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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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愚か者の戦争、その26~残酷な真実~

「ちっ、胸糞悪い」


 ラインがムスターであったものの死体を見ながら吐き捨てるように言った。それは、偽らざる彼の心境。そんな彼は赤ん坊の死体を眺めながら、その場を去ろうとする者の足音に気付くと、いち早く回り込んだ。


「ひ、ひえっ!?」

「どこに行きやがる」


 全ての事が終わったことを確認したアノーマリーの使い魔を認識したラインが、いち早く彼の前に立ったのだ。

 ネズミを見下ろすラインの表情は鬼そのものだった。ラインは既に確信している。この使い魔の主こそが、全ての元凶だと。ムスターを操っていたのもこいつだろうと、おおよその予想はついているのだ。ラインは知っている。この世には自分の及びもつかぬほど、邪悪な本性をした生き物がいると。自らは決して手を汚さず、人がもがき苦しむさまを楽しめる連中がいると。そういう奴らは、決まって自分の仕掛けた罠にひっかかり、もがき苦しむ哀れな獲物を見物しに来るのだ。

 ラインがこれ以上ないくらいの殺気を持ってネズミを見下ろすと、そのネズミが急にぺこぺこと怯え始めた。


「ひいい! 許してぇ~僕に戦う力はないんだぁ!」

「やめろ」

「何をやめろっていうのさぁ。だって、だってぇ! ホントに戦う力はないんだよぉ! こんな無力なネズミを虐めるつもりかい? そういうのは虐待って言うんだよ、知ってる? お願いだからやめておくれよぉ、怖いよォ」

「怯えたふりをするのはやめろ!」


 苛立ちが極限に達したラインは、ネズミの前の地面を抉った。衝撃でネズミが宙に吹き飛ぶが、ネズミは鮮やかに後ろに一回転して着地したのだ。


「なーんだ、ばれてたのか」


 ネズミは先ほどまでの態度が嘘のように、悪びれる風もなくいけしゃあしゃあとのたまってみせた。


「当然だ。気色の悪い猫撫で声なんぞ出しやがって」

「ネズミなのに猫撫で声とは、これいかにってね」

「テメェ、ふざけるのも大概に・・・」

「冗談、冗談」


 ケケケ、とネズミが笑うのを、ラインはぐっとこらえてみせて。その仕草に、ネズミが感心したように彼を見上げる。


「いやいや、君がどういう反応するか見てみたかったんだけどね。もっと怒りで我を忘れているかと思ったが、中々どうして冷静じゃないか」

「当然だ、お前には聞きたいことがあるからな」


 ラインが再び剣をネズミに向けた。剣を向けられてもいまだにへらへらしているネズミ。


「この使い魔を斬ろうってのかい? 無駄な作業だね」

「いや、斬る気はねぇ。もったいないからな」

「もったいない?」

「そうだ。お前は貴重な情報源だからな」


 ラインが優位を確信したのか、ニヤリと笑った。その様子に、ネズミが不審がる。


「情報源? ボクを拷問にでもかけるつもりかい? どうせなら、美人に拷問してほしいな」

「貴様の性癖なんぞ聞いちゃいねぇ。それにネズミなんぞ面倒くさくて、拷問にかけていられるか。それよりも魔術教会の連中がいることだ。傭兵の魔術士もいるしな。あいつらに頼んで情報を引き出すさ」

「なるほど、それは確かに困る。じゃあこうしようか」


 ネズミが提案をした。


「ボクはあることを黙っていてあげるよ。だからボクには何も聞かないでくれないか?」

「あぁん? 何を黙ってくれるって言うんだよ」

「そうだね~君の恋人、いや婚約者だった彼女が君と辺境で別れてから死ぬまでに何をされたか・・・なんてどうだい?」

「!?」


 その言葉を聞いて、ラインの動きが凍りついた。その態度を見て、ネズミの顔が邪悪に歪む。


「なんて言ったっけな~、彼女の名前。ああそうだ、フロレンス=ウティナ=ボルトハイレンだっけ?」

「・・・めろ」

「まあ最悪な死にざまだったよね。だって――だったのを君に知られてさ。知ってた? 彼女ってば――の時に君の名前をずっと泣き叫びながら呼んでたんだよ?」

「やめろ」

「それでも君の前では一度たりとも辛い顔を見せなかったもんね~。大した女だったよ、実際。そんな彼女が命と誇りにかけても君を騎士団に残そうとしたのに、君ったら騎士団辞めて、あげく国まで追われて。全く、何をやっちゃってるんだか」

「やめろって言ってんだよ!!」


 言うが早いか、ラインの剣はアノーマリーの使い魔であるネズミの胴を真っ二つにしていた。剣速の凄まじさに、そのネズミの上半身が壁に叩きつけられた。アノーマリーの使い魔は生きている生物を使っている。そのため血だまりの中壁に張り付いたネズミが、絶命を前に笑う。

 ラインは息を切らしていた。体力を使い果たしたのではない。あまりの怒りのためである。


「アハハハハハ! やっぱりあの時の騎士なんだね、君は!」

「ハア・・・ハア・・・」

「いやー、傑作だねぇ君は。あれほど転落した人生を歩んだ人間もそういないね。しかも理由がたかが女! 女なんざ掃いて捨てるほど君の周りにいたろうに。全く人間って奴は、どうしてこうも愚かしいかね」

「うるせえっ!」


 ラインはなおも激昂した。この怒りはネズミを殺したくらいでは収まりそうもない。


「テメェになにがわかる!? あの女は俺の全てだった!」

「本当に? 君は元々騎士になりたかったんだろう? しかもあの国で最高の騎士に! あの女はそうなるための踏み台だったはずだ。なのに騎士として出世する事がその女と結ばれるためだなんて、いつから目的と手段が擦り変わったんだい?」

「何だと?」

「だってそうだろう? 君が国で最高の騎士になるんだったら、あの女の顛末はもはや関係なかったはずだ。君は本国での出世が決まっていたし、順調であれば君は今頃一つの軍を任されていたはずさ」

「なぜわかる?」

「だって、そうなるように手配したのはボク達だから」


 アノーマリーが楽しそうに笑った。その笑みと言葉に、ラインの顔が青ざめる。


「な・・・に?」

「ネタばらしをしちゃうとね、君の恋人は正直邪魔だったんだよ。あの子がいると、傾きかけたあの国が復活してしまう恐れがあった。彼女は騎士としてより、政治家として手腕を発揮しそうだったからね。よく言えば、古臭い騎士。忠誠心が強すぎた。

 だから君を近づけたのさ。変だと思わなかった? ただの卑しい平民風情が、あの名門貴族の令嬢の世話係に任命された事。その後士官学校に入りもしない平民が、異常な速度で出世した事。また、出世できるだけの任務が回って来た事。だからこそ君は名門貴族の、しかも優秀な騎士の出世速度についてゆけた。

 その中で、もしかすると君達が結ばれることであの子の目標がぶれる事を期待したんだけど、逆に互いを刺激し合っちゃって、予想よりも君達は遥かに優秀になっちゃった。これは困りものだよ」

「・・・」

「だからあの娘には早々に退場してもらったのさ。変だと思わなかった? あれほどの名門貴族があっという間に没落して。挙句あの様だからね」

「じゃあ・・・何か? 全部あれは・・・貴様が手を回したってのか?」


 ラインは振り絞るように声を出した。もう既に怒りでおかしくなりそうだったが、それでも聞かずにはいられなかった。答えはわかりきっているはずなのに。

 そのラインに浴びせられたのは、さらに残酷な言葉。


「君を選んだのはたまたまだけどね。だからボクと仲間達だってば。それにあの子は当初は殺す予定はなかったんだ。だけど君がいつまでたってもあの子に手を出さないもんだから。さっさと押し倒して子どもでも作って、あの子を表舞台から下ろしてくれていればよかったのに。

 君は騎士としては優秀だけど、政治的な駆け引きはさっぱりだからね。まあ頭の悪そうな人間をわざわざ選んだわけだけど? 彼女が後ろに下がって君が矢面に立っていてくれていれば、適度に均衡がとれて全て解決だったのさ。そうすればボク達の手のひらの上、君達は幸せだったろう。

 まあ言うなれば、君のせいで死んだんだね、あの子。アハハハハハ!!」


 その甲高い笑い声を聞きながら、ラインの意識は絶望に沈んで行った。そしてしばらくして、あまりに耳障りなアノーマリーの狂った様な笑い声に、ラインが反応してダンススレイブを無意識に振り下ろす。その瞳には光はなく、ただ感情のない死神のような目があった。

 その目を見て、アノーマリーはピタリと泣きやむと、ラインの剣が下ろされるよりも速く言葉を紡いだ。


「まあ殺すのはあの忌まわしい精霊騎士、ディオーレ=ナイトロード=ブリガンティでもよかったんだけど、さすがにマイスターでもあるあの女傑を殺すのは難しいし、何より素晴らしい逸材すぎて忍びない。だから君の女は色んな意味で好都合だった。

 そして最後に一つ。君の頭ではムスターの首を元に諸国と停戦協定を結ぶつもりだったんだろうけど、そんなへまをボクはやらない。ムスターは勝っても負けてよかったんだよ。どこまでいってもボクの手の内をうろうろしているだけだねぇ、ククク、ハハハハハ!」


 アノーマリーの笑い声が聞こえきる前に、ラインの剣がネズミを完全に肉塊に変えた。そこまでされては、さしもの使い魔も言葉を話すことはできない。アノーマリーの使い魔は完全に消滅したのである。

 そして、離れた場所では同時に、ムスターであったものの死体は音もなく崩れて行った。これでは、ムスターを討ち取ったという証拠はどこにも残らない。

 そこにテトラスティンがゆっくりとラインの背後から歩み寄る。



続く


次回投稿は、8/27(土)です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しく読ませてもらっています! 最初はどんなものなのかと気になって読みはじめたのですが、物語が進むにつれて一気に引き込まれ、今ではこの作品の虜です! 本当は陰で作品様を応援していこう…
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