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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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愚か者の戦争、その19~届かぬ思い~

「・・・見事」

「よく言いやがる。手加減したな?」


 ラインが戸惑いながら訝しげに尋ねる。ラインもまたムスターという人物を図りかねていた。


「わからん・・・なぜわざと負けた? お前は今回の戦争を起こした? いや、起こした奴のいいなりになった? それに」

「質問は一つずつにしろ」


 ムスターが苦笑する。ラインの方も焦りがあったのか、少し気難しげに閉口した。そしてムスターはよろよろとではあるが、蒼白な顔をしながらもラスティがレイファンを抱えて逃げた方へ歩み始めた。


「まずは歩きながら話さないか・・・ここで朽ちては、わざわざここまで出向いた甲斐もなかろうというもの」

「やはりここには死ぬために来たのか」

「気づいていたか?」

「まぁな」


 ラインは事もなげに答えた。そこまではラインにははなからわかっていたことだった。


「なぜそう思った?」

「自分で言っただろう、『ためわらずに斬れ』と。それに、レイファンに向けた剣には殺気がなかったよ」

「なるほどな。まあそれも致し方ない。実の妹、しかもワシに純粋な好意を向けてくれる者を斬れるはずもない」

「そうかい」


 ラインはつっけんどんにムスターに返事をする。まだまだ彼に気を許した覚えはない。


「それより手を貸してくれんか。思ったよりは深手だ」

「知らんね、自分で歩け。途中でくたばるならそれまでの男だろうよ。その時は首だけ運んでやる」

「厳しい奴だ」


 ムスターはよろめきながら立ちあがると、剣などの武具は全てはずしてラインの先を歩き始める。ラインには後ろからついてくるように促しながら。ラインは用心しながらもムスターの後に付いて歩く。


「貴様の疑問に答えようか」


 やがてムスターはやや気だるそうに口を開いた。今の彼にとって、話す事もかなり負担のかかる作業なのだろう。

 それでも何とか話そうとするムスターに対し、ラインは冷たく答えた。


「じゃあ話してもらおうか。この戦争を仕組んだ奴は誰だ?」

「アノーマリーという男だ。もっとも奴も誰かの指示で動いているようだったがな」

「そいつはわかるかい?」

「さてな。他にも協力者がいたようだったが、いまいち記憶がはっきりしない」

「んだよ。年か?」

「冗談はよせ」


 ムスターが少し振り返りながら、口元をほころばせた。どうやらそれなりに冗談の通じる相手ではあるらしい。まともでさえあれば、話のわかる主になったろうとラインは少し残念に思う。

 ムスターもまたラインの事を気に入ったのか、口調もくだけてきていた。


「正気に戻り始めたのはここ最近だ。幼い頃、兄弟に毒を盛られてからどこか頭の線が一本切れたようになっていたが、変に頭や体をいじくられたせいか、逆にすっきりした部分もあってな。もっともいつもというわけではなく、ふと霧が晴れるように自分の我が戻るのだ。今も、我が戻ったからこそ慌てて戦場から一目散にこちらに引き返したと言うわけだ。今頃指揮官を失った戦場は大混乱だろうな。何せワシ以外の指揮官などろくにいないのだから」

「因果な話だ。だからといって、お前のしたことは許されはしないぞ?」

「わかっているからここに来た。何か一つでもクルムスの、いや、妹の役に立つことがしたくてな」


 ムスターの目は真摯な光をたたえていた。この発言に嘘はないだろうと、ラインもその部分には確信を得るのだった。

 そんなムスターに、今度はラインから質問する。


「ゼルバドスという名前に聞き覚えは?」

「ある。確かワシに近づいてきた男だな。不気味な男だった」

「不気味?」


 ラインは意外な言葉に首をかしげる。


「不気味とは?」

「言葉の通りだ。奴は優秀すぎた。だからこそ、ワシにゴマをする必要などなかったのだ。ワシはおかしいながらも奴を信用できなくてな。奴を何度も殴り飛ばしたよ」

「で?」

「それでも奴はワシにゴマをすって来てな。しかも笑顔だった。ワシは怖くなり、途中から奴に関わらないようにした。だがそれでも奴はワシに近寄って来た。そのうち、ワシの近侍は皆奴の言う事を聞くようになった。シーカーの森に遠征した時も、手続きは勝手に奴がしたことだ」

「じゃあお前の周りは、全員そいつのいいなりか?」

「まあそんなものだ。全員、でもなかったが、奴に従わない者は少しづついなくなったな。何より不気味だったのは、奴に面と向かって逆らった者が、翌日には奴の言う事を忠実に聞くようになったことだ。まるで操り人形のようにな」

「操り人形・・・」


 その言葉にラインは何かひっかかりを覚えた。どこかでそのような印象を自分も抱いたはずなのだ。ラインが思い出す暇もなく、ムスターの方は話し続ける。


「特にゼルバドスの目が嫌だった。普段穏やかなくせに、誰にも心許さず、憎悪に燃える目をしている時があった。アレは自分以外の全てを呪っている目だ。あるいは自分自身すらもな」

「まあ見てないから何とも俺は言えんがな。それよりも、あの書簡に書いてあったことは本当かよ?」

「どの内容だ?」

「お前の二番目の兄の謀反の計画と、部下の武将達の裏切りだよ」


 ラインはずばり核心をついた話をした。ムスターの表情が瞬間的に曇る。


「・・・事実だろうな。ワシの兄二人は権力欲の強い男達だった。一番上の兄はクライアが虎視眈眈と我が国境を脅かしている事を知っていた。そのためにレイファンを嫁がせ、東を押さえようとしたのだろう。一方で二番目の兄は反乱を起こすため、北のフルグンドと何やら怪しい交渉をしていた。南のトラガスロンは間者を多数クルムスに送り込み、また武将達の買収を積極的に行っていた。知っているか? 武将の実に2割がトラガスロンに寝返る約束をしていたのだ。これでは国として成立しているとは言い難いだろうよ」

「・・・まあ、な」

「それにザムウェドとは度重なる外交の失敗で、仲はどんどん険悪になっていた。我がクルムスはいつ滅んでもおかしくない状態だったのだ。その事に誰も気がつかず、のうのうと暮らす日々。いっそ滅びてしまえばいいとも思ったが」

「レイファンが不憫ってか」


 ラインの目がきらりと光る。ムスターはちょっと驚いたような顔をしたが、すぐに冷静に戻る。


「そう・・・だな。正直ワシはこの国に愛着はあまりない。昔はこの国を良くしようとも思ったが、この国はワシに何もしてはくれなかった。だが妹だけは別だ。だけれどもそんな奴は指導者としてふさわしくなかろうな。国よりも妹を大切にするなど」

「そうか? 俺はその方が人間味があっていいがな。『自分の家族よりも国が大切』とか言う奴は信頼できん。そういう奴は国のなんたるかもわかっていないだろうよ。国なんぞ、所詮人の集まりだっていうのにな」

「そういう考え方もあるか・・・一度貴様とはゆっくり話をしてみたかったな」

「生憎とそうはならなかったがな」


 そこまでラインが話したところで、二人はちょうど庭園を出てレイファン達が待つ場所から見える場所に出ようとしていた。そこでラインは無言で剣を抜き放ち、ムスターの背中に突きつけた。


「それでいい」

「気が利くだろ、俺は?」

「ふん・・・一つ聞いていいか。真っ向勝負でやっていたら、ワシらはどっちが勝っていた?」

「6対4で俺だな」


 ラインは即答で言い放った。遠慮のない言葉に、ムスターは思わず目を丸くして足を止める。


「本当に遠慮のない奴だな。これから死ぬ者に花を持たせる気はないのか?」

「ねぇよ。もっとも、お前さんが小さい頃から正気でちゃんと訓練をしていたら、さしもの俺もやばかったろうがな」

「なるほど・・・所詮は空想の出来事か」

「そういうことだ。もう勝負はついたんだよ」


 そこまで会話をすると、既にムスターには言う事もないかのように再び歩き始めた。後からラインも続く。彼らが出てくると兵士達はざわめいたが、冷静になったレイファンが彼らを鎮めた。ラインはと言うと、ただレイファンに向けて頷いただけ。だがそれでレイファンにはおおよその事情がわかってしまった。兄を斬る時が今来てしまったのだと。

 そして彼女は覚悟を決めた。


「ムスター=クルムス=ランカスター。此度の反乱の首謀者として、私に何か申し開きすることはありますか?」


 レイファンが質問するも、その声はやや震えていた。ラインやラスティだけでなく、敏感な兵士にも何人か気づく者はいたようだ。

 ムスターもまた気がついたようだったが、彼は気づかぬふりをして俯いたままだった。ここで顔を上げるのはレイファンにとって残酷だと思ったのだ。


「ない。ワシの計画は破れた。さっさと斬るがよかろう」

「・・・・・・・・・ではそのように。誰か・・・」

「その役目、私が」


 レイファンが躊躇いがちに言葉をつなぐのを見て、ラスティが名乗りを上げた。レイファンは自分で兄を斬ると言ったが、剣を持った事もない少女の細腕では大人の首を落とすことなど無理である。

 ラインは剣を収め後ろに引き、ラスティが代わりにムスターの後ろに立つ。


「謀反人、ムスター。覚悟はよいか?」

「とっくにしてある。早くしろ」


 『とっくに』の意味合いを知るのはおそらくラインだけだったろう。その事をラインは自分の胸だけにしまう事にした。これ以上残酷な現実は、レイファンには必要ないだろうから。

 そしてラスティが構えた剣が振り下ろされるまさにその瞬間、ムスターは自分の体の変調を感じた。


「(・・・めだよ)」

「(何? 何だと?)」

「(だめだよ、そんな簡単に死んじゃあ)」


 クスクスと笑う声がムスターの頭に響く。


「(これは・・・アノーマリー?)」

「(だめだよ、そんな簡単に死んじゃあ。ボクに魂を売った人間が、そんな簡単に死ねるわけないじゃないか。君は死ぬまでボクの玩具だ)」

「(ふん! 誰が貴様のいいなりなんかに)」

「(なるんだよ、嫌でもね)」


 声だけのはずなのに、ムスターには小さな醜い老人の笑い顔が目の前に浮かんだ気がした。そして、振り下ろされるラスティの剣をムスターの手が掴む。


「何!?」

「いかん、お前達、逃げ・・・」

「(起きろ、バーサーカー)」


 その声と共に、ムスターの頭の中には嫌な高笑いが響き渡る。そして、それもすぐに霧散する意識と共に消えて行った。そしてムスターに訪れた変調。内臓を吐きだしそうなほどの吐き気と、頭を叩き割られたような頭痛と、異常なまでの高揚感。


「い、かん・・・誰か、俺を・・・」

「兄上? 兄上!?」


 ムスターの異変を感じとり、反射的に走り寄ろうとするレイファンをラインが後ろから掴んだ。


「よせ!」

「離してっ、兄上が!」

「ぐああああああ!」


 その瞬間、絶叫と共にムスターが変形を始めた。血飛沫と悲鳴を上げながら変形する兄を見てレイファンがこの世の終わりの様な顔をしたが、その光景を最後まで見ることはなかった。ラインがいち早く当て身によりレイファンを気絶させたのだった。

 そしてラインが変身したムスターを見て一言。


「自業自得もあるとはいえ・・・なあムスター、こんな終わり方はないだろうよ。せめて俺が殺してやるよ。唯一お前の思いを知る者としてな」


 そしてラインはレイファンを安全な場所に運ぶべく、彼女を抱きかかえるのだった。



続く


次回投稿は、8/20(土)20:00です。

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