愚か者の戦争、その20~戦争の裏で~
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こちらはブロッサムガーデン内の一画。魔術士達の使い魔が会話を行っている。
「・・・手を組まないか、だと?・・・」
「へえ~どんなつもりかなぁ?」
ライフレスとアノーマリーは突然の申し出に、テトラスティンの真意を測りかねているようだった。その反応を見て、テトラスティンはさらに慎重に語りかける。
「言葉通りだ。それ以上も以下もない」
「・・・お前と組むことに意味があるとは思えんが・・・」
「手を組むことで、どんなメリットが互いにあるのさ?」
そっけないライフレスとは対照的にアノーマリーは興味を引かれたのか、ライフレスの言葉を遮りテトラスティンに質問した。テトラスティンは意を得たりとばかりに答えを返す。
「この大陸を掌握するんだろう? そのために魔術教会を味方につけるのは、早道だと思うが?」
「へえ? なんでボク達がこの大陸を掌握したがっていると思うのさ」
「馬鹿でもわかることだ。仮にお前達の目的が、この大陸から人間を排除することだとしよう。そこの英雄王――で間違いはないと思うが、そいつ級の仲間が何人かいるならば、力押しの方が余程目標達成までは早いだろうからさ」
あえてテトラスティンは自身満々に感じるように言いきったのだが、ライフレスの反応は冷静そのものであった。
「・・・穴だらけの推論だな・・・話にならん・・・」
「続きがある。まあ聞け」
興味を失くしかけるライフレスに、テトラスティンも食い下がる。
「それをしないのは他に目的があるか、もしくは真竜が脅威となるか。前者の場合、私はお前達の目的を『大陸の掌握』だと考えるのだが」
「なるほどなるほど。仮に掌握が目的だとして、その次にボク達は何をすると思っているの?」
「さあ、それはまだ見えてこんな。あるいはそうだな・・・お前達にまだそれ以上の目的がないから、とか?」
この考えはテトラスティンにとっても賭けだったのだが、ライフレスとアノーマリーからは何の反応も見えなかった。使い魔を通しているからそれはそうなのだが、ここからテトラスティンは別の可能性を考えだす。
「(この無反応・・・まさか、本当に何を自分達がしているか理解してないのということはないだろうな。いや、まさかそれはないか。これほど癖の強く実力のある連中が、そこまで大人しく従うとは思えん。それに奴らが確かに大陸を掌握して何を行うかは、私も見当がつかんしな。この探り合いでとっかかりでも掴めればと思ったが、これは無駄足だったか?)」
テトラスティンもまた考え込み、場にはしばしの静寂が流れる。その口火を切ったのは、意外な事にライフレス。
「・・・貴様の真意がどうあれ、我々は不必要な仲間は増やさん・・・少なくとも今はその時期ではないな・・・必要があればこちらから連絡をしてやる・・・大人しく待つがいい・・・」
「つれないねぇ、ライフレスは。せっかく魔術教会の会長が来てくれたんだから、もう少し話をしようよ。仮に君が我々の仲間に加わりたいのなら、それなりの貢物が必要だ。キミなら何を提示する?」
「そうだな。魔術教会の人間の半数を献体として提出する、というのはどうだ?」
テトラスティンの言葉に、興味を失くしかけたライフレスのカラスが首をぐるりと向けた。アノーマリーのネズミに至っては、壁から落っこちそうになっている。
「・・・貴様、正気か?・・・」
「それはいくらなんでも提出しすぎなんじゃないの?」
「そうでもない。私は魔術教会の人間などに何の愛着もないからな」
しれっとテトラスティンは言い放つ。その冷たさに、さしものライフレスも背筋が冷えた。
「(・・・この男、正気か?・・・)」
「そう驚くな、私はいたって正気だよ。それに貴様達こそボンクラか? そこかしこで人間を貴様達は攫っているだろう? そろそろ国家単位の集団でも、何かがおかしいという情報はギルドを通して出回り始めている。ましてやアルネリア、魔術教会、果てにオリュンパスなどは国家をまたいで活動する組織だ。知らないはずがないだろう」
「なるほど。今回もクルムスで反乱があるとの情報は掴んでいたわけか。さすがに舐めすぎていたかな」
アノーマリーが感心した風に言うが、実際の所、彼はどうでもいいと思っているのだろう。驚きの感情がこもっている風にはテトラスティンには聞こえなかった。あるいは本当に驚いていたのかもしれないが、元々道化じみた性格では、その真意はわからない。
とにもかくにもテトラスティンは強気の姿勢は崩さなかった。ここで舐められては、交渉など望めはしない。
「それでどうする? 受けるのか、受けないのか? 献体の話は悪くはあるまい?」
「まあまあ、そう急かさない。逆に君としてはこちらに何を望む? こちらからは何か欲しくないのかい?」
「俺は一定以上の利権が欲しい」
テトラスティンはあっさりと言った。この発言には、ライフレスの方が驚いた。
「・・・貴様・・・魔術士の癖に、嫌に俗っぽい事を抜かす奴だな・・・」
「何とでも言え。私はこの大陸において一定の利権があれば、自分が長でなくとも構わん。大陸を支配している奴が悪党でも化け物でも構わんよ。魔術教会の会長などをしているのも、ここが一番私の目的に近いからだ」
「身も蓋もない事言うねぇ~こりゃあキミへの評価を改めないといけないかな?」
アノーマリーが実に楽しそうにケタケタと笑ったので、他の二人は不快感をあらわにした。アノーマリーの笑い声はどうしても人を不快にさせるのだ。
「それにしてもだね」
突然ピタリと笑いを止めたアノーマリーに、他の二人が自然注目する。
「テトラスティン、君の望みを当てようか?」
「・・・面白い事を言う。できるなら当ててみるがいいだろう」
突然のアノーマリーの申し出にテトラスティンは警戒するが、アノーマリーはもったいぶるように続けた。
「そうだねぇ・・・君の目的。それはズバリ魔術、いや、魔法の研究だろう?」
「ほう、なぜそう思う?」
テトラスティンは平静の調子で返した。だが少し。ほんの少しだけいつもより早口なのを、アノーマリーは見逃さない。
「ふふ、心拍数が上がったんじゃないのかい?」
「ごたくはいい。根拠はあるのか?」
「いや、勘」
その言葉にテトラスティンはおろか、ライフレスすらため息をついた。
「・・・貴様・・・」
「時間の無駄だな」
「そうでもないさ。君の心拍は変動があったんだし、核心をついているはずだよ。もっと言えば」
冷たく突き放そうとするテトラスティンに対し、今度のアノーマリーは真剣だった。普段の道化はどこへやら。アノーマリーには珍しく、といえばあまりだが、真剣にテトラスティンと対峙する心構えがあるようだった。
「魔術教会の会長なんて、そのくらいしかやることがないだろう? 少なくともあそこは色々な魔術士を管理できるから、部下達の研究内容を把握するのには便利だし。それに君が会長として、世の中の魔術士をしっかり導こうなんて人間には見えないなぁ。
テトラスティンだっけ? 君は僕と同種の人物だねぇ。自分の研究のためなら何を犠牲にしても厭わない。君は自分の目的のためなら、親や恋人でさえも平気で差し出す人間だろう?」
「さて、どうかな?」
「ごまかさなくていいよ。僕は今同士を得たようで、非常に気分がいい。同盟の話、乗ってもいい」
「・・・おい、勝手に決め」
「黙ってな、英雄王」
ネズミがカラスをあらん限りの殺気で睨みつけ、アノーマリーはライフレスの言葉を制するのだった。普段にない迫力に、思わず言葉を止めてしまったライフレス。そしてアノーマリーは話を再開する。。
「さて。だがそこの英雄王の言う通り、僕が独断で勝手をするわけにもいかない。だから、これはあくまで個人的な同盟だと思って欲しい」
「いいだろう。それなら条件は・・・」
「持ちかけたのはそっちだぜ、テトラスティン。条件はこちらが提示させてもらおう」
ネズミが指を横に振る。その仕草にイラつきを覚えるテトラスティンだったが、そこはぐっと我慢した。だが、それがまずかったかもしれない。テトラスティンはアノーマリーの事をよく知らな過ぎた。
「こちらからは、今現在推し進めているヘカトンケイルとバーサーカーの情報を全て提供しよう」
「なんだと!?」
思わずライフレスの口調が戻りアノーマリーに叫んだが、アノーマリーは構わず続けた。
「その代わり、こちらにはあるものをいただきたい」
「なんだ。魔術士1000人ほどか?」
「そんなにいらないよ。一人だけでいい」
その言葉を言って、ネズミがニヤリとする。一瞬訝しんだテトラスティンが、アノーマリーの真意に気がつくのは遅すぎた。
「一人だと・・・まさか?」
「そうだ、リシーをボクにくれないか?」
ネズミが楽しそうにくくく、と笑う。
「別に難しいことじゃないだろう? さすがに戦力として、魔術士1000人分にリシーは相当しないはずだ。それに魔術士1000人を実際に提供しようにも、各派閥が黙っちゃいないさ。対してリシー一人なら、いくらでも揉み消せるだろう? ボクの提案はもっとも妥当だと思うけどなぁ・・・ぷくく、あはは!」
だがその言葉を言った瞬間、ネズミは腹を抱えて笑っていた。その理由がよくわからず傍観するライフレスと、毛を逆立てて怒るテトラスティン。そしてテトラスティンが放った言葉は。
「・・・無理だ。それはできない」
「あはははは! やっぱりねぇ。テトラスティン、あの女が君の弱みか」
アノーマリーがそれみたことかと言わんばかりに、起き上がって来た。そう、アノーマリーに同盟を組む気などさらさらない。端からそれを口実に、テトラスティンの弱点を探り出すのが目的だったのである。自分の行動が予想通りの結果になって、満足そうに何度も頷くアノーマリー。
「じゃあその女をこれからは狙えばいいわけだ、なるほどねぇ」
「・・・狙えるものならな」
「やりようはいくらでもあるさ。まあ今すぐどうこうするわけじゃないけど」
「ふん。ならば交渉は決裂か」
「わかってないなぁ。最初から交渉する気なんて、こっちにはさらさらないんだよ。だいたい、弱っちい人間と交渉する意義なんかありますかっての。人間なんて、ボクにとって実験動物以外の何者でもないね」
「そちらがその気なら、こちらにもやりようはある」
ネコがくるりと踵を返す。その背中を見て嘲るネズミ。
「ネズミに負けたね、ネコちゃん」
「それはどうかな? 貴様の目論見、片っぱしから潰してやろう。魔術教会の会長の恐ろしさ、思い知らせてやるぞ。やれ、エスメラルダ!」
ネコが不敵にネズミに笑い、吠えた。もっとも吼えても、その泣き声はネコの物である。だがそれと共に、圧倒的バーサーカー優勢な戦場に姿を現したのは一人の女性だった。
続く
次回投稿は、8/21(日)20:00です。