愚か者の戦争、その22~それぞれの思惑~
***
ネコ、ネズミ、カラスの使い魔は戦場で起こった出来事を一部始終眺めていた。既に形勢は、素人目にも明らかなほど完全に逆転していた。エスメラルダが即興とはいえ陣頭指揮を取ったことで、騎士達はその統率を回復することに成功したのだった。エスメラルダの手腕といえばそれは見事な物で、彼女が伊達に派閥の頭首を務めていないことが十分に知れるものだった。なにせテトラスティンの愛弟子なのである。並の女傑であろうはずもない。
ここにおいてテトラスティンはさぞかしアノーマリーががっかりしていると思い、彼の方を内心ではやや得意げに眺めたのだが、むしろアノーマリーはこの中で最も冷静に戦術を分析していた。
「ライフレス、どう見る?」
「・・・ふむ・・・召喚術自体が比較的珍しいが、その中でもかなり特殊だな・・・長時間召喚術に憑依召喚、それに無機物の召喚か・・・何とも珍しい・・・」
「どれもいい素体だねぇ。ちょっと欲しいかも」
などと冷静な会話をしている二人組に、思惑が外れたのかいらつくテトラスティン。
「何を悠長に会話している? 貴様達の目論見は外れたんだぞ?」
「別に外れてもないけどね~」
「・・・だいたい、貴様は僕達の目論見をどうとらえているんだ?・・・」
ネズミがへらへらした口調で、カラスは小馬鹿にした口調でそれぞれ答える。
「この場面、勝とうが負けようがどっちにしてもボク達にはおいしいのさ」
「どういうことだ?」
「君が知る必要はないだろう?」
ネズミとカラスが背を向けて帰る準備をする。もはや彼らは、この戦場に何の興味も示していないかのようだった。
そして実にあっさりと、唐突にその姿を消したアノーマリーとライフレス。後には拍子抜けしたようにテトラスティンの使い魔が佇んでいた。
そのネコがため息をつく。
「まあ、こんなものか」
「尾行しますか?」
リシーがどこからともなく姿を現した。その彼女に目もくれず、テトラスティンは返事をする。
「放っておけ。奴らはそう簡単には捕まらんし、見つけても戦って勝てるような連中でもあるまい」
「テトラ、私なら・・・」
「ダメだ。やつらの力は得体が知れない。私は確実に勝てる戦い以外はしない主義だ。リシーが一番知っているだろう?」
「ええ、吐き気がするほどに」
リシーが嫌悪感も明らかに即答した。その返答に、ネコがやや後ろを振り向く。
「そう言うなよ。私は戦闘狂の類いじゃないんだ、戦いは勝てればそれでいいんだよ。戦闘の高揚感や、正々堂々なんて何の足しにもならん」
「それでも、戦いにはある程度の礼儀や禁忌があるでしょう?」
「そんなものは知らないな。それに、それこそあいつらには何の縁もなさそうな言葉だがね」
ネコが再びそっぽを向く。
「それよりも私達にはやることがある。私達の出番はまだまだ先でいい。それに、奴らには既にミリアザールの楔が打ち込んであるさ」
「楔?」
「喰えん男だがな。誰がこの場所を私に教えたと思う?」
ネコが笑う。リシーは少し悩んだ後、何かを思い出したように目を見開いた。
「まさか、あの男ですか?」
「そうだ。あいつは半分、いや、三分の一くらいはこっちの人間だからな。もっとも、私に好意を抱いているとはとても思えないが。それでも役に立つ情報をよこしてくれたよ」
「それにしても、彼らの行動すら把握するとは一体・・・」
「さてね。奴ほど頭が切れて、潜伏するのに長けた人材もいないだろうよ。私がミリアザールに劣るとすれば、意のままに扱える駒が少ないことくらいか」
ネコが嫉妬も隠さず爪を噛む。そのネコに付き従うように、リシーが後ろから、しかし辛辣な言葉をかける。
「それは長として君臨している年数が違うと言えばそれまでですが、テトラにも問題があるのでは?」
「否定できないのがなんともつらいね」
ネコはあたかも人の様に苦笑した。だが同時に、『そんなどうしようもない事をいうなよ』という、批判めいた目線をリシーに向ける。
「だからこそ出所は考えなきゃあね。アルネリア教会の様に矢面に立つ力も、立つ必要もないのだから。せいぜい彼ら同士で削り合ってもらうさ」
「一方的にアルネリアが削られるのでは?」
「それはない」
ネコはきっぱりと言い放つ。
「ミリアザールはそんな間抜けじゃないさ。それにアルネリア教会は我々が思うよりはるかに人材の豊富な組織だ。真っ向勝負じゃなくても、色々な絡め手はあるだろう。加えて奴らはまだまだ本腰じゃないようだしね」
「あれだけやっておいて、本気ではないと? ならば、彼らの動きは何なの?」
リシーが虚をつかれたように、言葉遣いまで思わず普段のものに帰る。テトラスティンはリシーのその言葉遣いを久しぶりに聞き、思わず懐かしくて感慨に耽ろうとしたがそれも今は叶わぬ。
「そうだね。強いて言えば・・・遊んでいるのかな?」
「遊んで? 私達を馬鹿にするにも程が・・・」
「あるんだろうね。実際、それくらいの力が彼にはあるのだろう。だが。それが奴らの足元をすくうと、きっと教えてやるさ。それに、もう布石は打った」
「今回のことはまさか・・・」
「ああ。クルムスに私達が恩を売った事自体が、以後有効な手段となる」
ネコが決意も新たに空を見上げた。テトラスティンが何を考えているかリシーにはわからず、一人と一匹はその場でしばし意識まで風に流されるままになったが、彼らの意識を再び現実へと引き戻したのは、突然の爆音だった。
***
「・・・よかったのか・・・」
「何がぁ?」
ライフレスの問いに、アノーマリーが答える。質問の意図を理解しながらとぼけてみせるアノーマリーに、ライフレスは苛立ちを隠せない。
「・・・テトラスティンだ・・・放っておいて、よかったのかと聞いている・・・」
「だって、どうこうできるのかい? お互い使い魔の身でさ」
ネズミが首を振った。
「だいたいネズミはネコに勝てないじゃんか」
「・・・貴様・・・死にたいようだな・・・」
「もう! 君は本当に冗談の通じない人だなぁ!?」
アノーマリーが拗ねて癇癪を起したような声を出した。そのネズミに、カラスが吼える。
「・・・僕は冗談は嫌いだ・・・」
「はいはい! じゃあこっちも真面目な話をするけどさあ? どうせ踏みこんでも、あの会長には最強メイドが付いているじゃないか。それに、君の本体はアルフィリースを監視しているんだろう? ボクだけ貧乏くじを引くなんてまっぴらごめんだね」
「・・・そのメイドはそんなに強いのか?・・・」
「強いね」
アノーマリーはまだぷんすかと怒りながら答える。
「ヘカトンケイルをけしかけてわかったんだけど、アレはヘカトンケイル20体を撫で切りにした時すら本気じゃない。その気になったらムスターを討ち取って、今回の戦乱を一人で集結させる事も可能だったかもね」
「・・・僕は直接戦うところを見ていないが、それほどだったのか?・・・」
「それほどだねぇ。だからこそ、そうしなかった彼らに興味がある。先ほどのテトラスティンの申し出は、案外と本心からだったのかもね」
アノーマリーが楽しそうに語るので、ライフレスは首を傾げる。
「・・・わからんな・・・」
「何が?」
アノーマリーはきょとんとした顔で答える。ライフレスの方はと言えば、珍しくすっきりしない顔をしていた。
「・・・その割に、テトラスティンはあっさり引き下がったと思わないか?・・・」
「まあ交渉の引き時としては適切だったと思うけど? それに、おそらくは交渉決裂となったとしても、それなりに策を弄していたはず。実際、ここでクルムスに肩入れするのは彼らにとっても何かしらのうまみがあるだろう」
「・・・例えば?・・・」
「クルムスの地形だよ。ここは獣人と人間の国の境界だ。いわゆる交通の要衝だよね? ここに直接テトラスティンは自分の拠点を築きたかったのかも」
「・・・なるほど・・・諸国に魔術士が仕えているとは言っても、彼らがテトラスティンの手の者とは限らないか・・・」
「そういうことでしょう。魔術教会は様々な派閥がよりそった集合体だからね。その中で背後組織のない彼が頂点に立っているのは奇跡に等しい。もっともそこまでいたるために相当汚い手段を色々使ったんだろうけど? まあ要するに、テトラスティンは各国への影響力が小さすぎるのさ。それらを今必死に補おうとしているんじゃないかなぁ?」
ライフレスが納得し、アノーマリーは得意げに語る。だがその内容はおおよそ合っていた。あくまでおおよそ、ではあるが。
そしてまたアノーマリーにも企みはある。ライフレスは直接作戦立案に参加する事は少ないので、全体が今どのように動いているかはあまり知らないのだ。
「・・・今回、テトラスティンの行動を許していいのか?・・・」
「修正は十分にできる範囲の話だよね。それに、策士ってのは色んな場面を想定しておかないとだめなのさ。もちろん、今回ムスターが勝つ場合のシナリオも考えてあった。と、いうよりそちらがメインだったんだけど」
「・・・だが、目論見は外れたと・・・」
「予想外の因子が多かったね。まあそれもいいさ。むしろより望ましい形に物事を進められるかもしれない。あの女の子、レイファンだっけ? に、あれほど求心力があるとは思わなかった。あれならむしろムスターが王であるより・・・」
何事かをアノーマリーがぶつぶつと呟いている。ライフレスはある程度中原の展開は気になるものの、もともと王である頃すらさして政治に興味を持たなかった彼である。やがて彼もまたアノーマリーの呟きの内容に興味を失ってしまった。
そして、ライフレスの興味はもっぱら別に移る。
「・・・アルフィリースはそろそろガーシュロンを抜ける頃か・・・」
「ん、何か言った?」
「・・・そろそろ僕は本来の仕事に戻る・・・アルフィリースの監視に専念しないと、色々厄介なんだよ・・・アルネリアも近いし、監視も一苦労だ・・・」
「そお? まだ面白い出し物は残っているんだけどなぁ」
「・・・何?・・・」
その瞬間、庭園内で大きな爆発が一つ。カラスも思わず首を捻って反応する。
「・・・あれはなんだ・・・」
「ああ、ムスターがバーサーカーになったんだろうね」
ネズミが不敵に笑いながら平然と答えてみせた。
「・・・だが、バーサーカーが意識を保っていられるのか?・・・」
「普通は無理。だけどたまにあんな特殊な奴もいるんだよ。意志が強いのか、あるいはバーサーカーに適応しているのか。まあその辺は研究中。ボクが今回本当に試したかったのは、ムスターがバーサーカー化した時の戦闘力さ。推定では、今まで作ったどの魔王よりも強いんだけどね。魔術教会っていう適当な相手もいることだし、丁度よいかな」
ネズミが立ちあがり、髭をひっぱりながら語って見せた。その仕草にライフレスは苛立ちをさらに覚えながらも、アノーマリーの話に興味は引かれていた。
「・・・では、これも計算の内だと?・・・」
「想定した状況ではあるね。まさか相手が魔術教会になるとは思わなかったけど。可能性が高いのはグルーザルドだと思っていたから」
「・・・その前に反乱軍がいるだろう・・・」
「ああ、そうだっけ?」
ネズミがてっきり忘れていたとでも言いたげに、ぱんと手を叩く。
「でもそれは障害にならないなぁ」
「・・・なぜだ?・・・」
「想定では、1000人程度の兵士なら簡単に蹴散らすからだよ、アレは。アレを止めれるとしたらさっきの緑の髪の女くらいなんだろうけど、これでもし魔術教会の派閥のトップを蹴散らしてしまうようなら、魔術教会はもう必要ないかなぁ・・・?」
ネズミが不吉な笑みでカラスに語りかけてみせた。その表情は、これから巻き起こるであろう阿鼻叫喚の渦を愉しむかのように。
続く
次回投稿は、8/23(火)22:00です。