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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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愚か者の戦争、その21~召喚士~


***


「くそうっ! こいつら、武器が通らない!」

「いや、通るには通るんだが・・・」


 その頃バーサーカー三体が現れた戦場は大混戦だった。まず指揮官がいない状態の戦闘である。傭兵達は個々に戦うことには慣れてはいるが、騎士達はそうではなかった。一人一人の能力は高いものの、彼らの本領は統率された集団戦である。指揮官が不在では、彼らは力を十分に発揮できない。

 そしてバーサーカー達の特性が、彼らの戦いを余計に困難なものにした。バーサーカーの特徴は、戦闘能力の高さよりも、その生命力の高さにある。半身をもがれようとも再生を繰り返し、敵にくらいつくその様は、まさに狂戦士バーサーカーにふさわしかった。バーサーカーの純粋な戦闘能力はヘカトンケイルの比ではない。

 要は変身ができ、寿命が短い『魔王』のようなものである。魔王は作成後命令を徹底させるのが難しい。また目標となる戦場に投下しようにも、移動させるにも一苦労である。だがバーサーカーならば。人間をそのまま運んで置き、戦場の近くで薬物を打つ。そして戦場に放置すればいいだけである。これならば簡便で、しかも死んだ後は一瞬で体が腐りきって崩壊してしまうため、ほとんど痕跡も残らない優れモノである。

 バーサーカーがいたからこそ、ザムウェド攻略は短期間で成立した。ヘカトンケイルだけでは、さすがにあれほど上手くはいかなかったであろう。またこの情報はトラガスロンにも流れなかったせいで、彼らもザムウェドの二の舞になったのである。クライアも時間さえあれば同じ道を辿ったであろう。

 だからこそ何か異形の存在を察知したラインは、魔術士を多めに雇い入れて用意したのである。一つはヘカトンケイル対策のため。これは実際に功を奏し、出現したヘカトンケイルには住人一組で応戦をし、囲むように戦って足止めをしながら魔術士が魔術を使って倒すことに成功した。もう一つは、正体不明の魔獣対策を彼らに頼んだのである。傭兵達はその事をラインから聞いていたのでなんとなく対応できたが、騎士達の多くは事情を知らない。彼らの強靭な精神を持ってしても、戦線放棄をしないことが精一杯だった。どの道、彼らに撤退する場所はないのだ。


「いかん、魔術士と連携を組め!」

「足止めはどうする?」

「どこか狭い所に誘導して・・・」

「そんな暇があるか!」


 騎士たちが叫ぶ間にも、一つ一つと命は削られていく。バーサーカー達に踏み倒され、殴り殺され、突き刺され、食い散らかされる人間達。もはやどうしようもないかに思われた、その時。


「ちくしょう、これまでか」

「男が情けない声を出すものではありません!」


 騎士が尻もちをつきながら後退した時、叱咤の声が頭上から飛ぶ。そこに壁はないはずだが、騎士が振り返るとそこには壁の様な大男が執事の様な正装に身を包み立っていた。その前には緑の髪の女が一人と、さらに横に帽子を目深にかぶった小さな男性が一人。


「あれね、今回の標的は」

「エスメラルダお嬢様、準備はよろしいでしょうか」

「よくてよ」


 年の頃は30少しだろうか。腰まである緑の長い髪をした女性はドレスに身を包み扇子を広げ、ゆるりと自分を扇いでいた。戦場にはおよそ似つかわしくないほど、優雅で落ち着いた仕草である。

 その艶やかな唇から、少し怒りに満ちた声が漏れる。


「会長直々の依頼だからどんな魔獣かと思いきや、とんだ拍子抜けね。この召喚士派閥のトップを呼び付けて、たかが三体が相手とは。ドガロフ、ピッカート。お前達は必要なかったかしら」

「念には念を、でございます。お嬢様」

「は、は、はい! 申し訳ありません、お嬢様!!」

「そこ、謝らない!」


 エスメラルダがピッカートの頭を拳骨で叩く。小さいピッカートはそれだけで涙目になるのだ。


「まあいいわ、ちゃっちゃと終わらせて帰りましょう。こんな埃っぽい場所では、私のお肌が荒れてしまうわ」

「そ、そ、それはお歳なだけで・・・」

「そこ、黙る!」


 必要以上に正直なピッカートに、再び鉄拳が飛ぶ。彼は頭にたんこぶをつくり、またしても涙目になっていた。たんこぶが二つではないのは、ここに来るまでに余計な事を多々言ったせいだろう。

 そしてエスメラルダはぱたんと扇子を閉じた。


「これ以上の傍観は騎士達の無駄死にね。いつまでたっても指示が出ないから、勝手にやろうと思っていたのよ」

「それは命令違反になるかと」

「わかっているわ! あんな人間でも私の魔術の師匠ですからね。一応命令には服従していたのよ? でももういいわ。命令が出たからには大暴れしてやるんだから!」


 エスメラルダは優雅な外見に似合わぬ好戦的な言葉を吐いた。彼女の緑の瞳が、一層深い色を帯びる。


「さあいくわよ、お前達! 久しぶりの戦闘だからね、ボッコボコにするわよ!」

「お嬢様、口調が乱れておいでです」

「そ、そ、育ちがしれてしまいます!」

「うるさい!」


 またしてもピッカートが余計な一言を発したが、既にエルメラルダは詠唱に入っており、手は使えなかった。


【血の盟約により縁を結びし我が同胞はらからにして、もっとも忠実なる下僕。汝が名前はボレアス。その巨躯にて、あぎとにて、剛爪にて我が敵を引き裂きぶっ潰せ!】

「お、お、お嬢様。そ、その詠唱の最後はなんとかなりませんか?」

「こっちの方が気分がでるのよ!」


 とりとめのない会話の様だが、基本的に魔術の詠唱は自己暗示による集中力の強化が主である。真言、あるいは神言や呪い歌を扱うような術者はまた別だが、魔術の発動そのものは詠唱ではなく掌相によるところが大きい。

 つまるところ、詠唱は当然方言などによっても差異はでるし、個人によって多少の独創性はあることが大きい。だが、その中でもエスメラルダは例外だろう。

 昔一つの派閥の長の娘でありながら全く魔術を行使できなかったエスメラルダだったが、テトラスティンには何か感じる所があったのか、彼は自らエスメラルダを引き取り弟子として育て上げた。その過程で、どうすればエスメラルダが上手く魔術を使えるようになるのか様々な試みの中、テトラスティンは最大限に彼女を怒らせてみた。結果として魔術の発動に成功したものの、それまでおしとやかな良家の娘だったエスメラルダは、美しくも一癖も二癖もある女性に成長した。彼女ほど美しくありながらいまだに独り身なのは、テトラスティンのせいかもしれない。

 だが。エスメラルダが扱う召喚魔術は本物である。彼女の派閥、召喚士の派閥の者達は語る。エスメラルダの怒りは、天変地異にも等しいと。


「来た、来た、来たぁ!」


 エスメラルダの周りには既に暴風が渦巻いていた。戦闘の猛りに身を任す彼女の背後には、風でその身を構成された巨大な魔獣が降臨している。

 バーサーカーを上回る巨体を持つ魔獣は、自分の敵を認識すると軽く唸る。だがそれだけでも効果は十分なほど、魔獣は迫力を備えていた。思わずバーサーカーの前進が止まる。

 だがそれも一瞬。狂戦士の異名を取る合成生物達はそれしきではひるまない。バーサーカーもまたエスメラルダを敵として認識したのか、そのまま吠え返す。


「ふん、生意気だねお前達。引き裂くがいい、ボレアス!」


 エスメラルダが好戦的な笑みを全面に押し出し、バーサーカー達を迎え撃つ。鳴らした指を合図にボレアスがその爪を振り下ろすと、その場には地面を抉る巨大な衝撃波が発生する。その衝撃波を二体のバーサーカーは見事にかわしたが、残りの一体、巨大な腕を背中に生やした個体は直撃を受ける。反乱軍のいかなる攻撃にも揺れなったその個体が、たまらずぐらつく。

 その倒れ行く先には、いつの間にかピッカートが立っている。


「で、で、では、とどめは僭越ながら私が」


 ピッカートが倒れてくるバーサーカーを下から殴りつけようとする。あまりの体格差に、その場にいた誰もがピッカートが潰れたと思ったが、バーサーカーが空中に文字通り吹き飛んだことで、全員が一様に空を見上げることになった。それにはアノーマリーですら驚いたのだ。


「なんだい、それ・・・」

「こ、こう見えても前衛担当でして」


 全員の顔がやがて下を向くようになり、しばらくして轟音と共にバーサーカーが地面に激突していた。だが敵もさるもの。反抗の意志を示すように立とうとするが、今度こそボアレスの爪がバーサーカーを八つ裂きにした。

 その瞬間、蛇のようなバーサーカーがエスメラルダを狙ったが、これは突如として彼女の前に出来上がった壁に阻まれた。


「お嬢様に指一本触れられると思うなよ、下郎」


 壁に見えたのは全身に金属を纏ったドガロフだった。そのような全身鎧をどこから出したのか。鎧をまとった騎士三人をまとめて貫く蛇の尾を、ドガロフは簡単に止めていた。そしてその尾をボアレスがたやすく引き裂いた。


「形勢は逆転したぞ! 私の下僕に続け、騎士共!」

「げ、げ、下僕と言ってもそっちの趣味はないので、皆さまあしからず」

「そこ、一言多い!」


 エスメラルダが少し華美なヒールを脱いで投げつけようとしたが、いち早くピッカートは踵を返してバーサーカーに向かって入った。まるでエスメラルダよりも、バーサーカーと戦う方がいくらかマシだとでも言いたげに。


続く


次回投稿は、8/22(月)22:00です。

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