚だしいし、何よりしつこいわよ?」

「私は無駄な殺生、暴力はしないわ。だいたいあんなことになったのは誰のせいだと・・・」


 という言葉を言い終わらないうちに、わっと駆けよってくる酒場の男たちに囲まれる。


「姉ちゃんすげえぜ」

「久しぶりにスカッとしたよ!」

「俺のせいでごめんな」

「俺の酒をうけちゃくれねぇか?」

「ワシもスカッとしたからな。酒代も宿代もタダでいいよ!」

 

 てんやわんやで、もみくちゃにされるアルフィリース。


「ち、ちょっと皆、落ち着いてよ。シスター! なんとかして!?」

「アタシしーらない」


 薄情なシスターはすたすたと二階に上がっていく。一階ではアルフィリースが大勢の男に囲まれて困っていた。


「逆恨みを考えると、明日の朝一番でこの町を離れるべきね・・・まぁ少ししたら助けにいきますか。にしても」


 アノルンがアルフィリースと知り合って一年になるが、彼女が戦っているのは初めて見た。最初に見たときから強いだろうとは思っていたが、一瞬であの人数をあしらうとは。しかも素手で。


「でもよく考えると当然かも。あの子、自分がどのくらい強いのかも分かってるのかな?」


 そう、アルフィリースは何の気なしに3mの森オオカミを倒したと言ったが、森オオカミは通常、大きめの個体でも成人男性程度である。また群れのボスだとしてもせいぜい一回り大きい程度で、2mはいかない。それが群れでもなく、しかも3mともなればおそらくはその一帯の主だったのだろう。長じれば魔王となるいる個体である。それを殺さずほぼ無傷で叩き伏せ、しかも交渉して枕代わりにしたとまで彼女は言った。


「魔物は交渉するにも、自分と釣り合う何かを持っている相手にしか応じない。ギルドに申請していれば間違いなくBランク以上ね、もったいない。それに加えて黒髪、か。魔法も使えるってことなのよね、きっと」


 この時代、平均的な民衆の髪色は栗毛である。貴族階級には金髪が多く、これは昔神ないし神に使い種族と交流があり、子を成すことに成功したからだと彼らは主張しているが、真実は定かでない。大陸の中に、神といった概念は非常に希薄だからだ。

 また魔術を使う者は、その操る性質により髪色に変化が現れることがある。たとえば炎であれば赤、といった具合である。もちろん全員がそうなるわけではなく、力の強い者にのみそういった変化が起こる。

 魔術士としては名誉なことだが、通常魔術は一人一系統であり、戦闘を行うものには自分の能力をさらけ出すのと同様なので、髪色を染めて変えてしまう者の方が多い。そして染料は一般に黒が手に入りやすく普及している。そのため黒髪の者は高位の魔術士、ないしは闇の魔法に親和性を示す者の証明である。


「あの剣技に加え、魔法が使えるとすれば要注意かしらね・・・闇魔術ではないと思うけども、師匠の名前は念のため聞いておいた方がいいかも」


 ちらりとアルフィリースの様子を二階から窺いながら、思索にふけるアノルンであった。彼女を世間知らずで愛らしいと思う一方で、彼女の本当の仕事の性質上、どうしてもアルフィリースに詳しく聞いておかねばならないと考え始めていた。


「全く嫌な女になったわ、アタシ。アタシだって沢山隠し事してるのにね」


 今のアノルンを見たらアルフィリースは驚いただろう。この口の悪い暴力シスターとは思えない様な悲しそうな表情を浮かべて、彼女はアルフィリースを見つめているのだから。



続く


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