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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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愚か者の戦争、その16~庭園にて~

「にしても、こいつはちょっとした迷路だな」

「実際にそのような役目を果たしているのです」


 ラインのつぶやきに、レイファンがいち早く反応する。


「この庭園は、王族の憩いの場として作られました。王族ともなれば常に衆目にさらされるのは必然。そのことに嫌気がさした者は、ここでわずかな間、自由な時間を過ごすのです。もっとも、ここを利用していたのは私とムスターだけだったようですが。他の兄は目立ちたがりだったので、常に衆目にさらされるのを好みました。ここで気を休める必要はなかったのでしょう」

「そうだったのですか・・・」


 ラスティが感慨深げに感動するのもよそに、レイファンは続ける。


「限られた人間以外に知られる事のなかった私の存在は、この庭に置いてのみ自由が許されていました。初めてムスター・・・兄上に出会ったのもここでのこと。不思議なことに、不意に出会い名乗りもなかったはずなのに、あの人は私を妹として認識しました。見た目は確かに少し異常な部分を感じずにはいられませんでしたが、あの人の芯は決して邪悪ではないと感じたものです」

「だがその勘もはずれたってわけだ」

「おいっ、口が過ぎるぞ!」


 ラインのあまりに無遠慮な言葉にラスティが怒りを露わにしたが、ラインはいたってまじめだったし、レイファンも気にしていないようだった。


「いいのです、ラスティ」

「しかし!」

「私は今でも自分の感じた事を信じています。それは、誰に何を言われようと変えてはいけないことだと思います」


 レイファンは荒れた庭園に咲いている一輪の花を手に取りながら答える。花びらの外側は地味な茶色に覆われながら、花開けば深紅の大輪を咲かせるその花の名前をラインは知らなかったが、レイファンの今の心境を表すような花だろうと彼は思った。


「ずっと考えていたのです。私は王族として何ができるのだろうと、王族として何を身につけなくてはいけないのだろうと。私には武芸の心得もなく、また学がさして深いわけでもない。先見の明に優れるわけでもなし、そのような人物に国の将来が背負えるかどうかは、非常に疑問なのです」

「そのような事は」

「わかってんじゃねぇか」


 またしても無礼な言葉を吐くラインに、ラスティが何かを言いかけたが、さすがに彼もレイファンの意図を察したのかもはや何も言わなかった。またラインに決して悪気が無い事も、ラスティはちゃんと理解している。それでも場所が場所なら、不敬罪で首を刎ねられても致し方のないほどの暴言ではあるが。

 レイファンはさらに続ける。


「それでも私に必要なのは覚悟。騎士やその他の文官はよいでしょう。彼らは最終判断を私に委ねればよいのですから。ですが私は、何にその判断や根拠を頼るわけにもいかない。全て私の判断で幾人もの人が死ぬ。既に今日も多くの命を失くしました」

「・・・で?」


 ラインはここまでの流れと、レイファンの目を見て既に彼女が何を言おうとしているかは気づいていた。ラスティはまだ察していないようだが、ラインは扱いほどには彼女を過小評価していない。

 そして複雑に分岐した道を、レイファンは迷い無い足取りで進んで行く。そうするうち、レイファンに誘われた二人は広場に出た。そこには屋根の付いた簡素だが、凝った装飾でしつらえられたアーチがあり、下には茶会ができるようにテーブルとイスがいくつか置いてある。そこには6人分の席があった。


「・・・ここは私達の父上、母上と、兄弟4人分の席がありました。ついぞ、6人で座って会話を楽しむことはありませんでしたが」


 レイファンは少し寂しそうに、埃の少し溜まった机の上を指でなぞる。そうして彼女はその席に座ると二人にも座るように促したが、さしもの二人も王族が使用していた席には座るわけにはいかない。

 そんな彼らを見て、少しだけ可笑しそうにレイファンは笑った。


「話の続きをしましょう。それでも私は立ち止りません、立ち止まるわけにはいかない。だからこそ二人に聞きます。私の父はもうとうの昔に死んでいるのですね?」


 その言葉にラスティははっとしたが、ラインは半ば以上予想した答えであったので、冷静に受け止めた。


「そ、それは・・・」

「いつから気がついていた?」


 言葉を濁そうとするラスティを放っておいて、ラインはあっさりと認めた。うろたえるラスティだが、ラインは冷静にレイファンを見つめる。レイファンもまた可能な限り冷静に二人を見つめた。その目線には、いつしか強い光が宿っていた。

 ラインは思う。今自分は、王が誕生しようとしている場面に出くわしているのだろうと。ここからの自分の言葉や対応は、目の前の少女がどのような指導者に育つかにきっと影響を与える。だからこそ彼は中途半端なごまかしはやめたのだ。

 レイファンは、一日前とは別人のように冷静な対応で答えた。


「最初から考慮に入れてはいましたが、確信したのはつい先ほどです」

「なぜ?」

「これほど各所を押さえて、それほどもはや敵の勢力があるとは思えません。なのに、この一画からは全く我々に呼応しようとする動きが見られない。これは父王が健在であるならば、おかしな話です。もっとも何もできないほどに勢力を削られている可能性もありますが、王族の区画の中に入ってまでこれは異常でしょう。また父上を押さえるような勢力も見当たらず。これは、既に父上は死んでいると見るのが妥当だと思いました」

「なるほど、中々どうして鋭いな」


 ラインは素直に感心したが、ラスティは非常に気まずそうであった。もう少ししなければ伝えなければならない事実ではあったのだが、先に知られたことに気恥しくなったのだ。またレイファンの物の見方を自分が侮っていたことにも気が付き、ラスティはますます自分の不明を悟り、穴があったら入りたいほど恥じ入っていた。


「で、どうする?」

「・・・どうもしません。父がいないのなら私が新王として正式に即位し、自国と諸国に対し名乗りを上げるまで。対外的な事を考えるのならむしろ父がいない方が都合はいいのでしょうね」

「へぇ・・・どうしてそう思う?」

「当然でしょう。王太子二人を殺した第三王子に国を好き放題に操られたのです。ここでまたこのような少女に率いる軍隊に助けられる王を、誰が頼りにすると? むしろ・・・」

「そこまでにしておくのだな」


 突如としてかけられた声に、三人がはっとする。そして声の主が、レイファン達が入って来たのとは別の方向から開けた場所に入って来た。

 その人物の意外性に、さしものラインも息を飲んだ。



続く


次回投稿は、8/17(水)20:00です。

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