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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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新たな仲間、その3~リサの記憶~

「どこから話せばよいのでしょうか・・・」


 リサは戸惑いを隠せない。なにせ彼女は自分の事情を人に話したことなど無いのだ。それはリサの誇りが許さなかったし、自分の弱みを見せることなど、決して世の中でしてはならぬことだと思っていた。一方でアルフィリースをからかうのであれば、立て板に水を流すかの如く彼女は言葉を紡ぐ自信があるのだが。

 口ごもるリサを見かねて、ミリアザールが助け船を出す。


「お主は最初から孤児だったのか?」

「いえ。ごく普通の家庭に生まれて、両親との三人暮らしでした。裕福でも貧しくもなく、ごくごく普通の家庭だったと思われます」

「ではそこから話すとよかろう」


 ミリアザールに促される。そう、確かに普通の家庭だった。

 

 リサの父親は彼女のおぼろげな記憶によると、元々地方からこのミーシアに出稼ぎに出てきていた青年で、よく仲間達とたむろしていた酒場の看板娘であった母親と結ばれたと言っていた。父親もなかなかの好青年だったらしいが、母親はそれは美しい女性で、彼女目当てに来る客で店は繁盛していたらしい。そして結婚してリサが生まれる頃には、父親は仕事ぶりが見込まれ、出稼ぎ扱いではなく正規の人員として雇われた。まさに父親にとって、人生の絶頂期と言ってもよい時期だっただろう。

 母親も酒場は夜が遅いという理由で花屋に転職したが、自分が働き始めてから売り上げが倍以上になったと、自慢話を毎夜のようにリサにしていた。自分が扱う花の種類や名前をリサに教えるのが、母の日課となっていたし、リサも毎日新しい花の名前を教えてもらえるのは楽しみだった。母が一輪ずつ持ち帰る色とりどりの花、かぐわしい匂い、花の名前、その意味。花を一つ知るごとに、世界が一つ広がるようだった。


「とても幸せな家庭でした。週に1度は必ず休みを家族で取って、3人で色々な場所に出かけました。私の髪の色は少し不思議な色でしたが・・・両親は『とてもきれいな色だわ。リサを見ていると、優しい気持ちになれるの』といつも褒めてくれました。そう、とても上手くいっているはずだったのです。リサがあの一言を発するまでは」


 幸せな家族。人間は自分が幸せであると中々自覚は出来ないものだが、それでもリサは実感していた。しかし、リサにはどうしても不思議に思うことがあった。そう、なぜか・・・なぜか、父の首に女がいつもしがみついているのだ。


「首に女が?」


 ミリアザールが尋ねる。


「はい、美しい人でした。特に害意があるというわけでもなさそうで、母と父を寂しげな、羨ましげな目で見ているのです。話すことはできず、私のことは見えていないようでした」

「何かおかしいとは思わんかったのか?」

「今ではそう思いますが、当時は他の人にも色々なものが見えたので、人間とはそのようなものだろうと特に疑問も持たなかったのですが」

「なるほど、お主の目は魔眼の一種か」


 魔眼――生まれつき、ないしは後天的な修行により獲得する、特殊な能力を持つ目のことである。大抵は生まれつきである。有名な魔眼と言えば、千里眼、石化の魔眼、発火の魔眼などがある。リサの場合は霊視の魔眼だったのかもしれない。


「と、言うより。リサの盲目は生まれつきではないのか?」

「生まれた時は見えていました・・・自分で潰したのです」

「痛々しいことをするの。理由は想像がつくがな」

「・・・話を続けましょう」


 別に言おうが言わまいが違いはなさそうなことだったので口にはださなかったが、日に日にリサの疑問は募っていった。この年頃はそうでなくとも「なぜ」「どうして」を大人に聞きたがる年頃である。リサの疑問も尤もであろう。その彼女が疑問を口に出さなかったのは、なぜか良くない予感がしたからだった。

 だがついに限界を迎えたリサの疑問は、彼女に禁断の言葉を口にさせた。そして彼女は6歳の誕生日、ついに両親に尋ねてしまったのだ。


「おとうさん。どうしていつも女の人を背負っているの?」


 その一言で、リサは両親が凍りついたのを覚えている。普通なら「何を言っているんだい?」と笑ってすますところのはずだが、彼女の両親には心当たりがあったのだ。


「その夜です。私は生まれて初めて両親が罵り合うのを聞きました。私は居間で行われるその光景を、ドアの隙間からじっと覗いていた記憶があります。そして――」


 翌朝、父親は家から出て行った。リサは理由を母親に尋ねたが、母親は答えてくれなった。


「その日から徐々に母はおかしくなり始めました。仕事を休みがちになり、一日中寝ていることもありました。リサは一日中何も食べられず、自分で家に置いてあるパンをかじっていた記憶があります」

「・・・」


 そんな生活が何カ月か続いた後のこと。久しぶりに母親が居間に出てきた。リサは食事を作ってくれるのかと期待し、母親に無邪気に話しかけた。が、


「母は完全に気がふれていました。落ち込んだ、くまをつくった眼。痩せこけた頬、乾ききって艶のない唇。とてもミーシアでも有数の美人と評判だった面影はなく、まるで死人のような顔をしていたのを覚えています」

「・・・それで?」

「そして私を見るなりこういいました。『お前が生まれたからいけないんだ! お前があんなことを言わなければ、あの女さえいなければ・・・あの人はずっと私のものだったのに!』。そう言ってリサの首を絞めてきたのです」

「今さらじゃが、実の親のやることではないの」

「リサもそう思います。ですから全力で抵抗しました」


 一瞬何が起こったかわからなかったが、リサの生存本能は思考よりも早く働いた。テーブルの上にあったフォークで母親の手を刺し、怯んだ母親に思いっきり噛みついたのだ。6歳の子供の反撃では大したダメージも無かったはずだが、それ以上に母親は精神的にショックだったらしい。


「『リサ、あなたまで私を裏切るの?』と、言われた記憶があります。リサは非常に悪いことをした気分になりそのままそこに立ちつくしたのですが、ふらりと母が歩き出したかと思うと、鼻歌を歌いながらその辺中に油をぶちまけ始めました」

「・・・で?」

「もはやリサのことも見えていなかったのでしょう。リサの位置も確認せずに家に火を放ちました。私はなんとか火を消し止めようと考えたのですが、幼いながらも火の勢いが強すぎてどうしようも無いことを知りました」


 そのままリサが怯えて縮こまることなく家を飛び出したのは、生存本能以外の何物でもなかっただろう。彼女が振り返ると狂ったように笑う母の声だけが聞こえてきた。周囲は大騒ぎとなったが、リサにはもはや何も耳に入ってこなかった。

 そしてリサは逃げ出すようにその場を離れ、気が付けば母親が働く花屋の前だった。


「母の花屋にはしょっちゅう遊びに行っていたので、顔見知りばかりでした。ですが、リサを見る目は冷たいものでした。後で知ったことですが、おかしくなった母がそこかしこで私のことを『あの子は化け物だ』と吹聴していたようです。もともとこのような髪色ですし、リサと関わりたくないというのが周囲の本音だったようです」


 リサはその時の光景を思い出す。まるで、世界に自分一人だけになったかのような孤独感。その時、彼女は母親が花屋でよく使っていた草枯らしの薬品を目にした。一回手にとって遊ぼうとすると、ひどく母親に怒られた記憶がある品物だ。


「もうリサはこの世界を何も見たくありませんでした。信じた物はあっけなく崩れ去り、幸せは二度と帰ってこない・・・それで確信があったわけでもないのですが、その薬を目にぶちまけたのです。周囲からは悲鳴が上がりましたが、リサは満足でした。実際、何も見えなくなりましたから」

「・・・」

「でもおかしなものです。死にたいとは考えていなかったのか、その薬を飲もうとは思いつきもしませんでした。そのことに気付くと、リサの絶望はより深くなりました。まさか、自分に命を絶つだけの度胸も備わっていないとは思っていなかったので。この目では死ぬこともままならず、何をどうすればいいのかと。そして目が見えなくなって一人どことも知れずさまよい・・・どのくらい時間が経ったのでしょうか、中原のミーシアには珍しく雪が降りました」


 目が見えこそしなかったが、かなりの雪が降っていることは容易に想像がついた。リサは以前一度だけ母親の里帰りの時に雪が降るのを見たが、とても幻想的な光景で、まるで空が自分を祝福してくれているように感じたことを覚えている。

 飢えと寒さでもう雪が止むまでは自分の命が持ちそうにない事を感じとり、美しい雪の中で死ぬならまた悪くないともリサは思ったのだが、彼女は自分の意識がなくなる前に、どこからともなく聞こえてくる泣き声に気がついた。


「小さな子の泣き声が聞こえたのです。それがジェイクでした。リサがジェイクのところにいくと、その子は泣き叫びながらも私にしがみついてきました。リサは既に死ぬ気だったのですが、その子まで巻き添えにしては父や母と同じではないか、と。自分より立場の弱い者に対して、無責任なことだけはしたくありませんでした」

「センサーとしてはいつ覚醒した?」

「その時です。生きる気力が沸々と戻ってきたときに、センサーとしての能力が覚醒しました。そこから後は知っての通りです」


 リサが飄々(ひょうひょう)とかえすが、とても生半な人生ではない。もちろん長く生きてきたミリアザールにとっては、これ以上に悲惨な人生などいくらでも知っているが。にしても、である。

 だがミリアザールは辛辣とも取れる一言を発した。リサの性格を考慮に入れた上でのことではあるが、慰めるばかりが優しさではないことをミリアザールは知っている。


「先に言っておくが、同情はせん」

「貴女ならそう言うと思いました。リサも同情はまっぴらです」

「が、ワシにできることがあれば力になろう。そのくらいの度量と情はある」

「心遣いは嬉しいです。ですが、既に先ほど甘えさせてもらったので」

「ふん、プライドの高い女よの。まぁよい。また甘えたくなったら、いつでもよいから甘えるがよい」

「・・・そうさせてもらいましょう」


 リサがやや照れくさそうに答える。その様子を見て、ミリアザールは尻尾でリサの頭を再び撫でてやった。



続く


閲覧・評価・ブクマありがとうございます!


ちなみに10/27でPV20000、ユニーク3000突破いたしました!


次回の投稿は10/29(金)11:00です。

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