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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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愚か者の戦争、その18~狂戦士(バーサーカー)~

 男は異形への変身を始めていた。体は浅黒く染まり、今までの細身の体はどこへやら。体は異常なまでに筋肉が盛り上がった大男へと変形していた。さらに男の背中は異常なまでに筋肉が肥大し、まるで瘤のような形になる。すると中から瘤を突き破って、長い腕が出現したのだった。


「離れろぉ!」


 叫んだのは、先ほどまで傭兵と喧嘩をしていた騎士だった。彼に言われるまでもなく、傭兵も剣を捨てて飛びのいていた。

 その頭上からは、男の背中から盛り上がった巨大な手が迫る。


「うおっと! あぶね・・・え?」


 傭兵は見事に頭上から迫る手をかわした。だが、その体は長い槍の様な者に串刺しにされていたのだった。


「なんだよ、こ・・・れ」


 傭兵は自分を貫く物の正体を見た。それは女の足が変形した、蛇の様な物の一部だったのだ。正し先端は異常なまでに硬化し、まるで槍となっていたのだ。

 そして傭兵がもがくのが鬱陶しいとでもいったように、女は傭兵の体をその辺の壁に投げつけた。傭兵はがらくたの様に放り投げられ、周辺に血と臓物を飛び散らせる事となった。その傭兵に、先ほどまで喧嘩をしていた騎士が駆け寄る。


「おい! しっかりしろ、貴様!」

「あ・・・こんなこと、してる場合じゃ・・・母さんに仕送、り・・・しないと・・・」

「何を言っている!?」

「母さん・・・最近小さ、くなったからなぁ・・・・・・たく、さんお金・・・おくら、な、きゃ」

「おい! おい!?」


 騎士がしっかりと傭兵を抱きかかえて叫んだが、既に傭兵は事切れていた。その傍には回復魔術が使える魔術士が走ってきたのだが、彼は傭兵の手を取ると首を横に振った。


「くそ・・・弔おうにも、俺は貴様の名前も聞いていないぞ!」


 騎士はそれだけ言うと男の腕を体の上で組ませゆっくりと彼を横たえると、自分は剣を片手に吠えながら変身した異形達に突撃していくのだった。


***


「うふふ、これで面白くなってきた」

「・・・奴らにとっては最悪だろうがな・・・貴様が面白がると、ろくなことがない・・・」


 異形と戦い始めた反乱軍。それらを少し離れた壁の上から見守る、喋る動物が二体。カラスとネズミである。


「それにしても、人間って奴はどうしてこうすぐ激昂するかなぁ? 全く不完全極まりないね。そこが面白くもあるんだけど」

「・・・僕も一応人間なんだけどね・・・」


 カラスがやや自嘲気味に呟く。その傍でネズミが笑うのだ。


「まあでも人間は本当に愉快だよね、さっきの騎士を見てよ! 彼ってば、大した実力もないのに突っ込んでさぁ・・・あ、危ない! そこ、そこは右に避けちゃだめだって! あ、ついにつかま・・・る前に首が飛んじゃった。あ~あ、つまんないの。やっぱり脇役が色気出すもんじゃないね」

「・・・ならば自分が主役だとでも言いたいのか、アノーマリー?・・・」


 カラスがネズミを睨み付ける。ネズミは壁の一部をかじりながら、面倒臭そうに答える。


「よしてくれよ、主役なんて柄じゃない。僕が似合うのは裏方も裏方、せいぜい脚本家さ」

「・・・もっともタチの悪い役割だ・・・」

「ライフレスみたいに戦闘狂じゃないんだよ、ボクはね。目的が達成できれば、過程なんてどうでもいいのさ」


 ネズミがカラスを見上げた。その瞳には怪しい光が宿っていた。ライフレスもぞくりとするような嫌な目線。使い魔を通してなお、失われぬ妄執がそこにはある。


「・・・変質者め・・・」

「何さ、自分がちょっとノーマル寄りだからって。僕たちなんて世間一般から見たら、全員変質者だよ」

「・・・どの口で常識を語るか・・・」

「この口だよ~って、これは前にも言ったな。君にじゃないけど」


 ネズミは言葉を選び間違えたのかと思ったのか、腕を組んで考え始めた。その仕草は妙に愛らしくもあるのだが、ライフレスはそんな感情など持ち合わせない。彼らが興味があるのは一つだけ。


「・・・で、どうなんだ・・・『バーサーカー』とやらの出来具合は?・・・」

「上々じゃん? これにはボクも満足している。これで現在までに作った種類は全て稼働可能。基礎理論はおおよそできたから、種類を広げる実戦応用と、さらに上位種を作るための応用理論の構築に取り掛かれるね。さて、問題はどちらを先にするかだけど」

「・・・恐ろしい男だ・・・」


 おそらくアノーマリーは口にした事を同時に行うだろう。彼がヘカトンケイルの研究に着手したのはおよそ5年ほど前らしい。そこから理論を構築し、既にその研究を古臭いと言える段階にまで引き上げている。オーランゼブルがアノーマリーに与えたのは、この世界という実験場ではないのか。


「(・・・こいつは・・・いずれ殺さないと駄目だろうな・・・)」


 ライフレスは秘かにそのような事を考え始めていた。ライフレスにはこの世を壊すような思想は存在しない。むしろそれでは戦う相手がいなくなるのだから、彼にとっては困ってしまうのだ。だがアノーマリーはどうか。この世界という存在すら、彼は気にかけていないように思えてしまう。

 二人がそれぞれの考えで反乱軍の戦いを眺める中、ほぼ同時に3人目の存在に気がつく。


「・・・誰だ・・・」

「気配なんて隠さなくていいよ、互いに使い魔の身だろうしね。戦いにはならないさ」

「それもそうだな」


 花壇からすっと姿を現したのはネコ。ただし、人語を話しているところをみると、使い魔である事はまず間違いない。


「誰だい? ボク達に気がつくんだから、相当な実力者なんだろうけど」

「・・・おおよそ見当はつくがな・・・」

「ほう、当ててみるか?」


 ネコは挑戦的に言ってみせた。カラスは少し考え込むように首をひねるが、やがてゆっくりとくちばしを開いた。


「・・・魔術教会会長、テトラスティンと見受けるが・・・」

「・・・御名答。さすがは英雄王」


 その言葉に、ネコが笑ったようにライフレスには見えた。同時に油断ならない構えを取る。ネズミの表情は読み取れない。果たしてアノーマリーはどう思っているのか。


「・・・魔術教会会長が何用だ・・・」

「まさか、ネコだけに鼠狩りだなんて言わないだろうね。勘弁してくれよ、それだけは。ボクの使い魔がいなくなっちまう」

「「お前は黙っていろ」」


 ライフレスとテトラスティンに同時に言われ、さしものアノーマリーもしゅんとした。そして、ふてくされたように壁を齧り始めた。


「・・・改めて問うが、何用だ?・・・」

「単刀直入に言おう。お前達、私と手を組まないか?」


 その時、間違いなくネコは笑ったのだった。


***


「おらあ!」

「ぬうう!」


 誰も見る事のない打ち捨てられた庭園で、それでも美しく、そして寂しい庭園でラインとムスターの激闘は続いていた。既にアーチは崩れ、周辺の生け垣はぼろぼろであった。これらはほとんどがムスターの斬撃によるものだったが、ラインとしても凌ぐだけが精一杯だったのである。

 達人同士の戦闘では剣が触れあわない。剣が触れるのは、相手に直接斬撃を加えるときだけである。

 ラインはムスターの剣を受け流す事も出来ず、必死にかわしていた。カラミティの時と違い、今度は受け流すだけでも剣が摩耗するだろう。剣を合わせず、かわすのがラインの精一杯なのである。

 一方でムスターも焦っていた。今までの相手と違い、ラインには自分の剣が届かない。あと一歩だとは思うのだが、その一歩が果てしなく遠い気がする。


「(そういえば、勢いだけで剣を振るっていたな。最近は)」


 ムスターが自分を振り返る。元々剣の才能があると自負はしていたが、まともに剣の修業をしたのは幼い時だけ。ヘカトンケイルを率いている時も勢い任せで、強敵との一体一など、ムスターに経験はなかった。

 だがラインには経験がある。自分を鍛え上げた騎士。現在に生存する、『マイスター』の称号を持つたった二人の騎士の一人。あの魔法剣士に比べれば、目の前のムスターの剣戟すらまだぬるい。


「(最初に出会った時は驚いたな・・・あんな女があれほど強いとは思わなかった。最初はどこかの小間使いのガキだと思ったのによ。それから嫌ってほど叩きのめされて、戦いの基本を教わって、騎士としての心構えを説かれて・・・気が付いたら尊敬していた。とんでもない堅物だったがな)」


 ラインがふっと昔を懐かしむ。ラインが辺境で過ごした数年で、彼はついに一本たりともその騎士から取ることは叶わなかった。それほどその騎士は強かった。

 騎士としての理想の集約。多くの者がこうありたいと望む形を現実に叶える事に成功した人物。多くの者に尊敬され、それ以上に敵から畏怖されたその騎士。だが、ラインの理想とする騎士は、どこか彼女は遠かった。彼女の数多の部下の中で、ラインだけが彼女に悪態をついた、つけた。

 だからなのか。その騎士はラインに厳しかった。他の者が時に止めに入る程に、彼女はラインに辛く当った。だが、自分の国を守ること以外興味を示さなかったかの騎士が、久方ぶりに人間に目を留めた事に気がついた者は多くない。ラインもまた、全く気がついてはいなかった。

 それでもラインの血となり肉となった彼女の教え。それはラインの命を何度となく救っていた。そして今も。


「(美しいかな)」


 ムスターはラインの振るう剣を見て、そう感じた。そして同時にラインの剣が、いつぞやの記憶の片隅にある剣筋に似ていると思う。


「(あれはなんという国の・・・いや、やめよう。今のワシにそんなことを考えるほど、頭の容量は残されていないのだから)」


 ムスターは思いだしかけた記憶に蓋をした。そうせざるをえなかった。今、考えられる事は彼にとって多くない。余計なことに気を回している余力はないのだ。

 ただ今は。せめて目の前にいる好敵手との戦いに、一時でもいいから没頭したかった。


「(何の事はない、この状況で戦いを楽しんでしまうワシもただの馬鹿か。周りの言った事は的を得ているではないか・・・)」

「うおおお!」


 ムスターが余計な事を考えたからか。あるいはラインの剣技が純粋にムスターのそれを上回っていたのか。ラインの剣は、一瞬の隙をついてムスターの右胸を貫いていた。

 だがすばやくラインは剣を引きぬき、後ろに飛びずさる。そしてムスターは胸から滴りおちる血を押さえながら、その場に膝をついた。



続く


次回投稿は、8/19(金)20:00です。

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